深まる恋と夢の謎
第24話 親しくする恋の話と推薦状
女神の庭で求婚を受け入れた翌日のこと。
娘たちとの昼食を終えて、イゼットと連れだって居室に戻ったアデリアナは、扉の前に立つジェラルドが見慣れたカードを手にしているのに気づいた。
昼食に行く前に図書館の本の返却を頼んだジェラルドは、積み上げた本の代わりにルーファウスからの言伝を手に入れたらしい。イゼットの目を憚って何も言わないでいるジェラルドに、アデリアナはいいのよと首を振ってカードを受け取った。そこには、ティレシアとの面会後に顔を出すと書いてある。
アデリアナがしばし考えていると、礼儀正しくカードに書かれた文面が目に入らないよう顔を背けていたイゼットが囁いた。
「いまから、王太子殿下がお越しになるの?」
「いいえ、お三時を過ぎたくらいだと思うわ」
そう、と頷いたイゼットは、アデリアナに目を合わせて微笑んだ。その笑みを見て、アデリアナはあら? と思った。アデリアナの視線を受け止めて、イゼットは淑女らしい仕種で小首を傾けた。
「アデリアナ様、針の課題は順調?」
「いいえ、全然時間が足りなくて……」
このところ二日と空けずルーファウスと会っていることもあり、アデリアナには花園入りで定められた予定のほかに好きに使える時間はあまりない。そのお蔭で気持ちを通わせることができたといえばそうなのだが、先程ジェラルドに返却をお願いした本も、寝る時間を削って急いで読まねばならなかった。その間、二つ目の針の課題は当然おろそかにされていた。なかなか順調とは言い難い。
「じゃあ、王太子殿下がいらっしゃるまでの間、私と一緒にしましょうよ。正直に言うと、私もあんまり進んでいないの」
アデリアナはもちろんと頷いて、裁縫箱を取ってくるというイゼットを待って一緒に居室の中へと入った。いつもならシェーナかリンゼイ夫人がお茶を淹れてくれるところなのだが、生憎いまは不在だ。だが、そのことはイゼットも承知であったので、特に気まずく思うことはなかった。
「イゼット様の刺繍は……植物の標本を模しているの?」
あまり進んでいないと言うが、イゼットが膝の上に広げた生地には既にいくつかの植物が縫い取られている。刺繍にするために多少簡略化されているが、葉のかたちや茎の凹凸、花びらの枚数を詳細に写し取っていて、よくよく観察されていることが見て取れる。
同じ大きさで連ねられていく植物の下には、学名と思しき文字が標本ラベルを模した枠の中に縫い取られている。あまり見たことのない図案だ。
「塔の薬草園にある植物を縫い取ることにしたの」
そのことばに、アデリアナは瞬いて――破顔する。
イゼットは、塔へ通うために花園入りの課題を利用することにしたらしい。アデリアナが自分の意図に気づいたことを知って、イゼットがふふと笑う。
「女官長様にお願いしたのよ。王太子殿下が案内して下さった薬草園の植物を課題に取り入れたいから、通う許可をいただきたいって」
花園入りを取り仕切るサスキア夫人なら頷くだろう、うまい言い方だった。イゼットは、自分の立ち位置と伝え方をうまく利用して、クリスに会いに行くために塔に通っていても不審に思われないだろう表向きの理由を調えたのだった。控えめではあるが、ただ大人しいばかりではないイゼットらしい。
「……もう会いに行ったのね?」
聞いてもいい? と訊ねたアデリアナに、イゼットは針に糸を通しながらくすくすと笑う。
あのね、と囁かれた内容に、アデリアナは驚いて、それから笑い出した。
「イゼット様、大胆なことをするのね!」
「はしたないかしら? でも、後悔はしてないの」
「ううん、素敵よ。イゼット様、表情が違って見えるなって思っていたもの」
イゼットは、昨日アデリアナがルーファウスと女神の庭にいた時間に塔へと出掛けたという。アデリアナが紹介状代わりにしたためた手紙で塔の侍女に話を通してクリスを訪ねたイゼットは、なかなかに積極的な行動に出ていた。想いを告げたあとに、クリスを押し倒して唇を奪ったのだそうだ。
きゃー、と抑えた声で囁いて口元を覆うアデリアナは、穏やかに微笑んでいるイゼットをちらりと見た。学舎ではじめて会ったときからずっとその細い顔に纏われていた陰りはどこかへと消え去って、本来彼女が持っていたのだろう意思の強さがぐっと色濃くなっている。
陰りのある繊細な雰囲気も魅力的だったが、いまのほうがずっといい。自分の気持ちを受け入れて、素直に相手へと告げられる強さを纏ったイゼットは、その落ち着きに鮮やかな彩りが加わったようで生き生きとして見えた。
「お仕着せを脱がそうとしたら魔術で逃げられてしまって。さすがに強引すぎたかしらと反省したのだけど……クリス、なんだか嫌そうじゃなかったの。戸惑ってはいたけど。それに……」
イゼットは、その思慮深い瞳に甘さを滲ませた。なに? と身を乗り出したアデリアナに、あのね、と囁き返す。
「クリス、言ったの。いまはもう君のことは好きじゃないって。信じられなかったわ! だって、いまはって言ったのよ。昔は好きだったということよ!」
「まあ……!」
「あの頃の私は片想いじゃなくて、クリスにちゃんと好かれていたんだって初めて知ったの。いまになってこんな気持ちになるだなんて、私、想像できなかった……花園入りをしてよかったと心底思ったの。いまの私を好きになってもらえるように、頑張るわ」
うつむいて頬を染めるイゼットは、とても可憐だった。
再び巡り会った初恋を前に、気負いながらも浮き立っているその姿はアデリアナから見ても魅力的で、クリスはたまらなくなったのではないかとアデリアナは思う。そうして、隣に腰かけたイゼットに抱きついた。
「よかったわね! イゼット様、わたし、嬉しい」
「アデリアナ様のお蔭よ」
「わたし? わたし、何もしてないわ。ルーファウスが引き合わせたのだもの」
いいえ、とイゼットは首を振った。
「アデリアナ様がいらっしゃらなかったら、王太子殿下が私に御礼をくださることはなかったわ。きっと私はクリスが生きていることを知らないままだった。もちろん、王太子殿下にも感謝はしているけれど……アデリアナ様が、王太子殿下のお心を射止めてくださっていたお蔭よ」
そうかしら……と呟いたアデリアナを抱きしめ返して、イゼットはそう言ったのだった。
身体を離した二人は、見つめ合って微笑む。親しい人が恋をしている様子は眩しくて微笑ましくて、ずっと話を聞いていたくなる。いまならば、アデリアナにも恋の話で盛り上がる気持ちがよく分かった。
「……あの、ちょっと立ち入ったことを聞いてもいい?」
「なに?」
「アデリアナ様は王太子殿下と、その、どのくらいの仲でいらっしゃるの?」
うろたえたアデリアナの様子に、イゼットは年上の少女らしい気遣いを目に浮かべた。そうして少しだけ逡巡したあと、遠慮がちに囁く。
「クリスね。昔、一度だけ私にキスしたの。私がびっくりしていたら、すまないと言って逃げるように帰ってしまって……クリスが死んだと聞かされたのは、それから一週間後のことだったの」
「クリス先生ったら……!」
いったい何を訊かれるのだろうと構えていたアデリアナは、唖然とした。話を聞いただけで、クリスの頬を叩きたくなった。何だそれは。イゼットが引きずるのも無理はない。そんなことがあったら、初恋を引きずるしかないだろう。
「……それでね」
そう言ってイゼットが語った内容に、アデリアナはきゃあと抑えた声を上げてしまった。
塔でクリスを押し倒したイゼットが唇を重ねると、クリスは困惑しきった様子を隠しもしなかったという。あの頃は私に平気でキスしたくせに。そうイゼットが言うと、クリスは彼女を怖がらせて追い返そうとしたのだろう、イゼットの身体を組み敷いたのだという。こんな恐い目に遭いたくなかったら、大人しく花園に帰って俺を忘れることだな。そう囁いて、イゼットを見下ろしたクリスは、魔術を使ってどこかへ消えたのだそうだ。
「ロマンス小説みたい……!! 小説では、そういう振る舞いは好きと言っているのも同じよ」
「そうよね? だから、期待してもいいかしらと思って……。でも、押し倒してみたはいいけれど、その先はどうにかしてもらおうと思っていたの。どうにかなるかしら? 私、閨の作法を知らなくて」
慎ましいイゼットの口から出たことばに、アデリアナは瞬いて、赤くなってしまう。イゼットがアデリアナに聞きたかった「立ち入ったこと」とは、つまりそれなのだ。
見つめられて、アデリアナは首を振った。
「その、大人のキスまでしか、知らないわ……」
「大人のキス?」
不思議そうな顔をするイゼットに、アデリアナは自分が迂闊だったことを悟った。
イゼットは、アデリアナとは比べられないくらい大切に屋敷の中に囲われて育った娘なのだ。アデリアナのように、やや具体的な描写を含むロマンス小説や、もっと過激な発禁本などは読んだことがないのだろう。ただしく慎み深い公爵令嬢なのだ。
それで、アデリアナはしどろもどろに深いくちづけについて説明するはめになった。地頭のよいイゼットの問いは、ごまかしや躊躇すら奪ってするするとアデリアナから答えを引き出してしまう。具体的にどうやってするの? どういう体勢で? などと次々に訊ねられ、アデリアナは大変はずかしい思いを味わった。
「まあ……王太子殿下も、お気持ちが深くていらっしゃるのね。知ってはいたけれど。私も、次はクリスの膝の上に乗ってみるわ」
「違うの。わたしは自分から乗ってるんじゃないの。……あと、わたしが身を持って知っているのはルーファウスにされたことだけだから、ほんとうによくあることなのか分からないわ。参考にしすぎないでちょうだいね」
アデリアナが言い添えたことばに、イゼットはそれまでの真面目さを崩して、からかうような目をしてみせた。
「膝枕みたいに?」
「……そう。だって、ルーファウスは言ったのよ。仲の良い幼なじみならみんなしてるよって。ほんとうは違うんでしょう? でも、学舎でもみんな何にも言わなかったから、そうなのかしらって思うじゃない?」
イゼットは、この頃アデリアナがよく遭遇する生温かい笑みを浮かべてみせた。
「王太子殿下のお心を損なうようなことを、アーデンフロシアの貴族が……特に私たち同世代の者が言えるはずがないじゃない。それでなくとも、王太子殿下のお気持ちは見ていればすぐわかったわ。余計なことを言ってはいけないと、誰もが思ったのよ」
そんなふうに気恥ずかしい思いもしつつ、イゼットとの時間は楽しく過ぎた。
イゼットはアデリアナが何を作っているのかを聞くと、あらあらと言った。その言い方はお姉さんらしく、微笑ましそうだった。内緒ねとアデリアナが言うと、もちろんよとイゼットは頷いた。
気づけばおしゃべりばかりしていて、慌てて手を動かす…ということをくり返しながら針を動かして、どれくらい時間が経っただろう。
楽しい会話は時間を忘れさせるもので、王太子の訪れを告げるために扉が叩かれたとき、アデリアナとイゼットは、ドレスの膝の上にこぼれた糸くずを急いでかき集めたりしてそれなりの体裁をつくろうのに少々時間を要した。
勝手知ったる居室とばかりに入ってきたルーファウスは、アデリアナの隣にイゼットの姿があることに気づいて、王太子らしい笑みを浮かべてみせる。
ルーファウスを前にイゼットが立ち上がってそっと腰を折るのに、慌てて作りかけの生地をたたんで裁縫箱にしまい込んだアデリアナは、今さらながらに自分が幼なじみに特別扱いされていたことを感じ取った。遅れて立ち上がるのもどうかと思われて困ったように眉を下げると、イゼットが小さく笑った。王太子殿下がお許しならいいのよ、と。
「やあ、イゼット。アデリアナと刺繍をしていたの?」
「はい。王太子殿下がお越しになるまではとご一緒させていただきました」
塔の薬草園にある植物を縫い取っているのだと語ったイゼットにふうんと頷いて、ルーファウスがアデリアナを見る。
「アデリアナは何を作っていたの? 私にも見せてよ」
「だめ。……ねえ、知ってる? ガートルード様、わたし達のことを刺繍してるのよ」
あからさまに話をそらしたアデリアナに、ルーファウスは微笑んだ。その反応は、ルーファウスがそのことをちゃんと把握していることを示していた。
「ガートルード嬢との面会は、私の観察会になっているよ。彼女付きの騎士は、図案のために何度も女官を抱き上げさせられているらしい。おやおやと思っていたら、どうも騎士と女官はいい感じの仲になっているそうだよ」
アデリアナとイゼットは、まあと呟いて顔を見合わせた。そんなところでも恋が生まれていようとは思わなかった。
向かいの長椅子に腰を下ろしたルーファウスと三人で、しばし会話に花が咲いた。
「そういえば、イゼットの姉君はこの頃王城によく顔を出しているそうだね。花園入りを果たした妹を心配しているからだと噂になっている」
ルーファウスの話に、アデリアナは夜会で見かけたことのあるイゼットの姉のことを思い出す。身分違いの恋を許されて嫁いだアーガイン公爵家の一女の話は、それなりに有名だった。顔立ちはイゼットとはあまり似ていなかったような……と思ったところで、アデリアナはイゼットがため息するのに目を瞬かせる。
「いま、王城では王太子殿下とアデリアナ様の噂で持ちきりですもの。姉は私がどうやら王太子殿下のお心を射止められないと知って、嫁き遅れの妹をどうにかしなければと躍起になっているのです。姉はもうアーガインの娘ではないのですが、一人息子を後継に取られるのではないかと危惧していて……もうずっと、勝手に私の婿捜しをしているのですわ」
イゼットはさらりとそう言って、相変わらず人の情に訴えかけるのがうまい人だと呟いた。そうして、花園入りの娘に許された面会や手紙の回数のほとんどが姉で埋まってしまいそうだから、今は断りを入れていると言った。
「なるほどね。どの家にも苦労はある」
「まあ、御存知でいらしたのでしょう? だから、私にご褒美をくださった」
当たり障りない相槌を打ったルーファウスに、イゼットは柔らかに切り込んだ。
ルーファウスはにこりと笑って、そうだねと喉の奥で頷いた。
アデリアナは、ルーファウスの優しい王子様らしい笑みの下に隠された様々な表情を知っている。それはたとえば、ルーファウスの親衛隊と呼ばれる文官たちから上げられた報告であったり、彼が独自に集めた情報を意のままに扱うというひどく冷静な一面も含まれている。
だから、目の前で繰り広げられている会話に特に驚きはしなかった。むしろ、ルーファウスにしてはわかりやすい話の切り出し方をしたわね、と感じていた。
「うん、まあそれはね。でもイゼット、あなたにはもう少しご褒美が必要だと思う。私の部下があなたを意図的ではないにしても軽んじてしまったお詫びも兼ねて、ね。……それで、あなたは何が欲しいのかな」
ルーファウスはアデリアナをちらりと見て、政務補助でイゼットが優秀であったこと、王太子の執務室の面々が用意した課題が易しすぎたことを簡潔に教えてくれる。
いま、ゆったりと組んだ足の上に手を置いたルーファウスは、うっすらと微笑んで心なしか緊張した様子のイゼットの返事を待っている。王様らしいルーファウスだ、とアデリアナは思う。
イゼットは少し考えるようなそぶりを見せて、控えめに、だが遠慮することなくルーファウスに問うた。
「クリスとお引き合わせいただいただけでなく、別の御礼を望んでもよろしいのですか?」
「もちろん。クリスとの友情に反することはできないけれど、できるだけ便宜を図ろう。いまのあなたには、ちゃんと欲しいものがあるようだから」
ルーファウスはくつくつと笑った。その様子では、たぶんイゼットがクリスにした大胆な振る舞いをあらかた聞き知っているのだろう。そのことがイゼットにも伝わり、その細い肩からこわばりが溶けていく。
イゼットは小さく微笑んで、ではと切り出した。
「私に、文官登用試験への推薦状をいただけませんか」
へえ、とルーファウスが面白そうに唇を吊り上げる。為政者として興味をそそられた、そういう笑みだ。
詳しくと促されて、イゼットは怯むことなく穏やかに口を開いた。
「クリスと再会させてくださったこと、心から感謝しています。でも、恋は自分で手に入れますわ。人の心は動かせませんもの。
……花園入りを通して、私には欲しいものがもう一つ出来ました。自分の能力を信じて育て、私として生きることです。ですから、私の未来に少しだけお力を添えてくださいませ。もちろん、試験には実力で受かります」
花園入りの娘が文官に登用された例は過去にもある。
イゼットは、図書館で学ぶことへの思いを取り戻したことや政務補助を通してその思いを強くしたのだと言い、試験のために学舎の教師に教えを請う準備を進めていると語った。
「王太子妃の杖になることは思いつかなかった?」
アデリアナは瞬いた。ここで言う杖とは、古くは女神が王配を得たと同時に傍に侍った最初の娘に遡る。有能な女官や聡明な令嬢が就く役職で、婚儀を挙げた王太子妃を支え、生活の細々としたことだけではなく、公私にわたって王の伴侶を支える役目を負う者に授けられる称号だった。
イゼットはアデリアナに微笑んで、頷いた。
「はじめは少しだけ、そう考えました。その方が話も進みやすいでしょうし、障害も少ないでしょう。アデリアナ様をお支えするのも、私の望みに適うことです。けれど、アデリアナ様はきっと、ただ王太子殿下の隣に立つだけにはおさまりませんもの。自分で動くことができる方だわ。もちろんお望みとあらば務めさせていただきますが、新しい王太子妃には気さくに相談できる文官の方がお役に立てるのではないかと思いました」
当然のように、アデリアナが王太子妃になる前提で話が進んでいる。このまま順調にいくならばそうなのだが、でも早急なようにも思われて、アデリアナはそわそわしてしまう。
そんなアデリアナの様子に笑って、ルーファウスはなるほどと呟いた。
「あなたが軽んじているとは思わないけれど、これからは公爵令嬢としてではなく、あなた個人の資質が問われる立場になるということだよ」
「はい。いまの私に出来うる限りの自覚はあります」
「厳密な答えだ。……いいだろう、推薦状を書こう」
顎を引いて礼を言うイゼットに、ルーファウスはからかうように尋ねた。
「推薦状だけでいいの? 私の執務室の面々はあなたを歓迎すると思うけれど」
暗に試験を受けずとも文官として採用してあげるのにと言われて、イゼットは一笑にふした。
「光栄ですが、そのお申し出に甘えたなら私は軽んじられましょうし、後々悔やみますわ」
「いいね。あなたは私が思っていたよりも、ずっと王城にふさわしい人物であるようだ。……では、イゼット。公爵を説得して、王城へ上っておいで。私への忠誠は必須ではないけれど、王太子妃には親愛を、国へは誠実を注いでくれると嬉しい」
ルーファウスのことばに、イゼットは素直に嬉しそうな笑みを浮かべてみせた。その横顔には澄んだ自負が滲んでいて、綺麗だった。
まるで立志伝の始まりを見ているかのような展開にアデリアナが目を輝かせていると、ルーファウスとイゼットが苦笑する。
そうしてイゼットは裁縫箱を手にして立ち上がり、綺麗な礼を一つして、清々しい面持ちで辞去を告げたのだった。
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