2話 ユーリと令嬢達

 狩りの初日は、沢山の獲物に恵まれて大成功だった。夕食会は、狩りの獲物で作ったジビエ料理が出される予定だ。




 ユーリは部屋のお風呂で狩りの汚れを洗い流して、持って来たドレスに着替える。メアリーに髪を結って貰っていると、ドアから控え目なノックが聞こえた。




「まだ、夕食会の時間ではないはずよ。メアリー見てきて」




 髪が結いかけなので動けないユーリは、侍女のメアリーにドアの外に誰が来ているのか調べさせる。




「すみません、忙しい時間にお邪魔して。ユーリお嬢様は、お風呂は使われましたか? 図々しいお願いなのですが、ミッシェルお嬢様にお風呂を使わせて下さいませんか」




 メアリーはカザリア王国大使館の舞踏会で、ミッシェルの破れたドレスを一緒になおした侍女のケイトだと驚いた。




「私はもうお風呂は入ったから良いわよ、どうぞお使い下さい」




 ありがとうございますと、頭を下げるやいなや侍女はミッシェルをユーリの部屋に連れてきた。




「まだお風呂に入れてないの、夕食会に間に合わないわ」




 半泣きになっているミッシェルに、大丈夫よとユーリは慰める。




「メアリー、お湯を運ぶのを手伝ってあげて」




 ユーリとメアリーは理由の詮索をするより、ミッシェルをお風呂に入らせる方を優先した。




「ミッシェルお嬢様、手早く洗って下さいね」




 ケイトは部屋からタオル、下着、ドレスを運んできた。




 その間にメアリーはユーリの髪を結い上げて、お館様に指示されたメイク方法で仕上げる。夕食会に、ミッシェルを遅刻させない為には、ケイト一人では無理かもしれなので、手伝うつもりだったのだ。




 二人がかりで身支度を手伝って貰って、ミッシェルは間に合いそうだと安堵の溜め息をついた。メアリーは若いケイトより手早く髪を結い上げて、ユーリにしたメイク方法で仕上げる。




「まぁ、このメイク方法は、モガーナ様のやり方ですのね。とても、美人に見えるわ。是非とも、教えて頂きたいわ~」




 遅刻しそうに無いとわかって、ミッシェルはお洒落心を取り戻す。侍女のケイトは、半泣きだったのが、いつものお洒落が大好きなお嬢様に戻って安心する。




「ご迷惑をかけて、すみませんでした。同室のエミリー様がなかなかお風呂から出て下さらないものだから、遅刻するかと心配したの。国王陛下や、王妃様が一緒なのに、遅刻なんて出来ないし困ってましたの」




 少しエミリーの我が儘に怒りながらも、間に合った安堵感の方に気をとられているミッシェルを、ユーリは可愛い性格の令嬢だと気にいった。




「ミッシェル様は、とても優しいのね。私なら、ケンカになっちゃうわ」




 ミッシェルは狩りでの勇姿を見ていたので、エミリーもユーリにはお風呂を独占したりしないだろうと思う。


 


「ユーリ様は、乗馬も弓も上手なのですね。羨ましいですわ。でも、あの血は気持ち悪いですけど」




 ユーリも同感だったので、急いで部屋に帰って顔を洗ったと笑いあう。




「あっ、それでエミリー様は、機嫌を損ねたのね。エミリー様は、早々に狩りをリタイアされたの。私達が額に血をつけられて大騒ぎして帰って来たのが、お気に障ったのだわ。いつも、中心で、主役じゃないと、気がすまないのよ」




 フランツから、エミリーがグレゴリウスを狙っているから気を付けろと注意されていたので、ミッシェルの話を聞いて少し憂鬱な気分になった。ユーリは皇太子妃になりたくなかったが、友達のグレゴリウスがエミリーと結婚するのは嫌な気がしたのだ。




「そろそろ夕食会の時間ね、一緒に降りましょう」




 ユーリは、ミッシェルと一緒に食堂の横のサロンへと向かう。




「ユーリ嬢、ミッシェル嬢、とてもお綺麗ですね」




 二人がサロンに入ると、エドアルドと、グレゴリウスがエスコートしに来た。




「私を、賭けの対象にするなんて酷いわ。今夜は、他の方にエスコートして貰おうかしら」




 狩猟屋敷までの競争の賭けにされたのを思い出してツンとするユーリのご機嫌を、両皇太子が必死で言い訳する様子を、ミッシェルは驚いて見る。




「ミッシェル嬢が驚いてらっしゃるから、今回は許して差し上げるわ。でも、二度となさらないでね」




 エドアルドの手を取ったユーリを複雑な目で眺めながら、グレゴリウスはミッシェルをエスコートする。 




「ミッシェル嬢、驚かれたのですか? ユーリは子どもの時から一緒なので、ケンカはしょっちゅうなのです。でも、女の子には優しいから、安心して下さいね」




 グレゴリウスがユーリに夢中だとの噂は知っていたし、舞踏会でも息のあったダンスを披露されていたのを見ていたので、仲が良いのはわかっていた。 




「ユーリ様は、お優しいですわ。侍女を手伝わせて下さいましたし」




 今夜のミッシェルは薄化粧なのに綺麗に見えたので、グレゴリウスは好感を持った。




 まだ令嬢達や、貴婦人達で降りて来ていない方を待ちながら、自然と若者のグループは集まって歓談する。ミッシェルは、ユーリと一緒に、カザリア王国の一行とも話をする。 




 マーガレットや、エリザベスも合流して、わいわいと話し合っていたが、そろそろ夕食会が始まる時間なのにエミリーはまだ降りて来ない。他の令嬢達も次々と降りて来ていたので、同室に振り当てられたミッシェルは少し心配になった。




「エミリー様は、遅刻してしまわないかしら? 身支度に、時間がかかり過ぎてるわ」


 


 ユーリはお風呂を先に使っていたのに何をしているのかと不思議に思っていたが、やっと降りてきたエミリーの着飾った姿を見て納得する。他の令嬢達も、国王や王妃と一緒の夕食会なのでドレス姿だったが、まるで晩餐会か舞踏会に行くように、気合いの入った装いにビックリしてしまう。




「凄く着飾っているのね~」




 ユーリは単純に大変ねと思っただけだったが、他の令嬢達は自分達が簡単なドレス姿なのを恥ずかしく感じる。




「もう少し良いドレスを、持ってくれば良かったわ。


お母様がこのドレスで充分だなんて、言われるから……」




 ミッシェルは、デビュタント用のレースがついたごく普通のドレスを、情けなさそうに見下ろす。




「狩りがメインなのだから、ドレスなど何でも良いのではないの? ミッシェル様は、スタイルが良いから羨ましいわ」


    


 慰めてくれたユーリの着ているドレスも上等なマダム・ルシアンのものなのに気づいたミッシェルは、繊細なレースが襟元から胸まで綺麗に縫いつけてあるのを眺めて溜め息をつく。




「ユーリ様のドレスは、マダム・ルシアンのでしょ? 羨ましいわ、マダム・ルシアンはなかなか新規のお客を取ってくれないので有名なの。私は、マダム・ルシアンのドレスに憧れているのよ」




 ユーリはキャシーのいつも忙しそうな様子を知っているので、マダム・ルシアンは凄腕なのねと改めて思う。


   


「エミリー嬢のドレスも、マダム・ルシアンのドレスなの? 豪華だけどテイストが違うみたい」




 お洒落には疎いユーリだが、ドッシリと重い豪華な生地を使ったエミリーのドレスは、マダム・ルシアンの趣味では無いと思った。




「あれはマダム・ラシックのドレスよ。豪華なドレスがお得意なの。それに値段も凄く高価だと、エミリー様が自慢していたわ。私のドレスなら、3着は買えそうなの」




 豪華なドレスに、大粒のルビーのネックレスを付けたエミリーは、堂々とサロンに入場する。国王夫妻は前からサロンで貴族達や貴婦人達と歓談していたが、遅刻ギリギリで、エミリーが狩りに相応しくないほど着飾って降りてきたのに気づく。




「そろそろ、夕食会にしよう。エドアルド皇太子殿下、こちらにどうぞ」


 


 外国の皇太子殿下を、国王は優先して一緒に食堂へと向かう。エドアルドはユーリをエスコートして、国王夫妻と同じテーブルについた。




 夕食会は、何テーブルかに別れて座る形式になっていたが、国王夫妻のテーブルには、エドアルド、グレゴリウス、マリー・ルイーズ妃、サザーランド公爵夫妻が座るのが決まっていた。




 エドアルドはユーリを、グレゴリウスはミッシェルを、エスコートした。マリー・ルイーズ妃を年配の狩り常連の貴族がエスコートして、国王陛下のテーブルは和やかな会話をしながら食事が進む。




 フランツは、ハロルド、ユリアン、ジェラルドを接待しながら、エミリー、マーガレット、エミリー達と同じテーブルで食事をする。




 食事の最中、エミリーは国王陛下のテーブルに行きたかった様子で、チラチラと眺めているのが目についた。エドアルドのご学友達はハンサム揃いだし、パロマ大学の優等生で教養もあったので、若い令嬢達はポォッと頬を染めて会話を楽しむ。




 食事が終わると紳士方は葉巻や、食後のアルコールを楽しむので、王妃やマリー・ルイーズ妃とともに、ご婦人方はサロンへと席を移って、コーヒーや、紅茶と、プチケーキを楽しんだ。




 サロンでは、貴婦人達と令嬢達は自然と別れて座った。王妃を中心に貴婦人達は賑やかに歓談していたが、令嬢達は行儀良くおとなしくしている。各自、母親から王妃やマリー・ルイーズ妃の前で、お淑やかに振る舞うように厳重に注意をされていたからだ。




「ユーリは少し退屈そうね。お淑やかな令嬢達に囲まれて、会話も弾んでないみたいだわ」




 王妃は、ユーリに令嬢方の友達を作ってあげたかった。リューデンハイムで男の子と一緒に育ったユーリは、酷い恋愛音痴なので、少し普通の令嬢と知り合ってロマンチックな乙女心を見習って欲しかったのだ。




「見た目は可憐なので溶け込んで見えますけど、ユーリは見習い竜騎士ですから中身はグレゴリウスと同じですもの」




 いえ、それ以上に色気が無いと、マリー・ルイーズ妃は溜め息をつく。幼い時から息子が恋しているユーリが全くその気が無いのが傍目にもあきらかなので、困りきっていたのだ。




「ロザリモンド姫に見た目は似ているけど、雰囲気は違うわね。お淑やかでは無いのは勿論だけど、ユーリはポヤッとしてるわ。頭も賢いし、色々と発明もしてるみたいなのに、どこか抜けてるのよ。ロザリモンド姫は、お淑やかだったけど、芯は強かったわ。ユーリは、強気でケンカをよくするのに、人見知りだし緊張もするのよね。もう少し修行が必要だわね」




 王妃はユーリを常に注目して見ていたので、あれこれ欠点にも気づいたが、抜けていても暖かい性格が気にいり、可愛く思う。




「少しお祖母様のモガーナ様を見習ったら、良いのではないかしら。とても気品高くて優雅だわ」




 メルローズの言葉に、王妃はこの娘はモガーナ様の表面しか見てないわねと、サザーランド公爵家に嫁いで幸せ惚けしてるのだわと溜め息をつく。




「こんなにユーリのことを話しているのに、クシャミしませんわね」




 マリー・ルイーズ妃が笑いながらユーリの方を見ると、偶然か小さなクシャミをしたものだから、王妃もメルローズも吹き出してしまう。




「おや、楽しそうだね、何を話していたのかな?」




 国王がサロンに来て、笑っている王妃達に合流した。




「いえ、少しユーリのことを話してましたの。そしたら、ユーリがタイミングよくクシャミをしたから、可笑しくて」




 くすくす笑いながら話す王妃に、国王は見事に鹿を仕留めたことと、額に血をつけられて微妙な顔をしていたことを、面白おかしく話した。




「血の儀式は、気持ち悪いから当然だわ。でも、武術は苦手と聞いてましたのに、弓は上手なのね……」




 王妃は、少し気がかりな様子だ。ローラン王国との戦争は、いずれ避けられなくなるだろう。その時、ユーリは見習い竜騎士として、戦場に行くのだろうかと不安になったのだ。




「テレーズ、イルバニア王国の竜騎士隊は、令嬢の手助けまで必要としない。そんな不安そうな顔を、しないでおくれ」




 国王の言葉に、王妃は心配しすぎですねと微笑む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る