4話 ニューパロマへ

「ニューパロマに行ってる場合じゃないのに……」




 エリザベート王妃から何通もの手紙が届いていたが、ローラン王国がいつ戦争を仕掛けてくるかわからない情勢なのに、優雅な訪問なんかしてられないとユーリは丁重な断りの手紙を書いていた。




 しかし、テレーズ王妃にも手紙が届き、対応に困っている。




「ユーリは約束したのよね、困ってしまいましたわねぇ。手紙には夏休みにニューパロマに来て欲しいと書いてありますのよ」




 ユーリはフォン・アリストの領地を管理しているリッチナー卿と相談しながら、領地や北の砦に派遣する兵士達に軍服を支給したりと、なにかと忙しかった。しかし、外務省としても同盟国のカザリア王国の協力を必要としているこの時期に、相手国の王妃の要請を無視するわけにはいかなかった。




「ローラン王国の動きは予測できない。南下したいのは明らかだが、カザリア王国の鉱山にも色目を使っている。コンスタンス姫を人質に取られた状態なので、カザリア王国が及び腰なのにつけ込むつもりかもしれない。東北の防御の強化をしてもらうだけでも、ローラン王国が南下するのを躊躇わす事になるのだが」




 外務相の意見は理解できたが、それとユーリをニューパロマに行かすのは別の話だとジークフリートとユージーンは考える。




「ユーリをニューパロマに行かすのは拙いですよ。エドアルド皇太子に惹かれているのに、再会させたら恋に落ちるかもしれません」




 ユージーンはユーリを外国に嫁がせるのは反対だ。




「同盟国として、東北部へのローラン王国の侵攻があるかもしれないという警告の必要もありますから、ニューパロマには使者を派遣します。その使者にユーリ嬢を同行させては、如何でしょう。それなら、夏休み中の滞在でなく、数日で帰国できるますし」




 外務次官の提案通りに行けば、数日の滞在なら恋に進展はしないかもと外務相は考える。




「外務次官、エリザベート王妃様がユーリ嬢を数日で帰国させて下さるでしょうか」




 ジークフリートの懸念に全員が押し黙る。




「だが、テレーズ王妃様にも手紙が届いているのだから、無視はできないぞ」




 外務相はう~むと唸る。




「そうだ! 皇太子殿下に使者としてニューパロマに行ってもらえば良いのではないか。戦争がいつおこるかもしれないのに、皇太子が長期にわたって自国を留守にするわけにはいかないので、短期の滞在の言い訳にもなる」




 ジークフリートは露骨に嫌な顔をする。グレゴリウスとエドアルドを一緒にするのは危険だと感じたし、それを監督するのは御免だと思った。




「決闘騒ぎになっても、しりませんよ」




 ジークフリートの抗議に、うっときた外務相だったが、にっこり笑って切り返す。




「そこを穏便にすますのが、指導の竜騎士の役目でしょう。皇太子殿下が使者ならニューパロマには数日の滞在ですし、三人で過ごしていれば恋にも発展しないでしょう」




 ジークフリートの意見が無視されたのを気の毒にユージーンは思っていたが、火の粉が飛んできた。




「ユーリ嬢には付き添いが要りますな。ユージーン卿、お願いしますよ」




「私はユーリの指導の竜騎士は外れたのですよ。なんで、付き添わなくてはいけないのですか」




 問題児のユーリの付き添いは御免のユージーンの抗議は、ジークフリートにも無視された。




「そりゃ、ユーリ嬢の身内ですから仕方ないでしょう。エドアルド皇太子殿下と、なるべく恋に落ちないように見張って下さいね」




 外務相の言葉にキレながらも、恋に落ちるかもしれないと諦観しているのに気づいて、ユージーンは焦りを感じる。ユージーンとジークフリートは、エドアルドとユーリを親密にさせないように二人で長時間話し合いをもった。




 ユーリは国王から決定事項としてニューパロマへの訪問を命じられて、少し抵抗したが押し切られてしまう。




「そなたがエリザベート王妃と約束したのだから、守らなくてはいけないだろう。ただ、この情勢では長居はできないから、慌ただしい滞在になるな」




 自分がエリザベート王妃と約束したのは確かだし、国王から命じられてトホホのユーリだ。グレゴリウスはユーリがニューパロマに行くのは反対だった。




「なんでユーリがニューパロマに行かなきゃいけないんだ!」




 ライバルのもとに送り届けるのかと怒るグレゴリウスをジークフリートは宥めながらも、厄介だなと溜め息をつく。








 ニューパロマには数日の滞在予定でユーリ達は旅立った。




「さっさと要件を済ませて帰国しましょう」




 そう言いながらもジークフリートは、エリザベート王妃がユーリを易々と帰国させてくれないのではと危惧していた。




「ユーリ!」




 ニューパロマの大使館に降り立った瞬間に、エドアルドに抱きしめられてユーリは驚く。全くグレゴリウスや他のメンバーに気づいて無いのか、無視したのかわからない態度に、イルバニア王国側は呆れかえってしまう。




「エドアルド皇太子殿下!」




 さすがにマゼラン卿に怒られてユーリを離すと、グレゴリウスやジークフリート達にも挨拶をしたが、気もそぞろなのがあからさまだ。さぁ、義理は果たしたといわんばかりにユーリの手を取ってキスをすると、会えなくて辛かったと熱烈にアプローチする。




「少しは私のことを思い出して下さいましたか」




 ユーリは会った瞬間からの熱烈なアプローチに、たじたじとなってしまいどん引きする。




 ジークフリートは嫉妬するグレゴリウスに、ああいうアプローチは却って熱をさまさせるのですよと小声で解説する。確かにユーリが困惑している様子にグレゴリウスは、成る程とジークフリートの言葉に耳を傾ける。




 ユーリはエリザベート王妃と、グレゴリウスは国王との面談を済ませた。




 ジークフリートの危惧した通り、やはりエリザベート王妃はユーリを易々と帰国させてくれそうになかった。




 グレゴリウスは使者としてアルフォンス国王の親書をヘンリー国王に渡し、外務相からのローラン王国の怪しい動きを告げた。




 ヘンリー国王もローラン王国の南下政策には変更はないものの、防御を固めたイルバニア王国を攻め倦ねて、コンスタンス姫の件で弱腰のカザリア王国の東北部の鉱山地帯に出兵するのではと考えていた。




「コンスタンスを取り戻すまでは、こちらからは攻め入れないが、防衛は固めておこう。それが南下政策の抑止力になるかもしれない」




 ジークフリートもユージーンもグレゴリウスの使者としての勤めは無事に果たせて安堵する。




 ユーリを連れて大使館に引き上げようとしたが、エリザベート王妃はなかなか離してくれない。




「一旦、大使館に帰って休憩したいのです。ユングフラウから一度の休憩だけで来ましたから」




 ユーリはこのままエリザベート王妃のペースに巻き込まれると、夏休み中ニューパロマに滞在することになると必死で抵抗して、夕食を共にする約束をさせられたが、やっと大使館に帰り着く。




「セリーナ大使夫人、やっと王宮から帰れましたわ」




 着いた途端にエドアルドに王宮に連れて行かれて、久しぶりに再会したセリーナともロクに話せなかったユーリは抱きついて、帰国させてもらえるのだろうかと泣きつく。




「まぁ、困りましたわね~」




 セリーナにもエリザベート王妃からユーリをニューパロマに来させて欲しいとの要請が何度となくあったので、使者の用事がすんだグレゴリウス達と一緒に早々の帰国は難しいのではと感じる。




「ともかく、少し休憩して下さい。ところで、あの御夫婦はどうしたら良いのでしょうか……」




「ほっといたら良いのです。なんなら大使館から追い出して下さい」




 ユージーンは、なんでビクターとビクトリアという変人夫婦をニューパロマに連れて来なくてはいけないんだと憤懣をぶちまける。大使館のサロンでもソファに寝っころがって本を読んでいるビクトリアに、セリーナは困惑を隠せない。




 ユーリがニューパロマに行くのをどこから聞きつけたのか、ゴムのチューブの作り方を教えたのだから、竜に乗せてくれと強引に付いて来たのだ。


 


「パロマ大学には読んだ事のない本が沢山あるけど、船酔いするのよ。竜なら1日で着くのでしょ」




 本の虫のビクトリアも付いて来て、早速、パロマ大学で本を借りてくると、大使館のソファを占領してしまっていた。




「ビクトリア様、ここは大使館なので、サロンのソファに寝て本を読むのは駄目ですわ。ビクター様はどこにいらしたのですか」




 熊のようなビクターがどこに消えようと知るかとジークフリートとユージーンは思ったが、ユーリはニューパロマに連れてきた責任を感じる。このまま大使館に居ついたら、セリーナに迷惑が掛かると心配したのだ。




「ビクターはライシャワー教授の屋敷に行ったわ。何だか、山に鷹を探しに行くとか、行ったとか話してたわね。変な助手とも話していたから、当分は帰って来ないんじゃない」




 ユーリはニューパロマで避けたいライシャワー教授やアレックスと何を話しているのかと頭が痛くなる。




「ビクターがユーリの魔力について、余計なことを話さないといいけど」




 グレゴリウスが心配しているのを聞きつけて、ジークフリートとユージーンはビクターに結界を教えようとして失敗して、念写もどきを教えたと初めて聞いて怒り出す。




「なんで、そんなことをしたんだ。それに、君の魔力についてビクターが知っているなら、絶対にニューパロマに連れて来なかったのに」




 ユージーンに叱られて、ユーリはしどろもどろにロシュフォード卿と点滴に使うチューブが必要だから、ビクターに協力してもらうのに交換条件だったのと説明する。




「ロシュフォード卿ですかぁ」




 グレゴリウスも変人の伯父がユーリを変人夫婦に紹介したのを困っていたので、ジークフリートにも迷惑かけると小さくなる。




 ユージーンもグレゴリウスの伯父のロシュフォード卿が竜騎士なのに医師になった変人であるのは知っていたが、ビクター夫婦のような変人夫婦と知り合いとは呆れてしまう。




 ともかく大使館のサロンで寝そべっての読書は駄目だと部屋にあがらせて、ユーリも夕食会の為にお風呂や着替えにバタバタする。




「何だか下が賑やかね」




 侍女に髪を結い上げて貰っていたユーリは、下のサロンで吼える声を聞いた。




「あれはビクター様だわ」




 帰って来たのだと安堵したが、何を吼えているのだろうと心配する。身支度もそこそこに下に降りたユーリは、思わず回れ右して、二階にあがりたくなった。




 そこにはビクターが連れてきたライシャワー教授とアレックスがサロンで激論中だ。




「ああ、ユーリ嬢、お美しいですなぁ。ビクター様から、色々とお話を聞いて会いたくて仕方なくなり、押しかけてしまいました」




 ライシャワー教授はユーリの手にキスをすると、サロンの椅子に座らそうとした。




「さぁ、ユーリ、夕食会に行こうか」




 グレゴリウスは変人達からユーリを救い出すと、王宮への夕食会へと向かった。




「お~い、儂等の飯は?」




 大使館員は迷惑な変人達に仕方ないから夕食を出す。




「ビクトリア様、パロマ大学の図書館はお気に召しましたか」




 食事の時に動物的本能で食堂にあらわれたビクトリアに、ライシャワー教授は話しかけたが、本を読みながら食べているので返事はない。




 流石の変人のアレックスもビクトリアには驚いたが、これなら結婚しても研究の邪魔にはならないだろうと感心する。




「ライシャワー教授、ビクトリアが本を読んでいる時に話しかけても無駄だ。それよりユーリが真名を読めるとは知らなかった。知っていたら、そちらを取引材料にしたのに……だぁ~」




 悔しがって吼えるビクターに大使館の召使い達は怯える。

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