第8話 魔王城
雷鳴が轟いた。
ここの空は常に曇っている。
しかし、不思議なことに雨はめったに降らない。
少年の歩く先、柱の影の暗がりから、突然、真っ赤なショートドレスを着た女が湧き出た。女の髪も瞳も、燃え上がるような紅に染まっている。
その女の背中にはコウモリのような羽根が生えおり、よく見ると頭から山羊の角のようなものが2本覗いていた。黒くて細長い尾まで見える。
少年は女に近づくのを嫌うように、少し離れた位置で立ち止まった。
そんな少年の様子に構うこと無く、女はゆっくりと彼に近づき、両腕で抱き締めながら耳元へ
「ね〜え、シリウス。次の人間たちへのイ・タ・ズ・ラ、私に行かせて欲しいんだけど〜。魔王様に、取りなしてくれない?」
シリウスと呼ばれた少年は、うざったそうに女の両手を振り払い、毅然と答える。
「必要であれば下知が下るだけだ。魔王様は、私の進言に耳など貸すまい」
そう言い捨てると、女を背に再び歩き始めた。女は少年の背中が遠くなるのを見つめながら、背筋の凍るような笑みを浮かべる。
「……ふーん。そうなの。嘘〜つき〜…」
城中に雷鳴が轟き、時折、稲光が城内をくっきりと写し出す。シリウスは長い廊下を抜け、何度か隠し通路を抜けた後、なんの変哲もない壁に手を当てた。
・~・~・~・~・~・~・~
窓の外を覗く、白い銀髪が稲光に輝いていた。腰まで伸びているであろう、その美しい髪に、白い装束を
『魔王様』
突然、部屋に声が響いた。
白装束を纏った男、魔王は、特に驚いた様子でも無く声の主へ返事をする。
「シリウスか。入れ」
魔王がそう言った瞬間、部屋の中央に先ほどの美しい少年が現れる。シリウスはすでに跪き、こうべを垂れていた。彼は下を向いたまま報告内容を告げる。
「様子を伺って参りました。魔王様が世界を覗かれた通り、人心の乱れに"凪"が訪れております。城から遠く離れるほど、500年の時を取り戻したかのようです」
「そうか」
魔王はシリウスを振り返ること無く、そう答えた。
長い沈黙が訪れる。シリウスは俯いたまま、憂いを帯びた銀の瞳で魔王の背中を盗み見た。いつの間にか、窓の外では雨が降り始めていた。
「雨か。久しいな。10年ぶりだろうか」
魔王が口を開くと、シリウスは特に相槌を打たずに目線を床へ戻した。彼は静かにシリウスの方を振り返り、鼻で笑う。
「いつも言っているが、跪く必要はない。顔を上げろ」
そう言うと同時に空に稲妻が走り、逆光で魔王の影を深くする。顔を上げたシリウスは、魔王が微笑んでいることに気が付いた。
「待ちくたびれたが、ようやく聖剣の勇者が立ち上がる。この大陸の王国も、騎士の一族も、ほとんどが滅んだ。この乱れた世で誰が選ばれると思う?」
魔王は嬉しそうに唇の両端を吊り上げる。シリウスは、魔王が心の底から楽しんでいることを知っていた。眉ひとつ動かさず、シリウスは魔王へ答える。
「聖剣につきましては、私には皆目見当もつきません。しかし、少々お耳に入れたいことがございます」
その答えは、面白くなかったようだ。魔王は微笑みを再び無表情に戻すと、あまり興味のなさそうな様子で静かに尋ねた。
「なんだ?」
「フレアが痺れを切らし、ドロアーナの街へ向かいました」
その報告に、魔王は不思議そうな顔をした後、ゆっくりと微笑む。
「そうか。わざわざお前に俺への取り次ぎを頼んだくせに、断られても結局は燃やしに行ったわけか。実に魔物らしい」
「ご覧になっていましたか」
シリウスは顔色ひとつ変えず、そう答えるだけだった。魔王は再び窓の外へ視線を戻すと、自嘲気味に笑う。
その眼下には、立派な城下町が広がっていたが、今は灰色に暗く沈んでいる。とても人が住んでいるようには見えなかった。
「ドロアーナの街…大陸の西端か。あそこはかつて良い港町だった。もう見る影もないがな」
稲光が照らす銀色の髪を、シリウスは無表情のまま、ずっと見つめていた。
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