17話 海洋国家
次々と運ばれる料理と、打って変わったように愛想を振り撒くアスランに引き止められて、ユーリ達はなし崩しに宴会に突入した。
「さぁ、召し上がって下さい」
低いテーブルに乗り切らない程の東南諸島連合王国らしい香辛料の良い香りがする珍しい料理の数々や、エキゾチックな音楽に、グレゴリウスも、エドアルドも、アスランに対しての警戒心を解いていく。
召使い達は床に大きなクッションを置き、アスランは東南諸島連合王国では床に座って食べるのですよと教える。ユーリ達は床に置かれたクッションに座り、召使い達が差し出す花びらが浮かんだボールで手を洗う。
「こちらの方には慣れてないでしょうから、スプーンも用意しましたが、箸で食べる風習なのです」
愛想よく数々の料理の説明を始めたアスランに、先ほどまでの不愉快な感情は消えていく。テーブルの上の色鮮やかな大皿には珍しい料理が山盛りになっていて、夕食前のユーリはお腹がグ~ッと鳴るのを抑えるのに苦労した。
「こちらは海老のチリソース炒め、少しピリ辛ですね。あまり辛いのがお好みでなければ、海鮮の炒め煮とか、魚の蒸しものをお勧めしますよ。あと、このレタスに挽き肉を巻いて食べるのもお勧めです」
アスランは、皆に酒をついで、偶然とはいえ、両国の皇太子をお迎えできて光栄ですともてなす。フランツはアスランの愛想良さに、胡散臭さを感じていたが、両皇太子やユーリは先ほどまでの感じ悪い態度を水に流している様子だったので、仕方なく宴会に参加する。
「ユーリ、このお酒はキツいですから、口にされない方が良いですよ。あまり辛い料理も喉に悪いですから、先に味見してみますね」
エドアルドは、ユーリの世話を甲斐甲斐しくやいていた。
「この魚の蒸しものは美味しいですよ」
料理の辛すぎないのを、ユーリに取り分けてやっては勧める。グレゴリウスやフランツは、その様子を苦々しく感じていたが、確かに酒はキツいし、一口食べた海老も美味しいが咽せそうになる辛さだ。
グレゴリウスもあれこれ食べてみては、辛すぎないのをユーリに取り分けて勧める。
アスランは、ユーリをめぐる二人の皇太子が料理を勧め合う争いを、爆笑しそうになるのをこらえて眺める。二人の皇太子に毒見ならぬ味見させてるユーリが、あれこれ勧められる料理をかなりの量で食べているのにも興味を引かれた。
アスラン自身も風の魔力持ちで、魔力を使うとエネルギーの補充をするために細身のわりに大食だったので、華奢なユーリが自分と同じ量を食べているのを見て考えるところがあったのだ。
「ユーリはお酒がだめなら、これは如何ですか? 南国の果物のジュースです」
召使いに少し酸味のあるジュースを持ってこさせると、ユーリに勧める。
「これは何のジュースですか? 初めて飲みましたわ。酸味があるけど、甘くてとても美味しいわ」
運ばれてきた果物本体を見て、ユーリは手に取って香りを嗅いだりしてパイナップルに似ていると思う。
「東南諸島連合王国で、この果物ができるのですか?
とても美味しいし、多分ドライフルーツにしても日持ちするから良いと思うわ」
アスランは挽き肉のレタス巻きのやり方を教えたり、船での生活を面白可笑しく話したりして座を盛り上げる。
「船の修理が済むまでメーリングに滞在されると聞きましたが、メリルで来られたのではないのですか?
長旅で疲れているのに、イリスが騒いで迷惑をかけたけど、船で来られたの?」
「船に竜をのせることもありますが、今回は船が嵐にあったと聞き、メリルで飛んで来たのですよ。幸い、少しの修理でいけそうですが、嵐の余波に合ったので、昨夜はメリルは疲れていたのです」
東南諸島連合王国に竜がいるのは知っていたが、何頭ぐらいいるのかとか質問が飛びかう。
「あまり頭数が居ないのが悩みの種です。メリルに子竜を持たせてやりたいのですが、適当な相手がいなくて。メリルの相手が見つかると良いのですが」
アスランの言葉で、絆の竜騎士なのだとわかった。
「アスラン様は竜騎士なのですか? 商人だと言われてましたが」
フランツはアスランがただの商人とは思えない。
「東南諸島連合王国では船乗りであり、商人であることが重要なのです。海洋国家ですし、貿易が主な産業ですからね。私はメリルの絆の竜騎士ですが、父から見れば些末な事にすぎませんね。キチンと貿易で財産を増やせる能力を見せないと、跡継ぎにはなれません」
「先ほど、三国は東南諸島連合王国の風習を誤解していると言われてましたが、どのへんでしょう。これからも失礼な態度をとるといけませんので教えて下さい」
グレゴリウスは貿易を独占している東南諸島連合王国の風習については、一夫多妻とか、ハーレムといった女性蔑視のイメージしかなかったのだ。
「そうですね、一番誤解が多いのは一夫多妻でしょうね。船乗りが多くて国を留守にしがちなので、第一夫人が家で総てを取り仕切るのです。家政はもちろん、国許の商売や財産の管理も第一夫人まかせです。そして第二夫人の世話や子供の教育も第一夫人の仕事ですね。貴方達の国の家令、家政婦、家庭教師を第一夫人がすると考えて下さい」
「では、第一夫人が賢くないと困りますね。それに信頼していないと、留守を任せられませんね」
グレゴリウスは東南諸島連合王国では女性は家の中に閉じこめられていると思っていた。
「そうですよ、第一夫人を選ぶのは慎重になりまね。人生のパートナーを選ぶのですから。第二夫人とかは入れ替えは自由ですが、第一夫人に棄てられるのは信用を無くしますからね」
ユーリは第二夫人が入れ替え自由と聞いて、腹を立てる。
「第二夫人は飽きたら棄てるのですか。そんなの可哀想だわ」
アスランはそれも誤解だと説明する。
「東南諸島連合王国の結婚は、こちらの結婚ほど厳しくないのです。若いうちは親の見つけた男と結婚して、子どもを生んだりしますが、他にもっと見込みのある男がいれば次に変わるのです。そうやって経験と知識を積み上げて、第一夫人を目指すのですよ」
ユーリは説明を聞いて、頭がクラクラしてくる。
「でも、結婚しないと第一夫人として、財産の運営はできないのでしょ。やはり女性には不利に思える制度だわ。働きたいと思っても、まずは親の言うとおりに結婚するのでしょ。もし、気にいらなければどうなるの? 離婚が簡単にできるのは良いけど、女性の財産はどうなっているの? 子どもの養育はどうなるの?」
「イルバニア王国より、女性の財産は重視されてますよ。三国では基本は男性しか財産を相続しませんし、結婚しても夫が金の管理をするのではないですか。娘を嫁がせる時には、持参金を持たせますし、その運用も第一夫人の仕事ですよ。で、離婚の時には持参金に運用した金額をプラスした金や、結婚していた期間の儲けの配当も貰えます。それは女性の身内の男がキチンと取り立てますよ」
女性人権主義者のユーリが、東南諸島連合王国の考え方を受け入れるのは難しいだろうと、グレゴリウス達は考えて話題を変える。
「アスラン様はシェリフ商会の跡取りなのですか?
私達には竜騎士が商人という感覚があまり無いので、驚いてしまったのです」
「船で航海するのですから、そちらの国の商人とは少し違いますしね。もちろん、貿易によって利益をあげるのが目的ですが、嵐を乗り越えたり、海賊との戦闘もありますからね。私も半分は軍人のようなものなのですよ」
グレゴリウスや、エドアルドは海賊と聞いて興味をもつ。
「アスラン様は海賊にあったことがありますか」
エドアルドの質問に、まだ幸いにもありませんと正直に答える。
ユーリはまだまだ東南諸島連合王国の風習について質問したかったが、皇太子達が話題をわざと変えたのにも気づいたので、これ以上は失礼にあたると判断したのだろうと、食べる方に集中する。
男性陣は酒を飲み交わしながら会話しているのに、ユーリが食べるだけなのでアスランはご飯を出した方が良いと思った。
「お酒がだめなら、ご飯をお出ししましょう」
宴会なのでお酒と料理を先に出していたが、ご飯を出すように命じた。
「まぁ、お米だわ! 南の方では米が栽培されているとは聞いてましたが、食べるのは初めてなのです」
ユーリは小さなお茶碗のような器に取り分けて貰うと、お箸で炒め飯を食べた。
「美味しいわ~」
「ユーリ、器用にお箸使えるね。初めてじゃないの?」
フランツはユーリが料理を食べている時から、エドアルドやグレゴリウスが小皿にスプーンで取り分ける魚などをお箸で食べているのに気づいていた。
だが、パラパラとした炒め飯もお箸で器用に食べている様子に驚いたのだ。アスランもユーリが器用にお箸を使うのに気づいていた。
「お箸を使うのは初めてよ。フランツが不器用なのよ」
ユーリはこの世界に来て初めてのご飯に夢中だったので、皆の不審そうな視線には気づいてない。
「この魚の香辛料煮の汁をかけて食べると、美味しいですよ」
ユーリは黄色い魚の香辛料煮の汁を少しご飯にかけて食べる。
「辛いわ~でも美味しい! 汁をかけたらスプーンじゃないと食べれないわ」
相変わらずの大食いにフランツは呆れて、食べさせてないように思われるのではと、恥ずかしく思う。
「ユーリ、そのへんにしないとお腹がビックリするよ」
アスランが次々と料理を持って来させるので、全員が満腹になった。
「東南諸島連合王国では海産物が多いのですか? 主食はお米なのですか? この香辛料は東南諸島連合王国で生産されているものですか?」
お腹が膨れたら、矢継ぎ早に質問するユーリに、アスランは呆れたが、親切な商人を装って丁寧に答える。
「海洋国家ですから、食卓には海産物がのる事が多いのですね。香辛料は国で採れるものもありますが、ゴルチェ大陸の香辛料も含まれていますよ。米を主食にするのは一部だけですね」
グレゴリウスとフランツは東南諸島連合王国に香辛料貿易を独り占めされている状態を思い出して、アスランにどの様な香辛料を取り扱っているのかと詳しく聞きはじめる。
ユーリはお腹いっぱいと言いつつも、料理が下げられて、デザートが運ばれてくると、珍しい南国風味のお菓子を楽しむ。
アスランは要領よくグレゴリウスやフランツの質問に答えながらも、ユーリが小さなお菓子をあれこれつまんでは、指先がべとべとになっているのをエドアルドがマメに世話をやいているのをチェックしていた。
ユーリは指先をエドアルドに拭いて貰いながら、部屋の隅に置いてある観葉植物に興味がある様子で、時々チラチラと視線を送っていたが、アスランに見ても良いですかと断ると側に寄る。
「これはゴムの木だわ。ゴムの樹液からゴムが精製できたら、色々と作れるのよね」
葉っぱや幹を触って調べているユーリにアスランも立ち上がって、何を調べているのですかと尋ねる。
「アスラン様、少し幹を傷つけても良いですか? 試してみたいのです。枯らしたりはしませんわ」
フランツは、またユーリが何か思いついたのだと察した。
「ユーリ、後にしたら。それに、そろそろ失礼しないと」
ユーリはフランツに止められる前に、制服から小さな短剣を出すと、幹を少し傷つけて樹液を指先に付ける。
「やっぱり、ゴムの木だわ。アスラン様、この木は東南諸島連合王国には多く生えているのですか? 珍しい植物なのでしょうか? もし、宜しかったらお譲り下さい」
アスランは観葉植物に興味は無かったが、ユーリが何かに気づいたのと、フランツがそれをこの場で発表するのを防ごうとしているのには興味を持った。
「さぁ、このての観葉植物には興味が有りませんけど、珍しい植物ではないと思いますよ。たが、何か思いつかれたのなら、教えて頂きたいですね」
フランツはこの植物が何か役に立つのなら、後で手に入れてあげるからと言いたくてウズウズする。
「さぁ、ユーリ、もう遅くなるから帰ろうよ」
グレゴリウスとエドアルドも、フランツがユーリが何か閃いたのを、アスランに教えるのを防ごうとしているのに気づいた。
「この樹液からゴムが精製できたら、とても助かるわ。イルバニア王国南部なら栽培できるかしら? 室内なら冬越しできるぐらいだから、丈夫だとは思うけど、樹液を採集するには暖かい地方の方が良いわよね。プランテーションを作りたいけど、東南諸島連合王国の人は嫌がるかしら。海洋国家で船乗りが多いのですよね」
「確かに船乗りが多いですが、農作業をする者もいますよ。この植物の樹液から何か役にたつものが生産できるのですか?」
フランツは溜め息をついて、ユーリにハッキリ止めないと話してしまうなと思う。
「ユーリ、この場で話すのを止めろよ。前から思いついた事をダダ漏れにするなと怒られていただろ」
アスランはチッと舌打ちしたい気持ちだったが、この植物の樹液で何か役にたつものが生産できるのはわかった。昨夜からユーリのことを調べさせて、あれこれ特許を取得しているのに驚いていたので、樹液から何が出来るのか知りたいと思う。
ユーリもフランツに其処まで言われると黙ったが、ゴムがあれば馬車の車輪に使えるし、そうだ自転車も作れると頭の中で考える。アスランは折角の面白そうな玩具と、何やら役に立ちそうな情報をみすみす見逃すのが惜しく感じた。
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