6話 ローラン王国へ

 緊急に帰国したグレゴリウス達だったが、北の砦への攻撃は散発的で、警戒態勢は続けたものの夏をどうにか乗り切った。




 カザリア王国への攻撃も同じで、両国に揺さぶりをかけたのだと怒りを感じる。




 攻撃は散発的だったが、ローラン王国からユーリへの縁談の申し込みは連続的で、外務相も国王も怒りで何度も書簡を破り捨てそうになった。しゃあしゃあと北の砦への攻撃は軍部の暴走で、それを止めるのに苦労していると書いてのけるゲオルク王に怒り心頭だ。




「両国の友好の掛け橋に、ユーリとの婚姻を望むだと! その前にコンスタンス姫をカザリア王国に返してから言え!」




 温厚なアルフォンスも、ゲオルクの遣り口の汚さに激昂する。外務相にカザリア王国と協力して、コンスタンス姫の救出に当たるように命令を下した。








 ユーリは夏休みをフォン・アリストの領地で出兵準備の手伝いで過ごしたが、実際は出兵しないですんでホッとする。イリスは勝手にフォン・アリストの海での海水浴を楽しんだが、ユーリがリッチナー卿に領地管理を叩き込まれているので、一緒に泳げないのが残念だと思う。




「まだ油断はできないけど、少しは休息も必要ですよ。夏休みが終わったら、また国務省での実習なのでしょう」




「あ~、また予算の編成時期なんだわ~」




 リッチナー卿に勧められたのと、預けっぱなしのビクター夫妻を引き取るのを兼ねて、フォン・フォレストで数日でも息抜にしたいと行くことにした。








「どちら様ですか? と尋ねたくなりますねぇ」




 ユーリはサロンにいる容姿端麗な夫妻が、ビクターとビクトリアだとは信じられない。




 ビクトリアが美人だとは気づいていたが、きれいに髪をとかして簡単にだけどアップした姿は貴婦人に見える。




 でも、それよりユーリを驚かせたのはビクターの変身ぶりだ。髭を剃り、髪の毛もキチンと切りそろえたビクターは、面食いだと宣言したビクトリアが恋に落ちたのも納得するハンサムだ。




 二人の外見の変わり方にも増してユーリを驚かせたのは、行儀良くお茶を飲んでいる態度だ。




 ビクトリアは動物的勘が優れていて、モガーナを怒らすと怖いと察知した。食事とお茶の時に遅刻しないでキチンとした身なりをすれば、旧帝国の発禁書が読み放題なので、元々は実家の男爵家で厳しく叩き込まれた礼儀作法を引っ張り出した。




 ビクターはフォン・フォレストの魔女に色々とご教授願いたいと、彼も怒らしてはならない相手だと本能的に察知したので、侍従が髭を剃るならかまわないと伯爵家のお坊ちゃまらしく身なりは人任せにする。




「私は、いくらでも滞在して下さって構わないわ」




 ある意味、お祖母様は最強だわとユーリは考えて、ビクター夫妻に関しては放置する事にする。旧館の図書室もビクトリアとビクターが日参するので空気の入れ替えにもなるし、ざっと召使いが埃も払ってあるので、ソファーで寝っころがって本を読みあさっている夫妻に苦笑すると、ユーリは少し夏休みの息抜きに海水浴に出かける。








 ユーリが呑気に海水浴をしていた頃、ローラン王国から亡命しているマルクス王弟殿下の元に、外務次官やジークフリート達は日参していた。一緒に亡命した貴族の身内から細い線ではあるが、コンスタンス姫の幽閉先の情報を手に入れようとしていたのだ。




 今年の夏のようにローラン王国に振り回されるのは御免だと、二国は考えていた。それには人質状態のコンスタンス姫を救出しなくては、軍事的に足枷をつけられたままのカザリア王国との協力戦線が維持できないと憂慮したのだ。




「ルドルフ皇太子殿下はコンスタンス妃を愛していたのに、密通などあり得ないと考えています。彼もコンスタンス妃と二人の王子を、人質に取られているのと同じなのでしょう。兄は人前に現れないと聞いていますから、傀儡としての役目を押し付けられているのです。ヘンドリック兄上はまだ生きていると私は信じています。何故なら騎竜のマリナーズが死んだとは聞いてないからです」




 内乱から15年近くが経つし、母親のマルグリット皇后が亡くなったので、アルフォンス国王はヘンドリック王弟殿下の生存を諦めていた。息子のルドルフ皇太子がゲオルク王の傀儡なのは周知なので、ヘンドリック王弟殿下が存命なら内乱をおこして、王の首をすげ替えられるのではと外務次官は考える。




 ケイロンの大使館でもコンスタンス姫の幽閉先と、ヘンドリック王弟殿下の生存確認に必死で取り組む。








 ユーリは夏休みの終わりにヒースヒルを訪れて、墓参りとハンナの産んだマシューを抱っこした。




「2ヶ月で、こんなに重くなるんでちゅねぇ」




 産まれたと知らせを聞いて会いに来て以来だったので、ユーリはすくすくと成長しているマシューの柔らかいほっぺにキスをする。




「キャシーも一度会いに来たいと手紙は届くけど、忙しいみたいね」




 呑気な国民性とはいえローラン王国とややこしかったし、夏場は暑いので、パーティーも開かれなかったが、朝晩が過ごしやすくなると、ユーリの元にも招待状が舞い込む。




「秋の社交シーズンが始まるから、キャシーは忙しいのね」




 ユーリはニューパロマに行ったり、フォン・アリストの領地で夏休みを過ごしたので、マウリッツ公爵夫人とご無沙汰していたなとドレスで思い出した。でも、デヒュタントの義務は果たしたのだから、社交界とは少し距離を置こうと考える。




 ユーリはほんの少ししか居られないのを残念に思いながら、山ほどの氷と共にユングフラウに帰っていった。




 パーラーの氷は北の砦に伝令で行く見習い竜騎士の先輩達が緊急性のない場合に、自主的に運ぶのを手伝ってくれていた。ローラン王国との戦争が身近になると、被害者のことを親身に感じるようになったのだ。




 いつも夏バテをする老公爵の為に、ユーリはヒースヒルでトリュフや新鮮な野菜もいっぱい採ってきてシェフに渡した。老公爵はユーリの心遣いを喜んだが、それよりもっと顔を見せてくれと頼んだ。








 ユーリはリューデンハイムの寮に帰り、シュミット卿にこき使われる日々に戻った。社交界からフェイドアウトする計画は、仲良くなった令嬢方の婚約パーティーラッシュで頓挫する。




「絶対に来て下さらなきゃ駄目よ」




 令嬢達はユーリの行動パターンを熟知していたので、パーラーに週給を持って行くと待ち伏せされて、直接に出席を頼み込む。週休




 ユーリが出席すると、皇太子殿下や、ジークフリート、ユージーン、フランツ、アンリなど名だたる名門の子息がもれなく付いて来るので、婚約パーティーに箔がつくのだ。ユーリが直接頼まれると弱いのも、見抜かれている。




 勿論、皇太子妃を狙う令嬢方は婚約などしなかったが、竜騎士が身内にいないとテレーズ王妃が首を縦に振らないだろうと親に説得された令嬢方は、この隙にと、少し格上の相手をちゃっかりゲットしていたのだ。








 そんな呑気なユーリの日常と違い、幽閉中のコンスタンスは命の危険を日々感じていた。




「不義密通などしていません!」




 あらぬ疑いにいずれは真実が明らかになり、ルドルフ皇太子殿下と別れるのは寂しいが、カザリア王国に帰国できるのだとコンスタンスは考えていた。しかし、不義密通の自白をしたと護衛の士官が処刑され、王子と共に幽閉されると、不自由な生活と共にローラン王国の冬の厳しさに恐怖を感じる。




 夏は貧しい食事でも我慢できたが、冬の寒さはお姫様育ちのコンスタンスを打ちのめした。




「また冬がくるのね……」




 故国のカザリア王国よりも早い秋の訪れに、長く厳しい冬の到来に恐怖するコンスタンスだ。




 唯一の慰めは側にいる二人の王子が逆境にも耐えて、成長していくことだけだ。不義密通の子ではとの疑いは掛けられていたが、まだ王子としての扱いを受けているので、教育や食事はまともな物を与えられていた。




 日に一度の面会時間だけが、コンスタンスの生きる支えになっている。








 ケイロンのカザリア王国大使館でも、コンスタンス姫がどこに幽閉されているのか必死で探索していた。




「冬になる前にお救いしたい」




 ユリアンの父親のルパートはローラン王国へ大使として赴任しており、大使館員を総動員していた。そんなある日、ルドルフ皇太子からの密書がカザリア王国大使館に届いた。




 そこにはコンスタンス妃を人質に取られて、ゲオルク王の傀儡として不本意な政策を強要されている不満が書いてあり、離婚も自分の意志ではなかったと記されていた。ルパートはそんな泣き言より、コンスタンス妃の幽閉先を教えて欲しいと毒づく。




 その後も、ルドルフ皇太子からの密書は不定期にあり、コンスタンス妃をイルバニア王国との国境近くのバロア城にどうにか移す計画を実施したいと書かれてあった。




「少しでも暖かいバロア城で冬を過ごさしてやりたいと思われたのだろう。しかし城では救出は難しいなぁ」 




 離婚が成立するか否かの時に、コンスタンス姫を強制的に帰国させとけば良かったと後悔するルパートだったが、あの時点では不義密通の件など取り沙汰されてなく、幼い王子を残して帰国するのを姫が渋ったのだ。




 イルバニア王国に亡命中のマルクス王弟殿下にも、ルドルフ皇太子からの密書が届いた。こちらにはコンスタンス妃を渡したいので、救出に来て欲しいと書いてあった。




 イルバニア王国とカザリア王国は情報を交換して、バロア城にコンスタンス姫が幽閉されていると推察した。両国は密偵を、バロア城付近に放ち、情報を探らせる。




 そんな時にゲオルク王から、アルフォンス国王に親書が届いた。




「なんと、厚かましい親書だ! イルバニア王国とカザリア王国の二国が共謀して、ローラン王国を除け者にしているがごとく書いてあるぞ。そちらが一方的に戦争を仕掛けているのは棚にあげているな。う~む、三国で同盟を結びたいと書いてある。グレゴリウスを特使として、ケイロンに招待したいそうだ」




 親書を読みながら、外務相に相談していた国王は、うっと詰まって顔色を変えた。




「どうされましたか」




 険しい顔になった国王に、外務相は声をかける。




「三国同盟を結ぶ条件に、ユーリをルドルフ皇太子の妃に貰いたいと書いてある。絆の竜騎士で本人が望まないと結婚を騎竜が許さないのは承知しているから、一度お見合いの場を設けたいとな!」




 怒りをあらわす国王を宥めながら、外務相はコンスタンス姫を救出できるチャンスかもと考える。




「国王陛下、コンスタンス姫はバロア城に幽閉されているそうです。お見合いの席をバロア城にできれば、救出の可能性も出てきます」




「しかし、ユーリをローラン王国に遣わすのは……グレゴリウスは皇太子として三国同盟の可能性があるのなら、危険を犯させるのも仕方ないが……」




 未婚の令嬢を、皇太子妃を不貞の罪で幽閉するような騎士道精神の無いゲオルク王の元に派遣するのを国王は躊躇う。




「もう一度、マルクス王弟殿下に確認してみます。ケイロンで三国同盟の会議をしている隙に、コンスタンス姫を救出できないか」




 外務次官とジークフリート、ユージーンが秘密裏に呼び寄せられ、コンスタンス姫の救出作戦が深夜までねられた。 




 その後もマルクスを通じてルドルフと連絡をつけたり、カザリア王国大使館やイルバニア王国大使館とも連携を図って、グレゴリウスをケイロンに特使として派遣することと、ユーリをバロア城でお見合いさせることが決定した。




 グレゴリウスはユーリがルドルフとお見合いすると聞いて怒ったが、コンスタンス姫の救出作戦だと聞いて渋々承諾する。ユーリもローラン王国になど行きたくも無かったが、コンスタンス姫の救出作戦には協力したかったし、バロア城が国境近くにあるのも安心だと感じる。




 フランツは、今回は一人留守番なのに不平をこぼす。本格的な冬がくる前にコンスタンス姫を救出したいとのカザリア王国からの要望もあり、ざっくりとした計画なのがジークフリートとユージーンの懸念材料だ。




「全てはルドルフ皇太子の手紙の情報を元に計画が立てられているのが気になりますね」




 ジークフリートは、グレゴリウスをケイロンに三国同盟を餌に呼び寄せる計略ではと警戒する。




「密偵はコンスタンス姫がバロア城に幽閉されているとの情報を、確認したのだろうか?」




 ユージーンはバロア城にお見合いを口実に出向くルドルフ皇太子から、コンスタンス姫を引き取って帰る計画にユーリを連れて行くのに難色を示した。




「私達だけでバロア城に行くのなら、多少の危険も犯すのだが……ユーリをローラン王国に連れて行きたくない」




 お見合いなのにユーリが居なくては話にならないとはわかっているが、ユージーンはもう一度マルクス王弟殿下に確認を取る。




「この手紙には、ルドルフはコンスタンス妃に処刑の危機が迫っていると書いてある。二人の王子も不義密通の子として、王子の地位も剥奪されて処刑されるかもしれないと。兄のゲオルクなら、カザリア王国への見せしめの為に遣りかねない」




 コンスタンス妃だけでなく、二人の幼い王子まで処刑の危機が迫っているとルドルフ皇太子が考えているなら、バロア城で引き渡す計画を立てるかもしれないユージーンは思った。ユージーンとジークフリートは自分の不安を封じ込めて、カザリア王国からの悲痛な要請に従って計画を実行に移した。

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