12話 初雪祭の夜の出来事

「氷像が、凄く綺麗ですわ。それに氷柱の白バラの花びらが、雪が降っているように見えますわ。ユングフラウで、初雪祭だなんて思ってもいませんでした。エドアルド、準備が大変でしたでしょう」




 エリザベート王妃は、大使館の庭に飾られた氷像や、氷柱に驚いて喜ぶ。イルバニア王国の令嬢を数人招待しただけの小規模のパーティとレーデルル大使夫人から聞いていたが、雪の積もってないユングフラウで初雪祭をするとは思ってもなかった。




「白バラの氷柱は、ユーリ嬢のアイデアなのですよ」




 エドアルドは秘密に準備をした初雪祭が上手くいったのでホッとしている。ただ、カザリア王国の大使館で氷像や氷柱を飾りつけたり、庭中にランタンを張り巡らしたりとするのが、イルバニア王国側にバレないわけもない。


   


 大使夫妻は、外交上グレゴリウス皇太子やフランツなど、エドアルドの遊学に関わっている数人のイルバニア王国の人達も招待せざるをえなかった。




「せっかくの初雪祭なのに、ライバルを招待しなくてはいけないなんて」




 ヒースヒルまで2往復して準備したハロルド達は、少し不満に思ったが、庭中のランタンに気づかれないわけもないかと溜め息をつく。




「食事会の後で、簡単なダンスパーティになっているけど、各自で庭の散策などもしてもらう予定なんだ。


王妃様のみでなく、ジークフリート卿や、ユージーン卿、フランツ卿の目を誤魔化さなければね」




 少人数なだけにユーリの動きに監視がゆき届くだろうと、ジェラルドは事前の打合せを綿密にする。ユーリは王妃や大使夫人に、初雪祭のドレスコードを教えて貰った。




 デヒュタント用のドレスは元々白ばかりだったので、苦労せずに初雪祭の身支度ができた。銀の糸で雪の結晶が裾に大胆に刺繍されているドレスに、小さなダイヤのティアラをつけたユーリの姿に、エリザベートは初雪祭に相応しい格好だと褒る。




「ユーリ嬢も、お淑やかに振る舞えるようになってきましたね」




 カザリア王国大使館の2週間にわたる住み込みで、エリザベート王妃の付き添いをした結果、ユーリは猫を被るのが巧くなった。




 レーデルルは、ユーリが賢いと思っていたので、エリザベート王妃の指導をするすると身につけていくのに驚きはしなかったが、本質は変わっていないのではと懸念している。やはり、階段の手すりを滑り降りてきた印象が、強烈にレーデルルには焼きついていたのだ。




「お招きありがとうございます。初雪祭はイルバニア王国ではおこなわれないので、楽しみにしています」




 グレゴリウスは、エリザベート王妃に礼儀正しく挨拶する。ジークフリートは、グレゴリウスが焦りや嫉妬を抑えて、礼儀正しく振る舞っているのに安堵した。




 エリザベート王妃がユングフラウに来てから、ユーリはカザリア王国大使館に住み込まされているのが、グレゴリウスはとても不満だった。祖母にも何回か苦情を言ったりもしたが、受け付けて貰えなかった憤懣をジークフリートに愚痴っていたのだ。




 今夜のユーリは初雪祭に相応しい装いと淑やかな振る舞いで、エリザベート王妃にかなり厳しく仕込まれたのだと、ジークフリート達は少し気の毒に感じる。




 招待された令嬢方も、招待状に初雪祭のドレスコードが書かれていたので白一色の装いだ。エリザベート王妃とレーデルル大使夫人は、薄い水色のドレスで、デヒュタントの令嬢方とは違って落ち着いた魅力に満ちている。


 


 夕食会は和やかに終わり、席を移して少人数のダンスパーティになった。ジークフリートはユージーンと一緒に、ユーリから目を離さないようにしている。




 ユーリはエドアルドと踊った後、グレゴリウスと踊った。




「なんだか、久しぶりにユーリに会った気分だよ。今夜のユーリは綺麗だね、初雪祭らしいよ」




 ユーリも、久しぶりにグレゴリウスに会った気分だ。何回もパーティでは会っていたものの、エリザベート王妃の付き添いでお側を離れられなかったのだ。




「庭の氷像や、氷柱を見られましたか? エドアルド皇太子殿下達と飾り付けしましたの」




 カザリア王国大使館に着いて、夕食会までに庭の飾り付けをざっとフランツと見てまわったグレゴリウスは、きっとユーリとエドアルドが仲良く考えたのだろうと嫉妬する。ジークフリートから注意を受けていたから、ユーリに嫉妬しているのはみせない。




「綺麗に飾り付けてあるなと思ったんだ。ユングフラウには雪が降っていないのに、氷柱の白バラの花びらがチラつく雪に見えたよ」




 グレゴリウスはユーリが夏場のパーティ用にバラの氷柱を作っていたのを思い出した。




「ええ、夜になると氷は闇に溶け込んで白バラの花びらが浮き出て、雪みたいに見えるでしょ」




 ユーリが喜ぶのをグレゴリウスは少し複雑な思いで見る。




 エドアルド達が、二度竜達との遠出をしたのは知っていた。一度目はユーリは王妃様方の昼食会に付き添いで出席していたが、二度目は宿下がりしていた筈なのにフォン・アリスト家には不在だったからだ。




「氷はヒースヒルから運んだの?」




 言わずもがな質問をグレゴリウスはして、そうよと無邪気に答えるユーリに落ち込んでしまう。


 


 ユーリをエリザベート王妃のもとに送った後、グレゴリウスは他の令嬢方と踊りながらも、ヒースヒルにエドアルド達と氷を取りに行ったりと楽しそうなユーリの姿がチラついて心ここにあらずだ。


 


 マゼラン卿は、王妃の注意をそらすのはレーデルル大使夫人に任せることにして、厄介なジークフリート卿とユージーン卿の監視の目を逸らす作戦に出た。




「初雪祭の場所に相応しくない話で恐縮なのですが、コンスタンス姫のことで相談があるのです」


 


 実際にマゼラン卿がユングフラウにエリザベート王妃に同行した理由の一つとして、ローラン王国の元皇太子妃コンスタンス姫の救出もあった。ジークフリート達も、頻繁に亡命しているローラン王国の王弟殿下の元を訪れるマゼラン卿には気づいていた。コンスタンス妃が密通をしたとの冤罪で、幽閉されているのに憤りを感じていたので、つい話に注意をそらされてしまう。




 ハロルドは父親がジークフリート達の注意を逸らしているのに気づいて、エドアルドにチャンスだと知らせる。




「ユーリ嬢、初雪祭ではハートに矢の刺さった氷像を見つけると幸運に恵まれるというのですよ。探しに行きませんか」




 上手くユーリを庭の見物に連れ出すのに成功したエドアルドだ。初雪祭の飾り付けの見物に庭に出るには、外套が必要なのでジェラルドはエドアルドとユーリのをサッと手渡す。


 


 庭に出る前にユーリにエドアルドは白の毛皮に縁取られた可愛い外套を着せてあげる。二人で庭を見物して歩きながら、ハートの氷像を探して東屋の前で小さな氷像を見つけた。




「これですわね! ハートに矢が刺さった氷像だわ」




 カザリア王国の初雪祭でもハートに矢の刺さった氷像は飾られるし、恋人達は見つけようと探すが意味は違っている。




「ユーリ嬢、少しハートに矢が刺さった氷像の意味は幸せになるとは違うのですよ。恋が叶うという意味なのです。結果として幸せになるのだから、嘘ではありませんよ」




 嘘なの? と少し怒ったユーリをエドアルドは宥めながら、東屋へとエスコートする。




「寒くは無いですか?」




 エドアルドに尋ねられて大丈夫だと応えたが、白い毛皮の縁取りの可愛い外套は腰までのケープ状で、そもそも馬車からパーティ会場までの短期間用なのだ。




「ユーリ嬢に風邪をひかせたら母上に叱られます」 




 抱き寄せられて、ふわりとエドアルドの長い外套にくるまれたユーリは、温かさと爽やかな森林の香りに包まれた。




「暖かいわ、それに良い香りだわ。森の香りね」


 


 抱き寄せたユーリの華奢な身体が冷たいのに、エドアルドは心配して外套にくるみこんだ。




「そう言えば、大使館に来られた日に、この東屋で家に帰りたいと泣かれたのでしたね。母は厳しいから、ユーリ嬢は付き添いでお疲れになられたでしょう。あと数日の辛抱ですよ」




 ユーリはこの2週間、エリザベート王妃の付き添いとして、非公式の訪問とはいえテレーズ王妃との会食や、大使館でのお茶会とかに一緒に参加した日々を思い出す。




「エリザベート王妃様には、色々と教えて頂きましたわ」




 エドアルドは、内心では迷惑だと思っているだろうにと苦笑する。




「ユーリ嬢は、猫を被るのが上手くなりましたね」




 酷いわと顔をあげたユーリは、エドアルドの顔が直ぐそこにあるのに驚いて、サッと頬を染めて俯く。身体も密着しているこの状態はマズいのではと、ユーリはチラッと思ったが、食後酒に飲んだホットワインのせいなのか、初雪祭のロマンチックな雰囲気のせいなのか、暖かいエドアルドの側から離れたくなかった。




「ハンナさんの家で、ユーリ嬢は生まれたのですね。


とても可愛い家でしたね」




 腕の中にいるユーリをこのまま離したくないと、エドアルドは少し警戒心を持ったのに気づいて、ヒースヒル絡みの話題をふる。




「ええ、ハンナに住んで貰って嬉しいの。あの家には、幸せな思い出がいっぱい詰まっているから」




 エドアルドは皇太子として生まれ育って、将来は国王となる為に責務を叩き込まれていたが、ハンナと結婚したダンのように庶民の幸せを少し羨ましく感じた。




「ユーリ嬢が、ヒースヒルの生活を懐かしむのがわかりましたよ。私も、ダンが少し羨ましく思いましたから。畑を耕してお腹をすかせて帰ったら、美味しい手料理を用意してくれる奥さんがいる。こんな幸せな生活はないですね」




 ユーリは、美味しい手料理と聞いて、クスクス笑う。




「エドアルド様ったら、ハンナのシチューを2回もおかわりされてましたからね。あれはアマリアお祖母さん譲りの味だわ。パティおばさんも料理が上手だけど、ハンナは子どものころアマリアお祖母さんの手伝いをよくしてたから」


  


 ユーリは懐かしく世話好きだったアマリアお祖母さんを思い出す。




「ユーリ嬢、今エドアルド様と呼んでくれましたね」




 大使館で一緒に暮らしているうちに、ハロルド達がエドアルド様と呼ぶのが、ついうつってしまった。




「すみません、失礼いたしましたわ」




「いえ、かまいませんよ。と言うか、とても嬉しく思ってますよ」




 エドアルドは、ユーリと一緒に大使館で住んでいるとはいえ、厳しい母上の監視のせいで全く関係が進展しないのを苛立っていた。でも、野生児が少しずつ飼い慣らされるように、ゆっくりとユーリはエドアルドの側に居るのが、当たり前のように感じるようになっていたのだ。




「私だけ呼び方を変えるのは変だわ。エドアルド様も、ユーリ嬢なんて呼ぶの止めて下さい」




 社交の場以外では、お互いに呼び方を変える事を、笑いながら了承した。




「ユーリ、なんだか呼び捨てはドキドキしますね。でも、親しい感じがして嬉しいです。あのヒースヒルの家でユーリと一緒に暮らすのは無理でしょうけど、ちょっと夢をみてしまいましたね」




 ユーリは一緒にエドアルドとヒースヒルの家で暮らすのを想像して笑ってしまう。




「エドアルド様が畑を耕す姿なんて考えられませんわ。そうね、ヒースヒルのあの家で暮らすことは無理だわ」




 エドアルドは皇太子の立場がなければと反論する。




「畑なら耕せますよ、なんならマルスに手伝わせます」




 ユーリは自分もイリスに手伝わせようと考えていたと笑う。




「でも、イリスは大食いだから、農家の収入では養えないわ。ましてマルスと二頭は無理ね」




 二人で竜で農業するのは効率が悪いと笑いあう。




「リューデンハイムに入学した頃は、早期退職してヒースヒルで農業しようと考えて、真剣にお金を貯めようとしていたの。フランツに呆れられたのよね。フォン・フォレストとフォン・アリストの跡取りなのにって。今なら、ミシンでイリスぐらいは養えそうなんだけどなぁ。あれこれ足枷が増えちゃって、ヒースヒルでの生活は諦めたけど、やはりハンナの生活を羨ましく思ってしまうわ」




 エドアルドも無理なのは承知しながらも、ゆっくりと地に根ざした生き方に少し憧れを持った。




「スローライフには、憧れを持ってしまいますね。可愛い奥さんと一緒に、小さな家で子どもを育てるなんて良いですよね。私が普通の男なら、ユーリは一緒に暮らしてくれますか」




 ユーリはエドアルドが皇太子でなかったら、どうなのだろうと少し考えた。




「私には、まだ結婚がよくわからないの。いつかはしたいと思ってはいるけど、周りに急かされると困ってしまって。皆にどうやって相手を探すのか聞いたりしても、あまりよくわからないわ」




 困った顔のユーリがまだ恋も知らない純粋な女の子なのだと、エドアルドは愛しく思う。




「私は、ユーリとずっと暮らしていきたいと思ってますよ」




 これってプロポーズなのかしら? とユーリは驚いてエドアルドの顔を見上げる。 




「でも、エドアルド様のことを、結婚したい好きかどうかも私はわからないのです」




 ユーリが自分のことを好きだとは思っていると聞かされて、エドアルドは舞い上がってしまう。




「好きだと思ってくださっているのですね」




「だから、結婚したい好きかどうかは……」




 ユーリはエドアルドに誤解させたかもと訂正しようと言いかけたが、抱き寄せられてキスで唇を封じられてしまう。




 今までの触れるだけのキスとは違うのにユーリは驚いてしまい、動揺して泣き出してしまった。まだお子様のユーリにエドアルドは謝ったり、慰めたりと必死で泣くのをやめさせようとした。


 


「キスしたら、結婚相手かどうかわかるなんて嘘だわ。私には、わからないもの」




 やっと泣き止んだユーリに意味を尋ねると、令嬢方にキスしたら結婚したい好きかどうかわかると聞いたのと、可愛い事を言い出すので、エドアルドはまたキスがしたくなる。




「何度かしてみたら、わかるかもしれませんよ。私はユーリとキスして、結婚したい相手だとわかりました」




 ユーリは本当にキスしてわかるの? かと驚く。




「本当に、キスしたらわかるのですか?」




 純粋なユーリに少し呆れながらも、エドアルドがもう一度キスしようとした時に、お邪魔虫のフランツがミッシェルと初雪祭の見物をしている振りであらわれる。




「ユーリ、エドアルド皇太子殿下、こちらにいらしたのですか。寒くはないですか、そろそろミッシェル嬢と大使館へ帰ろうと思っていたのですよ」




 ユーリがすっぽりとエドアルドの外套に包まれているのを苦々しく思ったが、知らぬ振りでにこやかに話しかける。




「綺麗だけど、寒いわ」




 ミッシェルもフランツに甘えて、外套にくるまらせて貰いながら、二組で大使館へと帰る。








 その夜はユーリの不在に途中で気づいたエリザベート王妃の監視は厳しくなり、二度と庭には出して貰えなかった。エドアルドはユーリとのキスを思い出しながら、母上の隣に座らされている愛しい人を眺めて、もう少し一緒に居たかったと嘆く。

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