7話 仲直りのチョコーレト
イルバニア王国の花の都ユングフラウは、恋愛の都でもある。今年はグレゴリウス皇太子が婚約した煽りを受けて、婚約ラッシュ、結婚フィーバーが巻き起こっている。
幸せいっぱいな筈のグレゴリウスとユーリなのだが、国務省の食堂では暗雲が立ち込めている。
「また地方の孤児院の巡回なのか?」
他の事は穏やかで優秀な皇太子であるグレゴリウスなのだが、長年の片思いの相手であるユーリに対しては嫉妬深くなる。
「ええ、そうよ。結婚したらスケジュールがいっぱいだから、今のうちにやっておきたいの」
やっと苦労して竜騎士になったのだ。本来なら色々とやりたいことがあるだろうとグレゴリウスは引け目を感じる。だからこそ、協力的な態度を取るべきなのに、もやもやとした嫉妬心から、余計な質問をしてしまった。
「その巡回を警護する竜騎士は誰なんだ?」
ランチを食べていたユーリの手が止まった。
「さぁ、知らないわ。それに本当は警護の竜騎士なんて必要ないのよ。グレゴリウス様? 何が言いたいの? 」
これはやばそうだと、グレゴリウスはご機嫌をとろうと焦る。
「いや、ちょうどオペラハウスで『ライラ』が演じられるから、一緒に観に行かないかと誘おうと思ったんだ」
確かに『ライラ』はユーリの好きなオペラだが、とって付けたような言い訳に、前々からの不安が巻き起こる。
「やはりグレゴリウス様は仕事を続けるのに反対なのね。だから、竜騎士を護衛につけるなんて贅沢だと思っているから、そんな質問をされたのでしょう! 理解のある振りをして、女性が仕事をするのに反対するガチガチ頭なんだわ!」
「違うよ……ユーリ!」
怒って席を立つユーリをグレゴリウスは焦って追いかけたが、どんどん喧嘩はエスカレートしてしまった。皇太子妃になるというプレッシャーからマリッジブルーになっているユーリは、グレゴリウスのなだめようとする言葉の一つ一つに噛みつく。
「やはり私は皇太子妃に相応しくないんだわ!」
泣きながら駆け去るユーリの背中を、グレゴリウスは困惑して眺める。
「もしかして、ユーリは私のことが嫌いになったのかな?」
自信を無くしたグレゴリウスは、見習い竜騎士だった時の指導者であるジークフリード卿を訪ねる。イルバニア王国一のプレイボーイに恋のアドバイスを求めたのだ。
グレゴリウスがジークフリード卿に色々と諭されていた頃、ユーリは戦争孤児の救済の為に始めたパーラー『ワイルド・ベリー』で、茶色のネバネバと格闘していた。
金髪をキチンと編み上げ、ドレスにはパーラーの女の子の白いエプロンを借りてしめている。手に持ったとたん、へにゃと形が崩れたチョコレートに緑色の瞳を曇らせる。
「何で上手くいかないのかしら?」
普通の貴族の令嬢なら、台所にも入ったことが無い人もいるぐらいだが、ユーリは子どもの頃に農家の娘として料理を母親から教わりながら育った。だから、チョコレートも簡単に作れる筈なのだが、何故か上手く形にならない。
「ユーリ、チョコレートぐらい買ったらどうなの?」
幼馴染のローズとマリーは、国務省での仕事や皇太子妃教育などで忙しいユーリがわざわざチョコレートを手作りしている意味がわからず、横から口を出す。
「だって、セント・ウルヌスデーに、グレゴリウス様に手作りチョコレートをあげたいのよ」
「セント・ウルヌスデー? 鳥がさえずり始める日とチョコレートって何か関係があるの?」
ユーリは、混ぜているヘラを振りかざして「関係をこれから作るのよ!」と宣言する。
「セント・ウルヌスは、聖職者なのに結婚を認めたお方でもあるのよ。ほら、旧帝国では聖職者は独身じゃなきゃいけなかったでしょ。今でもローラン王国では、昔ながらの独身主義みたいだけど……」
「それは知らなかったけど……でも、それとチョコレートととの関係は?」
ユーリは、ウッと口ごもる。何故なら、前世のバレンタインデーを思い出して、セント・ウルヌスデーにチョコレートをグレゴリウスにあげて仲直りしようと思いついたのに過ぎないからだ。
「まさか、また……」幼馴染の二人に疑惑の目で見られて、ユーリは屁理屈を展開する。この所、皇太子妃になるというプレッシャーで、グレゴリウスと何度も喧嘩をしては幼馴染にグチっていたからだ。そうそう喧嘩ばかりしていると思われたくない。
「チョコレートには媚薬の効能もあるのよ。だから、聖職者の婚姻を認めたセント・ウルヌスデーに相応しいの。ああ、何でハート型にならないのかしら?」
今回もユーリは、グレゴリウスにつまらない事で喧嘩をふっかけてしまった。そのお詫びに大きなハート型のチョコレートを作ってプレゼントしようと、材料が揃っているパーラーにやってきたのだ。
「大きすぎるのでは? もっと分厚くすれば固まるとは思うけど、そしたら砕かなきゃ食べられないわ。砕くだなんてねぇ……ちょっと」
いつもパーラーで、アイスクリームやクレープを作っているローズが、アドバイスする。
「そうか! ハートを砕くのって縁起が悪いわよね。ハート型なら小さな一口タイプの方が食べやすいわ」
どうにかハート型の一口タイプのチョコレートを何個か作り上げて、ユーリは満足そうに眺める。
「あとは可愛い小箱に入れて、プレゼントすれば良いだけだわ……でも、私だけがセント・ウルヌスデーをお祝いするのは変よね……」
長年の片思いを実らせ、ユーリにラブラブのグレゴリウスは、チョコレートをプレゼントされなくても、すぐに喧嘩など水に流してくれるだろう。しかし、恋愛経験の少ないユーリは、自分一人が盛り上がっているのは可笑しいと思われるのでは? と、変な方向へと思考を導き始めた。
『日本で女の子が男の子にチョコレートをあげるようになったのは、チョコレート会社の戦略だと聞いたことがあるわ。なら、恋愛の都であるユングフラウでも流行らせる事が出来る筈よ! それなら私がチョコレートをあげても、グレゴリウス様も素直に受け取ってくれる筈だわ』
この時から、ユーリは変な方向へと突っ走りだす。
「えっ、まだチョコレートを作るの?」
「そうよ! ユングフラウ娘達にもセント・ウルヌスデーを祝って貰わなきゃいけないもの」
ユーリは友だちの令嬢達にチョコレートを配って、セント・ウルヌスデーを広めようと考えたのだ。そんな事をしなくても、グレゴリウスに謝りに行きさせすれば良いだけだったのに、此処から大騒動が巻き起こるのだ。
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