18話 スローライフを遠ざけていたのね

 アスランの引き止めをどうにか振り切って商館から出たユーリ達は、バザールの真ん中の喧騒の中を港の竜達が待つ所までたどり着いた。




「ユーリ、君ったら何でも思いついたら、その場で言う癖をなおしたほうが良いよ」




 フランツに小言を言われて、膨れっ面をしているユーリを、エドアルドは可愛らしく感じる。




「一応、育ててみるけど、きっと南の方じゃないと生産コストが高くなるわ。どうせ東南諸島連合王国に栽培を頼むことになると思うの」




 ブツブツ言っているユーリは、チャッカリとゴムの木の一枝を貰っている。




「これを育てるのですか? 枝だけでは、無理なのでは」




 お~っと、フランツはユーリの緑の魔力絡みの話題に触れそうだと、エドアルドの気を逸らそうとする。




「アスラン様って、商人ぽく無かったですよね。妙に威圧感あるし、愛想を振りまいていても、油断できない感じですよね」




 両皇太子も、フランツの意見に同意する。




「いくら金持ちの商人でも、竜湶香はつけないだろう。あれはゴルチェ大陸でとれる貴重な香料だと聞いているよ」


    


 エドアルドも、アスランが一塊の商人には思えなかった。




「もう、会うこともないから、商人だろうが、スパイだろうが関係ないさ」




 グレゴリウスはアスランが感じの悪い態度を脱ぎ捨てて、愛想良くなったのは、ユーリの風の魔力を知ったからではと疑っている。この場にはエドアルドがいるから、ややこしい話は出来ないが他にも隠している能力があるのではと疑っていた。




 寮には外泊届を出していたので、フランツはユーリをマウリッツ公爵家につれて帰った。フォン・アリスト家に一人で帰すと、エドアルドが送りそうだと警戒したからだ。




「ねぇ、フランツ、メーリング行きについては内緒にしてくれないかしら」


 


 ユーリは公爵家の竜舎でフランツに頼んだが、難しい顔をされた。




「そのゴムの木はどう説明するんだよ。それに、アスランは何か怪しいよ。東南諸島連合王国で竜騎士は少ないし、三国ほど重視されてないのは確かだけど、普通の商人じゃないよ」 


 


「アスラン様には助けて貰ったけど、二度と会うことはないわ。それに本当に、反省しているの。エリザベート王妃様からの手紙を読んで、全く教えて頂いたことに反する行動をしたのに心が痛んだわ。なのに、初雪祭をしてくれたからとプレゼントまで下さって。頂く資格なんて無いのよ」


 


 ユーリが涙を浮かべるのに、フランツは慌ててしまう。




「本当に反省している? これからは一人で勝手に出歩かないと約束できるかい」




 ユーリは約束するとフランツは今回の件は黙っておくと言ったが、エリザベート王妃からのプレゼントはユージーンに言わないと駄目だよと注意する。








「まぁ、こんな夜遅くまでどこに行っていたの?」




 夕食後、サロンで寛いでいた公爵夫妻とユージーンは、突然帰ってきたユーリとフランツに怪訝な顔をした。




「この香りは何だ? 香辛料の香りと、なんだか見知らぬ香りだな」




 フランツもユーリも自分達はお互い食べていたから気づかなかったが、アスランのもてなしてくれたエキゾチックな料理には香辛料がたっぷり使ってあったし、部屋には香が焚かれていた。




「フランツ、ユーリを連れてどこに行っていたんだ」




 公爵の厳しい視線にさらされて、フランツは窮地にたった。




「叔父様、エドアルド皇太子殿下とグレゴリウス皇太子殿下とフランツとで、東南諸島連合王国の料理を食べに行ったの。とても美味しかったわ」


 


 凄く端折ってはいるが、嘘ではない言葉でユーリは誤魔化そうとした。しかし、ユーリに甘い公爵でも、そのメンバーで事前に何も計画もなく外食するとは考えられない。




「ユージーン、皇太子殿下達がこのような外食をされる予定があったのか?」




 ユージーンはユーリが誤魔化しているのは確実だし、フランツはユーリに沈黙を強制されているのだと気づいた。




「ユングフラウで東南諸島連合王国の料理を出す店があるとは知らなかったな。それに予定にも入ってないし、今日は確か武術訓練の日だったはずだ。フランツ! ユーリに何を口止めされているんだ」




「ユージーン、フランツは悪くないの。私が言わないでと頼んだのよ。メーリングに行ってきたの。そこで、東南諸島連合王国の料理を食べたの」




 フランツはその程度の誤魔化しが通じる相手じゃないと、ユーリのまだ正直に言わないしぶとさに溜め息をつく。




「何で、メーリングに突然行ったのだ?」




 公爵はわけがわからないと質問したし、ユーリがフランツに喋らさないようにしているのにも気づいていた。




「算盤のモデル校に、ユングフラウ以外ではメーリングが選ばれたから、どんな所か見に行ったの。港の船から荷物が降ろされる風景や、異国情緒溢れるバザールとか面白かったわ。そうだわ、あの荷物を降ろすやり方は効率的では無いわね。港の施設とクレーンを建設するべきよ。船を横付けにできる埠頭が必要ね」




 ユージーンも公爵も船を横付けにする埠頭には興味を持ったが、誤魔化されない。




「ユーリ、正直に言った方が良いよ。夜中まで誤魔化しても、追求はやまないよ」




 フランツはユーリと約束したので自分からは話さないと決めていたが、どう考えても父親とユージーンが真実を聞くまで許してくれそうにはないと思う。




「ユーリ、何があったんだ?」




「さっき言った通りなの。算盤のモデル校にメーリングの学校も選ばれたと聞いて、行ってみたくなったの。ただ、昨日一人で行ったのよ。ユングフラウの学校で算盤の授業が始まっているなら、そちらを見に行こうと思ってたけど、なかなか始まりそうにないから苛っとしていたから気分転換したかったの。それで、今日はお金を返しにメーリングに行こうと思ったら、エドアルド皇太子殿下にバレて二人で行くことになったの。竜舎に行ったら、グレゴリウス皇太子殿下とフランツも何故かメーリング行きに気づいていたの」




 公爵夫妻は、ユーリの行動のどこから叱ればいいのか頭が痛くなった。 




「叔父様、叔母様、一人でメーリングに行ったの、凄く反省しているわ。二度としないわ」




 ユーリがマリアンヌに抱きついて、泣きながら謝るので、確かに反省はしているのだろうとは感じたが、まだ隠している事があるのには気づいた。 




「ユーリ、反省しているなら、全部話してくれないか。何故、今夜お金を返しに行く羽目になったのか。どうしてエドアルド皇太子殿下と一緒にいくことになったのか」




 ユージーンに問い詰められて、バザールで迷子になって、酔っ払いに絡まれていた所をアスランに助けてもらった事や、その時に100クローネ金貨を酔っ払いに投げて渡したことを話した。


 


 マリアンヌはユーリが酔っ払いに絡まれたと聞いて、気絶しそうになった。




「ユーリ、そんな危険な所に一人で行くなんて。アスラン様に助けて頂いたから、無事で良かったけど、何かあったらどうするつもりですか」




「そうね、反省しているわ。バザールの中でイリスは呼べなかったから困ったの。でも、いざとなったら天幕を突き破って来たかもね、そしたらまたお小遣いなしだわ。ああ、100クローネ返したら、当分は極貧生活ね」




 そんな、お小遣いの問題じゃないと全員が思う。




「そのアスラン様とやらには、お金は返したんだな」




 勿論よとユーリは答える。




「お金はエドアルド皇太子殿下に借りて返したわ。12月になればお小遣いが貰えるから、エドアルド皇太子殿下に返すわ。ただ金貨でお小遣い貰えないから、両替して貰えると助かるのだけど……」




 他国の皇太子殿下にお金を借りたままにできないと、公爵は明日100クローネ金貨を返しなさいと怒る。




「何故、エドアルド皇太子殿下に100クローネ金貨を貸して貰ったんだ。それに初めは二人でメーリングに行くつもりだっただなんて」




「ランチの時にエドアルド皇太子殿下が国務省に来られて、エリザベート王妃様からの手紙とプレゼントが大使館に届いていると言われたの。それでエリザベート王妃様の手紙とプレゼントを見たら、自分の迂闊な行動を反省して、とても受け取れないと思ったの。それでエドアルド皇太子殿下にメーリングで酔っ払いに絡まれた事や、アスラン様に助けられたことがバレて、100クローネ金貨を貸して貰うことになったの。何故、グレゴリウス皇太子殿下やフランツにバレたのかは知らないわ。どうしてわかったの?」




「そりゃ、香辛料の香りと、竜湶香の香りでメーリングだろうと思ったんだ。算盤のモデル校にメーリングの小学校も選定されたしね。父上、ユージーン、アスランは絆の竜騎士で、風の魔力持ちなのです。ユーリが騒ぐのを風の魔力で、声を封じ込めましたから。ああ、ユーリが風の魔力持ちだとばれましたよ。封じ込められているのを破ったから。そうだ、皇太子殿下達が名乗ったからもあるけど、ユーリが風の魔力持ちと知ったから、態度が急変して愛想良くなったのではないかな」




 ユージーンは東南諸島連合王国で風の魔力持ちが非常に重要視されているのに拙いなと思ったし、皇太子達が名乗ったのにも頭が痛くなった。




「フランツ、エドアルド皇太子殿下にもユーリの風の魔力がバレたのだな」 




 そりゃ、目の前で封じ込めを解いたからねと肩をすくめる。




 マリアンヌはユーリに注意を与えると、頭痛がしてきましたわと部屋に下がった。


 


 公爵とユージーンとフランツは、アスラン・シェリフと名乗った商人と言い切る竜騎士について、アレコレと詮議する。ユーリは身の置き場が無いような気分でもじもじしていたが、手に持っているゴムの木を思い出した。




「ごめんなさい、でも、このゴムの木を早く植えたいの。それか水につけるだけでも良いんだけど」




 ユーリがサロンに入った時から、手に枝を持っているのには気づいていた。肉厚の濃い緑の大きな葉っぱがついている枝は、東南諸島あたりの植物だろうと思えた。




「植えるのは朝にしなさい。水につけておけば良いだろう」




 公爵は侍女に花瓶に水を入れて持って来させた。ユーリはゴムの木の枝を花瓶にさすと、少し根が生えるように後押しする。枝の切り口から、白い根っこがウネウネと伸びるのを見て、これなら鉢植えにしても枯れないとユーリは安心する。




「ユーリ、その枝は重要なのか? 緑の魔力を使うほどに」


 


 ユージーンは、観葉植物に緑の魔力を使うのは、如何なものかとの非難をこめて質問した。




「ええ、この木はゴムの木なの。この木の樹液を精製したら、ゴムができるわ」


 


 また、ユーリがわけのわからないことを言い出したのに、全員が溜め息をつく。ゴムとは何だと聞いて、あれこれ説明されても曖昧で想像しにくい。




「楓の幹を傷つけて、メイプルシロップを作るのと一緒なの。ゴムの木の幹を傷つけて、ゴムの樹液を集めて精製したら、ゴムができるの。ゴムがあれば、馬車の車輪がガタガタするのも防げるわ。この枝だけでは無理かもしれないけど、大きくなったらボール位は作れるかしら」


 


 ユーリがどこでゴムの木を知ったかとかは、詮索しても無駄だろうなと思ったが、一応ユージーンは尋ねてみた。




「えっ、どこで……え~どこなんだろう。叔父様、私が前世の記憶があると言ったら、信じて下さいますか? かなり朧気だし、曖昧な記憶になったけど、ポワンと思いだすことがあるの」


 


 フランツはパロマ大学でウオッカで酔っ払った時も、真名についてライシャワー教授に問い詰められて前世の記憶がどうのこうのと言っていたなと思い出した。




「もしかして、真名も本当は読めるの?」




 ユーリは、フランツがややこしい事を思い出したのに溜め息をつく。




「それが曖昧なの、ほとんど忘れたのよ。簡単な文字は読めると思うけど、真名は手を出さない方が良いと思うの。お祖母様も気分が悪くなるから、触らない方が良いと言われたわ。熱が出るのも嫌だし、多分、魔力についてキチンと勉強しないと扱うのは危険なのだわ」




 魔法王国シンの末裔だと認めたのだと、気づいてもないユーリに、全員が溜め息をつく。




「魔法王国シンは三国ではタブー視されているが、巨大な魔力を利用しようとする者も多い。ユーリ、気をつけなさい」




「私はそんな昔に滅びた国の事なんか知らないし、興味も無いわ。今だけでも、ややこしいのに。田舎でスローライフが人生の目標なのに、どうしてこうなるのかしら。ゴムの木も、無視すれば良かったのね」


 


 今更ながらユーリは自らスローライフを遠のける、ドタバタした生活を選んでいるのに気づいた。つい、思い出した便利な物を役立てようとしては、竜騎士修業だけでも忙しいのに、より目まぐるしい生活に追い込んでいたのを反省する。遠ざける




「これからは、言われた事だけにするわ。真面目に国務省での実習だけして、竜騎士になったら、福祉課で真面目に……でも、こんなんじゃ女性の職業訓練所なんて無理だわ!」




 ユージーンもフランツも、真面目にお役所仕事しているユーリは想像できない。




「ユーリ、自分らしくした方が良いよ。あれこれ走り回っている方が、君らしいよ」  




 フランツに慰められたが、ユーリはがっくりと落ち込んでしまう。 

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