4話 ユーリの告白

 フランツは竜騎士に叙された日にルースと絆を結び、まるで新婚のようにラブラブの日々を過ごす。




「フランツときたら、こんなに寒いのに竜舎で寝ているのですよ。風邪をひかないかしら」




 マリアンヌは心配したが、ユーリはルースが風邪などひかさないと保証する。




「ユージーンと全く違うわね。冬休みで良かったわ、せっかく竜騎士になれたのに、毎日ずる休みしていたら格好つかないもの」




 ユージーンもフランツのルースにべったりしているのに呆れたが、二人が無事に竜騎士になったので指導の竜騎士として安堵している。




「それより、ユーリ、婚約披露パーティーのドレスの仮縫いがまだですわよ。忙しいとか言って、後回しにしてばかりなのですから。そろそろ、本当に仮縫いしないと間に合わなくなりますよ」




 ユーリはいっぱいドレスが有るのだからと遠慮していたが、マリアンヌのみならず、公爵やユージーンにも婚約披露パーティーには特別なドレスが必要だと説得される。




「でも、まだ冬休みなんですよ。婚約披露パーティーは、グレゴリウス様が18才になってからだから……」




 マリアンヌは国をあげてのお祝い事で、招待される貴婦人や令嬢がこぞってドレスを注文するのだと力説する。




「出席する全員が、趣向を凝らしたドレスを着飾って来るに決まってます。主役のユーリが見劣りするドレスでは、皇太子殿下に顔に泥を塗ることになりますわ。ウェディングドレスや、その後のパーティーのドレスも作らなくてはいけないのですから、早過ぎではありません」




 マリアンヌは、ユーリの輿入れの準備に張り切っていた。




 ユーリはグレゴリウスが外国からの要人をもてなすパーティーに婚約者として出席したりして、皇太子妃になったら公務が増えそうだと溜め息をつく。




「せっかく竜騎士になれたのに……年明け早々に、皇太子妃教育が始まるのよねぇ。もう少し結婚を後にして貰おうかしら」




 ユージーンは飲んでいた紅茶を咽せそうになる。




「ユーリ、そんなこと出来るわけが無いだろう。もう、公式に発表されているのだ。各国にも、招待状が年明けと同時に届けられる手筈になっているのに」




 外務省は、グレゴリウスの結婚式に参列する各国の招待客の序列で頭を悩ましているのだ。それに、グレゴリウスが春に結婚式を挙げたいと愚痴っているのを知っていたので、ユーリが日延べしたいなど言い出したら大揉めになりそうだと必死で止める。




「駄目かしら? 福祉課の仕事に慣れてから結婚したいと思ったの。それと……まだまだ、やりたい事がいっぱいあるけど、皇太子妃になったら無理なのかなぁ。ドレスの既製品を作って売るシステムや、ゴムでチューブを作って自転車を作ったりしたいから、急がなきゃいけないわね。ああ、そうだわ、メルローズ様、ビクトリア様、シェリル様にお祝いを言いに行かないと。叔母様、何を持っていこうかしら?」




 キャベツ畑の呪いのお陰で、ユングフラウの貴族の間に妊娠ラッシュがおきていた。そろそろ安定期になるし、お祝いに行ってもおかしくない時期だとマリアンヌも思う。




「そうですねぇ、赤ちゃん用品などは揃えてあるでしょうし。何か果物とか……と言っても冬ですからねぇ。お花とか、焼き菓子ぐらいかしら」




 ユーリはちょっと思いついた事があったので、試してみることにする。




「叔母様、温室を少し貸して頂けますか?」




 花の好きなマリアンヌは、温室で冬も花が途切れないように栽培させていた。ユングフラウには冬にもバラが咲いてはいたが、流石に小さな花しか咲かさなかったので、マウリッツ公爵家には温室が整備されていたのだ。




「ユーリ、少しゆっくりしたらどうなんだ。竜騎士になったのだから、落ち着いた行動を身に付けた方がいいぞ」




 ユージーンは、あれやこれやとゴッチャになっている行動パターンを心配する。何やら温室で緑の魔力を使って花か果物を作るのを思いついたみたいだが、親しい貴婦人のお祝い事に力を使っている場合では無いだろうと心配する。




「冬休みしか自分の為に時間が使えない状態なのだから、身体や精神を休めた方が良いと思う」




 公爵も皇太子妃になるには、教育よりも、ドタバタと落ち着かない性質を改めた方が良いと考える。ユーリは二人から忠告されて、前から気になっていた案件を解決しなければと思い立つ。




「そうですねぇ、思い付いた物から行動しているから、ドタバタしてしまうのだわ。少し計画を立てて、行動しなくてはいけないわね。グレゴリウス様と話さなきゃいけない事を後回しにしていたわ。結婚する相手に秘密を持ったままではいけないのに、話し難くて後回しにしていたの。まずは、それから解決していかなくては……」




 公爵夫妻とユージーンが何を話すのかと疑問を持って、尋ねようとした時にはユーリはサロンを飛び出した後だ。




「もう、あの娘ときたら……落ち着きのない」




 思い付いたまま行動しては駄目だと言った瞬間から、ドタバタしているユーリにマリーは溜め息をつく。




「ユージーン、何を話すつもりなんだ? 凄く、嫌な予感がするのだが……」 




「普通は、結婚前に令嬢が相手に告白する秘密といったら、過去の恋愛関係でしょうが……ユーリはそんな事は無いとは思うのですが……まさか、エドアルド皇太子殿下との件で私達が知らない事があったとか? そんなのグレゴリウス皇太子殿下に言ったら、嫉妬して大騒動になりますよ」




 ユージーンは慌ててユーリを止めようとして竜舎に向かったが、フランツとルースがべったりしているだけだ。




「ユーリは王宮に行ったのか?」




 フランツはルースとの睦言を邪魔されて、不機嫌そうにユージーンを睨み付ける。




「皇太子殿下の部屋を聞いていたから、デートじゃないかな。ユージーンも人の恋路を邪魔しない方が良いよ」




 新婚ぼけのフランツからグレゴリウスの部屋を聞き出しただなんて、チッと舌打ちしたユージーンだったが、不測の事態に備える為に王宮へと向かう。


 






「グレゴリウス様、少し話があるの」




 部屋で寛いで本を読んでいたグレゴリウスは、テラスからのユーリの訪問に驚き喜んだ。




「ユーリ、よく部屋がわかったね。寒かっただろう? 早く入りなさい」




 イリスからユーリがテラスに跳び移るのをグレゴリウスは手を貸した。




「何で、テラスから来たの?」




 部屋の暖炉の前に座って、グレゴリウスは不審に思って尋ねる。




「グレゴリウス様に秘密を告白しなければと以前から思っていたけど、侍女や女官がいつも付き添っているからできなくて……いえ、嫌われるかもと思って言えなかったの」




 グレゴリウスは、何の告白かと心臓がドキドキする。




「エドアルド皇太子と、何かあったのか! それとも、アンリ卿? シャルル卿? いや、アスランと何かあったんだな」




 ユーリは呆れて、グレゴリウスに少し黙っているように頼んだ。




「アンリ卿やシャルル卿とは、キスもしてないわ。アスラン様ともよ。エドアルド様とはキスしたけど、そんな事を言いにわざわざ来た訳じゃないの。結婚する前に、言って置かなきゃいけない事があるから来たの。少し黙って、聞いて下さい」




 グレゴリウスはエドアルドとの事を思い出して嫉妬心がめらめらと燃えたが、ユーリの真剣な様子に何だろうと口を閉じる。




「私は、前世の記憶があるの。信じて下さらないかも知れないけど、前世の私は19才で強盗に襲われて死んだのよ。両親を幼い時に亡くして、祖母に育てられたのも一緒だし、此方の真名に似た文字を使っていたの。だから……何だか気持ち悪くて……」




 グレゴリウスは前に何度となくユーリの言動が変だと思った事があったのは、前世のせいなのかと溜め息をついた。




「そんなの関係ないだろう。それより、強盗に襲われただなんて、怖い目にあったんだね」




 グレゴリウスはユーリを抱きしめたが、少し気になっている事があった。




「19才……恋人とかいたのかなぁ……もしかして……結婚していたとか……」




 ユーリはグレゴリウスが何を気にしているのか、よくわならなかった。




「どういう意味なの? 前世の記憶がある事より、前世で恋人がいたかの方が気になるの? じゃあ、私が結婚していたら、婚約は破棄するの?」




 グレゴリウスは慌てて、違うと否定する。




「まさか、前世の事で、ユーリを嫌いになったりしないさ。ただ、恋人とかの記憶も有るのかなぁと……」




 ユーリは怒って、グレゴリウスの胸を押し返す。




「恋人なんかいなかったわ。どこかのお子様にキスされるまで、キスもしたことなかったし。そんな事より、私が色々と思い付いたりするのは、前世の記憶のせいなの。だから、私の事を賢いとか思っていたら、騙しているみたいだから……」




 グレゴリウスは恋人がいなかったと聞いてホッとしたし、自分がファーストキスの相手だったのだと笑い出す。




「だから、あんなに怒ったんだね」




 自分の告白の内容より、前世の恋人とかキスの事ばかり気にしているグレゴリウスに呆れてしまう。




「私が色々と特許取ったりしてるのズルいとか思わないの?」




 グレゴリウスは少し考えてみたが、ユーリに赤ちゃんの時から言葉とか文字とか読めたのかと質問する。




「わかるわけないでしょ。その上、シルバーに変だと気づかれるし。狼が話すなんて驚いたわ。前世には魔法は無かったの。竜を見た時に、違う世界なんだと気づいたの」




 ユーリが自分と一緒に勉強したのを知っているグレゴリウスは、前世の記憶があろうと意味は無いような気がしたし、シルバーとの会話の方に興味を引かれた。




「シルバーが気づいたのは、赤ちゃんの時だったの? ユーリは、なんて答えたの?」




「ウィリーとローラの娘。ただ、前世の記憶があるって言ったの……そしたら、二人の娘なら変わってても当然だと言ったのよ。シルバーったら、パパとママの能力を知っていたのね。あの時にちゃんと警告してくれていたら……でも、やはりイリスと絆を結んだかも知れないわね」




「ユーリはウィリアム卿とロザリモンド姫の娘、その通りだよ。前世の記憶と、竜騎士としての能力や、緑の魔力があるってだけだよ。そんなの関係ないし、あれこれ役に立つ道具とかを思い出して作り出したのは、それなりに大変だったから良いと思うよ」


 


 ユーリは、グレゴリウスに前世の世界や死神の事を話す。




「戦争を拒否した国? 世界中が平和だったのか」




「違うわ、世界の何処かでは戦争があったけど、私の国は平和だったの。いえ、大きな戦争があって懲りたのよ。でも、問題は山積みだったのよね。食糧自給率も低かったし、島国で国土は狭いし、隣の大国からは睨まれていたような……」




 グレゴリウスには夢物語に思えて、あれこれ質問したが、ユーリはほとんど答えられなかった。


 


「島国で食糧自給率も低くて、隣国の大国に睨まれていたのに、呑気に戦争を拒否していたの? 攻められたら、どうなるの?」




「う~ん、他の大国の庇護を受けていたみたいだけど……覚えていないわ。若者は政治に興味が無かったし、私も興味が無かったの。そうね、確か大学生で、苦労して働いていたのよねぇ。全然、政治とかに関心無かったのかも」




 グレゴリウスに大学生なのに、政治に興味が無かったのかと呆れられてしまう。




「それが、記憶が無いんだもの。 覚えているのは都会の暮らしに疲れていた事と、田舎でのんびり暮らしたいなぁと思っていた事だけだわ。そう、だから死神に田舎でスローライフを願ったの。たった4クローネぽっちの為に、殺されたんですもの」




 ユーリに亡くなった時の事を聞いて、グレゴリウスは激怒する。




「そんな男、私が成敗してやるのに。でも、夜道を一人で歩くなんて、ユーリも不注意すぎるよ」




 前世の事で説教されてもと、ユーリは唇を尖らせる。




「本当にユーリは、気をつけなきゃいけないよ」




 そう言いつつ、グレゴリウスは唇にキスをする。 




「普通は転生する時は記憶は消去されるって言ったね? 何故、ユーリの記憶は消去されなかったのだろう」




 ユーリは死神のバカップルの話をした。




「ユーリの記憶が消去ミスされたのは、死神のカップルがバカンスに行くのを急いでいたからなんだ」




 グレゴリウスは何だか馬鹿馬鹿しくて笑ってしまったが、ユーリはプンプン怒った。




「私の願いは、田舎でスローライフだったのに! 記憶の消去ミスなんかするから、全く違う方向に……でも、自分で選んだ道でもあるんだわ」




 イリスと絆を結んだのも、グレゴリウスを選んだのも、自分なのだとユーリは考える。




「私を選んだのを、後悔させないよ」




 グレゴリウスはユーリを抱きしめてキスをした。




「来世も一緒になれるように、死神に頼まないとね」




「そうね、今回は酷いミスされたのですもの。赤い糸で、結んで貰いたいわ。でも、記憶は消去して、新しい人生はサラで始めたい……」




 婚約した二人が侍女や女官の目が無い所で、来世の誓いを交わしたりしていたら、自然とラブラブになっていくのは当然だ。


  








 しかし、ユージーンからユーリが部屋に来ていると聞かされたマリー・ルイーズは、女官に様子を見に行かす。




「皇太子殿下……マリー・ルイーズ様がお呼びです」




 ドアを礼儀正しくノックする女官に、グレゴリウスは舌を鳴らす。




「チェッ、母上には後で挨拶に行くと伝えてくれ」




 王宮育ちのグレゴリウスは、女官になどに指図されるつもりは更々ない。ユーリはノックの音が気になってキスどころでは無くて、ほっとけば良いと言うグレゴリウスを押しのけようとする。




「グレゴリウス、今すぐに出ていらっしゃい」




「まずい、母上だ!」




 流石のグレゴリウスも諦めて、何食わぬ顔でユーリをエスコートしてマリー・ルイーズの部屋へと向かう。それから二人はマリー・ルイーズからお小言を長々と聞かされる羽目になった。




 ユーリは、ユージーンに暫くツンケンしたが、温室で苺が沢山できると一緒に摘む手伝いをして貰ったりして仲直りする。  

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