11話 初雪祭の準備

 ユーリはカザリア王国大使館で、エリザベート王妃の付き添いの日々を送っている。パウエル師の声楽レッスンを見学したエリザベートは、ユーリ嬢の歌の上達を喜び、日々大使館で歌声を堪能する。


 


 ただマゼラン卿の思惑とは違い、エドアルドとユーリの仲は進展があまりみられない。確かに一緒に過ごす時間は増え、ハロルド達がエドアルド様と呼んでいるのが移ってウッカリと呼んだりしていたが、エリザベートの監視は厳しい。




 マゼラン卿は、礼儀作法や、不道徳な行いが嫌いなエリザベート王妃に、ユーリをエドアルドの妃にお望みなら少し監視を緩めて欲しいと願い出る。




「マゼラン卿、私はテレーズ王妃様に、ユーリ嬢を付き添いとして側において教育すると言いましたのよ。


それに、ユーリ嬢はエドアルドと同じ屋根の下に泊まることを戸惑っていたのを、無作法な真似はさせないと大使館に連れてきたのです。未婚の男女が、不適切な行動をとる手助けなど出来ませんわ」


 


 カザリア王国は、先代、先先代と女性にだらしのない国王が続き、宮廷には身持ちの悪い婦人が溢れていた。ヘンリー国王は即位と共に、宮廷の乱れた風紀の一新をエリザベート王妃に任せた。




 エリザベート王妃は、国王の意を受けて、先代の王に取り入っていた愛人一族と取り巻きを宮廷から追放したのだ。マゼラン卿は、王妃がこの件で、必要以上に怖ろしいと評判を受けたのを知っていたが、本人も道徳観念が厳しいのも確かだ。






「ハロルド! ユリアン、ジェラルドと話し合って、何か良い案は思いついたか? エリザベート王妃様は、生真面目なお方で困る。夕食後など二人きりにして差し上げたいのに、監視の目を外されないのだからな」


   


 父上が、見習い竜騎士の自分達に尋ねるなど、かなり困っているのだとハロルドは考える。




「カザリア王国では収穫祭はあまり行われませんが、初雪祭は各地で行われます。大使館で初雪祭をしてはどうでしょう。何人かの令嬢達を招待してユーリ嬢と一緒に散策すれば、王妃様の監視も緩むかなと思ったのですが」




 息子の提案に少し考え込む。




「初雪祭といっても、ユングフラウでは雪はチラつくものの積もっても無いのに変ではないか。初雪祭の雪や氷の彫刻も無いのに、庭の散策とはおかしいだろう。ハロルド、令嬢達を呼びたいだけではあるまいな」


   


 ニューパロマの初雪祭は雪を固めた雪像や氷の彫刻が街のあちこちに飾られて、屋台でホットワインを飲んで暖をとりながら、見物して歩くのが楽しみになっている。




 貴族の屋敷では庭に趣向を凝らした雪像や氷像を飾り、ご婦人方は白か薄いブルーのドレスにダイヤモンドか真珠といったアクセサリーで身を飾って舞踏会を楽しむのだ。




「ユーリ嬢が生まれ育ったヒースヒルは東北部で、ユングフラウより寒いと聞きました。ローラン王国との国境に近いはずですから、もう雪が積もっているでしょう。何か、良いアイデアが浮かんできませんか?」




 マゼラン卿は、ユーリがヒースヒルを懐かしんでいるのを知っていたので、ハロルドの意見を取り入れる。






「初雪祭をするのですか?」




 ユーリは、ハロルド達から故国の初雪祭をして、エリザベート王妃を喜ばそうと提案された。




「でも、ユングフラウには雪も氷も無いから、無理なんじゃないかな?」




 ユリアンはちらほら雪が舞うものの、ユングフラウでは雪像や氷像は作れないと言い出す。




「初雪祭では庭に雪像や氷像を飾るのですが、ユングフラウでは無理でしょうかね。気温はかなり低くなってはいますが、雪は積もってないですしね。エリザベート王妃様が帰国される前にと考えたのですが、ユーリ嬢が幼い頃に住んでいらした辺りなら、氷とか手に入れることができるでしょうか?」




 ハロルドの質問に、ヒースヒルは雪が積もっているだろうとユーリは懐かしく思い出す。ユーリは、エリザベートに振り回されて迷惑をかけられてはいたが、ユングフラウ滞在の思い出に初雪祭をして喜ばせてあげたいと考える。




「ヒースヒルなら、もう雪が積もる時期ですわ。初雪祭はどんな趣向なのかはわかりませんので、エドアルド様やハロルド様達にお聞きしなくてはいけませんわね。雪像は難しいでしょうが、氷像ならなんとかなりそうですわ」




 ハロルドはエリザベート王妃にサプライズプレゼントしたいから、秘密に計画しようと提案する。秘密の共有ほど、人を近づけるものはないと、知っていたのだ。






 エドアルドとユーリは、エリザベート王妃の目を盗んで、ハロルド達と初雪祭の計画を練る。




「氷像はできても、雪は難しいですね。ユングフラウに雪が積もるのは、年を明けてからなの。チラチラとは降るけど、積もっても直ぐにとけてしまうわ」


 


 エドアルドは、ユーリが初雪祭の為に頭を悩ましているのを、うっとりと眺める。頭を悩ませている




「手紙で氷の大きな塊は確保して貰えましたが、運ぶのは大変ですね。ヒースヒルから何日かかるのでしょうか」




 ハロルドは、エドアルドとユーリをエリザベート王妃の監視の目から離れた場所に行かせる作戦があった。




「竜で運べば、5時間ぐらいですわ。そうだわ! 皆でヒースヒルまで、氷を取りに行けば良いのよ。ああ、でも私は無理ね、王妃様の付き添いだから、お側を離れられないわ。ちょっと良いアイデアも思いついたのに、残念だわ」 


 


 エドアルドは、ハロルドが何かヒースヒル行きを画策しているのに気づいた。母上の厳しい監視が厳しくて、ユーリが大使館に滞在しているのに指一本触れないので不満が溜まっていた。何を計画しているのか知らないが、ハロルドの作戦が上手くいくと良いなと考える。




「良いアイデアとは、何でしょうか?」


   


 ジェラルドも、ハロルドの企みに気づく。




「雪は無理そうなので、氷柱に白バラの花びらを閉じ込めたのを庭に飾ったら良いかなと思ったの。ヒースヒルのバラはもう咲いてないでしょうけど、ユングフラウにはまだあるから。2回もヒースヒルまで往復するなんて、無理ね。ちょうどパーラーも改築工事で休みになるから、ローズとマリーを送って行ければ、一石二鳥だと思ったのになぁ」




 ハロルドとジェラルドはピンときて、お互いに目で合図する。




「確かに二回はヒースヒル行きは無理ですね。でも、私たちが白バラとローズさん達をヒースヒルに送って行きますよ。ユーリ嬢は、確かフォン・アリスト家に帰る日が有りましたよね。その日にローズさんや、マリーさん達を迎えがてら、氷柱や、氷を……あっ、忘れて下さい。折角のお休みですから、休養したいですよね」




 エリザベート王妃の付き添いで、ユーリが大使館に詰めきりになるのは気疲れするだろうと、イルバニア王国側から途中で休養の宿下がりが申し込まれていた。2週間も、大使館でエリザベート王妃の付き添いを連日するのは肩が凝るので、途中の休みをユーリは心待ちにしていた。




「あっ、そうね、ヒースヒル行きは慣れているし、イリスも運動不足だから良いわ。それに北部は雪で道がぬかるんでるから、馬車で往復したら少ししか従業員達は家に居られないと心配していたの。もし、送っていって貰えるなら感謝しますわ」




 エドアルドは、折角の休みを潰させてしまうのが気の毒に感じる。




「でも、それでは折角の休みが、ヒースヒル行きで潰れてしまいますよ。母上の相手で、お疲れですのに」




 エドアルドの心遣いにユーリは喜んだが、イリスとの遠乗りは気晴らしになるわとヒースヒル行きが決定した。








 竜で送り迎えして貰えると聞いて、パーラーの従業員達も勿論よろこんだ。




「送っていって、3日後に迎えに行くから、4日しか実家に居られないけど良いかしら。エリザベート王妃様の帰国前に初雪祭をしたいから。なんだったら帰りは、馬車でも良いのよ」




 ローズもマリーも、ぬかるんだ道を馬車で何日も揺られるのは御免だ。




「帰りを馬車にしたら凄く疲れるし、1日ぐらいしか家にいるのは延びないわ。それに実家に帰る前に、2日休める方が良いのよ」




 パーラーは10日ほど改築工事で休店するので、少しでも長く実家にいたいのではとユーリは心配する。


 


 ハロルド達の都合で休みになった3日目に送って行き、ユーリの休み合わせて6日目に迎えに行くので、短期間しか実家に帰れないのを気に病んでいたのだ。




「そうよ、帰る前にお土産を買ったり、ミシンで色々縫ったりしたいのよ。ヒースヒルの冬は雪で埋もれるから、お母さんに暖かい服もプレゼントしたいしね。弟たちにはチョコレートとか、手には入りにくい果物の砂糖漬けを買って帰るの」




 ローズとマリーの下には沢山の弟がいるので、お土産だけで大変そうだとユーリは笑う。




 エドアルド皇太子達が武術訓練を休んで、ラッセル卿やパーシー卿と竜の遠乗り訓練をすると聞いた、ジークフリートやユージーンは、ユーリを連れ出すのではと警戒する。だが遠乗り訓練の当日、テレーズ王妃とエリザベート王妃の昼食会に、猫を三匹ぐらい被ったユーリがお淑やかに同席して居るのを見て、警戒し過ぎだったのかと苦笑した。




「ユーリ嬢、それは何ですか? 白バラは、前に運びましたよ」




 二度目のヒースヒル行きの当日、宿下がりしているフォン・アリスト家に迎えに来たエドアルドは、イリスの背中にどっさりと積まれた荷物を見て驚く。




「夏場のパーティに、バラの花びらを散らした氷柱がよく注文されたから、庭のバラを刈ってもらったの。


氷屋さんに沢山作るようにと依頼されたけど、夏場にパーティなんてしなきゃ良いのにね。でも、氷室を使わせて貰ってるから、氷屋さんに頼まれると弱くて」




 イリスの背中には詰まれている荷物を分けて運ぶことにして、ヒースヒルへと飛び立つ。








「ユーリ、いらっしゃい。えらいハンサムばかり連れたのね~」




 ハンナには手紙を書いていたので、昼食を食べる予定になっていた。ユーリは夏の終わり以来会っていないハンナに抱きついたが、なんだか違和感を感じてお腹を見下ろす。




「ハンナ、少しお腹が……あなた太ったんじゃなければ、もしかして……」




 ハンナはポッと顔を赤らめる。




「なんで教えてくれなかったの? おめでとう!」




「この前、気づいたばかりなの。もうチョットして、手紙を書くつもりだったのよ」 


  


 ユーリが幼なじみの友達と抱き合って喜んでいるのを、エドアルド達は微笑ましく眺める。




「あっ、こちらがカザリア王国から来られている、見習い竜騎士の皆さんなの。エドアルド卿、ハロルド卿、ジェラルド卿、ユリアン卿よ。おめでただと知ってたら、お昼はカーディモで食べたのに」




 ユーリは、まだお腹が少し太くなった程度のハンナを気遣う。




「生まれるのはまだ先なのよ、お昼を作るぐらい大丈夫よ。それよりユーリ、皆さんをテーブルに案内して」 




 エドアルドは、皇太子だと知ったら大袈裟になると、見習い竜騎士として扱って欲しいと事前に頼んでいた。カザリア王国でも、農家で食事を食べたことが無かったので、小さな家の中を興味深く眺める。 


 


「さぁ、こちらに座って下さい。すぐに、お昼にしますからね」


 


 身重のハンナを気遣って、ユーリは予め作ってあったシチューを温めたり、パンをだしたりと忙しい。テーブルに並べられた皿に、エドアルドは見覚えがあった。




「ユーリ嬢、このお皿はバークレー社の物ですね」




 ユーリは、皆にシチューを出しながら、ハンナの結婚祝いの食器だと今更ながら気づく。


 


「ええ、エドアルド様にはバークレー社に連れて行って貰いましたわね。さぁ、温かいうちに食べて下さいね」




 ハンナは外国のお客様のお口に合うか、少し心配する。なぜなら、どう見てもハンサムな貴公子達は、身分が高そうに思えたからだ。




「田舎料理なんで、お口にあうと良いのですが」


 


 エドアルドは、ハンナの手料理のシチューを食べて美味しさに驚く。




「ハンナさん、とても美味しいです」


   


 全員が満腹になるまでお代わりして食べたのに、デザートのアップルパイも何故かペロリと消えていく。




「こんなに美味しいパイは、初めてです」




「シチューはまさに絶品でした。それにパイのサクサクした風味とアップルのジューシーさ。ハンナさんと結婚できたダンは幸せ者ですね」


 


 ハンサムな貴公子達に絶賛されて、ハンナは嬉しくて赤面する。




「ダン、あんた幸せ者だってさ」




 料理を褒められてハンナが嬉しそうなのを微笑んで眺めていたダンは、そうだねと笑う。




「もう、みせつけないで」




 ユーリは、熱々の新婚カップルを羨ましそうに眺める。ハロルド達は、田舎の農家の食事は初めて食べたが、とても美味しいのに驚いた。




「やはり農業王国だけあるな」


 


 エドアルドは、ユーリがハンナの片付けを手伝っている姿に、農家での新婚生活を妄想中だったが、ジェラルドとユリアンもイルバニア王国の農家の食卓の豊かさに驚く。具だくさんのシチューや、アップルパイの美味しさだけでなく、パン一つとっても香ばしいし、バターは濃厚だ。




「パンにバターをつけただけでも、何個でも食べれそうだよね。パロマ大学のサンドイッチを、ユーリ嬢が嫌がったハズだよ」




 ユリアンの感想に、ニューパロマでも一番不味い物と比べなくてもと、全員から反論があった。皆でわいわいと話しているのを、食事の片付けをしながら、ハンナはしっかりチェックしていた。


 


「ねぇユーリ、エドアルド様はあんたに夢中だわね。


金髪に青い目、とてもハンサムじゃない。あんなに情熱的に見つめられたら、溶けちゃうわね~」


  


 ユーリは、ハンナに冷やかされて頬を染めて否定する。




「ハンナったら、エドアルド様は遊学中なの。いつかは、カザリア王国に帰られるのよ」


 


 自分で言った瞬間、ユーリは胸がチクンとした。 




「あと一月で、帰国されるのね……」




 皇太子妃にはなりたくない気持ちは変わって無かったが、エドアルドの優しさを思い出す。少し強引なアプローチに迷惑しながらも、ユーリは帰国されると思うと寂しく感じる。




「ユーリ、あんた……」




 ハンナがエドアルド様のことを好きなのかと聞こうとした時、賑やかにマリーとローズが他のリリィ達と共に家に入ってきた。




「遅くなったかしら。お母ちゃんが、あれやこれや持たせるものだから」




 短い休暇を故郷で過ごしたローズ達は、やたらと大きな荷物を持っている。




「いいえ、ちょうど片付けが終わったところよ。それより、その荷物は何なの」




 口々に母親にパイだとか、焼きたてのパンとか、じゃがいもの大袋まで持たされた娘もいた。




「ユングフラウにも、じゃがいもは売っていると言っても聞かないの。寮で食べなさいと持たされたのよ」




 他にもキャベツや、カブ、ニンジン、タマネギと大袋を全員が持たされている。




「少し仕送りをしているので、お母ちゃんは何か持たせたいと思ったのよ」




 断りきれなかったのと、大荷物が竜に載せれるか心配しているのを、大丈夫よと安心させる。ダンと氷を竜達に積むと、それぞれの竜に従業員の女の子を振り分けた。




 ユーリはハンナを抱きしめて、別れの挨拶をする。


   


「ハンナ、身体を大事にしてね。キャシーや、ビリーや、マックにも、伝えておくわね。キャシーは叔母さんになるって言ったらビックリするわね」




 ユーリ達は暗くなるまでにユングフラウに帰る為に飛び立つ。


  

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