8 駆け落ち騒動
コンスタンスも、思いがけない恋に悩んでいた。息子のアレクセイが竜騎士になって安心したものの、亡命中という重荷を軽くしてやれないのを気に病んでいた。
お世話になっているイルバニア王国の、スチュワート王子の許嫁になる予定のアリエナ王女と、アレクセイが恋に落ちたと知った時は、驚き、身の置き場の無いような気持ちになる。
ピクニックから数日過ぎて、アレクセイもスチュワート王子の許嫁なのだからと、アリエナを諦めようとしていたが、胸がキリキリと痛むのだ。ローラン王国の王子とはいえ、祖国の思い出は灰色の空と幽閉先の惨めな暮らししかないアレクセイにとって、保護してくれているカザリア王国に楯突くことは出来ない。
弟のナルシスは、母上と兄上が悩んでいるので、何か出来ないのかと思った。
スチュワート王子とアリエナ王女はピクニックの後も、数回顔を合わせているみたいだが、お互いに心に違う相手がいるのだから上手くいく筈がない。
「アレクセイ、今日はユーリ王妃は王女達を連れてエリザベート様を訪問されるんだ。アリエナ王女に会えるチャンスだ」
ナルシスが自分の為に情報を集めてきてくれたのには感謝したし、会いたい気持ちはやまやまだったが、エドアルド国王に保護されている身分で、アリエナを幸せにできる自信がなかった。
アレクセイとナルシスは、カザリア王国に山を越えてまでたどり着くローラン王国の難民を見る度に心を痛めており、少しでも役立ちたいと陰ながら援助していた。
ニューパロマのローラン王国大使館にも近づけない自分達が、祖父が亡くなって帰国できたとしても、そこは祖国とは名ばかりの見知らぬ国に過ぎないと、王子達は日頃から悩んでいたのだ。そこでの基盤を作る為の苦労は覚悟していたし、孤独な戦いをされている父王に、微力ながら役に立ちたいと願っていた。
アレクセイはアリエナのイルバニア王国の王女として、国王と王妃の愛情をたっぷりと注がれて育った故の真っ直ぐな気性が眩しくて羨ましかった。ハキハキと物怖じしない態度や、自分に向ける真っ直ぐな視線に、こんな女性と結婚したいと思ったが、苦労を承知で一緒になってくれとは14才のアリエナには言えない。
アレクセイがあれこれ悩んでいるのはナルシスにも理解できたが、国に帰っても苦労の多い人生を送るのなら、せめて結婚相手だけでも好きな人を選ぶべきだと、次男の思いっきりの良さで考える。
「兄上は、あれこれ考えすぎるのだ。スチュワート王子はロザリモンド王女が気に入っているのだから、カザリア王国に遠慮などしなくていいのに……私が兄上なら、警備の薄いエリザベート様の屋敷に訪問されるチャンスを、逃さないけどなぁ。連れて逃げるまではしなくても、顔を見に行くとか、手紙を渡すぐらいはできるだろうに」
自分の恋ではないからこそ、大胆な事を考えたナルシスは騎竜のシーザーで、チャンスが有るかもとエリザベート様の実家へと向かった。ぐずぐず悩んでいたアレクセイは、騎竜ベルに慰めを求めて竜舎に来て、シーザーの不在に気づいた。
「あの、お調子者め! 何をしでかすつもりだ」
同じ亡命中の王子なのに、ナルシスは憂鬱な事ばかり考えているアレクセイと違い、帰国した時のことはその時に考えるさとパロマ大学の学友と楽しく遊んでいた。真面目に勉強ばかりでは肩が凝ると、酒場でドンチャン騒ぎをしたりするのを、身を慎むべきだと何回か注意した。
「国では貧しい農民が飢えて、難民としてカザリア王国に流れ込んでいるのに、酒盛りなどしている場合では無いだろう」
「そんなの、わかってますよ。でも、今の私達に何ができるのですか ?騎竜すら、カザリア王国から借り受けた物ではないですか? 難民キャンプでお粥を配っても、根本を改善しなくては意味が無いでしょう。
パロマ大学で寒さに強い大麦やジャガイモの研究をしていますが、たまには友達と安い酒場でバカでもやらないと神経がまいってしまいます」
ナルシスの言い分もわかるが、アレクセイは性格が元々お調子者なのだと苦笑した。ナルシスは幽閉されていた時の記憶もほとんど無いから、明るく育ったのかも知れないが、無鉄砲なお調子者がアリエナ王女を拉致でもしたら大事になるとエリザベート様の実家へ向かう。
「お久しぶりです。ご無沙汰をいたしておりますが、お元気そうで安心いたしました」
ユーリは、エリザベートを娘達を連れて訪問していた。スチュワートとのデートを強要されて不機嫌なアリエナにも気分転換になるだろうと郊外へ連れてきたが、恋患いなのか道中も無口なのが気になる。
「ロザリー、貴女はスチュワート王子と結婚する事になっても嫌じゃない?」
昨夜、ベッドで眠っていると大人達が安心している間に、アリエナはロザリモンドと駆け落ちの計画をたてていたのだ。姉達がロザリモンドのベッドの布団の下で、こそこそと話し合っているのを、キャサリンはこっそりと聞いていた。
「まぁ、駆け落ちなんてロマンチックだわ。ロザリモンド祖母様も、見習い竜騎士のウィリアム祖父様と駆け落ちされたのよね。私もいつかアンドリュー様と駆け落ちしたいわ。参考の為に、よく聞いておかなくては」
おしゃまなキャサリンは兄上の学友のアンドリューに憧れていて、自分の時の参考にと寝た振りをして聞き耳をたてる。どうやら、ユーリの曾祖母様のスザンナの血が娘達には流れているようだ。
「私は、スチュワート王子と結婚しても良いわ。ただ、カザリア王国の王様は浮気癖が有るのよね~目を離さないようにして、あちらが私を好きで仕方ないと思わせなくっちゃね。母上みたいに父上を振り回して、他の女の人などに目を向けさせないようにしなくては!」
アリエナは1才年上なのと、ロザリモンドやキャサリンほど恋愛命ではないので、母上は恋愛テクニックで父上を振り回しているのでは無く、天然なのではと思ったが、今はそれどころでは無いのでスルーする。
「貴女がスチュワート王子と結婚するなら、私がアレクセイ様と駆け落ちしても、イルバニア王国には不利益にはならないわ。母上はローラン王国に嫁ぐと苦労すると心配して下さるけど、好きな相手となら苦労しても平気だわ。でも、アレクセイ様ときたら、カザリア王国に遠慮されているのよ。大使館は警備が厳しいから、抜け出せないけど、エリザベート様の屋敷なら隙もあると思うの。母上も馬車だし、ゼナを呼び寄せてアレクセイ様の屋敷に駆け込むつもりなの。具合が悪くなった振りをするから、貴女は側に付いている振りをして時間を稼いで貰いたいの」
ロザリモンドとアリエナは、侍女を追っ払う算段をあれこれシュミレーションした。
そのせいで寝不足気味な王女達は、道中の馬車でも無口でうとうとしていたし、エリザベート様の前でもお淑やかにする。
「母上、姉上が……」
エリザベート様とユーリが話しているのを、行儀よく口を挟まずに聞いていたロザリモンドが、貧血をおこしたように寄りかかかるアリエナを支えて、具合が悪そうだと訴える。実際にアリエナは駆け落ちのプランを練って眠れぬ夜を過ごし、顔色も悪かった。
「まぁ、アリエナ、大丈夫ですか?」
ユーリは政略結婚などを強要されて、アリエナが神経をまいらせたのだと心配する。
「少し休ませて頂ければ、大丈夫です」
エリザベートも顔色が悪いのを心配して、客間で休むようにと侍女達に指示を出す。
「ロザリー、付いてきて……」
知らない屋敷の客間で休むのは心細いと訴えるアリエナに、ユーリもエリザベートも、ロザリモンドの付き添いを許す。
「母上、私も姉上が心配ですから、付き添います」
エリザベートに優雅な礼をすると、キャサリンも侍女に支えられて客間に下がる姉に心配そうに付いて行く。
「娘が失礼いたしました。日頃は、元気なのですが……」
ユーリは三人とも客間に下がったのを良い好機だと思い、エリザベートに自分の悩みを聞いて貰う。エリザベートも実はユーリに頼み事があり、二人はアリエナの計画など考えも及ばず真剣に話し合う。
「姉上は、気持ちが悪いみたいですわ。すみませんが、スッキリとするレモネードを持って来て頂けますか」
隣国の王女に丁重に頼まれた侍女は、何も疑わずにレモネードを取りに部屋から出ていく。
「なんで、キャシーまで付いて来るのよ」
アリエナは侍女が客間から出て行くと、ベッドから飛び下りて顔をしかめた。
「姉上はアレクセイ様と、駆け落ちなさるのでしょ。私もお手伝いしますわ」
アリエナとロザリモンドは盗み聞きしていたのねと怒ったが、姉妹喧嘩している場合では無いと、協力させることにする。
「キャシー、ドレスを脱いでベッドに入るのよ。ドレスを椅子に掛けておけば、アリーのドレスか区別はつかないわ。侍女が来ても、布団を被って寝たふりするのよ」
「え~、寝てるだけなの」
ちっとも面白く無いわと愚痴りながらも、ドレスを脱いでベッドへ入り頭まで布団を被った。
「キャシーが来て、好都合かも。私はキャシーの振りをして、庭を散策する事にして屋敷から堂々と外に出れるわ」
エリザベートの実家の侍女達は、同じ年頃の3人の王女達を見分けることが出来なかったし、ロザリモンド王女が付き添って寝ているのがアリエナ王女では無いと疑う理由も無かった。
「姉上達に大丈夫だと言われましたの。少し、外の空気を吸ってきますわ。直ぐにサロンへ帰りますから、付き添いは結構です」
侍女達は堂々と屋敷から庭に出て行く王女が、駆け落ちを企んでいるとは思いもよらなかった。
『ゼナ、よく来てくれたわね』
アリエナは屋敷から見えるうちは、淑やかに庭を散策している振りをしていたが、途中からはドレスの裾を持って走り出した。
「なるべく屋敷の遠くで、ゼナを呼ばなきゃ駄目よ。母上は全竜と話せるから、気づかれるわ」
昨夜の話し合いで、アリエナとロザリモンドは母上に気づかれないようにと、あれこれ話し合っていた。
屋敷の奥にゼナを呼び出したのは良かったが、そこにナルシスが付いて来たのは計算外だった。
ナルシスはアリエナとアレクセイが会える機会を作ろうと、チャンスを窺ってエリザベートの屋敷近くに来ていたのだが、竜が庭の奥に降りるのを見てピンときたのだ。
「アリエナ王女様、もしかして兄上の元へ行こうとされていたのですか?」
アリエナは一瞬、警備の竜騎士が来たのかと緊張したが、弟のナルシスだとわかってホッとする。
「ナルシス王子様、私を屋敷に連れて行って下さい。お願いします」
ナルシスは兄上に会いに行くぐらいは構わないだろうと思っていたが、アリエナの思い詰めた様子に少し心配になる。
「アリエナ王女様、まさか……」
「ええ、私はアレクセイ様と駆け落ちしようと思ってますの。だから、屋敷まで連れて行って下さい」
いくらお調子者のナルシスでも、イルバニア王国の第一王女とローラン王国の皇太子が駆け落ちは拙いだろうと、冷や汗が出てきた。
「いや、駆け落ちは駄目ですよ。デートとか、段階を踏みましょう」
ナルシスがアリエナを説得しようと焦って揉めていると、アレクセイが庭に降りてきた。
「ナルシス! アリエナ王女様を誘拐するつもりか!」
「アレクセイ様! 私をさらいに来て下さったのですね」
自分に駆け寄るアリエナを抱き止めて、アレクセイはナルシスが誘拐しようとしていたのではなく、家出を止めようとしていたのだと気づいた。ナルシスは誤解が解けたなら、お邪魔虫は退散しますよと、言い捨ててシーザーと帰ろうとする。
「おい、ちょっと待てよ。この状況を、どうしろというんだ」
アリエナはアレクセイに抱きついて、離れないと言っているし、混乱している兄上には気の毒だと思ったが、恋人達の邪魔をするのはナルシスの流儀に反している。
「駆け落ちは拙いですから、そこのところは宜しく」
兄上に駆け落ちされて、自分に王冠が巡ってくるのは遠慮しておきたいナルシスは、それだけは止めて下さいと念押ししてシーザーと飛び立つ。この状況はとても拙いと、アレクセイはアリエナを抱きつかれたまま、冷や汗をかく。
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