第9話 後継者捜し


 シアンは難しい顔をしてしゃがみ込み、目の前の泉を睨んでいた。


「ソーヤはあの後、ちょっと行って来るって言って突然消えるし、1人にするなよな〜」


 相変わらず分からないことが多いままであったが、やるべきことは分かっている。適切な者に聖剣を授けなければならない。傍に置いた聖剣アルル・ゴージャに左手で触れる。


「しかし、誰にこの聖剣を授けたものか…。現代のお守りであるチャーム持ちであること……まあ、魔力があれば問題ないか。魔王の力に心脅かされない強い者、そして聖剣が選びそうな魔力持ち……」


 泉を深々と覗き込み、様々な街の人間を覗いて見たが、まるで思い当たらない。荒廃した街には、魔力のない人間が溢れ返っていた。


 おそらく魔王の支配後、魔力持ちとそうでない人間で、衝突が生じたのだろう。たとえ魔力が無くても、乱心している人間の方が危険なのは予想がつく。安全に暮らす能力のある者は、都市部を去ったに違いない。


 シアンは思い切り髪を掻き乱した。自分が聖剣を使うなら早いのに、まさか後継者を選ぶ事態になるとは。


「あー! もう分からん!!」


「何が分からないんだ?」


 突然、後ろから声を掛けられる。彼女は左手でとっさに聖剣を掴み取り、構えの姿勢で飛び退いた。切先をソーヤへ向ける。


「お、お前……心臓に悪いから、その突然現れるのやめろ!」


「いや、あんまり驚くんで、面白くてつい」


 彼女があんまり怒るので、ソーヤは嬉しそうに笑い掛けた。その笑顔を見ていると、もう怒る気にもならない。彼は何故こんなに楽しそうなのか。深いため息をつき、再び泉の前にしゃがみ込む。


「何が分からないって……こんな世界で、誰を勇者に選ぶかだよ」


 彼はきょとんとした表情になった。自分で話を振ったわりに、あまり興味のない様子だ。それよりも、何かに気が付いたように近づいて来る。隣にしゃがみ込むと、彼は一緒に泉を覗き込んだ。


「なあシアン」


「ん? なんだよ?」


「これ、もしかして魔物じゃないか?」


 シアンが先ほどまで覗いていた映像を、彼は指差した。どこかの街並みの屋根の上に、燃えるような紅の長髪の女が映っている。


 屋根と言っても所々レンガが剥がされ、屋根として機能しているか怪しかった。とにかく500年後の街は建造物が荒廃し、人が住んでいるのかよく分からないものが多い。


 女は山羊のような角に、コウモリのような羽根があり、真っ赤なショートドレスから黒く細長い尾が覗いている。どこか見覚えのあるシルエットだ。


「本当だ。500年後では初めて見たな」


 そう言った後、シアンは驚いた表情を見せた。彼女のあおい瞳が大きく見開かれる。


 女の映る景色の中に、見覚えのある時計塔が見えたからだ。時計塔が付属する教会の窓には、荒廃した街に似合わぬ、見事なステンドグラスがめられていた。


「この時計塔は……いや、街中に張り巡らされた水路といい、船が見当たらないので気が付かなかったが、もしかしてドロアーナの街なのか…?」

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