8話 茨姫の伝説

 無理やりルドルフと結婚させられたユーリは、暴れながら、塔の部屋に連れて行かれる。結婚式に抗議の声をあげていたユージーンは、途中から猿轡を噛まされていたが、式が終わるとどこかに連れ去られてしまった。




 部屋に入るとなり、ハンカチをほどいたユーリはこんな結婚は認めないと怒鳴り続ける。城の広間にもユーリの怒鳴り声は響いていて、ルドルフは本気ですか? と父王に再度尋ねる。




「あんな野蛮な皇太子妃では、ローラン王国の恥ですよ」




 プライドの高い父王に考え直すように再度言ってみたが、却下される。ゲオルクはルドルフがまだコンスタンスに未練があるのを見抜いていたので、結婚を成立させないと姦婦を死罪にすると脅す。




「コンスタンスが不義密通などしてないのはご存知でしょう。それにカザリア王国が黙っていませんよ」




 ルドルフは抗議したがゲオルクは聞く耳を持たず、結婚を成立させないとこの手でコンスタンスの命をたつと宣言すると、二つある竜心石の古い方を王座に置くと、幽閉先にカサンドラと共に飛び去った。




 お目付役にのこされたミハエル・フォン・ヘーゲルは、弱気のルドルフにうんざりとした視線を送る。カザリア王国での策略を駄目にされた上に国外追放された恨みをユーリに持っていたので、今夜は仕返しが出来るとほくそ笑む。








 ユーリは白い竜が飛び立つのを見て、ゲオルクが城を離れたのだと察した。何度となくイリス呼びかけていたが、結界に邪魔されて果たせて無い。




 9才の時に絆を結んでから、ずっと支えてくれていたイリスと切り離されてユーリは不安に押しつぶされそうになる。薬指に嵌められた大粒のルビーの指輪を憎々しげに眺めて、引き抜こうとしたが、どうやっても抜けない。




 それより日も暮れてきて、ユーリは結婚は形式的なものだと思おうとしていたが、やる気満々の部屋のこしらえに怯えている。




 短剣も何もかも取り上げられたユーリは、侍女達が運んできた夕食に手をつける気持ちにもならない。


 


「こんな何が入っているか知れないもの、口にできないわ」




 侍女達に怒鳴っても仕方ないとはわかっていたが、是非にとしつこく勧められてキレてしまう。




 ユーリは食事のカラトリーもスプーンだけなのにガッカリしたが、部屋中を見渡しても武器になりそうな物は見つけられない。唯一、ろうそくの燭台の尖った針のみを見つけ、武器にはなりそうにないが、喉を突けば死ねるかもと暗い考えを持つ。




 ユーリはユージーンが最後に叫んだ言葉を考える。




「絶対に救いは来るから諦めるな……確かに命をとられるわけでは無いけど……嫌だわ!」




 生理的に無理だと、ユーリは死んだ方がマシだと叫ぶ。




「お湯をお使い下さい」




 ゲ~ッやっぱり、その展開なのとユーリは絶望する。




「お風呂なんて入りたくないわ」




 お湯を運びこむ侍女達の動きがぎこちなく、背中に血が滲んでいるのにユーリは気付く。




「まさか、鞭で打たれたの? 私が夕食を食べなかったからなの」




 驚くユーリに伏せ目のままで、お湯をお使い下さいと怯えた口調で繰り返す侍女達の懇願に負けた。




「どうせ死ぬなら、綺麗な身体で死にたいしね……」




 お風呂から出ると、初夜に相応しいロマンチックな夜着と、レースたっぷりのガウンに着替えさせられて、ユーリはトホホと似合っている自分に苦笑する。侍女達は無理やり結婚させられるユーリに同情していたので、夕食のお盆にものっていた金のゴブレットに入ったワインを勧める。




「寝ている間に済ませれますから」




 侍女達が下がると、ユーリは進退窮まったのを悟る。




「一、ワインを飲んで寝てる間に……嫌! 却下よ。


 二、抵抗して暴れる……無理っぽいよね~


 三、死ぬしか無いのかな……でも、私が死ぬとイリスも死ぬのよね……子竜を持たしてやりたかったわ。


 それに、私が死んだらユージーンも殺されるわ。アトスも死んでしまうのね」




 元々、臆病なのかしらと死ぬのを躊躇っているうちに、ヘーゲルが鍵を開けてルドルフを案内してくる。ユーリはプライドを投げ捨てて、ルドルフの良心に最後の望みをかけた。




「お願いです、結婚は無効にして下さい」




 大暴れした同じ女の子とは思えないしおらしい態度にルドルフは同情したが、ヘーゲルはコンスタンス妃が処刑されてもいいのですかと脅す。




「一人で手にあまる様でしたら、お手伝いしますが」




 ルドルフは下劣な言葉を発したヘーゲルを睨みつけると、部屋から出ていかせる。部屋の外から鍵がガチャリとかけられる音が響いた。




 ユーリはコンスタンス妃を人質にされて、ルドルフがゲオルクの言いなりにされているのに気づく。




「お願いです、大人しく淑やかにしておきますから、床入りだけは許して下さい」




 怯えるユーリに、ルドルフも困りきる。これなら暴れてくれた方が楽なぐらいなのにと溜め息をつく。




「私も本意ではないが、父上は結婚を成立させないとコンスタンスを処刑すると、幽閉先に向かっている。


逆らうと、コンスタンスは不義密通の姦婦として、処刑されてしまうのだ」




 ユーリはこうなったら死ぬしかないと、燭台のろうそくを投げ捨てて、針で喉を突こうとしたが、ルドルフに取り上げられてしまった。




「何て馬鹿なことをするのですか」




 ユーリは突然抱き止められて、パニックに陥った。今まで酔っ払いにからかわれたりした記憶はあるが、これほどのピンチは無かった。




 舌を噛んで死のうかと考えた時に、チクリとこれだけは御守りなのと言い通して取り上げられなかった竜心石が、ユーリの胸で熱く燃えた。




「竜心石、竜の心、『魂』!」




 ユーリは竜心石の真名を思い出して、ゲオルクの張った結界を破る。パリンと音がして、王座に置いてあった竜心石が割れた。




『ユーリに、指一本触らせない!』




 ゲオルクの結界に捕らえられていたイリスは、破られた瞬間に、ユーリの恐怖心に反応する。




『ユーリ、窓から離れて!』




 塔にユーリが捕らえられているのを察知したイリスは、矢のように飛んでくると、脚の爪で鉄格子をつかむと壁ごと引っ剥がす。




『イリス!』ユーリが塔の壁を破壊したイリスに飛び乗るのを呆気に取られて見ていたルドルフに、ユージーンはどこ! と怒鳴りつける。




「ルドルフ様、これは一体何事ですか」




 慌てて鍵を開けて部屋に入ってきたヘーゲルは惨状に驚いたが、ユーリの怒りを受けてイリスは火を吐いた。




『ユーリを無理やり結婚させようとするなんて!』




 怒れるイリスはルドルフにも火を吐いたが、騎竜のオリックスに庇われる。ヘーゲルは慌てて逃げ出し、ルドルフはオリックスの下で、ユージーンは地下牢だと教えてくれた。




『イリス、アトスを手伝うわよ』




 アトスは地下牢に閉じこめられているユージーンを助けようと、孤軍奮闘していた。塔と違って地下牢は城の基盤にあるので破壊に手間取っていたが、イリスとアトスは怒り狂っていたので堅牢な壁に穴が開く。




『アトス、もういい! 壁に押しつぶされてしまう』




 穴からユージーンが這い出すのを見たイリスは腹立ちを押さえきれず、半分崩れ落ちたバロア城に火を噴きつけた。警護の騎士や、兵士達も、怒れる竜に怯えて逃げまどう。




「ユーリ、もういい! ここから逃げよう」




 ユージーンに怒鳴られてイリスを止めたが、本当に怒りで煮えくり返っていたのはユーリだったのかもしれない。庭の茨があっという間に城を覆い隠して、逃げようとした人々は刺に服や肌を引っ掛けてパニックに陥る。




 最後にイリスは大きな火を吹くと空に飛んでいった。




「ユージーン、イリスが制御不能なの。一旦どこかに降りて、落ち着かせないと」




 飛びながらも火を時折吐いている怒り狂っているイリスで、国境を越えるのは無理だと近くの森に降り立つ。




「ユーリ、無事だったのか」




 心配で地下牢でも居ても立ってもいられなかったユージーンはアトスから飛び降りると、ユーリを抱き締めようと駆け寄ったが、イリスに火を噴きかけられる。




 アトスがサッとユージーンを庇ったし、ユーリも止めたので火傷はしなかったが驚いて立ち止まる。




『イリス、ユージーンよ! 火を噴き付けるなんて駄目よ』




『ユーリは私が守る!』




「寒そうだ、上着を着なさい」




 ローラン王国の初冬の夜風にヒラヒラしたレースたっぷりのガウンでは寒いだろうと、イリスに近づけないので上着を投げたが、臭いわと投げ返される。




「仕方ないだろう、地下牢は不潔だったんだ」


 


 ユージーンは、投げ返された上着を羽織りながらぼやく。




 興奮状態のイリスを落ち着かそうとユーリが苦労していると、空から二頭の竜が舞い降りた。




『ユーリ、無事だったんだ』




 アラミスの喜びの声に、ユーリもグレゴリウス達が無事にケイロンを脱出できたのだと喜んだが、神経過敏になっていたイリスは火を噴きつける。アラミスもパリスもとっさに避けて、少し離れた場所に着地する。




「ごめんなさい、イリスは気がたっているの」




 ユーリがイリスを宥めているのを、遠巻きに眺めながら、ユージーンとジークフリートとグレゴリウスは、無事に再会できた喜びに浸る暇も惜しく、国境を早く越えようと焦る。




「どうして、ここがわかったのですか」




「バロア城が火に包まれて、近くの森から火が見えたし、パリスとアラミスに誘導して貰ったのです」




 ジークフリートとユージーンが話しているのを聞きながら、グレゴリウスはユーリが夜着にレースのガウン姿なのに気づいた。




「皇太子殿下、ユーリ嬢に上着を貸してあげて下さい」




 ジークフリートに言われるまでもなく上着を貸すつもりだったよと、ブツブツ言いながらもユーリにゆっくりと近づく。




『グレゴリウス、ジークフリートも無事だったんだ』




 少し落ち着いたイリスに声をかけられて、グレゴリウスはユーリに上着をかける。近くで見るとやる気満々のロマンチックなガウン姿にグレゴリウスはくらくらしてしまい、それがイリスの勘に触ったのか小さな火を吐く。




「落ち着いたら早く国境を越えて、北の砦に行きましょう」




 ジークフリートの先を急がす言葉に、ユーリは自分の夜着姿で兵士達が詰めてる北の砦に行くのを躊躇する。




「私は北の砦に行きたくないわ」




 ユーリの拒否にイリスは敏感に反応して、空に火を吐く。




「ユーリはハンナの家に行けば良おいよ。僕も付いていくよ」




「ハンナの家で着替えを借りれるわ。そうしたらユングフラウに帰れるわ」




 ジークフリートとユージーンは話し合って、北の砦に一人が報告に寄ることにした。




「私はその家を知っていますから、北の砦に報告してから行きます」




 グレゴリウスから剣を借りると、ユージーン達は飛び立った。




「先に私達が国境を目指します。皇太子殿下とユーリ嬢は、一気に国境を越えて下さい。


 待ち伏せに会っても、無視して進んで下さい。北の砦に着けば、援護を呼べるのですから良いですね!」




 あと少しで国境というところで竜騎士隊の待ち伏せに遭った。戸惑うユーリに、グレゴリウスは強硬に無視して進むんだと命令する。




『ジークフリートとユージーンの足手纏いにならないように、国境を目指すんだ!』




 グレゴリウスは、今日一日中追っ手から命からがら逃げたので経験値をあげた。国境を越えたら、北の砦から救援も呼べるのだとスピードをあげる。




 ユーリは後に残すジークフリートとユージーンが心配だったが、グレゴリウスの指示に従う。




『ラモス! パリスとアトスを助けて!』ユーリは届かないかもと思いながらも、竜心石を手に持って救援を頼ぶ。




『ユーリ! グレゴリウス! 無事で良かった』北の砦から矢のようにラモスが飛び立ち、ユーリ達とすれ違ってマキシウスはジークフリート達の救援に向かう。




 次々と飛び立つ竜と竜騎士達にユーリは安心して、北の砦を飛び越し、夜中なのに悪いなと思いつつハンナを叩き起こす。


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