6 恋に落ちたの
「アリーもスチュワートも、それお互いに気に入らなかったのよ。もう十分じゃない」
失敗に終わった初顔合わせに、ユーリはこれで縁談は無しだと言い切る。グレゴリウスとユージーンも、今日のお茶会は失敗だったと思ったが、まだ子どもの二人だから気が変わるだろうと考えていたので、ユーリを説得に掛かる。
「まぁ、そんな風に言わなくても。私達だって、仲良くなるまで時間が掛かったじゃないか」
ユーリを説得しようと、グレゴリウスは自分達の例を持ち出した。
「あら、貴方は一目惚れだったと言ってたけど、嘘だったのかしら?」
グレゴリウスは、ウッと言葉に詰まる。
「そうだけど、自分が好きだと認めるまで時間が掛かったんだ。だから、あの二人だって時間が必要なんだよ」
ユーリを宥めに掛かったグレゴリウスを、二人きりにしようと、ユージーンは席を外す。
一方のカザリア王国側も、不調に終わった顔合わせについて、エドアルドとハロルドが話し合っていた。
「あんな美少女なのに、何が気に入らないんだ。私なら、飛び上がって喜ぶぞ」
ハロルドも、アリエナほど条件の良い結婚相手はいないと思って、溜め息をつく。絆の竜騎士であり、もしかしたら緑の魔力持ちかもしれない、同盟国のイルバニア王国の王女という好条件の相手を、気に入らないというだけで破談にする気はさらさらない。
「スチュワート王子はまだ13才ですから、女の子に興味が無いのでしょう」
エドアルドは自分達の13才の頃を思い出し、女の子に興味津々だったぞとハロルドの失敗談を持ち出す。
「ほら、女官達が風呂に入るのが覗き見れるポイントがあるとお前が言い出して、木に登っていたらマゼラン卿に見つかって、こっぴどく叱られたじゃないか。それに、女官達は昼間から風呂には入らないし、散々な目に合ったのを覚えて無いのか?」
ハロルドはそんな事を言い出したのは、エドアルド様だと言い返した。
「私ではありませんよ。エドアルド様の方が王宮に住んでいたのだから、詳しいじゃないですか。父に叱られた記憶はありますが、そんな事を言い出した記憶はありませんよ」
二人で罪のなすりつけ合いをしていると、ジェラルドとユリアンがお見合いの成果は如何にと顔を覗かした。
「何を、話されているのですか?」
エドアルドは風呂場の覗き見を誰が言い出したのか覚えているかと尋ねる。
「ああ、それはエドアルド様ですよ。女官達の裸が見れるポイントを教えてやると、鼻高々でしたじゃないですか」
ジェラルドに言われて、エドアルドはそういえばと記憶が蘇る。
「そう、お前達に言ったのは私だ。でも、ポイントを教えてくれたのは、ユリアンだった」
皆から注目されて、ユリアンは驚いて否定する。
「私が? 冗談でしょう」
「いや、ユリアンだった。姉上から女官達の風呂の場所を聞いて、覗き見ができるポイントを思いついたと自慢したじゃないか」
ユリアンは記憶に御座いませんと言い切ったが、微妙な顔つきで嘘がバレる。
「そんな事より、アリエナ王女とスチュワート王子のお見合いは、どうだったのですか?」
あからさまに話題を変えたユリアンだった。
「そうだ、その話をしていたのだ。スチュワートは、あんなに美少女のアリエナが気に入らないらしい。本当に我が子ながら、何を考えているのかわからないと言ってたら、13才だから女の子に興味が無いのでしょうなどと、ハロルドが言い出して脱線したのだ」
脱線させたのはエドアルドだとハロルドは内心で愚痴ったが、話を元に戻す。
「大人が見守る中で、庭の散歩など退屈ですよ。子どもは、子ども同士で、遊ばせた方が良いのです。今度は、楽しく遊んで貰いましょう」
ハロルドの提案は、良さそうに思えた。
「そうだな、まだ子どもなので舞踏会なども参加させられないし、ピクニックとか海水浴だとかはどうだろう。ハロルド、ユージーン大使と話し合って調整してくれ。今夜は歓迎の晩餐会だから、それまでに頼むぞ」
もう4時を過ぎているのに、無茶なと叫びながら、ハロルドはイルバニア王国大使館に向かう。
イルバニア王国の国王夫妻を歓迎する晩餐会は、盛大に催された。ユーリは懐かしい顔との再会を晩餐会で果たした。
「コンスタンス様、お久しぶりです」
手紙でのやり取りはしていたが、久しぶりに会ったコンスタンスは健康そうでユーリは安心する。
「ユーリ王妃様、お変わりありませんね」
コンスタンスは、ユーリが前に会った時のままなのに驚く。
「コンスタンス様は、お元気そうになられて、とても安心いたしましたわ」
「息子達も竜騎士になり、ホッとしたからでしょう。アレクセイもナルシスも、大きくなりましたのよ」
ユーリは、ローラン王国から脱出した時のガリガリだったアレクセイとナルシスを思い出して、良かったと思う。
「お幾つになられたのですか? 確か……22才と20才でしたかしら。もう、そんなに月日が流れたのですね」
「アレクセイとナルシスは、イルバニア王国の王宮で、話せる狼と遊んだのを覚えていると言いますの。でも、話せる狼だなんて、夢でも見たのかしらね」
コンスタンスはユーリにお礼とお別れを言いに王宮へ来た時は、自分のことでいっぱいいっぱいで、王子達が庭で遊んでいたとは覚えていたが話す狼など覚えておらず、信じていなかったのだ。
「あら、王子様達の方が、正しいのですよ。あの時、庭でソリスと遊んでいらしたのを覚えていますわ。ほら、だからお二人が竜騎士の素質があると、わかったのです。ソリスと話していらしたから」
「ああ! そうでしたわ。何故でしょう、すっかり忘れていました。庭で遊んでいたことと、ユーリ王妃様に竜騎士の素質があると言って頂いたことは、覚えていましたのに」
コンスタンスはソリスと話せないから、忘れていたのだろうと察してユーリは微笑む。
「実は、ソリスを連れて来ていますのよ。王子様方に遊びに来られるよう、お伝え下さい」
「まぁ、それは喜ぶと思いますわ。私が信じないのを、怒ってましたから。あっ、明日のピクニックにはソリスを連れていらっしゃらないのですか? 息子達も、招待されているのですよ」
子どもだけで収拾がつかなくなっては困るが、大人が口出すのも雰囲気を損なうだろうと、若い王族や貴族達も数人が遊び相手兼面倒を見る係りとして、ピクニックに招待されていたのだ。
ローラン王国の王子達は、微妙な地位にいた。スチュワート王子とはハトコだが、他に王位継承者が居ないので2位と3位になっていたのだ。ヘンリー元王が亡くなってからは、母親の従兄弟が後ろ盾という微妙な感じで、その上に後継者問題を引き起こし兼ねない要素として控え目に振る舞う必要がある立場なのだ。
エドアルドは留学中の王子達を帰国させるように要請する何通ものローラン王国からの書簡にウンザリしていたが、ルドルフ王からの手紙を父王から譲り受け、頑として応じなかった。
「では、明日は王子様方に、お会いできるのですね。楽しみですわ」
ユーリの言葉に、こちらこそ王女様方にお会いできますねとコンスタンスは笑った。ジェーンは薄幸な元皇太子妃のコンスタンスに同情していたので、ユーリと楽しそうに話しているのを見てホッとした。
「何をお話になっているのですか?」
ジェーンに話す狼のことを教えたり、明日はピクニックに連れて行ってもいいかと許可をとったりと、賑やかに会話が弾む。
「明日のピクニックが楽しみですわ。噂のソリスに会えるのですもの」
ジェーンが上機嫌なのを、エドアルドも嬉しく感じる。
「アリエナお姉様、その髪飾りより此方の方がドレスに合うわ」
どんよりと侍女任せで身仕度をしているアリエナと違い、ロザリモンドとキャサリンはピクニックだと浮かれていた。
「髪飾りなんてどうでもいいわ。どうせスチュワート王子には、違いもわからないでしょうよ」
白い地に緑の花の刺繍がされたドレスに似合う、レースと緑のリボンの髪飾りに侍女に取り替えさせながら、アリエナは眉を顰める。
「でも、ほら、その方が似合うわ」
「そのドレスと、髪飾りはピッタリよ」
おしゃれな妹達に褒められて、少しアリエナは少し機嫌をなおす。白いドレスだけどスッキリとしたデザインで裾が長くなっていて、鏡に映った自分がちょっぴり大人びて見えて嬉しく思う。
「姉上は美人だから、スッキリしたデザインが似合って良いわね。私達は、二人とも砂糖菓子みたいだわ。それに、裾も短いのよ」
ロザリモンドとキャサリンも新しい服を作って貰ってはいたが、裾が短いのが不満だった。侍女達は、この上なく愛らしい姿なのにと、笑いを堪える。
ロザリモンドは白いレースのドレスに水色のサッシュを締めて、ひざ下丈のスカートの下には可愛いショートブーツを履いていた。髪にはレースと水色のリボンの髪飾りをつけて、にっこりと微笑むと天使みたいに可愛らしい。キャサリンもほぼ同じドレスで、サッサュだけがピンクと色違いにしてあり、ロザリモンドと並ぶと確かに砂糖菓子の様に甘い可愛い二人だ。
アリエナは生意気な二人が、日頃とは違い、自分に気を使ってくれているのを感じて嬉しく思う。昨日のスチュワート王子との顔合わせから帰って、落ち込んでいる様子を見て、妹達なりに心配してくれているのだと苦笑する。
「仕度はできたかしら? まぁ、アリーとても綺麗だわ。こんなに大人っぽく見えるだなんて……」
涙もろい母上が泣き出しては大変だと、娘達はピクニックに行きましょうとせき立てる。
ニューパロマの郊外の王家の狩り場でピクニックは行われた。白いテントで大人達は遊んでいる子ども達を眺めながら、話をしたり、サンドイッチを摘まんだりする。
今日はスチュワートも学友達がいるので、昨日よりはリラックスしている。
「今日も、アリエナ王女は綺麗ですわね。下のロザリモンド王女とキャサリン王女も可愛らしくていらっしゃるし、ユーリ王妃様が羨ましいわ」
ジェーンは三人姉妹がそれぞれ個性豊かにのびのびと育っている様子を見て、グレゴリウス夫妻は幸せな結婚生活を送っているのだろうと思った。
昨日の王宮の庭での散歩より、スチュワートは楽しそうにしている。同じ年のロザリモンド王女の可愛さに、舞い上がっていたのだ。
「ロザリモンド王女、あちらに綺麗な花が咲いている窪地があるのですよ。ご案内しましょう」
ロザリモンドもハンサムなスチュワート王子が一目で気に入り、普段のお転婆振りを引っ込めて可愛らしく微笑む。その笑顔に、スチュワートは恋に落ちてしまった。
「なんて可愛いんだろ! 貴女みたいに可愛い令嬢に、会ったことありません」
スチュワートの学友達は、口説く相手を間違えていると心配したが、アリエナはソリスとさっさと森の方へと行ってしまっていた。少し遅れてピクニック会場に来たアレクセイは、母上からソリスが来ていると聞いて楽しみにしていた。可愛らしいキャサリンと遊んでいるスチュワートの学友に、ソリスがどこに居るのか聞いた。
「アリエナ王女様と森に行きましたよ」
学友達はキャサリンの下僕に化していて、アリエナやスチュワートと消えたロザリモンドのことなど興味がなかった。下僕と化して
「王女様を、独りで森に行かせたのか」
アレクセイは小さなお姫様に夢中で、ご機嫌取りをしている学友達に呆れたが、少し心配になって森へ向かった。
「アリエナ王女様!」
アレクセイは、森の奥の狩猟小屋近くでソリスと話しているアリエナを見つけ出した。
「貴方は誰ですか?」
突然現れた竜騎士の制服を着た貴公子に、アリエナは少し警戒して名を尋ねる。
「はじめまして、私はアレクセイと申します。こんなに森の奥まで、独りで来られたのですか? 猪などもおりますのに、危険ですよ」
アリエナはアレクセイの名前に聞き覚えがあった。
「貴方がローラン王国の王子様なのですね。ご心配をおかけしましたが、ソリスがいますもの、大丈夫ですわ」
アリエナは見知らぬ相手が近づいて来たのに、警戒の言葉を発しなかったソリスに怪訝な目を向ける。
『ソリス、久しぶりだね。私の事を覚えているかな? 昔、ユングフラウの王宮の庭で、遊んでもらったことがあるんだけどね』
ソリスはくんくんと懐かしそうにアレクセイの匂いを嗅いだ。
『覚えているよ。アレクセイ、大きくなったね』
会話を聞いていたアリエナは、ソリスはアレクセイを知っていたから警戒をしなかったのだと気づいた。
「久しぶりにソリスに会えると聞いて、楽しみにしていたのです。でも、綺麗な令嬢が、こんな寂しい所に居てはいけませんよ」
アレクセイは、アリエナほどの美少女に会ったことがなかった。ソリスと再会するのを楽しみにピクニックに参加したのだが、アリエナと話しながら会場に帰る間に恋に落ちてしまった。
アリエナも大人の竜騎士であるアレクセイに惹かれて、亡命中の苦労などを聞いているうちに、青灰色の瞳の翳りを取り除いてあげたいと思うようになっていった。
子ども達を集めて昼食を食べさせながら、ナルシスは兄のアレクセイがアリエナに優しくサービスしているのに気付いた。スチュワート王子の許婚になる予定の王女に恋しているのではと危惧したが、まだ14才のお子様だとスルーしてしまった。
一方のスチュワートは、ロザリモンドに優しくアレコレと料理を取ってやったりしていた。
「何か、お嫌いな物はないですか? このサンドイッチを食べてみませんか」
二組のカップルが仲良く笑いながら食べている姿を見て、大人達は相手を間違えているぞとヒヤヒヤする。
「まぁ、アリエナ、その方は駄目ですよ」
ユーリは、因縁の深いアレクセイ王子とアリエナの恋は許されないと困惑する。他の大人達も恋に落ちたアリエナとアレクセイをどうしたものかと思案していた。
「今なら間に合うわ! 二人を引き離さなくては……」
ピクニック会場の他の人が目に入らない二人の様子に、ユーリは心配してアリエナをアレクセイから引き離そうと立ち上がりかけたが、グレゴリウスに邪魔された。
「もう、遅いよ、アリーは恋に落ちてしまった。こうなったら、反対しても逆効果だ」
日頃、男勝りなアリエナの頬を染めて、熱い視線をアレクセイと交わす様子にグレゴリウスは男親として複雑な心情になったが、国王としては冷静にローラン王国との関係改善の糸口になると判断する。
憎むべきゲオルクも、何時までも生きている訳ではない。ルドルフ王は微力ながら頑張って抵抗して、徴兵制の廃止を決断して荒れた農地に農民達を返していた。次代のローラン王国の国王になるアレクセイとアリエナの結婚は、イルバニア王国にとって望ましいのだ。
ただ、亡命中のアレクセイは、母国のローラン王国大使館をも避けなくてはいけない状況で、ゲオルクが亡くなって帰国を果たせても、見知らぬ国に行くようなもので苦労するのは目に見えていた。そんな相手に王女を嫁がせるのはと、アレクセイも婿の候補にあがっていたが却下していたのだが、本人達が恋に落ちたなら話は変わってくると、グレゴリウスは国王として非情な計算をしていた。
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