10話 『薔薇の騎士』は少し退屈

 エリザベート王妃とのオペラ鑑賞で、ユーリは居眠りしないように頑張った。前に観た『浮気な恋人』のように、明るくてコミカルなストーリではなく、重厚な歴史をもとにした『薔薇の騎士』は、若いユーリには少し退屈だった。




 しかし、事前に『ライモンダー』をエリザベート王妃に予習させられたお陰で、複雑な物語にもついていけた。


 


 その日はエドアルド達は武術訓練で、シルベスター師範にビシバシと鍛えられていたので疲れていた。ユリアンは疲れと、重厚な物語についウトウトして、マゼラン卿につつかれてハッと目覚めたのを、エリザベート王妃にしっかりと見咎められる。




 エドアルドは、こんな重厚なオペラはユーリには少し退屈ではないかと心配していたが、どうにか居眠りをしないで鑑賞し終えたのでホッとする。エドアルド自身も気を抜くと、睡魔に襲われそうだったからだ。




「やはりオペラハウスの演出は、素晴らしいですわね。『薔薇の騎士』みたいな重厚なオペラは、ニューパロマではなかなか観れませんわ」




 帰りの馬車の中で、エリザベートは少し悔しく思いながらも、本格的なオペラを鑑賞した喜びを噛み締めている。




「ユーリ嬢、出典とされている『ライモンダー』からの転用に気づきましたか」




 エリザベート王妃の質問に、ユーリは答えなかった。カザリア王国大使館に来てからの気疲れと、重厚なオペラの間は耐えていた睡魔に襲われて、エドアルドにもたれて熟睡してしまっていたからだ。




「まぁ、寝てしまったのね」




 エリザベートは、幼いユーリの寝顔を眺めて、厳しくし過ぎたかしらと反省する。


 


 マゼラン卿は、ユーリのエスコートをするのだから、迎えは勿論だが送っていくのも要求していた。しかし、イルバニア王国外務省は、頑として送りは拒否していたのだが理由がわかった。 




 馬車がカザリア王国大使館に着いたので、エドアルドはユーリに起きて下さいと言ったが、全く起きそうにない。エリザベート王妃は、マゼラン卿にユーリを寝室に運ぶようにと指示した。




「母上、私がユーリ嬢を運びます」




 エドアルドの言葉は、厳しく拒否された。




「未婚の令嬢の寝室になんか、足を踏み込ませませんよ。マゼラン卿、お願いしますね」




 マゼラン卿がユーリを抱き上げて馬車から降りると、大使館の中へと入って行った。




「私が運ぶと言ったのに、母上は許可してくださらなかったのだ」




 ぐずぐず言っているエドアルドに、ハロルドは可愛い寝顔を見れたのだから、ラッキーじゃありませんかと慰める。




「ユーリ嬢は、まだお子様だな。馬車で寝てしまうなんて」




 ユリアンの言葉に全員から、お前もオペラの最中に寝ていたから、お子様だなと野次がとぶ。




「それにしても、エリザベート王妃様の目の前で熟睡するだなんて、ユーリ嬢は根性あるな」




 褒めているのか、貶しているのか、わからないジェラルドの感想に、皆も同意する。








「ユーリ様、起きて下さい」


 


 メアリーに起こされて、ユーリはここが何処だか一瞬混乱したが、カザリア王国大使館だとわかった途端に、ドヒャ~と昨夜ねてしまったのを思い出す。




 今までも何回かパーティの帰りの馬車で寝たことはあったが、お祖父様やユージーンという身内が、ベッドに運んでくれていた。他国の人達の前で、グウスカ寝たのかと思うと恥ずかしくて、ユーリは布団を頭から被る。




「王妃様を、お待たせするわけにはいけません」




 メアリーに容赦なく布団を引っ剥がされたユーリは、まだベッドの上でぐずぐずしていた。




「誰がベッドに運んで下さったの?」




 恐る恐る尋ねるユーリに、メアリーはマゼラン卿が運んで下さいましたよと教えた。




「ひぇ~、マゼラン卿に運んでもらったの~」




 他国の重臣にベッドまで運んで貰ったと聞かされて、ユーリは恥ずかしさに逃げて帰りたい気分だ。




「ユーリ嬢、王妃様がお待ちです」




 大使館の侍女に呼びに来られて、メアリーは愚図るユーリにテキパキと身支度させる。




「おはようございます。昨夜は、ご迷惑をおかけしました」




 ユーリは侍女に案内されたモーニングルームで王妃に謝る。エリザベート王妃は鷹揚にユーリを許し、席につくようにと言う。




「後で、マゼラン卿に謝っておきなさいね」




 一言だけ注意を与えると、エリザベートは朝食を食べ出す。ユーリは王妃とエドアルドだなので、他の方はと尋ねる。




「朝食はゆっくり食べたいと思って、他の方達には遠慮して頂きましたの」




 だったら自分も食堂でと遠慮するユーリに、付き添いとは常に側に居るものですよと却下される。




「エドアルド、今日は何をするのですか?」




 エリザベートは、一応エドアルドの遊学の様子を心配して見に来たことになっていたので、何か一つぐらいは見学しなくてはと思う。




「今日は一日中、騎竜訓練ですよ」




 王妃は騎竜訓練には全く興味が無かったが、テレーズ王妃とのお茶会まで暇を潰して、義理も果たそうと思う。




「では、騎竜訓練を見学する事にいたしましょう」


 


 ユーリは王妃が騎竜訓練を見学しに行くなら、少しでも騎竜訓練を受けたいと思った。以前はさほど騎竜訓練が好きなわけでは無かったが、ずっと王妃の付き添いをしているよりはマシに思える。




「王妃様、私も騎竜訓練に参加させて下さい。皇太子殿下達は、週に3、4回も騎竜訓練をされているのですもの、遅れてしまいますわ」


 


 エリザベートは、女の子のユーリが騎竜訓練を受けるのは危険ではと心配する。




「騎竜訓練は危険ではありませんの?」




 エドアルドはユーリが、ずっと付き添いでは窮屈だろうと思った。




「指導の竜騎士のもとで行いますから、大丈夫ですよ」




 エドアルドがそう言うならと、エリザベートはユーリの騎竜訓練の参加を許可する。昨夜の幼い寝顔を見て、まだ子どものユーリをあまり締め付けない方が良いと考えたのだ。




「エドアルド、さっきから朝食を食べてないですわ。


規則正しい生活をおくらないと駄目ですわよ」




 騎竜訓練の朝なので、お茶とパンを少ししか食べていなかったエドアルドは、母上に咎められた。騎竜訓練だから朝食は抜きなのです、などと言ったらユーリの参加は取り消されるだろうと、エドアルドは仕方なく食べた。








 騎竜訓練中に、エドアルドは吐き気と戦う羽目になった。




「あんなに竜同士が密着して飛ぶのですか? ユーリ嬢が他の竜と接触したら、危険ですわ。早く止めさせて下さい」


 


 上空を舞う竜達の姿を眺めていたエリザベート王妃は、ユーリも居るのかと思うと、居ても立っても居られない気持ちになる。マゼラン卿は同盟国の王妃の参観なので、騎竜訓練場にいたアリスト卿に助けを求める。




『ユーリ、降りてくるようにマキシウスが言ってる』




 イリスがユーリに伝えると、指導者のミューゼル卿も降りるようにメンバーに伝えた。エドアルドは、母上がユーリを心配するあまり大騒ぎして騎竜訓練を中止させたのだと、他のメンバーに謝る。




「まだ少ししか騎竜訓練してないのに」




 ユーリはお祖父様に文句を言ったが、全く相手にされない。見習い竜騎士の期間は4、5年あるので、エリザベート王妃が訪問中の僅かな期間、騎竜訓練をしなくても影響はないと考えたのだ。




 ユーリがエリザベート王妃に引きずられるようにして、連れて帰られるのをグレゴリウスは苛立ちを隠せない。




「あれでは、ユーリが可哀相だ!」




 グレゴリウスは、お祖母様にエリザベート王妃様の付き添いを止めさせて下さいと願ったが、断られてしまった。




 一度許可したのを、何の理由もなく取り消すなどできなかったのだ。




 それに、お茶会でユーリはお淑やかに振る舞っていた。テレーズ王妃は、前からユーリの落ち着きの無さに困っていたが、見習い竜騎士の実習を優先する国王やアリスト卿の手前、側に置いて教育も出来ないのを歯がゆく思っていたのだ。




 今回、カザリア王国大使館に滞在するのは、エドアルドと親密になるのではと心配ではあったが、ユーリが皇太子妃になるには良い経験だと考える。ブツブツ文句を言うグレゴリウスを、指導の竜騎士のジークフリートに任せたテレーズは、領地に帰ったままのモガーナ様はどうしているのだろうと思った。




 エリザベート王妃のユーリへの愛着は、見ていても強さに困惑してしまっていたので、このままではカザリア王国に連れて帰りたいと言い出しかねないと思う。




「早くユングフラウに来て欲しいわ」




 テレーズは、若い頃ははっきり言って苦手だったモガーナの不在が、これほど心細く感じるとはと苦笑した。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る