10話 モガーナの心配

 フォン・フォレストには、ジークフリートとユージーンが付き添って行った。昨日のうちに竜騎士が訪問の手紙を届けていたので、モガーナは目的を察していたが、グレゴリウスに結婚の許可を願われると困ってしまう。




「皇太子殿下、ユーリの為に諦めて下さいと言っても、無駄なのでしょうね……」




 モガーナは、真剣な瞳で自分を見つめるグレゴリウスとユーリの若い二人に負けた。




「反対しても、意味が無さそうですわ。好きにすれば良いわ」




 ユーリは喜んでお祖母様に抱きついてキスする。


 


 しかし、グレゴリウスは嫣然と微笑んだモガーナに、ユーリを泣かしたりしたら許しませんよと恫喝された気持ちになった。付き添いのジークフリートとユージーンも、背筋が凍りつく気持ちになった。




「本当に貴女はお馬鹿さんだわね。わざわざ苦労しそうな相手を選ぶのですから」




 モガーナに呆れられても、ユーリにもどうしようもない。グレゴリウスは慣れない王宮での生活は辛く感じる時もあるだろうけど、ユーリを護ると改めて決意する。




「ユーリを幸せにします」




 グレゴリウスの誓いを、破ったら許しませんよとモガーナは受け入れた。








 モガーナはユーリと色々と話したかったので、愛想よくもてなすことにした。




「日帰りは、お疲れになるでしょう。今夜は館に泊まっていって下さいね」 




 竜達も海を見た時から、海水浴したいと強請っていたので、ローラン王国との戦争前に、少し竜孝行しても良いかと竜騎士達も思う。




 グレゴリウスは、ジークフリートがモガーナの提案に頷くのを見て、ユーリと一緒に過ごせると喜んだ。




「お言葉に甘えて、泊まらせて頂きます」




 聞き耳をたてていた竜達は『海水浴だ!』と騒ぎ立てる。




「お祖母様、竜達を海水浴に連れて行ってくるわ。そうしないと、話しどころじゃないから」




 ユーリもお祖母様と話したいことが一杯あったので、泊まれるのは嬉しかった。




「未だ海風は冷たいから、お茶までには帰っていらっしゃい」




 竜達と飛び立つユーリを見送って、モガーナはマキシウスの監督不行き届きだわと八つ当たりする。








「毎回思いますが、何故、竜は海水浴が好きなのでしょう」




 ユージーンは、冷たい海水も気にせず、楽しそうに泳ぐ竜達を眺めて呟いた。 




 モガーナの言うとおり、海岸の風は未だ冷たかったので、グレゴリウスはユーリの肩を抱いて暖める。ジークフリートとユージーンは、そんな二人に背を向けて竜達を眺めながら、何故海水浴が好きなのかという無意味な会話を続ける。




「小さな盥で入るより、大きな浴槽に浸かるみたいな物なのでしょうか」




 ジークフリートは皇太子の指導の竜騎士の職務には、やっと婚約の許可がおりて喜んでいる二人を見張るのも含まれるのだろうかと溜め息をつく。




「何だか我が儘を言って、竜騎士の気をひこうとしている感じが拭えないのです」




 ユージーンは昨夜の公爵家の微妙な雰囲気を思い出して、やはりアンリには気の毒なことになったなと溜め息をついた。竜騎士達が内心を隠して、竜達の海水浴好きについて話している時、ぷかぷかと気持ち良さそうに海に浮かんでいたイリスが質問してきた。




『ユーリとグレゴリウスは、いつ結婚するの?』




 付き添いの二人が竜達の海水浴を熱心に見ている後ろで、グレゴリウスに肩を抱かれて軽いキスしたりして婚約が認められた喜びに浸っていたユーリは、そういえば知らないと思った。




『未だ私も知らないの、何時なのかしらね?』




 グレゴリウスも、未だ決まってないなと気づいた。




『え~、自分達の結婚なのに知らないの?』




 不満げな口調に、ジークフリートとユージーンは、イリスが何でこんな質問をしたのかピンときた。




『イリス、王家の結婚は準備に時間がかかるから、早くて2年後ぐらいだ』




『え~、2年も後なの。早く恋をしてくれと言ってたのに、何で2年も待つの』




「え~、ユージーン卿、2年も待てないよ。戦争が終わったら、結婚したいのに」




 イリスとグレゴリウスの悲鳴に、ジークフリートは呆れてしまう。




『イリス、子竜が欲しいのはわかりますが、ユーリ嬢が結婚するまで待って下さいね』




 ユーリはイリスの質問の意味を理解して、赤面して応えた。




『私は竜騎士になって結婚したいの。だから3年は待って貰わないと駄目かも。この前も実習を休んだし、なかなかなれそうにないわ』




 長年の片思いがやっと両思いになり、婚約の許可が貰えて、戦争が無ければ今すぐ結婚したいぐらいのグレゴリウスは、ユーリの言葉にショックを受けた。




「そんなに待てないよ。ジークフリート卿、見習い竜騎士だと結婚できないのですか」




「いえ、見習い竜騎士の結婚を禁止する規則はない筈です。ですが、皇太子殿下には頑張って、早く竜騎士になって頂きたいですね。女性の見習い竜騎士の王女様達の中には結婚退職された方も多いですが、絆の竜騎士であるユーリ嬢はまた少し違うでしょう。ユングフラウで話し合わなくてはいけませんね」


 


 指導の竜騎士のジークフリートに駄目だしされて、グレゴリウスは落ち込んだが、ユーリが自分ほど結婚を望んでないのではと愚痴る。




「私は直ぐにでも結婚したいぐらいなのに、ユーリは竜騎士になるまでしたくないんだ」




「だって……付き合い始めたばかりじゃない。直ぐに結婚だなんて……」




 恥ずかしそうに俯くユーリを抱きしめて、グレゴリウスは自分にとっては8年間思い続けてきた恋だけど、付き合いだして未だ3日なんだと改めて気づいた。 




「ごめん、少し焦り過ぎてた。やっとユーリと両思いになって、浮かれていたんだ」




 ラブモードの二人に、ジークフリートはこの監視はキツイなと溜め息をつく。




「グレゴリウス様、私は結婚しても仕事を続けたいの。皇太子妃でも、仕事はできるのかしら?」




 腕の中のユーリに見上げられて、可愛いなぁとクラクラしたグレゴリウスだが、迂闊な許可は与えられない。




「それもユングフラウで、話し合わなくてはいけないね。皇太子妃の公務だけでも忙しいと思うよ。でも、ユーリがしたがっている福祉や教育は、問題ないと思うんだ。チャリティーは皇太子妃の重要な公務だし、算盤普及の視察に小学校を訪問するのも大丈夫だと思うよ」




 グレゴリウスの言葉に考え込んだユーリだが、話し合わなくてはと決意する。




「ユングフラウに帰ったら、話し合うことが一杯ね」




 溜め息をつくユーリに、グレゴリウスはデートもしなくちゃといけないしと言ってキスをする。何といっても婚約したてでラブラブの二人と比べて、ジークフリートとユージーンは大人として王家の結婚の大変さを知っているので、デートなんて浮かれている場合ではないだろうと思った。




「ユングフラウに帰って国王陛下が婚約を公示されたら、外務省は忙しくなりますね。ローラン王国は宣戦布告して来るでしょうし、他の国の対応もありますしね。それと祝辞に訪れる外交官への対応もしなくては。ああ、貴族達もこぞって来そうです。フォン・アリスト家には、女主人が不在ですから対応に苦慮しますね」




「アリスト卿は戦争準備で忙しいでしょうし、モガーナ様がユングフラウにいらして下されば良いのですが……」




 二人はお互いにそんな怖ろしい事にかかわるのは御免だと、ユングフラウに帰ったら国王からアリスト卿に助言して貰おうと眼で確認しあう。




 二人がユングフラウに帰ってからの騒動に頭を悩ましている間、あれこれ話しながらもイチャイチャしているユーリとグレゴリウスだった。




「この指輪のダイヤモンド大きすぎるわ。サイズも合ってないから、重みでクルクル回るの。さり気ない小さな石の方が良いと思うの。国務省での見習い実習の時にも、人目を引きすぎるわ」




 グレゴリウスはユーリの指にキスしながら、少しむくれて返事をする。




「サイズはなおすけど、これくらい大きい方がいいんだ。だって、ユーリが私の婚約者だとわかるようにしなくちゃいけないんだもの」




「こんなに大きくなくても婚約指輪をしていたら、意味はわかるわよ」




 言い争っている最中もいちゃついているようにしか見えない二人を、指導の竜騎士達はお茶の時間に遅刻しますよと、引き離して館につれて帰る。




 寒い海岸から帰って暖かいお茶でホッと一息つくと、夕食まで潮風に当たったメンバーはお風呂に入り休息を取った。








 ユーリはお風呂から出ると、サッサと着替えてサロンでお祖母様と色々と話をする。モガーナは、未だ付き合いだしたばかりと聞き呆れ果てた。




「未だそんなに付き合って無いなら、考え直してみたらどうかしら」




「皇太子妃になるのは、今でも不安に思ったりするの。でも、グレゴリウス様と離れたくない。お祖母様、どうしたら良いのかしら。ローラン王国との戦争に、グレゴリウス様は参戦されるわ。私は北の砦に行って側に居たいの。でも、グレゴリウス様はユングフラウに留まれなんて言うのよ」


 


 モガーナは、グレゴリウスの意見がもっともだと思う。




「それは皇太子殿下の御意見が正しいと思いますよ。北の砦には兵士達が溢れていますし、危険ですからね」




 ユーリにも武術が駄目な自分が、戦争に役に立たないのはわかっていた。




「私は治療の技が使えるから、負傷者の看病の役にたつわ。戦争が始まったら、一人でも多くの治療ができる人が必要な筈よ」




「貴女は治療の技はできても、医術を学んだわけではないから、患者を冷静に診れないでしょう。戦場の負傷者を全て助けるわけにはいかないのですよ。医師なら冷静な眼で、助かる負傷者と助からない負傷者を見極めて、より多くの人を助ける為に、心を鬼にして重篤な人を放置しなくてはいけない場合の覚悟もできているでしょう。ですが、貴女は目の前の死にゆく人を放置できないのではないかしら。そして魔力を使い果たして、命を危険に曝してしまうかもしれません。ユングフラウで、回復期や、軽傷の兵士達の治療で充分ですよ」




 ユーリが反論しようとした時、グレゴリウス達もサロンに入って来たので、モガーナはこの話は打ち切りと言わんばかりに、愛想よく食堂へと案内する。ユーリの不満そうな顔に、何か言い争っていたと全員が気いたが、モガーナと孫娘の議論に巻き込まれたくない。




 夕食は表面上は和やかに進んで、エリスが飛べるようになったとか、ハンナの赤ちゃんがもう歩けるとかの明るい話題を選んだ。




 ユーリは赤ちゃん話題から、シルバーの子狼を預かることを思い出す。サロンの窓から月を眺めたが、未だ半月だった。




「何を見ているの?」




 グレゴリウスは、一人で窓辺に立つユーリの側に来て、寂しそうな横顔に胸が締め付けられるような気持ちになる。




「未だ満月ではないわね。シルバーと満月の夜に約束しているの、子狼を預かるのよ」




 グレゴリウスは子狼を預けるのをユーリが楽しみにしていたのに、何故そんなに寂しそうな顔をしているのか気になった。

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