6話 歓迎されない新人

 マキシウスがバロア城に詰め切りなので、ユーリは冬休みはマウリッツ公爵家で過ごした。フォン・フォレストに帰りたいと思ったが、グレゴリウスと共にパーティーに招かれたりしていたので残念に思う。




「冬休みに、少しでもお祖母様と会いたかったわ。フォン・アリストのお祖父様も、バロア城に詰め切りで会えないし、何だか寂しいの」




 グレゴリウスはユーリを引き寄せて、私が一緒なのにと拗ねてみせたが、確かに祖父母と会えないのは寂しいだろうと同情する。




「アリスト卿は、このもう直ぐユングフラウに一時的に帰ってくるだろう。雪に閉ざされて城の増強工事もできないから、陸軍の元帥と交代で詰めるだろう」




「そうなの? 良かったわ、バロア城はヒースヒルよりも北にあるから、寒さが身に凍みるのではと心配していたの。それに、前はお祖父が苦手だったけど、近頃はあまり叱られなくなったの。パパのことも色々と話して下さるし」




 ユーリが自分を見上げる顔が可愛いなぁとグレゴリウスはデレデレだったが、ユーリが部屋に来てからは女官達の監視が厳しくて困る。グレゴリウスとしては女官など無視すれば良いと思うのだが、ユーリは気にして今も押し返されてしまった。




「それより、少し寒いけど新居になる離宮を見に行かないか? 春になったら改装工事が始まるけど、内装とか注文があればユーリの思う通りにするよ」




「新居?」




 ユーリは、結婚が現実味を帯びてきた気持ちになる。グレゴリウスに案内されて、離宮に着いたユーリは驚く。




「この建物には来たことがないわ。凄く立派な建物だけど、使われていないように見えるわ」




「ここは皇太子夫婦が住む離宮なんだ。お祖父様達も皇太子時代に此処に住まわれたんだよ。父上は身体が弱くて、皇太子として外国の要人などを招待したり、パーティーを開かれたりしなかったから、本宮の一隅に住んでいらしたんだ」




 グレゴリウスは身体が弱くて竜騎士になれなかった父上が、名ばかりの皇太子として本宮の片隅でひっそりと暮らしていたのだと悲しみが込み上げてくる。




「グレゴリウス様、フィリップ皇太子殿下の事を教えて下さい。私はお会いしたことがないのですもの」




 女官達はこんな寒い離宮で父上の思い出話などしなくてもと、足踏みして震えながら待つ。ユーリをグレゴリウスは外套の中にくるみ込んで二人で暖を取っていたが、火の気のない離宮での監視は辛い。




「あのう……皇太子殿下、そろそろ本宮に帰りませんか」




 寒さに堪えかねた女官の声で、グレゴリウスとユーリは自分達の世界に浸っていたと、女官達に謝って本宮に帰る。




「私は、シンプルな内装なら良いわ」




 結局、離宮の中を見て歩かなかったねと、暖炉の前で二人は話し合う。




「ユーリの部屋みたいに、ロマンチックなのにしたいのかと思っていたんだ」




 バロア城から脱出した後で熱を出したユーリを見舞いに行った時の部屋の印象がグレゴリウスの頭に染み込んでいて、ああいう趣味なのなら、合わせたいと考えていたのだ。




「え~、何度もロマンチックなドレスが嫌いだと言っていたのに、聞いてなかったの? あの部屋も、シャルロット大叔母様の趣味なのよ。できるだけ質素でシンプルな内装が良いわ」




 グレゴリウスは離宮とはいえ、王宮の一部なので質素にはならないだろうなぁと思う。




「外国の要人を接待したりするから、質素にはならないだろうけど、キンキラは私も趣味じゃないから伝えておくよ。他には何か希望が無いの? ユーリって……あまり結婚に乗り気じゃないのかな……普通は女の子は、新居とかウェディングドレスとかに夢中になると思うんだけど……」




 グレゴリウスが拗ねだしたので、ユーリは必死で言い訳をし始める。




「新居と言っても……離宮は私の想像の範疇を超えているもの。小さな屋敷位なら、どうこう思えるけど……離宮なんだもの。そうねぇ、離宮の庭なら考えられるわ。桜が好きなの! 花を見ながら外で食事をしたり、お茶をしたいわ。あと、少し菜園も作りたいし、小さな温室もあると嬉しいな」




 グレゴリウスはユーリが菜園などして手が荒れないか心配したが、慣れない王宮暮らしのストレス解消になるならと承知した。




「温室で花を作るの? それとも苺? メルローズ叔母上から、ユーリの作った苺がとても美味しかったと聞いて、私も食べたくなったんだ」




 ユーリは、冬に苺なんて時季外れだから、珍しく思われたのねと笑う。




「結局、キャベツ畑で妊娠した人達に、お祝いで配ったのよ。でも、今日はまだ摘んでないから、今から苺刈りに行きましょう。女官の人達にも寒い思いをさせたから、温室で苺刈りは楽しいと思うわ」 




 女官達も少しぐらいの恩恵に与ってもバチは当たらないだろうと、グレゴリウスの許可も出たので、マウリッツ公爵家の温室で時季外れの苺刈りを楽しんだ。 




「本当に、美味しい苺だなぁ。少し叔母上達に持って行こうかな」




 グレゴリウスがメルローズとシェリルに苺を持って行けるようにと、二人で仲良く摘む。








 ユーリの冬休みはこうして過ぎていき、新年になると竜騎士としての仕事が始まると気を引き締める。




「私が福祉課の責任者のレイトンです。以後お見知りおきを」




 ユーリは年配のレイトン卿に手にキスをされた瞬間から、シュミット卿とは違った感じを受けて困惑する。何時もピリピリと忙しそうな財務室と違い、呑気そうな福祉課にユーリは何か気持ちが落ち着かなくて、何かする事はないですかとレイトン卿に質問する。




「皇太子妃になられる方に、命令などできませんよ。


それに見習い竜騎士ではないのですから、指示など必要ないでしょう」




 ユーリは福祉課の部屋に入った瞬間からの違和感は、このおっとりとして見えるレイトン卿が、自分を歓迎していない事からもたらされているのだと気づいた。福祉課の職員達は、皇太子妃になるユーリに愛想は良くて、お茶でも如何ですかとサービスしてくれるものの、仕事を手伝おうとしても何もやらしてくれない。やらせてくれない




 ユーリはそちらがその気ならと、めらめらと心に燃える怒りを抑えて、竜騎士になったら予算を取りたいと思っていた女性の職業訓練所の建設に付いて書類を作成して過ごす。初日を通して観察していたユーリは、福祉課の職員達が仕事をしない訳ではないと気づいて安心したが、どうもゆっくりしているイメージが拭えない。




「う~ん、歓迎されてない感、200%だわねぇ。でも、やっとスタートラインにつけたのだから、頑張らないと……」




 初日を終えて気疲れしたユーリは、ベッドにダイブすると爆睡してしまう。やっとバロア城からユングフラウに帰ったマキシウスはベッドの上で寝ているユーリを見て、風邪をひくだろうと布団を掛けてやる。




「どうやら、思う通りには、いかなかったみたいだな……」




 竜騎士として国務省の福祉課に勤務するなんて、退官したバランス卿以来だとマキシウスは苦笑する。




「あまり手こずるようなら、一度バランス卿のお宅にでも話に行かせて……いや、もう竜騎士なのだから、自分で解決させなければな……若い世代に、交代する時期になっているのだ。何時までも年寄りが、手を引いてやるわけにもいかないだろう」




 マキシウスは国務相と外務相が退官する覚悟を決めているのに、自分はなかなか踏ん切りがつかないので悩んでいた。前の戦争の時には苦にならなかった前線基地での暮らしが、寒さもあり身に堪えたマキシウスは、自分の孫娘が結婚する年なのだと実感する。




「後任を、誰にするかが問題だな……」




 甥のサザーランド公爵は武術は優れているが、気難しい竜騎士達を統率するには人が良すぎるだろうと、国王とも話し合った。




「竜騎士の能力ではユーリが一番優れているが……無理だろう。絆の竜騎士である必要はないとはいえ、能力の劣った竜騎士隊長には従わない。やはり、ジークフリート卿が望ましいのだが……」




 ジークフリートが華やかな容貌なのに、武術と戦略に長けているのは、二度の参戦で竜騎士隊員達も知っているし、彼なら自分とは違ったタイプの竜騎士隊長として隊を纏め上げるだろうと考えた。




「国王陛下も、皇太子殿下が結婚して落ち着いたら退位を考えておられる。ユーリも結婚しても仕事を続けたいなら、レイトン卿のやんわりとした嫌がらせなどに、足を引っ張られている場合では無いのだ。自分のしたい事を、実現させるノウハウを身につけていかないとな」




 マキシウスは夕食の際に、ユーリに少し厳しい態度で接する事にした。




「福祉課での仕事が面白くないなら、寿退職しても良いのだぞ。皇太子妃教育も始まるし、結婚の準備も大変だろう。皇太子妃として、チャリティーに参加するだけでも忙しいだろうからな」




 ユーリはお祖父様が福祉課のレイトン卿に軽くあしらわれてメゲて帰って来たのを承知で、こんな発言をされたのだとピンときた。




「やっと、竜騎士になれたのですもの。諦めたりしないわ。一回で予算が通るとは思えないけど、予算案を作成してみるわ」




 マキシウスは、まだまだユーリが甘いと溜め息をつく。




「通りもしない予算案を、何度提出しても無駄だろう。それに上司のレイトン卿を説得できなくては、予算案を作成しても、提出すら出来ないのではないか。お前は財務室で、シュミット卿から何を学んだのだ。自分の事ばかり考えないで、まずは福祉課の仕事を覚えた方が良いのではないか」




 ユーリは、ぷんと膨れた。


 


「だって……皇太子妃になる方に手伝って貰えないと、言われるの。やはり、この婚約指輪が目立ち過ぎなのよ」




 指輪に八つ当たりしても仕方が無いのはユーリにもわかっていたが、女の子が官僚と肩を並べて仕事をするだけでも難しいのに、結婚が決まっているので、腰掛け扱いされているのが悔しかった。




「結婚しても仕事を続けたいなら、今のうちに少しでも基盤を固めておかないと無理なのはわかるだろう。一気に女性の職業訓練所を設立するなんて、無理だぞ。まぁ、お前の寿退職のお祝いにミシンを2、3台買う予算ぐらいなら、国務相がどうにかしてくれるかもしれないがな」




 ユーリは挫けそうになっていた自分に気づいた。確かにグレゴリウスと結婚して、皇太子妃になったら公務が忙しくて仕事どころでは無いかも知れないが、合間を縫ってでも続けたいと思う。




「初日は、レイトン卿のペースに嵌まったけど、明日からは巻き返すわ。予算案の書き方はバッチリ学んでるし、福祉課の資料ミスがどこらへんに有るのかも知っているもの」




 マキシウスは、薬が効き過ぎたのではと不安になる。




「言っておくが、シュミット卿の時のみたいな喧嘩は御免だぞ。レイトン卿と喧嘩などしたら、クビだからな」




 ユーリはわかっていますと返事をしたが、マキシウスは本当だろうかと不安になる。




「何から始めたら良いのかは、まだわからないけど、相手を観察してみることにするわ。今日も職員達は仕事をしていたもの。何か手伝わして貰うか、仕事を見つけるつもりよ。駄目だったら、また考えてみるわ」手伝わせてもらう




 次の日から、ユーリは福祉課のメンバーの仕事の分担を観察する。福祉課の課長はレイトン卿だが、他にもイージス卿とチャーチル卿がユーリの先任として分担して仕事をしていた。




 イージス卿は、貧窮院や、孤児院など恵まれない病人や孤児を収容する施設の監督をしていた。チャーチル卿は今は戦争の遺族への弔慰金の手配や、負傷者への手当てを担当しているが、本来はイージス卿と施設の監督を分担して行っているみたいだ。




「イージス卿は、チャーチル卿の施設の監督も引き受けている状態なんだわ。チャーチル卿の弔慰金を配る手伝いもしたいけど、忙しそうなのはイージス卿だわ」




 ユーリは、イージス卿を手伝う事にした。イージス卿は何人もの職員に施設を巡回させては、問題点を報告させていた。




「イージス卿、今日はユングフラウの孤児院を巡回されると聞きました。私は福祉課に配属されましたが、まだ勉強不足です。ご一緒させて頂いても、宜しいでしょうか」




 イージス卿は、皇太子妃になるユーリと孤児院に巡回するのは腰が引けていた様子だったが、断る理由も見つけられないまま押し切られてしまう。




「ユーリ嬢、孤児院は予算が少なくて、令嬢の目には悲惨にうつるかもしれません。しかし、戦争が終わった事だし、今年は改善の為の予算を通したいと思っているのです」




 馬車で孤児院に向かいながら、イージス卿は皇太子妃になるような令嬢に、貧しい孤児院はどんな風に見えるのだろうと溜め息をつく。孤児院の院長は、福祉課のイージス卿が若い令嬢を伴って巡回に来たのに驚いた。




「リンチン院長、こちらはユーリ・フォン・フォレスト嬢です。福祉課の新人ですので、宜しくお願いしておきます」




「この方は、皇太子妃になられるユーリ嬢ではありませんか」




 院長は自分が驚いて礼を失したのを詫びる。




「申し訳ありません。ユーリ嬢がお越しだと聞いておりましたら、玄関までお出迎え致しましたのに」




 慌てる院長を、ユーリは制した。




「リンチン院長様、私は福祉課の新人としてイージス卿に付いて来ただけですので、そのにように扱って下さい」




 ユーリの説得で、院長は福祉課に色々と要求があったのを聞いて貰えるチャンスかもと、施設内を熱心に案内して回る。




「子供の人数が多すぎるのです。職員達は、一人一人に対応する時間もゆとりも無いのです。できるだけ養子や里子に出してはいますが、可愛い女の赤ちゃんと、大きな男の子の需要はあるのですが……」




「女の子の赤ちゃんを望むのは、育て易いからでしょうが、大きな男の子は働き手としてでしょうか。養子先や里子先の調査は……」




 院長の顔色から、其処までの調査は無理だと気づいた。




「大きくなった女の子達は、どうなるのでしょう」




「下働きの女中が関の山です。孤児院育ちの女の子を雇ってくれる屋敷を探すのに、難儀しているのです。中には賢い娘もいて、もう少し教育をさせてやりたいと思うのですが、ベッド数には限りがありますから」




 イージス卿も、この件には頭を痛めていた。




「出産で母親を亡くしてしまうと、赤ん坊だけでなく幼児も孤児院に放り込む父親が多いのだ。女手がないと育てられないのは理解できるが、再婚しても引き取らない無責任な男の多さには呆れてしまう。まぁ、売春宿に幼い女の子を売り飛ばすよりはマシだがな」




 ハッとイージス卿は令嬢の前でと詫びた。




「売春宿に、幼い女の子を売り飛ばす親がいるのですか? そんなの認められないわ」




 メラメラと怒りに燃えるユーリに、イージス卿は失言を後悔する。




「それは法律に反するから、執行官が見つけたら親も売春宿も罰せられますよ」




 院長は窮地のイージス卿に助け船を出した。




「それがちゃんと機能していれば、良いのですが……今はベッド数を増やす事と、賢い子供達にもう少し上の教育を付ける事に集中しないといけませんわね。イージス卿、ベッド数を増やすには建物の増築と、職員の数を増やさないといけないのですね」




 院長室でユーリは、イージス卿と三人で、増築にかかる費用の見積もりや、職員の増員数を話し合った。




「ところで院長様、孤児院で算盤とミシンを導入してみませんか? 女の子達は、手に職をつけられると思いますし、子供達の服も縫えますから一石二鳥ですわ」




 ユーリは孤児院にミシンを取り敢えず2台寄付すると申し出た。




「ミシンの噂は知っています。ミシンの習練所があると聞いたのです。勉強は苦手でも、手先の器用な女の子達に、通わせてみたいと思っていたのです。ミシンみたいな高価な物を寄付して頂けるなんて、夢みたいですわ」




 ユーリは縫い方の指導員も当分は派遣すると約束して、孤児院から帰る。




「ユーリ嬢、ミシンを寄付して良いのですか? たいそう高価だと聞いています」




「本来は、予算でミシンを買うべきなのでしょうね。でも、まだミシンは高価過ぎますから……もっと安価になったら、予算で買えるようになるでしょう。それまでは寄付しますわ」




 イージス卿は、皇太子妃になるぐらいだから名門貴族の令嬢で、お金の価値を知らないのだと心配する。




「ユーリ嬢の勝手に多額の寄付などして、アリスト卿に叱られませんか?」




「ご心配ありませんわ。ミシン会社の筆頭株主は、私ですもの。特許料と株の配当で、孤児院にミシンを行き渡らせる事ができる筈です」




「ユーリ嬢が、ミシンを発明されたのですか? そしてフォレスターミシン会社の筆頭株主なのですか」


  


 イージス卿は、フォン・アリスト家の領地の跡取りのみならず、フォレスターミシン会社の筆頭株主であるユーリなら、全国の孤児院にミシンを寄付しても平気だろうと考える。




「ついでに増築費用も、寄付して貰えませんかね~」




 笑いながら半分本気のイージス卿に、ユーリは少し考えて拒否する。




「それは国の仕事だと思いますわ。財務室で、予算案のチェックの仕方は、シュミット卿にビシバシ鍛えられましたから、宜しかったらお手伝いしますわ。算盤は教育課に、お願いしておきます」




 イージス卿は、そう言えば冷血の金庫番の見習い実習生として、予算案をチェックしていたユーリは、プチ金庫番と呼ばれていたと思い出す。




「どうやらレイトン卿も、プチ金庫番の事を忘れているみたいだな……面白くなりそうだ」




 バランス卿が退官した後、ローラン王国との戦争で緊縮予算で、カットされまくっていた福祉課に、思わない新人が現れたとイージス卿は気がついた。こうして、ユーリは少しずつ福祉課に馴染んでいった。   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る