第十章  ローラン王国

1話 ニューパロマへ?

 冬の間、ユーリは国務省でシュミット卿に相変わらずこき使われた。週末には時々はパーティや、オペラ観劇にも出かけたが、真冬になると秋ほどはパーティも行われず落ち着いた日々を過ごした。




 パリスの子竜のエリスもすくすく育ち、王宮の竜舎で飛行の真似事をしては他の竜達に迷惑をかけたり、心配させる。ビリーはマックが孵角を手に入れたのが悔しくて、ユーリに会うたびにイリスに子竜を産ませてくれと頼む。




「マックはエリスの孵角をペンダントにして首から下げて見せびらかしているんだ。俺がちょっと目を離した隙に、エリスの孵角が取れたんだよ」




 子竜が卵の殻を割る為の孵角は、用事が無くなると自然とポロリと落ちてしまうのだが、竜舎の係が受け取るのが伝統になっている。




 ビリーはマックの孵角が羨ましくてたまらなかったのだ。もちろん、エリスの世話を手抜きなどしないで可愛がってはいたが、一緒にいるマックの胸にぶら下がっている孵角を見ると愚痴を言いたくなるのだ。




「いつになるかわからないけど、イリスの子竜が産まれたら、孵角はあげるわ」




 ビリーはユーリに絶対だよと約束させる。




 




 冬の間は雪に閉ざされたローラン王国が動きが取れないので、イルバニア王国は平穏に過ごしていた。




 ユーリは財務室の実習のみでなく、算盤の予算がおりたので教育課での仕事もこなす。師範学校への算盤の授業のカリキュラムを作成したり、モデル校への算盤の配布にと飛び回る。


 


 エドアルドが帰国したので外務省への貸し出しもユージーンの指導の竜騎士もはずれて、ユーリとグレゴリウスが会うのはリューデンハイムの寮か、騎竜訓練の時か、たまにパーティで会うぐらいだ。






 アンリは国務省でのランチや、ギターを教えて貰ったりと、ユーリの側にいる時間が増えていた。




「あっ、そこの指は違いますよ」




 ユーリにギターを教えながら、アンリは間違えた指を後ろから、押さえなおす。




「難しいわ~弾き語りが出きるようになるのかしら」




 振り向きながら見上げるユーリの少し口を尖らせた不服そうな顔に、アンリはクラッとしてしまう。ユーリも余りに接近していた顔にドキッとして、頬を染めて俯く。


 


 友達になった令嬢方の中には17才になったからと婚約をする人もチラホラと出てきて、ユーリは恋愛ゲームは無理だと諦めたものの、アンリとキスしてみたらとアドバイスされたのを思い出して意識してしまう。




 だが、二人の仲はなかなか進展しない。なぜならこんな風に良いムードになって、アンリがユーリの顔をあげさせてキスしようとしていると、大概邪魔が入るからだ。




「やぁ、ユーリ、ギターの練習が終わったなら、母上がお茶にしようと言われているよ」




 アンリは折角のチャンスを邪魔したフランツを睨みつけたが、素知らぬ顔でユーリの手をとってサロンへと連れていく。




 マウリッツ公爵家ではユージーンとフランツはグレゴリウス派で、アンリとユーリが親密になるのを邪魔する。サロンでお茶を飲みながら、公爵は春になってローラン王国が何か仕掛けてくる前に、ユーリとアンリを引っ付けようと頭を悩ます。








 冬は穏やかに過ぎ、ユーリは16才になった。




 春になって雪が溶け始めると、北の国境辺りで小競り合いが繰り返されるようになり、ユングフラウにも戦争の影が見えた。騎竜訓練に普段は文官として働いている竜騎士達が参加している姿を、みる度に戦争が避けられなくなっているのを感じる。




 グレゴリウスも戦争の影には気づいていたし覚悟も決めていたが、それより目下の興味はユーリだ。ある意味でグレゴリウスは、イルバニア王国の国民性に相応しい皇太子だ。




 カザリア王国の国民性は勉学好きの議論好きな割にロマンチストで、令嬢にのぼせ上がる体質はエドアルドにもみられた。




 イルバニア王国はローラン王国との戦争を感じながらも、どこか呑気で恋愛の都のユングフラウではデートする恋人達の数が却って増えたぐらいだ。恋の都ユングフラウの皇太子に相応しいグレゴリウスは、ユーリが綺麗になっていくのを眺めているだけの日々に焦りを感じる。




「このままでは、エドアルドにユーリを取られてしまう」




 冬の間もエドアルドから分厚いラブレターが何通も届き、ユーリが律儀に返事をかえしているのを目撃するたびにキリキリと胸を痛めた。




「ユーリの返事は、ラブレターじゃあないですよ。家で何を書こうかと悩んで僕達に相談してるぐらいですから」




 筆まめなエドアルドからの手紙に返事を書く前に、次がくる有り様でユーリは困り切っていた。


 


「この前は、手紙の最初から最後までエリスの事でしたね。あとは孵角をビリーにあげると約束したとか書いてましたよ。あの手紙を貰ったエドアルド皇太子殿下は、どう思ったでしょうかね。僕だったら、げんなりするけどねぇ」




 グレゴリウスはエドアルドのことだから、竜を愛しているユーリの様子を思い出してウットリしたに違いないと眉をしかめる。 




「ユーリは相変わらず忙しそうで、朝食の時ぐらいしか一緒にいられないよ。エドアルドも手紙書きすぎだよ。忙しいのはわかっているだろうに、その上にギターなんかまで習ってるし」




 やはり、そこが一番気になっているんだなと、フランツは溜め息をつく。先日も、ギターの練習をしている筈なのに音がしなくなったので部屋に入ったら、なんだか良いムードで焦ってしまったのだ。




 確かに家族がユーリをさっさとアンリと結婚させたい気持ちはフランツにも理解できる。騎竜訓練だけでなく、武術訓練にも多くの竜騎士達が参加していて、春になれば戦争がおこるかもしれないとイルバニア王国の国民が感じていた。




 だが、イルバニア王国の国民性は呑気で陽気な体質で、危機が迫るほどバカ騒ぎをしたり、令嬢方の恋愛ゲームも盛り上がって戦争前に婚約しようとする風潮が見受けられた。




 グレゴリウスは顔見知りになった令嬢方の婚約相手が20才より上で、やはり男性の方が年上が望ましいのだろうかとユーリより数ヶ月年下なのが悔しく思う。




「アンリ卿は23才なんだよな。ユーリより7才年上なんだ。エドアルド皇太子殿下も18才になったんだよな~」




 グレゴリウスはまだ15才の自分がアンリやエドアルドより子どもに見られるようで落ち込む。




「あと1月で皇太子殿下も16才じゃないですか」




 フランツの慰めにも溜め息しかでないグレゴリウスだ。


 






 呑気な国民や皇太子とは別に、王宮では連日会議が開かれており、ローラン王国に対しての防衛強化が話し合われていた。




「やはりゲオルク王は南下を諦めるつもりは無さそうだな。今はまだ雪解け水で国境のノーチラス川は増水中だが、そのうちには水嵩も減るだろう。北の砦に増兵はしているが、外務相は同盟国のカザリア王国との協力を求めてくれ。彼方も、先年の停戦調停で取られた鉱山を取り返したいだろう」




 国王に外務相は難しい顔をする。




「ヘンリー国王陛下もローラン王国に取られた鉱山を取り返したいと考えておられますが、コンスタンス姫の件がありますので刺激できない状態なのです」




 会議に参加している重臣達は、コンスタンス姫が不貞を働いたとして、カザリア王国に帰国を許さず、捕らえている遣り口に憤懣の声をあげる。




「どうにか出来ないのか」




 外務省とて手をこまねいている訳ではない。




 ローラン王国の大使館に何人もの外交官を派遣して、コンスタンス姫と幽閉中のヘンドリック王弟殿下の情報の収集にあたらしている。


 


「マルクス王弟殿下の元にケストナー大使は日参して、コンスタンス姫の情報を手に入れて救出したいみたいですが、はかばかしい結果は得られてないですね。こちらも、ケイロンでコンスタンス姫とヘンドリック王弟殿下の情報を収集していますが……」




 国王は従兄弟のヘンドリックはもう生きてないのではと顔を暗くする。若い頃、先王ルードビッヒの元に叔母のマルグリッドが嫁いだ縁もあり、カルディナを訪問した時に年下の従兄弟達と過ごした夏を思い出す。




 あの頃は、ゲオルクもヘンドリックもマルクスもまだ幼くて、ルードビッヒ王の穏やかな治世のもとで両国の関係は友好的だったのだと懐かしく思う。




「考えてみれば、ロザリモンドはゲオルクの性質をはじめから見抜いていたのだな。私はフィリップに対して冷たいとは感じていたが、礼儀正しい態度に誤魔化されていた。ヘンドリックはもう生きてないと思う。マルグリッド皇后亡き後、ゲオルクが継承権をもつ弟を生かしておくとは考えられない」


 


 国王の言葉に、会議は重苦しい沈黙に支配される。




 連日の会議でも何らの打開策も浮かばず、カザリア王国との共同戦線を展開したいが、ヘンリー国王の姪のコンスタンス姫が人質状態では手の打ちようがないのだけは確実だと結論が出ただけだ。




「ユーリ嬢は、夏休みにニューパロマに行く約束をエリザベート王妃様としています。この際、エドアルド皇太子殿下と婚約となれば、カザリア王国も共同戦線を取ってくれると思うのですが……」




 外務次官もユーリを外国に嫁がせたくないと思っていたが、エドアルドの遊学中に恋とまではいかないものの友人以上の好意を持つようになったのに気づいていた。外務相もそれしか打開策は無いのだろうかと溜め息をつく。




 ユーリがアンリと結婚するぐらいなら、エドアルド皇太子と結婚して同盟国の関係強化に役立てた方が良いのではと考えたのだ。




 だが、国務相は緑の魔力持ちのユーリを外国に嫁がせるぐらいならアンリの方がマシだと考える。




 勿論、外務相も国務相もグレゴリウスと結婚してくれるのが一番望ましいと、それぞれの皮算用をしていたが、どうしても年のハンディキャップを感じてしまうのだ。




 そんな時に、エリザベート王妃からテレーズ王妃へと手紙が届いた。




「まぁ、困ったわ。ユーリをニューパロマに招待したいと書いてあるわ。夏休みではなく、春から音楽留学に来られたらですって……ああ、エリザベート王妃はユーリが戦場を見るのを心配されているのだわ。あの娘の気性ではユングフラウに留まらないだろうと書いてあるわ」




 テレーズはユーリを前線に送るつもりは無かったし、国王も同じ意見だったが、後方支援でさえも戦場の悲惨さを目にするのではと心配していた。エドアルド皇太子の件がなければ、こちらから頼みたいぐらいの話だったが、ユーリは承知しないだろうと溜め息をつく。




「国益の為に、ユーリをカザリア王国に嫁がせる必要があるかもしれない。ユーリは絆の竜騎士だから、政略結婚を強制できないが、エドアルド皇太子のことは好きなようだ」




「でも、まだ恋ではありませんわ」




 国王夫妻は孫のグレゴリウスの妃にユーリを望んでいたが、全く恋に進展しないので、諦めるしか無いのだろうかと溜め息をつく。国王はジークフリートをこっそりと呼び出して、恋の達人の意見を聞いてみる。




「王妃はユーリはまだエドアルド皇太子に恋をしてはいないと言うのだが、私は親密に思えるのだ。そなたはどう思うかね?」




 ジークフリートは国王からの極秘の呼び出しで、ローラン王国に潜入調査して来るようにとかの密命ではと考えていたのに、ユーリの恋愛話でガックリする。




「ユーリ嬢はまだ恋愛してるとは思えませんね。エドアルド皇太子殿下とは友達以上、恋人未満でしょう」




 言外にグレゴリウスは単なるお友達と言われて、国王はやはりなぁと溜め息をつく。




「エリザベート王妃から、ユーリをニューパロマに音楽留学させたいとの手紙が届いたのだ。ローラン王国との戦争が避けられないと考えてられて、ユーリを避難させたいお気持ちなのだろう。ただ、これを受けると……」 




 ジークフリートは、今は友達以上ぐらいのユーリがエドアルドの近くに行くのは拙いと感じる。




「ユーリ嬢はニューパロマに音楽留学などされないでしょう。彼女は自分だけ戦争から逃げ出すのは卑怯だと感じるでしょうから。この点でユングフラウに留まらせるのに苦労すると思いますが、優しいユーリ嬢に戦場は相応しくありません」




 国王は、ユーリに北の砦に行かすつもりもないとジークフリートに断言する。




「ただ、夏休みにニューパロマを訪ねるとエリザベート王妃と約束してしまっているのが難点ですね。ユーリ嬢は変に真面目ですから、約束を破らないでしょう。ただ、ローラン王国と戦争状態になっていれば、それを理由に断ると思いますよ」




 この夏にローラン王国との戦争がおこるのかどうかは、誰にも予測できない。イルバニア王国としては戦争を避けたいのはやまやまだったが、国土の侵略を許すつもりも無かったので北の砦の防衛強化をはかっていた。




 春になり心配していた戦争状態にはならなかったものの、様子見の小競り合いは頻繁におこっていた。




 ユーリの元にもエリザベート王妃からニューパロマに音楽留学の誘いの手紙が来たが、ユーリは丁重な断りの返事を書く。窮地の祖国から一人逃げ出して、ニューパロマに音楽留学など行けないと思ったからだ。




 エドアルドからもニューパロマに来るようにと再三の手紙が届いたが、カザリア王国から見ても戦争が避けられない情勢なのかと暗い気持ちになったりもしたが、逃げ出すのは嫌でキッパリと断る。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る