13話 ユングフラウで留守番は嫌

 モガーナがフォン・アリスト家の屋敷に着くと、お祝い客を捌いてくれたのでユーリは楽になったが、古文書の件をどう言い出そうか悩む。他にも国務省での見習い実習や、リューデンハイムの寮など、問題は全く解決されないままなので、フランツがユージーンの代わりに手伝いに来たので少し相談する。


 


「未だ、こんな状態では、実習とか寮とか無理でじゃないかな。この子がルナなの、じゃあ、あっちがソリスなんだね」




 客の応対の手伝いに疲れたフランツは、ユーリの足元にじゃれついている白い毛糸玉のような子狼達の可愛らしさに癒される。




『ルナ、ソリス、僕はフランツだよ。よろしくね』


 


 フランツはユージーンから話せる子狼の事を聞いてから、早く会いたいと願っていたので、ユーリの相談そっちのけだ。




『フランツは、ユージーンの兄弟なの?』




 ユーリにとっては不思議に思えるが、狼には血縁関係がわかるみたいで、ルナはフランツの匂いを嗅ぐと直ぐにフランツがユージーンの兄弟かと尋ねる。




『ユーリの従兄?』




 どちらかというとルナよりおっとりしているソリスは、フランツの足元に寝そべって遊んでと目で訴える。


  


『本当に君達は話せるんだね』




 フランツは話せる子狼に夢中になってお腹を撫でたり、じゃらしていたが、ユーリは忙しいお祖父様と話せないから、何もかもが中途半端で困っていたのだ。




「もう、フランツったらルナ達とばかり遊んでないで、相談にのってよ。この子達もオシッコとかの躾けは出来たし、寮に連れて行けるかとか迷っているの。寮は侍女とかも無理だったから、ペットではないけど、子狼は駄目かしら?」




 皇太子妃になるユーリが寮に帰れるのかフランツにはわからなかったし、何故ユーリが寮に帰りたがっているのか疑問だった。




「寮での生活を望むのは何故なのかな?」




 フランツの質問に、ユーリは頬を染めた。




「だって、皆と一緒に居たいから……」




 皆とではなく、グレゴリウスと一緒に居たいのではと勘ぐる。




「ヘェ~、皆とねぇ。皇太子殿下と一緒に居たいから、寮に帰りたいのではないの?」




 婚約が発表されてから、常に侍女の監視付きの生活に息苦しさを感じていたユーリは、寮なら逃れられると思ったのも事実だ。




 それと、もうすぐ北の砦に行くレゴリウスと一少しでも一緒に過ごしたいという気持ちもあったが、それと共に戦争に行く見習い竜騎士の仲間達と同じ所に居たいと思っていた。




 一緒に学んだ見習い竜騎士達が戦争が始まれば、北の砦に派兵されたり、ユングフラウとの伝令で行き来したりと会えなくなるのを寂しく思っていたし、自分一人が後方支援に回らされるのに憤っていた。




「私より後輩の見習い竜騎士だって、北の砦に派兵されたり、予科生の高学年の生徒ですら伝令とかに駆り出されるかもと言われているのに……そりゃ、ユングフラウでもする事は沢山あるわ。でも……やはり、納得できないの」




 フランツもユーリにはユングフラウに留まって欲しいと思っていたし、将来の皇太子妃が戦場に行くべきではないと考える。




「まだ、そんなことを言っているの。皇太子殿下にも、ユングフラウに居てくれと言われたんだろ。言っておくけど、戦時の命令違反なんかしては駄目だからね。そんな風に見習い竜騎士が派兵されるのに、自分だけがユングフラウに残るのが納得できてないなら、寮に帰るのは考え物だと思うよ」


 


 フランツの言い分は理解できるが、納得しきれないユーリは子狼達を取り上げて抱きしめる。




「え~、ユーリったら、二匹とも抱っこなんてずるいよ。ルナとソリスと遊んでいると癒されるんだ」




 戦争の暗い影は、呑気なイルバニア王国の国民にも少しずつ影響を与えていて、フランツもささくれ立った気持ちをルナ達に慰めて貰っていたのだ。ユーリもそんな気持ちを察して、子狼達をフランツに貸して、白い毛糸玉を転がして遊ぶ様子を眺める。




「フランツも疲れているのね。じゃあ、ルナ達をリューデンハイムの寮に連れて行ったら、他の人達も癒されるかしら? グレゴリウス様に貰った『子犬の育て方』に小さい頃に沢山の人に可愛がって貰うと良いって書いてあったの。屋敷の人達とも接しているけど、話せないから普通の子犬なら良いけど、ちょっとソリスは特に色んな人と話した方が上達しそうなの。そうよね、見習い竜騎士や予科生は話せるのよね。予科生で竜とは少し構えてしまって会話とかの練習をし難い子達も、この子達となら気楽に遊びながら学べるかも……」




 フランツはそれは確かに効果は有るだろうとは思ったが、未だリューデンハイムの寮に帰る理由にはならないとも考える。




「う~ん、でも……やはり無理じゃないかなぁ。寮で君と皇太子殿下がイチャイチャしていたら、見習い竜騎士はまだしも、予科生達には目の毒だと思うよ~」 




 ユーリは、フランツの冷やかしに真っ赤になって抗議する。




「もう、そんなことしないわよ。それに……」




 グレゴリウスは皇太子として、先に北の砦に行くのが決定していたのだ。うつむいたユーリに、フランツはしまったと失言を詫びたが、それなら余計に寮ではなく、屋敷の方が良いだろうと思う。




 何故なら、そうこうするうちに王宮での祝辞客の応対や、北の砦への視察の打合せを済ませたグレゴリウスがやってきたからだ。




「やぁ、フランツ、来ていたんだね」




 図体のでかいフランツもグレゴリウスの目には入らないみたいで、ユーリにキスしてからやっと気づく。




『ルナ、ソリス、こっちにおいで』




 グレゴリウスが呼ぶとルナとソリスは足元に行儀良く座って、何をくれるのと期待に満ちた目で見上げる。




『ほら、歯が丈夫になるように、骨を持って来てあげたよ』




 二匹は『ありがとう』と言うが早く、骨を脚で押さえてかじりだす。ユーリは暫くはルナとソリスが骨をかじる様子を見ていたが、グレゴリウスがいつ北の砦に行くのか気になっていた。




 フランツはグレゴリウスの様子から、行く日が決まったのだと察して、ソッとサロンから出ていく。




「ユーリ、3日後に北の砦に視察に行くよ」




 未だ、宣戦布告はされていないが、ローラン王国との国境線では小競り合いが散発的におこっていて、グレゴリウスは国王から視察を命じられたのだ。




「そんな……昨日は一週間後ぐらいと言っていたのに……」




 ユーリは少しでも一緒の時間を持ちたいと寮に帰ろうかと思っていたのにと、がっくりした。




「寮に? ルナやソリスはどうするの?」




 自分が居ない間は、フォン・アリスト家の屋敷に居てくれた方が良いと、グレゴリウスは思う。兎に角、ユーリが自分以外の男と一緒にいると思うだけで、嫉妬や苛立ちを感じてしまうので、ジークフリートに注意されて顔に表さないように努力している。




「子狼達は躾けも出来てるし、アンドレ校長先生を説得できれば大丈夫だと思うの。予科生達はルナやソリスと話すことで、竜とのコミュニケーション能力も延びると思うし。それに、寮に居れば……」




 グレゴリウスは、未だユーリがユングフラウに残るのを本心では納得してないのに気づく。寮に居れば見習い竜騎士達の動きがわかるし、予科生に伝令をさせるぐらいなら自分がという事もあるかもと、待機しておく狙いもあるのではと考えた。




「ユーリ、これは国王陛下や竜騎士隊長のアリスト卿の決定なのだから。それに、私からもお願いするよ。ユングフラウに留まって欲しい」




 ユーリはきつく抱きしめられて懇願されると否とは言えなかったが、3日後に北の砦に立つグレゴリウスが心配でならない。




「グレゴリウス様、どうかこれを持って行って。私の御守りだけど、グレゴリウス様も守ってくれる筈よ」




 ユーリは、グレゴリウスの首に竜心石の鎖をかける。




「駄目だよ、これはユーリの御守りなんだろ。赤ちゃんの時から身に付けていると、言っていたじゃないか」




 グレゴリウスが返そうとするのを、ユーリはとめる。




「私を一緒に連れて行ってくれないのだから、御守りぐらいは持っていって欲しいの」




 なんだかんだ言っても、婚約したての二人はイチャイチャしだしたが、そろそろ侍女をサロンの外で引き止めていたフランツも限界になる。侍女達がサロンへ入ってくると、グレゴリウスは未だ会議があるので、ユーリにキスをすると王宮へ帰る。




 ユーリはグレゴリウスが居る間は涙は不吉だと堪えていたが、帰るや否や泣き出してしまう。フランツは涙は苦手なので、グレゴリウスと共に屋敷を後にしていた。


 


 泣き止まないユーリを心配して、侍女に呼ばれたモガーナが慰めにサロンへ来る。




「そんなに泣いてはいけませんよ」




 ユーリを抱き寄せてモガーナは諭す。




「お祖母様、グレゴリウス様が3日後に北の砦に行かれるのよ」




 ハンカチを目に当てて、ユーリは涙を流す。




「未だ、戦争が始まってもない内から、メソメソしないのよ。貴女は皇太子殿下の婚約者として、他の人達の手本とならなければいけません。それに、そんなに泣いていては、皇太子殿下も心配なさるでしょう」




 ユーリはグレゴリウスの前では泣かなかったと、涙を拭きながら抗議する。




「でも、お祖母様の言われる通りだわ。私にも出来る事をしなくては……」




 ユーリは古文書の事を話したら、フォン・フォレストに連れて帰られるかもとビクビクしながらも、一番、魔法に詳しいお祖母様に相談するしかないと勇気を振り絞って打ち明ける。モガーナはユーリが古文書をフォン・フォレストから持ち出した話を聞いて、この馬鹿娘を領地に閉じ込めようかと一瞬考える。




「ゲオルク王に復讐とかは考えてないわ。でも、何か魔法で仕掛けてくると思うの。国王陛下だって、お祖父様だって、同じ考えだと思うわ。何を仕掛けて来るのかもわからないから、どんな打開策が必要なのかも全く検討もつかない状況なの。なのに……古文書を読む暇すらないの」




 モガーナはユーリがゲオルク王とかかわるのは反対だったが、マキシウスが武術は優れていても魔法には対抗出来ないのではと危惧していたので、一理有ると認めざる得ない。




「何も貴女が古文書など調べなくてもとは思いますが、ゲオルク王の性格からして何か企んでいるのは事実でしょう。ですが、ユングフラウを離れることなく、魔法を使えるのですか? 対抗策が見つかったからと北の砦に行くのは駄目ですからね」




 ユージーンやグレゴリウスにも釘を刺されたが、そんな都合の良い方法が見つかるかユーリには疑問だ。しかし、モガーナに隠れて古文書を調べなくて良くなったのは気持ち的に楽になった。




「ですが、私は真名は読めませんわ。それに見ると頭痛がするから、余り役には立ちませんわね。ユーリは前世で真名に似た文字を使っていたそうですが、読めるのですか?」




 ユーリは古文書の漢字のみでいうならば読めなくもないが、漢文みたいで文章の意味は曖昧にしか解らなかった。




「文法がわからないし、前世の記憶も朧気なの。その上、私も長時間は真名を見られないわ。頭痛がしてくるし、それに今も魔力が有る真名に捕らわれるのが怖いの。前にターシュの真名に捕らわれて、グレゴリウス様に揺すぶられて正気に返れた事があるから」




 モガーナは、ユーリより魔法に敏感なので、ストッパー役に不向きだ。




「誰か協力者が必要ですわね。アレックス様は真名にはお詳しいのではないかしら? 古文書を読むと知ったらいらして下さるのでは?」




 ユーリも同じことを考えたのだが、グレゴリウスが渋い顔をしたので手紙を書いていなかった。




「私もそう思うのだけど、グレゴリウス様はビクター様に協力者になって貰うようにと言うのよ。多分、ビクター様は結婚しているからだと思うの。イリスみたいに嫉妬深いの……」




 モガーナは、嫉妬深いグレゴリウスを嫌がってない熱々振りに溜め息をつく。




「留守中に不安にさせるのは考え物ですし、先ずはビクター様に協力をお願いしたら良いでしょう。行き詰まったら、その時また考えましょう」




「国務省での実習も、どうなるかわからないの。指導の竜騎士のシュミット卿も参戦されるから……パーラーも戦争が始まれば、休業しなくてはいけないわ。輸血用の血液をユングフラウで集めて、北の砦に運ぶのに氷で冷やす必要があるから、アイスクリームどころではないの……授業員の女の子達はミシンで軍服を作る手伝いをすると言ってるけど、こんな為にミシンを作ったわけじゃないのに……ああ、フォン・アリスト家の領地を管理してくれてるリッチナー卿も参戦されるのよ……どうしよう」




 モガーナもターナーや何名もの領民達が戦争に行くので、フォン・フォレストをずっと留守には出来なかったが、ユーリがユングフラウでする事が沢山あるのに少しホッとする。




「ほら見てご覧なさい。ユングフラウで、する事がいっぱい有るでしょ。国務省でも大勢の貴族が参戦するから人手不足でしょう。血液を集めたり、領地の管理をしたり、することは山積みですけど、ちゃんと食事と睡眠は取らなくてはいけませんよ」




 ユーリは地味な仕事が山積みで頭が痛くなりそうだったし、何よりも戦争で皆が傷ついたりするのが心配でならない。


 


「ユーリ、戦争は戦場だけで行われるものでは有りませんよ。戦場を維持するには兵站の管理や、負傷者の看病など地味な仕事もあるのです。北の砦に行くだけに気を捕らわれてはいけませんよ」




 お祖母様の言葉はユーリにも理解はできたが、やはり見習い竜騎士なのにユングフラウに居残りさせられるのは納得し難い思いが捨てきれない。 

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