7話 罠
「今頃は皇太子殿下達は、ケイロンに着いた頃ね」
ユーリとユージーンは、グレゴリウスを特使とする一行とは別行動をしていた。
何度も打ち合わせをして、バロア城でルドルフと会ってコンスタンス姫を連れてイルバニア王国に帰国する計画を立てたのだ。その間はケイロンでグレゴリウス特使一行がゲオルク王との謁見をして、コンスタンス姫の脱出に気づかれないようにする事になっていた。
バロア城はイルバニア王国の国境近くで、竜だと一時間も必要なかったので、ユーリ達はグレゴリウス達が王宮に着くのに合わせて、到着する予定だ。
イルバニア王国も東北部は寒かったが、国境を越えてローラン王国に着くと、雪は少ないものの寒さは各段に厳しい気がする。ユーリは国境を越えた時から、胸に下げている竜心石がチリチリと警告しているような嫌な予感に悩まされていた。
「パパの仇ともいえるローラン王国に来て、ナーバスになっているのかしら」
ユーリが不安を口にしたのに、ユージーンも自分も神経質になっていると苦笑する。
二人はバロア城の中庭に竜を乗り付けた。これもルドルフから、隠密にコンスタンス姫を引き渡したいからと指示されていたからだ。
竜から降りるや否や、数人の騎士にルドルフ皇太子がお待ちですと城の中に案内された。
「コンスタンス姫はどこですか?」
ユージーンは何か変だと、本能的に感じたが遅かった。城の広間には王座が置いてあり、ルドルフ皇太子ならぬゲオルク王が待ち構えている。
ユーリはとっさに罠にかかったのだと悟り、グレゴリウス特使一行に警告の叫び声を送る。
『罠よ! 逃げて!』
でも、その声を送った次の瞬間に、イリスとの接触がとれなくなった。
「おやおや、余計な事をしてくれましたね」
ゲオルク王はアルフォンス国王より15才は年下だと思っていたのに、やせ細って髪は真っ白だ。だが、暗灰色の目はギラギラとひかり、ユーリをジッと見つめる。
ユーリは、ゲオルクの指に二つの竜心石の指輪が嵌まっているのに気づいた。
「どういうことでしょう。バロア城でルドルフ皇太子とお見合いだと聞いておりますが、計画が変更になったのなら出直して参ります」
ユージーンもアトスと連絡が取れないのは、ゲオルクが竜心石で結界を張ったからだと悟る。こうなっては無事には帰国出来ないだろうが、最後まで抵抗する覚悟を決める。
しかし、ゲオルク王の指鳴りで広間に武装した騎士と兵士が集まると、切り抜けるのは無理だと歯軋りする。武装解除されたユージーンに愛想よくゲオルクは言い放つ。
「貴方にはユーリ嬢の結婚の立会人になって貰おう。
夕方にはルドルフもバロア城に着くだろうから、それまでにユーリ嬢はウエディングドレスに着替えて貰おうか」
「冗談じゃないわ! 絶対に嫌よ!」
怒鳴るユーリに眉を顰めて、ゲオルクは母親に似たのは外見だけかと罵る。
「ドレスに着替えたく無ければ、それでも良い」
ゲオルクはユージーンを騎士達に羽交い締めにさせると、楽しそうに短剣を顔に当てる。
「止めて!」
「おや、素直に着替える気持ちになったかな」
笑いながらゲオルクは、短剣をユージーンの目から遠ざける。
「ユーリ、私のことは考えるな!」
ユージーンは兵士達に連れ去られてしまい、ユーリは侍女達に塔の部屋へと案内される。
「これは牢屋だわ!」
窓には鉄格子がはまっているし、ドアも頑丈そうな鉄枠で、鍵がかけられた上に外には見張りが立っている。ユーリは中庭にいるイリスとアトスに叫んだが、結界に阻まれて声は届かない。
一方のグレゴリウスは特使として、ケイロンに到着した報告をしに王宮を訪問していた。謁見の間に通された瞬間、ジークフリートは何か変だと感じる。隣国の皇太子が特使として国王に謁見するのに、重臣達の姿が見えなかったからだ。
ゲオルク王ではなく、ルドルフが現れた瞬間、ユーリの警告の声を聞いたパリスとアラミスから、ジークフリートとグレゴリウスは罠だと知らされる。何も知らないカズエル大使が、ルドルフに何故此処に? と尋ねているのを無視して、いつもは優雅なジークフリートは見事な金箔を施してある椅子を窓に投げつける。
大使の首根っこを捕まえると窓からパリスに向かって投げ落とし、グレゴリウスも窓からアラミスに向かって飛び降りるのを確認すると、自分もパリスに飛び降りる。
王宮の窓から呆気にとられているルドルフと、ゲオルクに命令されていたのだろう駆けつけた兵士達を見る間もなく、イルバニア王国大使館に逃げ込んだ。
「大使、奥方と大使館員の細君達を、カザリア王国大使館に逃れさせて下さい。私は皇太子殿下を命に代えでも、イルバニア王国に帰します」
大使は卑劣な罠に引っかかった事を怒るより、時間との勝負だと悟る。ジークフリートは大使館に派遣されていたシャルル大尉と、ヘンダーソン大尉、それと特使に付いてきた三人の竜騎士にテキパキと指示を与える。
「さぁ、グレゴリウス皇太子殿下! イルバニア王国に、帰国しますよ。何が何でも、帰国しなくてはいけません」
自分達が盾になって皇太子を無事に帰国させようとする気持ちに押されて、イルバニア王国大使館を飛び立つ。アラミスで全速力で国境を目指しながらも、グレゴリウスはユーリはどうなったのだろうかと心配で胸が張り裂けそうだ。
ケイロンを出た所で、ローラン王国の竜騎士達に行く手を阻まれた。シャルル大尉と、ヘンダーソン大尉は自分達が相手にしますから先を急いで下さいと、竜騎士隊に突っ込んでいく。
ジークフリートは見捨てるのに心が痛んだが、グレゴリウスを守る為に鬼にして先に進む。
途中で何度も竜騎士隊の待ち伏せに会い、特使に着いてきた竜騎士の三人も後ろに残して、ジークフリートとグレゴリウス二人になってイルバニア王国を目指す。
あともう少しの所で、遂にジークフリートとグレゴリウスは竜騎士隊に捕まった。
「自分の身を守りながら、国境を目指して下さい!」
ジークフリートは竜騎士隊に単身で切り込む。3頭の竜の間にパリスは飛び込み、ジークフリートは中央の竜騎士を斬り捨てる。そして、右側の竜騎士からの刀を、辛うじて受け止めた。左側の竜騎士が周り込もうとするのを、パリスは急降下しながら回り込んでかわす。
グレゴリウスはアラミスに国境を目指して飛ぶように伝えたが、ジークフリートが取りこぼした竜騎士に行く手を阻まれる。
「そこをどけ!」そんな言葉で、どけてくれるわけがない。
グレゴリウスはアラミスを邪魔する竜騎士に近づけると、剣で道を切り開くしかないと覚悟を決めた。何度となく斬り合いが続いたが、相手に致命傷を与えられず時間がかかる。
「殿下! 離れて下さい」
3人の竜騎士を斬り捨てたジークフリートが駆けつけると、しぶとかった竜騎士を一撃で仕留める。
「さぁ、先に進みましょう!」
危ういところをジークフリートに助けられたが、グレゴリウスは肉体的にも精神的にも限界にきていた。
『グレゴリウスは疲れ切っている。少し休憩が必要だ』
アラミスの言葉に、自身も疲労困憊のジークフリートは、国境近くには竜騎士隊が待ち構えているだろうと一時休憩をとり、夜に強硬突破する事にする。
森に降りると、がっくりとアラミスから崩れ落ちるように地面に座り込んだグレゴリウスに、大使館から持ってきたパンとワインを与える。グレゴリウスは自分が命の危機を迎えたのと、ユーリがどうなるのかの心配で食事どころでは無かったが、ジークフリートに叱られて一口食べると、6時間も逃避行していたので空腹だと気づく。
ジークフリートは少し様子を見てきますと、歩いて近くの農家まで行って来た。グレゴリウスは一人になると、ユーリのことが頭から離れなくなって、バロア城に救出に行きたいと思い詰める。
「皇太子殿下、どうやら国境までは一時間程の場所みたいです。夜になったら、一気に国境を越えましょう。その時に待ち伏せされるかも知れませんが、皇太子殿下は国境を越える事だけを考えて下さい」
ジークフリートは、グレゴリウスがバロア城の近くにいると気づいて、考えて込んでいるのに釘をさす。
「でも、ユーリを置いていけないよ!」
悲痛な叫びに心は痛んだが、ジークフリートはグレゴリウスの頬を思いっきり平手打ちする。
「貴方は、イルバニア王国の皇太子なのですよ! 貴方をイルバニアに帰す為に、命を張った者達のことを考えなさい! それにユーリ嬢は、命はとられません。後で絶対に奪還しますから!」
命は無事でもと、グレゴリウスは拳を噛み締めて、嗚咽をこらえる。
確かにジークフリートの言う通りで、皇太子としてイルバニアに帰る義務があるのはグレゴリウスには理解できたが、辛くて身が張り裂けそうだ。
ちょうどその頃、バロア城ではルドルフとユーリの結婚式が執り行われていた。
ユージーンを人質にされてウエディングドレスに着替えさせられたユーリは、泣きたくなるのを唇を噛んで堪える。呼び寄せられたルドルフは、バロア城の教会で結婚式をすると聞かされて驚いた。
「ユーリ嬢は絆の竜騎士で、本人の望まない結婚は騎竜が許さないと聞きましたが」
ルドルフがまだコンスタンスに未練を残しているのかとゲオルクはウンザリする。
「そちが結婚を渋るのは、毒婦に騙されているからではないのか。なんなら未練を断ち切ってやっても良いのだぞ。皇太子妃や、王妃の不義密通は、死罪なのだからな」
ルドルフはコンスタンスとの離婚を了承したのも、このままでは人質にとられて傀儡にされてしまうと考えたからだ。
「でも、ユーリ嬢は結婚を望んでおられないのに」
ルドルフの抵抗など、歯牙にもかけない。不機嫌そのもののユーリに愛想よく接していたのはゲオルクだけで、花婿のルドルフも、茶番につきあわされる司祭も困惑している。
ユージーンは縄で縛られて、立会人を強制される。ユーリはウエディングドレス姿で教会に入ると、ユージーンに抱きつく。
「絶対に諦めるな! 助けはいつか来るから」
ユージーンは自分の死は諦観していたが、ユーリには死を選んで欲しく無かった。
「嫌よ! 結婚するぐらいなら死ぬわ!」
ユージーンに抱きついて叫ぶユーリに、ルドルフはこれでも結婚させるつもりですかと、再度の抗議を父王にする。
「国王陛下、花嫁は嫌がっているみたいですが」
司祭もこれでは結婚式が出来ないと抗議する。
「嬉しさのあまりに取り乱しているのだ。さぁ、式を執り行え!」
そう言うとユーリを羽交い締めにしてユージーンから引き離すと、祭壇の前に引き連れる。
「こんなの茶番だわ! 絶対にルドルフ皇太子となんか結婚しないわ!」
騒ぎ立てるユーリに手を焼いて、ゲオルクは右手で後ろ手に捕らえて、左手で口を押さえる。もがくユーリを押さえ込むと、司祭にサッサと式をあげろと怒鳴る。
ユーリは抗議しようにも、口をキツく押さえられて声も出ない。ユーリは片手で押さえ込んでいるゲオルクを油断させようと、ぐったりと身体の力を抜く。
ゲオルクが口を押さえて窒息させたのではと手を緩めた瞬間、ユーリは思いっきり手に噛みついた。ゲオルクはユーリを反射的に殴り飛ばす。
「何をされるんですか!」
華奢な女の子を殴り飛ばした父王にルドルフは抗議して、ユーリを助け起こそうとしたが、差し出した手を梃子に反対に床に投げ飛ばされてしまう。
ユーリはルドルフの腰の剣を引き抜くと、ユージーンを縛っている縄を切ろうとしたが、駆けつけた兵士に取り押さえられてしまった。ゲオルクは、お淑やかなロザリモンドに全く似ていないユーリにげんなりする。
噛みつかれた手からは血が流れていたし、ズキズキと痛んだ。兵士にハンカチで傷を結ばせると、ルドルフからハンカチを取り上げて兵士に引き立てられてるユーリの口を縛る。
「こんな結婚など認められません」
渋る司祭を脅しあげて、指輪を無理やり嫌がるユーリに嵌めさせる。
「これで皇太子妃だ! しつけ直す必要があるな」
目的を達成して満足そうなのはゲオルク一人で、とんだ茶番につき合わされた司祭は不機嫌だったし、これが自分の妃ですかと暴れているユーリにげんなりしているルドルフだった。
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