12話 ゲオルク王の影

 グレゴリウスとユーリの婚約が発表されると、やはりローラン王国は自国の皇太子妃との婚約など認められないと抗議してきた。外務省はいずれは宣戦布告してくるだろうと思いつつ、ユーリのルドルフ皇太子との結婚は無効だとの返答を返す。




 国際的には各国からの祝辞と共に、同盟国のカザリア王国からも丁重な形式通りの祝辞が届き、ユーリの元にもエドアルドから短い礼儀正しい形式的なお祝いの手紙が届いた。




 ユーリはその礼儀正しさに、傷つけてしまった心を感じて落ち込み、グレゴリウスは嫉妬して婚約後の初めての喧嘩をしてしまう。ジークフリートは、グレゴリウスが嫉妬する気持ちも理解できたが、婚約が発表されてナーバスになっているのに気遣いが足りないと窘める。




「ユーリ嬢の人生は、皇太子殿下との婚約で激変するのですよ。エドアルド皇太子殿下より貴方を選んだのが間違えかもと思わせたくなかったら、そんな子どもじみた嫉妬で喧嘩なんかしてはいけません」




 グレゴリウスも嫉妬して喧嘩したのを後悔していたので、ユーリのもとへと謝りに行く。ユーリは婚約発表の騒動が終わるまでは、リューデンハイムの寮に帰らず、フォン・アリスト家に留まっていたが、やはり女主人の不在で屋敷は混乱状態になっていた。




 マキシウスは当面は妹のシャルロットに対応を頼んだが、国王からの助言を得るまでもなくモガーナの協力が必要だと悟る。ひっきりなしに訪れるお祝いの客の対応にシャルロットは疲労困憊で、手伝いに呼ばれたユージーンもお祖母様はこれ以上は無理だと判断する。




「皇太子殿下、ユーリは二階で休んでいます。今日は未だフォン・アリスト家と交遊のある貴族だけでしたが、明日からの訪問を告げる手紙が山のようです。アリスト卿はモガーナ様に来て頂きたいと手紙を書かれましたから、到着されれば少しはユーリの負担も減るかもしれません」




 王宮にも婚約のお祝いに駆けつける貴族達が溢れていたが、謁見の間で一気に受け付けたり、身分の高い者には個人的に王妃やマリー・ルイーズ妃が応対をしてさばいている。グレゴリウスはフォン・アリスト家にも自分達の婚約で負担をかけているのに気づき、つまらない嫉妬でユーリと喧嘩したのを心から反省する。




「ユーリと話したいのだけど……」




 ユージーンは、二人がエドアルドからのお祝いの手紙の件で喧嘩したのを知っていたので、仲直りしに来たのだと思いホッとする。それでなくとも負担の大きいユーリの精神的なダメージを減らしたいと思い、グレゴリウスが反省している様子なので休息中ではあるが、会えるか侍女に聞きに行かせる。




 ユーリは部屋でエリザベート王妃からのお祝いの手紙を読み、返された髪飾りを手に取って眺めていた。メアリーからグレゴリウスが来たと知らさせて、手紙と髪飾りを引き出しに仕舞うと階下に降りる。




 二人はフォン・アリスト家の庭を歩きながら話し合う。




 後ろからルナとソリスが二匹でふざけながら付いて来るのを見ると思わず笑ってしまい、グレゴリウスはつまらない嫉妬をしたと謝る。




 二人は東屋で色々な問題を話し合ったが、全ては国王やマキシウスと相談しなくてはいけない事ばかりだ。ローラン王国との戦争の準備や、各国の大使からの祝辞の対応で、忙しくて後回しにされているのも仕方ないなと溜め息をつく。




「リューデンハイムの寮に帰れないかも知れないわ。ルナとソリスを寮には連れて行けそうにないもの。それどころか実習も無理かも……」




 今日一日の騒動だけで疲れ切っているユーリは、グレゴリウスに寄りかかって話す。二匹の子狼のお供は歓迎だけど、侍女が付き添っているので自制モードの二人だ。




「疲れているみたいだね。モガーナ様が到着されたら、少しは負担も減るかな」




 ユージーンからアリスト卿がモガーナ様に手紙を書いたと聞かされていたグレゴリウスの言葉に、ユーリは一瞬喜びを現したが、サッと顔色を変える。




「しまったわ、お祖母様に無断で古文書を持ち出したのがバレたら拙いわ。治療の為に北の砦に行くことも禁止されるぐらいなのに、私が考えている事を知ったらフォン・フォレストに連れて帰られちゃうわ」




 グレゴリウスは自分に寄りかかっているユーリを起こして、肩をつかむと顔を合わせて、何を考えているんだと問いただす。




「冬休みにアレックス様とビクター様とで、旧館の地下室に隠されていた古文書を見つけ出したの。でも、その時はゲオルク王に復讐する気持ちが押さえられなかったから、読むのは止めたのよ」




 グレゴリウスは、ユーリが馬鹿な復讐を未だ考えているのかと怒る。




「まさか、そりゃあゲオルク王は大大嫌いだけど、魔力で復讐とかしたら、きっと元の自分に帰れない気がするからやめたわ。でも、今は皆を護りたいから、何か手はないか調べたいと思っているの」




「ユーリがユングフラウで後方支援だけしてくれていた方が、私もアリスト卿も安心して戦争に集中できるよ。お願いだから、馬鹿な真似はしないでくれ」




 ユーリはグレゴリウスはゲオルク王と直接会ってないから、あの魔力のおぞましさを知らないのだと思う。ユージーンが自分の暴走を心配しながらも、古文書の研究を許可したのは、ゲオルク王の結界に捕らわれた経験から、魔力の脅威を本能的に察知しているからだと思い、グレゴリウスの説得を手伝って貰う。




「このことは、ユージーンと一緒に話し合いましょう」




 グレゴリウスは何事にも慎重なユージーンが、ユーリの無謀な企みを放置してたのが信じられない。




「まさか、ユージーン卿が許可したのか」




「許可はしてないけど、禁止はしなかったわ。ユージーンとは絶対に無茶はしないと約束させられたの」




 サロンへ帰って、グレゴリウスはユージーンを交えて話し合う。




「古文書を調べても、何も良い方策が見つかるとは限りませんが、ゲオルク王が何か企んでいるのは確実だと思います。徴兵制や財産の徴収で軍事力を上げてはいますが、前の戦争でも竜騎士不足で奇襲を覆されたのですから、何の策も講じず戦いを仕掛ける筈がありません」




「しかし、そのくらいは国王陛下もアリスト卿も考えておられるだろう。何もユーリが古文書などを引っ張り出さなくても良いのではないか」




 グレゴリウスも、先の戦争の記録は読み直して研究していた。親戚関係に油断していたイルバニア王国は、突然の北の砦への奇襲に足元を掬われそうになったが、国民と軍の結集と最後は竜騎士隊の差で押し返したのだ。 


 


「アリスト卿もその点を案じておられますが、此方には竜騎士隊を鍛え上げるしか打つ手が無いのも事実です。ゲオルク王は2つの竜心石を持っていましたが、1つはユーリがバロア城の脱出の際に砕いたと言ってます。でも、どこから古びた竜心石を手に入れたのでしょう。ローラン王国には、旧帝国の首都ケイロンの遺跡があります。私もユーリも、ゲオルク王は何か恐ろしい魔術を掘り起こしたのではと疑っているのです」




 グレゴリウスは口を閉ざしているユーリを不審に思い、何を考えているか直接質問する。




「ゲオルク王の騎竜のカサンドラは、魔力を使い果たして真っ白なの。ゲオルク王自身も白髪で魔力を使い果たしているみたいなのに、私達をバロア城に結界で閉じこめたわ。その魔力は、どこから手に入れたのかしら? 考えたくないけど、マルクス王弟殿下が幽閉されているヘンドリックス王弟殿下が未だ存命だと言っておられたと聞いて、ゾッとする考えにたどり着いたの。ヘンドリックス王弟殿下は絆の竜騎士で、騎竜が死んだとは聞いてないから……」




 ユーリが口にするのもおぞましくて黙ると、グレゴリウスもヘンドリックス王弟の騎竜からゲオルク王が魔力を吸い上げているのではという疑惑にたどり着く。




「多分、お祖父様も同じ考えにたどり着いたと思うわ。でも、魔力に対抗する策は……」




 アリスト卿は武術と竜騎士としての能力は三国一だが、ゲオルク王が魔力で何か仕掛けてきたら対抗は難しいのではとユージーンは考え、ユーリに古文書の研究を許したのだとグレゴリウスは悟った。




「でも、ゲオルク王がどんな策を打ってくるかもわからないのに、対抗策など練れるのか」




 グレゴリウスの質問に対抗策どころか、古文書を読む時間もないユーリは溜め息をつく。




「お祝いに来るお客様の対応に追われて、未だ何も出来てないわ。古文書をフォン・フォレストから持ち帰ったけど、読む暇がないのよ。それに、ペラペラと捲っただけで頭痛がしそうなの。お祖母様も頭痛がするから真名は嫌いだと言っていたし、ターシュの時みたいに捕らわれたら困るから、誰か協力者が必要なの。本当ならお祖母様に協力して頂きたいけど、治療の為に北の砦に行くのも反対されるぐらいだし、真名はあまり知らないみたいなの……」




 魔法について知識の乏しい三人で頭を捻っても、良い策が思いつかないのは確かだった。




「う~ん、変人のビクターに頼むしか無いかも……」 




 グレゴリウスもユーリが三人の中では一番魔法を使うのは上手いが、理論とかは詳しく無いのでユングフラウ大学の変人ビクターしか、魔法とか胡散臭い事を研究している人物に思い当たらない。




「ビクター様も古文書には興味を持っているけど、どちらかというと金属が得意なの。真名の知識はアレックス様の方が持っていそうな気がするんだけど……」




 グレゴリウスは自分が北の砦に派兵されてる時に、ターシュ探索が目当てとはいえプロポーズしたアレックスにユーリの周りにいて欲しくない。確かに真名についてはアレックスが専門だろけど、ビクターには変人ではあるがビクトリアという奥方がいるので名前をあげたのだ。




「私は防御の結界を研究したいと考えたけど、多分ゲオルク王も防御の結界は研究済みだと思うの。ゲオルク王の結界はとても強いの。バロア城の結界を破れたのは、竜心石の真名と王が不在だったからかもしれないわ。もし、戦場にゲオルク王がいたら……」




 グレゴリウスは不安そうなユーリを抱き寄せて、安心させる。




「普段からルドルフ皇太子を傀儡として、表に出ないゲオルク王は戦場に来ないかもしれないよ」




 ユーリはそうなってくれたら良いけどと思いながらも、きっとゲオルク王は戦場に来るだろうと感じる。




「勿論、先頭にたって戦いを指揮するようなことはしないと思うけど……ゲオルク王の陰険な性格なら、前の敗因になったイルバニア王国の竜騎士隊を打ち破る秘策を思いついたら、結果を見届けると思うわ。それにバロア城で私達を取り逃がしたのは、その場に居なかったからだと考えているかもしれないし、絶対に戦場に来ると思うわ」




 グレゴリウスとユージーンは、その理屈だと、ユーリが北の砦でゲオルク王と対決しなくてはいけないのではと警戒する。




「ユーリ、ゲオルク王と魔法対決なんて冗談じゃないよ。北の砦に来てはいけないよ!」




 ユージーンも古文書を研究するのは見逃したが、ユーリがゲオルク王と北の砦で魔法対決などするのは絶対に反対だ。




「君がそんな馬鹿なことをして傷ついたりしたら、私は一生自分を許せないと言っただろ。戦場の悲惨さを見せたくないんだ。言うことを聞かないなら、モガーナ様にフォン・フォレストに連れて帰って貰うぞ。モガーナ様ならイリスがいても館に留めるぐらい簡単だろう」




 ユーリはお祖母様がフォン・フォレストの領地にかける結界の強さを知っていたので、それは止めてと懇願する。




「皆が国を護る為に戦場に行くのに、フォン・フォレストの結界の中でぬくぬくしてるなんて嫌よ。ユングフラウで輸血用の血液を集めたり、負傷者の治療だけでも役に立ちたいの。古文書は研究するだけにするから、お祖母様に言いつけないで」




 グレゴリウスもユーリがユングフラウに留まってくれるなら、後方支援をしても良いと思う。




「王妃様や母上に従って、無理のないようにするんだよ。休養を取れと命じられたら、従わなきゃ駄目だよ」




 グレゴリウスの甘い言葉に、ユーリは本音を言う。




「本当は北の砦に行きたいの。少しは負傷者の治療の役に立つと思うわ。ロシュフォード卿の指示に絶対に従うから良いでしょ。グレゴリウス様の側にいたいの」




 グレゴリウスもユージーンも、ユーリの諦めの悪さに困る。




「私の為を思うなら、北の砦に来ないでくれ。ユーリを護る為に気が散っていては、それこそ怪我をするかもしれないと考えないのかい。古文書の研究は良いけど、ゲオルク王とユーリが直接対決なんて駄目だからね。竜騎士達がゲオルク王の魔法を打ち破る策を探してくれ」




「そんな都合の良い魔法が有るのかしら? ゲオルク王がどんな策を使うのかもわからないし……こういう策を考えるのは、お祖母様が得意そうなのに……」




 グレゴリウスとユージーンはユーリが危険な事をしない為にも、モガーナ様に監視して貰った方が良いと思う。

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