7 母の心配
波乱に満ちたピクニックが解散して、それぞれは王宮と大使館へと帰った。ユーリはアリエナが心配で、居ても立ってもいられない。
「アレクセイ王子とは、年が離れ過ぎているわ。アリーは未だ14才なのよ。22才のアレクセイ王子には子ども過ぎるから釣り合わないわ。あの娘に言い聞かせなくては……」
グレゴリウスとユージーンは、ユーリに昔を思い出させた。
「君が15才の時にアンリ卿は23才、シャルル卿は24才だったじゃないか。8才年上ぐらい問題にならない」
「来年にはアリエナ王女様は見習い竜騎士になられるのですよ。社交界デビューをされる年なのです。それに好きな相手としか結婚させないと、常日頃から言っておられたではありませんか」
二人に詰め寄られて、ユーリは困る。
「アレクセイ王子は駄目よ。本人に恨みは無いけど、ローラン王国の王子なんて駄目! これから苦労するのが目に見えている相手になんか、アリーを嫁がされないわ。それにローラン王国の人達も、イルバニア王国の王女なんか認めないわ。何度も戦争した相手国なのよ、お互いに蟠りがあるわ」
だからこそ政略結婚が必要なのだと、グレゴリウスとユージーンは怒鳴りつけそうになったのが、グッと我慢する。ユーリが反対してアリエナとアレクセイを会わさないと決めたら、王妃として女官達を束ねているので恋の芽を摘む事も可能だとわかっていたのだ。
それにユーリがアレクセイの父や祖父にされそうになったバロア城の一件をアリエナに話したら、恋も醒めてしまうだろうと危惧する。
二人はこの件はユーリを説得できるかが鍵だと考える。強気にでると反発する性格なので、情に訴える事にした。
「アリエナの気持ちは、どうなるのだ」
「それは……あの娘はまだ14才だから……」
自分の若い頃のグレゴリウスとエドアルドに揺れ動いた気持ちを思い出して、ユーリは口ごもってしまう。
「少し、アリエナと話してくるわ」
ユーリが席を外した間に、グレゴリウスとユージーンはローラン王国とどう縁談の交渉をしたものかと知恵を絞る。
その頃、カザリア王国の王宮でも、スチュワート王子がロザリモンド王女に一目惚れした事を話し合っていた。
「困った事になったなぁ。スチュワートは、ロザリモンド王女にぞっこんのようだ」
エドアルドは、初恋の人ユーリにそっくりなロザリモンドが気に入ったので、強く注意も出来ない。
「アリエナ王女もアレクセイ王子を気に入られたみたいですが……難しいでしょうね」
ハロルドとジェラルドは、イルバニア王国としてはローラン王国との関係改善の為に政略結婚を考えるだろうが、ユーリの性格も知っていたので説得は難しいだろうと、グレゴリウスとユージーンに同情する。
「それに、こちらから言い出すのは不利になりますよ。イルバニア王国側から、ロザリモンド王女との縁談に変更して貰った方が有り難いですね」
ハロルドは外交官らしい考え方をしたが、ジェーンは少し不満だ。
「では、イルバニア王国側が最初の申し合わせ通り、アリエナ王女との縁談を進めてきたらどうなるのですか? スチュワートと、アリエナ王女も、気に入らない相手と政略結婚するのですか」
母親として、多感な時期のスチュワートを、愛人の住む王宮に放置した事をジェーンは反省していた。王宮に帰った時の嬉しそうな笑顔と、その後のエドアルドとの冷たい関係で傷つけたのも負い目に感じていたので、スチュワートには幸せな結婚をさせてやりたかった。
「ジェーンの気持ちはわかるし、彼方から言い出さない時は此方から提案するので任せて欲しい。悪いが、スチュワートの気持ちを確かめて来てくれないか。単に、可愛い王女に浮かれているだけかもしれないからな」
ジェーンは夫の指示に従って、スチュワートの部屋に向かう。
「余りジェーンには、外交の裏側を教えたく無いのだ。アリエナ王女は、緑の魔力を持っているのだろうか? ロザリモンド王女は?」
エドアルドとしては絆の竜騎士の王女だけでも好条件だとは思っているが、国務大臣のジェラルドは重大な問題だととらえていた。
「それがハッキリしないのです。イルバニア王国の一行がニューパロマに着いてから、秋なのにバラが満開になりましたが、ユーリ王妃の魔力なのか、王女方の魔力なのか……アリエナ王女が緑の魔力持ちで、ロザリモンド王女が違ったら、貧乏籤をひいたことになりますし」
エドアルドは、ハッキリしないかと苛ついた。
「外務省では、何か掴んで無いのか?」
「ユーリ王妃が緑の魔力持ちなので、判断しにくいのです。しかし、グレゴリウス国王と外遊されている時も、ユングフラウはバラで王宮は埋もれそうでしたから、御子様のどなたかが緑の魔力を引き継いでいらっしゃるのは確実なのです。王女方にバラの蕾でも持たせてみれば、ハッキリするですがね……」
そんな失礼なことができるかと、溜め息をつく。
「縁談の細かい折衝になれば、条件を吊り上げようと緑の魔力持ちならカードを提示してくるでしょうが、今は顔合わせの段階ですからね。イルバニア王国の王女方には、縁談が山ほど舞い込んでいるでしょうし、彼方は強気ですからね」
ユーリの産んだ子ども達は、イリスの宣言通り絆の竜騎士になり、全員がそれぞれ個性豊かな容姿に恵まれていたので、口には出さないが惜しいことをしたと思っていたのだ。
「あの子が、産まれていたら……」
エドアルドは、ジェーンがスチュワートを産んで以来なかなか懐妊しなかったが、3年前にやっと第2子を妊娠した時の喜びと、流産した時の落胆を思い出した。
あの流産から、二人の関係が悪化していったのだった。死んだ子どもの年を数えても仕方ないが、2才なら可愛い盛りだろうとエドアルドは考える。
「スチュワート、貴方の縁談の相手はアリエナ王女なのですよ」
ジェーンは、先ずは本人の気持ちを聞きたいと思って、少し厳しく問い詰める。スチュワートは相手が違うのは知っていたが、ロザリモンドに一目惚れしてしまって、自分でも困った事になったと悩んでいた。
「それは承知していますが、ロザリモンド王女を好きになってしまったのです。気持ちを抑えようとしても……」
本人も政略結婚の相手の妹を好きになって、困っている様子にジェーンは可哀想にと抱き寄せる。
「なるべく貴方の希望に沿えるように応援します。でも、相手のある事ですから、思い通りにならないかもしれませんよ」
スチュワートは、母上に叱られるのではと思っていたが、優しく言い聞かされてホッとする。
「アリエナ王女はアレクセイ王子に惹かれているみたいだし、良いんじゃないですか」
ジェーンはイルバニア王国とローラン王国は戦争をしたので、終戦したとはいえ友好的とは言えないから、アレクセイ王子との縁談は難航するでしょうと諭す。
「アレクセイ王子は、ローラン王国の皇太子になるのでしょ? アリエナ王女と結婚したら、両国の為にも良いと思います」
ジェーンは理屈ではその通りだと溜め息をつく。
「それは、理想に過ぎません。アレクセイ王子は、自国に帰る事も出来ない状況なのですよ。カザリア王国で成長したアレクセイ王子は、自国に帰れたとしても、見知らぬ臣下達との溝は深いでしょう。その上、戦争相手国の王女と結婚だなんて……」
スチュワートは反発を感じていたアリエナだったが、不幸になるのを望んではいなかった。
「それは、アリエナ王女が気の毒です。でも、私以外にも縁談はあるのではないですか?」
「さぁ、どうでしょうね。兎に角、スチュワートは、アリエナ王女にもう少し優しく接するように心掛けなさい。結婚相手になるのか、結婚相手の姉になるのかは、わかりませんが、縁が結ばれるのは確実なのですから」
スチュワートは、結婚相手の姉の方が良いなと思ったが、素直にそうしますと答える。
どちらかというと気楽なカザリア王国側に比べて、イルバニア王国の大使館では、夜中まで話し合いが持たれた。ユーリはアリエナと話し合って、アレクセイ王子の立場を懇々と説明したが、余計に同情する始末で困りきる。
「あの娘は、自分ではわかっているつもりなんだわ。どれほど外国の皇太子に嫁ぐのが、大変なのか知らないのよ。まして、国民感情がお互いに最悪な国になんて、嫁がされないわ」
グレゴリウスも親としては、アリエナをローラン王国に嫁がせたくは無かったが、隣国との関係改善には有効だと考えてしまう。
「それに、ゲオルクはアリエナを認めないわ。いえ、認めて欲しくもないわ」
ユーリはアリエナがゲオルクと同じ空気を吸うと考えただけで、身震いする。
「アレクセイ王子がローラン王国に帰国するのは、ゲオルクが死んだ後だ。だから、その点は心配しなくても良いじゃないか」
グレゴリウスの説得にもユーリは、首を縦に振らなかった。
「スチュワート王子との縁談は、ご破算でしょう。子ども達を連れて帰国します」
ユージーンは、ユーリの悪い点が出て来たと溜め息をつく。グレゴリウスの妃としてユーリは成長して、公務や国務省での仕事をしながらも暖かい家庭を作りあげたが、一つだけ王妃としての欠点があった。
王女達を政略結婚させないとユーリが頑な態度をとるのを、未だ先の事だからと覚悟させずに来たのを、グレゴリウスは後悔する。
「ユーリ、娘達は王族としての立場を、わきまえている。アリエナも絶対にスチュワート王子と結婚しなくてはいけないのなら、政略結婚を受け入れただろう。妹がスチュワート王子と良い雰囲気なのを感じているから、本心から好きなアレクセイ王子を選ぶことができたのだ」
ユーリが母親として子ども達を愛しているのは承知しているが、王族には責任があるのだ。ユーリは王妃になっても、子ども達への愛情の持ち方は庶民のままで、教育とかは王族として相応しいものを与えていたが、国益の為に結婚させようなど考えてもなかった。
「君だって皇太子妃になるのを嫌がっていたけど、私と結婚してくれたじゃないか。苦労もさせたけど、後悔しているのか?」
グレゴリウスは、ユーリを抱き寄せて説得する。
「まさか、後悔はしていないわ。でも……私の周りには、沢山支えてくれる人達がいたもの。ローラン王国に、あの子の味方はいないのよ」
それは、グレゴリウスも心配していた。
「アレクセイ王子が側に付いている。アレクセイ王子にも、味方は少ないだろう。二人で乗り越えていくしかないが、アリエナなら大丈夫だと思う」
そうは言われてもユーリには納得出来なかったが、未だ会ったばかりなので気持ちは変えられると信じていた。
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