3話 嫉妬する皇太子殿下達

 週末、大使館の庭で物思いに耽っているエドアルド皇太子殿下に、ラッセル卿は気づいていたが、どう対応したら良いのか手を出し倦ねていた。




「狩りは、大成功でしたね」




 ハロルドは、考え込んでいるエドアルドに明るく声をかける。




「ああ、狩りは獲物も仕留めたし、良かったよ」




 エドアルドがユーリがアンリからギターを習っていると聞いて、落ち込んでいるのは知っていた。




「そんなに、落ち込まないで下さい。ユーリ嬢は何も感じてないから、アンリ卿からギターを習ってると言ったのでしょう。恋愛感情を持っていたら、話すのを躊躇されますよ」


 


 狩りの夜に、王妃はユーリに歌わせて、他の令嬢方にもピアノや歌を披露させた。ピアノの上手な令嬢方を羨ましがるユーリに、エドアルドが何か楽器を習ったらと勧めると、アンリからギターを習い始めていると答えたのだ。


 


「それはわかってはいるのだけど、コードを押さえる指や、持ち方などを、後ろから抱き寄せるようにして教えてるのかと思うと……」




 妄想爆走中のエドアルドに、ハロルドは呆れてしまう。




「エドアルド様、そんな妄想ばかりしてないで、ユーリ嬢を誘い出す計画でも練りましょう。私達も、騎竜訓練や武術訓練にも慣れたし、ユーリ嬢も国務省でのイザコザも解決したみたいですからチャンスでよ」




 二人でああだこうだと禄でもない案を言い合っているのを、ラッセル卿はお願いだから実行はしないで欲しいと、溜め息をつきながら聞いている。マゼラン卿のいない間に、揉め事は困ると考えたのだ。




「エドアルド皇太子殿下、何を話されてるのですか」




 ユーリ嬢を夜中に竜舎に呼び出すなどと具体的な話まで発展して来たので、教育係として止めに入る。




「いや、別に。ハロルドと竜について話していたんだ」




 白々しい嘘をつくエドアルドに、一つラッセル卿は忠告する。




「マルスを使って、ユーリ嬢を竜舎に呼び出しても無駄ですよ。不埒な真似を、イリスが黙って見逃しませんよ」




 真っ赤になって不埒な真似などしないから、イリスも怒らないさとエドアルドは計画をバラしてしまう。




「ちょっと二人っきりで、話したかっただけだよ。ユーリ嬢が嫌がるようなことはしないさ」




 夜中に竜舎に呼び出されること自体が迷惑だと思うだろうと、溜め息をつきながら説明する。 




「それに、その計画には欠点がありますよ。リューデンハイムの竜舎には、アラミスもルースもいます。アラミスは、グレゴリウス皇太子殿下に教えると思いますがね~」




 ハロルドとエドアルドは、あちゃ~と頭を抱える。二人でどちらが間抜けか言い合いを始めたので、ラッセル卿は席を離れたが、どうにかしなくてはと考える。




「レデールル大使夫人、どうにかエドアルド皇太子殿下とユーリ嬢を二人で会わせてあげたいのです。何か、お知恵を拝借できないでしょうか?」




 外交の駆け引きには慣れているラッセル卿だったが、恋愛は奥方一筋で不器用だった。




「二人きりは無理でも、グループなら良いアイデアが有りますわ。こちらの御学友達と令嬢達とのグループなら、気をきかせて二人きりにもできるかもしれませんわ。ユーリ嬢は令嬢のお友達がいらっしゃらないみたいですから、きっと欲しいと思っているわ」


 


 ラッセル卿はこちら側の学友達と令嬢達では、ジークフリートやユージーンが許可するわけがないと思った。




「許可を取るなど、いつ言いましたでしょう。偶然を装って、令嬢達にユーリ嬢を誘わせるのです。ユーリ嬢は、日曜にパーラーへ従業員達の週給を持って行かれると聞いてますわ。幸い、次の日曜は夕食会だけですから、令嬢達もお昼寝は必要無いでしょう」




 なにやら不確かな計画だけど、ラッセル卿はレデールル大使夫人に任せる。








 グレゴリウスも、ユーリがアンリからギターを習ってると聞いて、落ち込んでいた。




「どうされたのですか? 国王陛下も、御心配されていますよ」


 


 ジークフリートは、週末をうじうじと過ごす皇太子殿下にウンザリした国王から呼び出されたのだ。


   


「ジークフリート卿、すまない。今夜も舞踏会に付き添って貰うのに、午前中なのに来て貰って」




 昨夜の舞踏会でもユーリはアンリと楽しそうに踊っていたと、グレゴリウスは地面に穴を掘りそうな落ち込み方だ。これは国王陛下も見ていられない気持ちになられる筈だと、ジークフリートは喝をいれる。




「皇太子殿下、男が落ち込んでも無駄ですよ。貴婦人や、令嬢なら、風情もありますが、みっともなさすぎです。男なんて断られても、何度もアタックする根性だけの生き物なのに こんなにぐだぐだではユーリ嬢を手に入れるどころではありませんね。しゃんとして下さい! ユーリ嬢を今から誘いに行きましょう。日曜なので、パーラーにいる筈です。夜は舞踏会なので、昼寝されるでしょうから、少ししか時間がありませんよ」




 ジークフリートにユーリを誘いに行こうと言われて、グレゴリウスは復活した。ある意味でレデールル大使夫人の作戦に似ていたが、ジークフリートは急襲をかけた。






 


 夜の舞踏会に備えて、早めにパーラーに週給を持って来ていたユーリは、グレゴリウとジークフリートがパーラーに来たのに驚いた。




「いらっしゃいませ、グレゴリウス皇太子殿下、ジークフリート卿。お二人揃ってなのですね」




 ジークフリートに、評判のクレープを食べに来たのですと挨拶されて、ユーリは喜んだ。




「オレンジシュゼットを頼みたいですが、男二人では変ですよね。ユーリ嬢も、一緒に食べて下さい」




 確かにロマンチックなクレープを、男二人でシェアするのは様にならないとユーリも思ったので、一緒に席に着く。




「あら、ジークフリート卿。私との約束を破って、パーラーにいらしていたの」




 綺麗な貴婦人に恨みことを言われたジークフリート卿は、失礼! とグレゴリウスとユーリに断りを言うと、優雅な素振りで貴婦人をパーラーの外に連れ出した。




 残されたユーリと皇太子殿下は、呆気にとられてしまう。




「新しい恋人かしら?」




 グレゴリウスも聞いてないよ~! と、叫びだしたい気分だったが、偶然なのか、作為的なのかはわからなかったが、ユーリと二人きりでロマンチックなクレープを食べる。




「とても美味しいね、大人の味がするね」




 二人が良いムードでクレープを食べているのを、ローズとマリーは興味津々で見る。




「今夜は叔母様が付き添って下さるから、マウリッツ公爵家に行かなきゃ」




 クレープを食べ終わると、ユーリはパーラーの外へと出た。




「皇太子殿下、ユーリ嬢、お恥ずかしい所をお見せしました。他の方には、内緒にしておいてくださいね」




 優雅にユーリの手を取ってキスするジークフリートに、さっきの貴婦人はどうなったのだと聞きたい二人だった。




「マウリッツ公爵家まで送りましょう。皇太子殿下、ユーリ嬢を馬車にエスコートしてあげなさい」




 ユーリを馬車に乗せると、ジークフリートは野暮用があるのでこれで失礼しますと、セントラルガーデンの入り口に待っている貴婦人の元へと去っていった。




「噂には聞いていたけど、ジークフリート卿ってモテるのね~」




 呆気にとられて、グレゴリウスと二人きりだとも気づかないユーリだ。グレゴリウスは、ジークフリートに感謝しながら、チャンスを生かそうと頑張った。




「ユーリだってモテモテじゃないか。私はユーリが大好きなんだ。少しは、私のことが好きかい?」




 これはマズイのではと、ユーリは馬車で二人きりなのに今頃気づく。




「私が、皇太子殿下のことを好きかどうかは、関係ないわ。皇太子妃になりたくないのよ」




「関係なくないよ。嫌われているなら、辛いけど身をひく覚悟はできているよ」




 ユーリは、答えに困ってしまう。




「嫌いと言えば、楽になれる……」




 でも、グレゴリウスのことを嫌いでは無いので、嫌いと口に出せず、真っ赤になって涙ぐんでしまう。




「ユーリ、ごめん。好きになってくれるまで、待つと言ったのに」




 大好きなユーリを困った立場に追い込んだ後悔に、グレゴリウスは抱きしめて謝る。




「嫌いではないから、困るの。私はどうしたら良いのか、わからないのよ。


 グレゴリウス皇太子殿下も、エドアルド皇太子殿下も、好きだけど、結婚したい好きでは無いと思うの。それに、皇太子妃なんて無理だもの」




 なんで此処にエドアルドも同列で出てくるのかと、叫びだしたいグレゴリウスだ。




「ユーリ、キスして良い? キスして嫌でなければ、結婚したい好きなんじゃないの」




「そんなの変よ、キスしてわかるものなの?」




 抱きしめられたままキスを請われてユーリは困惑して、拒否するのが遅れた。




「グレゴリウス皇太子殿下!」




 ピッシャン! 思いっきり平手打ちされても、キスできてルンルンのグレゴリウスは、マウリッツ公爵家に着くまで、ユーリにボコスコに殴られた。王宮の馬車の御者は、令嬢に殴られている皇太子殿下を助けるべきか一瞬迷ったが、幼なじみの痴話喧嘩に口出しは無用だと放置する。




「グレゴリウス皇太子殿下なんか、大嫌い!」




 公爵家に着くなり二階に駆け上がったユーリと、玄関ホールに置き去りにされたグレゴリウスに、公爵家の人々は呆気にとられた。頬には何があったか明白な手の形が赤くなっていたし、髪も服装もグチャグチャだ。




「ユーリを送って来ました。失礼します」




 精一杯の冷静さを装って挨拶すると、玄関から飛び出したグレゴリウスだ。ユージーンとフランツは、馬車寄せでグレゴリウスを捕まえた。




「いったい、何があったのですか?」




 グレゴリウスは折角のチャンスを台無しにした後悔と、キスできた高揚感でくらくらで答えるどころではない。




「グレゴリウス皇太子殿下? また、平手打ちされたのですか?」




 ジークフリートが馬でやってきて、頬の手形を見て呆れた。




「今回はキスして良いか、聞いたよ」




 それでどうして平手打ちされたのかと問いただされて、拒否されないうちにキスしたんだと白状させられた。ジークフリートは、グレゴリウスの為に恋人とのデートを犠牲にしたのに、結果がこの有り様では溜め息しかでない。




「皇太子殿下、しばらくはユーリ嬢の怒りはおさまりませんよ。今夜の舞踏会は、パスしますか?」




 怒っているユーリでも会いたいとグレゴリウスは思ったので、力無く首を振る。出来の悪い弟子だが、根性だけは認めようとジークフリートは思った。








 その夜の舞踏会では、ユーリはエドアルドと、アンリに愛想を振りまいて、グレゴリウスにはベーッと舌を出してソッポを向いた。




 めそめそのグレゴリウスを叱咤激励しながら、指導の竜騎士を降りたくなったジークフリートだ。

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