5話 ベビーシャワー

「こういう事に、緑の魔力を使って良いのかな?」




 そう言いながら、フランツは摘みたての苺を口に入れる。




「フランツ、さっきから食べてばかりじゃないの。今日はビクトリア様に持って行くのよ」




 ユーリはマウリッツ公爵家の温室で苺の栽培をしていた。いくら温室でも冬に苺はなかなか実を付けそうにないが、そこは緑の魔力持ちのユーリがいるから、葉っぱの陰から赤い苺がそこら中に覗いている。




「だって、甘酸っぱくて美味しいんだもの。どころで、ユージーンは何処へ行ったんだ? 僕に苺摘みを押し付けて」




 フランツは少しはルースから離れていられるようになったが、冬休み中は出来るだけ一緒に過ごしたいと愚痴る。




「ユージーンは、一昨日も昨日も手伝ってくれたわ。お陰でメルローズ様とシェリル様に苺を手土産にお祝いを言って来たの」




 フランツはバスケットに苺を摘みながら、サザーランド公爵家に赤ちゃんが産まれたら従兄になるんだなぁと喜んだ。




「グレゴリウス様も従兄が二人も出来ると喜んでらっしゃるわ。メルローズ様とシェリル様とで、年の離れた従兄だけどね」




「メルローズ様が御懐妊されて、シャルロットお祖母様も喜んでいるだろうなぁ。それにしても、ロシュフォード卿は変人だけど医師だし、奥方のシェリル様は常識のあるお方みたいだから大丈夫だろうけど……ビクター様とビクトリア様が子どもを育てるなんて怖いよね……」




 フランツの失礼な意見に、ユーリも同感だ。




「そう思うでしょ、私がそう言ったらグレゴリウス様は子守が育てるから大丈夫だろうと言うのよ。子守だけで、育てられる訳ではないでしょ。だから、少し心配なの。子どもの時に近所の赤ちゃんの守りをしたから、手伝いたい気持ちだわ」




 フランツは口に放り込んだ苺が、気管にはいりそうになって咽せる。




「ゴホン、ゴホン! 失礼、でも本気じゃないだろうね。産まれるのは、春頃なんだろ。婚約披露パーティーや、結婚式の準備で、忙しくなる時期じゃないか。国務省での仕事も辞めないのだろ、そんな呑気な事を言ってる場合じゃないよ」




 フランツに叱られて、それはそうなんだけどとブツブツ言いながら苺をバスケットに入れる。




「この前も、マリー・ルイーズ様に叱られたのよね。グレゴリウス様に結婚前に言っておきたい事があって、テラスから部屋に行ったから……あれこれ行動する前に考えてしなさいと、説教されたわ。そう言われて、婚約が一番もっと考えなくてはいけなかったと気づいたの。好きという気持ちで、突っ走ってしまったのかも……」




 フランツは今更婚約破棄とか言い出すのではと、冷や汗をかいた。




「ユーリ、まさか皇太子殿下と結婚するのをやめたいとか……」




「まさか、そんな事は思ってないわ。でも、人生で一番大きな決断を余り考えずに決めちゃったなと……結婚って、勢いでするところも有るのかもね。あれこれ考えていたら、怖ろしくなるもの。あっ、子どもも同じかもしれないわ。健康に他の人に迷惑をかけないように育てなくてはなんて考えていたら、怖ろしくて産めないわね」




 フランツはいずれ自分も結婚相手を見つけなくてはいけないけど、ユーリみたいに恋する気持ちの勢いで選んだりはしないだろうと思った。多分、ユージーンも自分も、親が勧める相手を選ぶのだろうと諦めていたのだ。




「有る意味で、凄い恋愛だよね。恋愛音痴のユーリなのに変だなぁ」




 ユーリは自分でも恋愛音痴だと感じていたが、彼女のいないフランツには言われたくないと苺を投げつける。フランツはチャッカリ口でキャッチして、もごもご食べながら、ユーリの見張りはお役御免になったのだから、恋人が出来ても良いはずなのにと溜め息をつく。




「友達の令嬢を、紹介しましょうか?」




 一瞬グラッとなったが、逐一デートの内容が漏れそうだとフランツは断る。




「婚約披露パーティーに連れていくパートナーを頑張って見つけてみるよ。かなり婚約ラッシュで令嬢方も減ったけど、またデビューした可愛い令嬢もいるしね」




 まだまだ結婚する気が無いフランツは、ユーリの友達の18才、19才の本気モードの令嬢方は荷が重く感じる。




「今は軽い付き合いぐらいで良いのかも。パロマ大学に研修に行く事になるかもしれないし、大使館に派遣されるかもね。ユージーンも一、二年は、外国へ派遣されていたからね」


 


 ユーリはいつも一緒だったフランツが、外国に派遣されると考えると、心細く感じる。




「外交官なのだから、外国へ行くのも仕方ないのよね。でも、少し寂しいなぁ。フランツはいつもリューデンハイムで一緒だったもの。他の男の子達が、女の子が何をしに来たんだって目で見ている時から、優しくしてくれたのよね……」




 ユーリが涙ぐむのを、まだ決定した訳でも無いのにと、フランツは笑い飛ばす。




「もう、これだけ苺があれば充分だろう」




 フランツは湿っぽいのが苦手なので、バスケットに一杯の苺を持って母屋へとユーリを連れて帰る。妹みたいな存在だけど、妹ではないユーリがずっと側にいたから、自分が恋人を探すのに本気になれなかったのだとフランツは気づいてしまった。




「馬鹿だなぁ、結婚できる相手じゃないのに……」




 ユーリにアプローチをかけるアンリやシャルルに苛立ったのは、嫉妬していたのかもしれないとフランツは苦笑する。




「グレゴリウス皇太子殿下は………まぁ、9才の頃からユーリ一筋だし……仕方ないかなぁと諦めがついたんだ。従姉妹だけだったらなぁ……」




 自分の気持ちに鈍感なユーリは気づいて無いのが救いだなと、フランツはベビーシャワーのお祝いに行くのを見送った。


  






 鈍感なユーリと違い、ユージーンと公爵は微妙なフランツの気持ちに気づいていた。




「少し国を離れるのも、良いかもしれませんね。大使館で修行するのも、気が紛れるでしょう」




 ユージーンの提案に、公爵も同意する。




「フランツはユーリと同級生として過ごした時間が長いからな。少し離れた方が良いだろう。皇太子妃に横恋慕など、人聞きが悪いからな」




 ユージーンは、アンリの件を思い切って尋ねた。




「アンリは、振られた当初は落ち込んだみたいだが、戦争の準備などを忙しくしているうちに乗り越えたみたいだな。ロックフォード侯爵は、ユーリはアンリの手におえなかっただろうと笑ってらしたよ。なにせゲオルク王の竜を撃ち取ったのだからな」




 ユージーンは父上にその件はユーリの前ではタブーですよと釘を刺す。




「わかっているさ、ユーリは竜を愛しているからな。でも、国中が茨姫がゲオルク王の竜を撃ち取った事を噂しているぞ。アンリには、お淑やかな令嬢の方が向いている」




 ユージーンは、王宮ではユーリの前でカサンドラの事を持ち出す馬鹿はいなくても、これから皇太子妃として地方へ巡幸する時は誉め言葉として持ち出す人もいるだろうと眉を顰める。




「あの時、ゲオルク王がまさか北の砦に向かうとは考えなかったから、あんな事になってしまったのです。ユーリには、後方で竜達に指示だけしてもらう作戦だったのに……」




 公爵はユージーンの言葉で、どれほどユーリが傷ついたのかを知り、二度と口にしないと誓った。




「それにしても、アリスト卿は寒いバロア城に詰めておられるのか。冬至祭にも帰って来られなかったな」




 戦争以来、ユングフラウとバロア城を行き来しながらも、国境地帯を護っているマキシウスが、父上と同年代だと思うとリュミエールは気の毒に感じるのだ。




「本来なら副隊長のサザーランド公爵が交代でバロア城に詰めるべきなのでしょうが、メルローズ様が御懐妊中ですからね」




 公爵は、マキシウスが厳めしい態度の裏で、優しい心を持っているのを知っていた。


 


「アリスト卿は甥のナサニエル卿を可愛がっているから、跡継ぎが出来るのを喜んでいるのだろう。それに、姉上が亡くなるのに立ち合われたから、出産が危険を伴うものだと心配りをされているのだ」




 リュミエールは姉のロザリモンドが生きていたら、ユーリが皇太子妃になるのをどう思うだろうと溜め息をついた。しかし、ウィリアム卿と駆け落ちした姉上だから、ユーリが恋に落ちて結婚を決意したなら、祝福するだろうと考えなおす。








「ユーリのキャベツ畑のせいで、私にまで次の予約を申し込む人がいるのですよ。国王陛下や王妃様も、申込者が多くて困っておられると聞きました。ユーリが何かすると、どうも問題が大きくなってしまうのが困りますね。今回の苺も、悪い予感がするのですよ……他の妊娠中の方々も、欲しがりそうで……」




 ユージーンの予感通りで、マリアンヌの所には親を通じてサザーランド公爵家やロシュフォード侯爵家には苺が届いたのにと、暗に苦情がきていた。




「苺は沢山できているのだろうから、ユーリ本人で無くとも届けさせるさ。冬に苺なんて美食の都でも贅沢だから、文句も言われないだろう」




 ユージーンは、やはり母上の所にあれこれと言いにくる人が居るのだと溜め息をつく。




「元々の動機も悪くないし、お目出度い事なのですが、ユーリはもう少し考えて行動しないといけませんね。ただの貴族の令嬢ならいざ知らず、皇太子妃になるのですから。貴族の中には、皇太子妃の側近に奥方や令嬢をさせようと近づいて来る者もいるでしょうから気をつけないと。幸い、クレスト大使が外務次官としてユングフラウに帰って来られますから、セリーナ夫人にユーリの側近になって貰えそうです。あのご婦人なら、他の側近をお任せしても大丈夫でしょう」奥方や令嬢を皇太子妃の側近にさせようと近づいて来る者もいるでしょうから気をつけないと。




 公爵は本来ならマリアンヌがユーリの側近となるべきなのだがと苦笑したが、セリーナ夫人に任せた方が無難だろうと考える。




「お前も、セリーナ夫人みたいな奥方を貰わないといけないな。将来、ユーリが王妃となった時に、お側に仕えられる貴婦人を選ばなくては」




 ユーリが普通の貴族と結婚したのなら、外交官の妻として社交がこなせたら良いと考えていたが、皇太子妃、王妃の身内となれば、自ずと条件が厳しくなるとユージーンも公爵も考えた。








 二人がユーリ関連の事で頭を悩ましていた頃、当の本人はビクトリアと頓珍漢な話をしていた。悩ませていた頃




 ビクトリアはユーリがお祝いに持ってきた苺を早速シンプソン夫人に洗わせると、定番のソファーで行儀悪く指で摘まんでパクつく。




「とても美味しい苺だわ! ユーリ、ありがとう。ビクターには、食べさせないようにしないといけないわ。あの人は苺に目がないの。一瞬で、全部食べてしまうだろうから」




 ユーリは好物なのに、気の毒だと思う。




「ビクター様にも少しは食べさしてあげたら?」食べさせて




 ビクトリアはよっこらしょと座り直すと、とんでもないと怒り出す。




「私が悪阻で何も食べれなくて苦しんでいた時に、大好物のトリュフ入りのパテを私の分も食べたのよ。食べ物の怨みは、怖ろしいのよ。それに、熊みたいなビクターが苺なんて似合わないわ。モガーナ様に髭を剃るように言って貰いたいわ。顔が気に入って結婚したのに、見えないのですもの」




 何だかんだ言っても、ビクトリアとビクターは仲の良い変人夫婦だと、ユーリは笑う。




「ビクトリア様が、子どもを欲しがっていただなんて知りませんでしたわ」




 また、ソファーに寝そべったビクトリアに少し呆れながら、ユーリは子育てとか無理そうだけどと心配する。




「子どもって面白そうじゃない。それにビクターを選んだのは、顔の良い子どもが欲しかったからなのよ。私は不細工な子どもなど嫌だもの。性格は私に似ても、ビクターに似ても、奇天烈だと言われるのでしょうけど、顔がマシなら結婚して出て行ってくれるでしょうしね。ユーリも性格は変っているけど、見た目が可愛くて良かったわね。皇太子殿下は苦労しそうだけど、本人が自ら買って出てるのだから仕方ないわよね」




 ユーリは変人のビクトリアに、性格が変だと言われる筋合いはないと思う。




「ビクトリア様はお子様が結婚して、自立してくれる事まで考えていらっしゃるのですね。少し安心しましたわ」




 ビクトリアとしては自分の事より、皇太子妃になんかになるユーリが心配だ。




「皇太子殿下も、ユーリと結婚して苦労されるだろうけど、貴女はもっと大変な目に遭うのよ。何故、アンリ卿やシャルル卿を、選ばなかったのかわからないわ。あの二人と結婚したら、好き放題出来そうなのに。それは皇太子殿下もユーリにメロメロだけど、あちらには口うるさい貴族達が付いているのよ。心配だから、貴女の側近になってあげるわ」




 ソファーに寝そべったままのビクトリアに側近になってあげると言われて、ユーリは困惑する。




「でも、ビクトリア様はお子様を育てなくてはいけないのでは……」




「ああ、赤ちゃんのうちは乳母に任せるし、基本はビクターに育てさせるつもりですもの。産むのは私なのだから、育てるぐらいはして貰わないと。それにユーリの子どもの学友に、丁度良いかもしれないから、王宮で面倒みて貰っても良いわね。まぁ、これは性別もあるから、未確定だから産まれてみないとね」




 側近とか、ご学友とか、ユーリはクラクラする。そんな様子を、ビクトリアは全く貴族や王族の生活に無知なのだからと呆れて見る。




 ユージーンと公爵なら、ビクトリアがユーリの側近になると聞いたら、驚いて心臓が止まりそうになるだろうが、全く常識の無い二人の会話を止める者は居ない。




 実際に、セリーナ夫人とビクトリアは、ユーリを生涯に渡って公私ともに支えてくれる側近となるのだが、この時点では全く予想もつかない話だった。

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