31話 カザリア王国大使館の晩餐会
レーデルル大使夫人は、前もってマゼラン卿から、ユーリ嬢のお祖母様のモガーナ様が若くて恐ろしい程の美貌をお持ちだと警告を受けていたが、嘘でしょうと叫ぶのを堪えるだけで精一杯だ。
馬車で、エドアルド皇太子殿下が昨夜の舞踏会の件やら、ユーリ嬢をかなり積極的に口説いていたが、元々とめるつもりも無かったし、精神的ショックを受けた大使夫人はぼ~っとして放置していた。
「ユーリ嬢は、日々美しくなられるから、目が離せませんね。昨夜のドレス姿も素晴らしかったですが、今宵のユーリ嬢は可憐で帰したく無くなりそうです。母上もユーリ嬢と会いたいと言ってるのですよ。是非、ニューパロマにまた遊びに来て下さい」
ユーリは、エドアルドに口説かれて困ってしまったが、幸い馬車は大使館に到着した。大使館の晩餐会を仕切る大使夫人の為に早めに到着したユーリは、だから迎えに来て貰わなくて良いのにと内心で愚痴っていた。
「おや、ユーリ嬢、今宵も美しいですね」
薄目の外套を脱いでサロンに案内されたユーリを、マゼラン卿はにこやかに出迎える。恐ろしい程の美貌と若さを保っているモガーナに、先制攻撃をされて撃沈されたマゼラン卿だったが、少し浮上していた。
エドアルドの竜騎士隊での見習い実習が思っていたよりもハードなので、カザリア王国側も社交スケジュールの見直しもやむなしと考えたのだ。
「まだ、他の招待客が来られるまで、もう少し時間があります。エドアルド皇太子殿下、ユーリ嬢に庭をご案内して差し上げたら。秋なのにユングフラウはニューパロマより暖かいから、バラが見事なのですよ」
ユーリは緑の魔力を知られたのかとドギマギしたし、馬車の中でも口説れた後なので夜の庭の探索は遠慮したかった。
「それより、マルスと会いたいわ。出迎えた時から、ずっと話せてないもの」
竜馬鹿のユーリに呆れながらも、エドアルドも竜馬鹿気味なので喜んで案内する。
『マルス、ひさしぶりね、元気にしていた?』
『ユーリ、会いたかったんだ! せっかくユングフラウに来たのに、なかなか会えないんだもの』
ユーリがデレデレのマルスを甘やかして目の縁をかいてやる姿を、エドアルドは竜は良いなと羨ましく眺める。ユーリが竜舎に来たのに、ベリーズも気づいてウズウズしていた。
『ユーリ、お久しぶりです』
ベリーズに声をかけられて、ユーリはベリーズとも挨拶する。もちろん、カイト、コリン、キャズも黙っているわけが無かったので、ユーリは三頭にも挨拶したが、少し元気が無い様子が気になった。
慣れない環境に体調でも崩したのではと心配したが、大使館員がそろそろ招待客が着く時刻ですと呼びに来たのでエドアルドにエスコートされて大使館へと帰る。
「なんで、ユーリが出迎え側なんだ!」
苛つくグレゴリウスを、そっとジークフリートは諫める。
「皇太子殿下、今夜はエミリー嬢をエスコートされているのをお忘れなく」
今夜の晩餐会にはユングフラウの若い令嬢も何人か招待されていて、グレゴリウスはタレーラン伯爵令嬢のエミリーをエスコートしていた。エミリーは美しい令嬢だったし、礼儀正しくお淑やかだ。
他の令嬢方と外套を脱ぎに控え室に行った隙に、ジークフリートに注意を受けてしまったが、グレゴリウスも幼い頃から礼儀作法は叩き込まれていたのでソツなくエスコートする。
晩餐会は招待された令嬢方と遊学の一行とも話も弾み和やかに終わった。
「サロンで、コーヒーでも如何ですか?」
食後の葉巻や、アルコールを楽しむ殿方が令嬢方に気を使わないようにと、大使夫人に誘われてユーリ達は席を立った。サロンで大使夫人は、令嬢方にコーヒーや一口サイズのお菓子をサービスした。
ユーリは令嬢方が昨夜の舞踏会で見た方ばかりだと気づいた。
「ユーリ様、昨夜は舞踏会にご招待して頂いてありがとうございます。来週末は私の舞踏会ですの、是非、いらして下さいね」
エミリーの言葉に、マウリッツ公爵夫人からタレーラン伯爵家の舞踏会に行く予定を聞いていたユーリは頷いた。
「ええ、エミリー様、ご招待ありがとうございます。行かせて頂きますわ」
レーデルル大使夫人は、ユーリが余り令嬢方と親しく無いのに気づいた。リューデンハイムで男子生徒に囲まれて生活していたユーリに、女の子の友達を作ってあげるのは良いかもと考えたのだ。特にタレーラン伯爵家のエミリーは、どうやらイルバニア王国の皇太子妃になりたいと野心を持っていると見抜いた。
「エミリー嬢、その舞踏会にはエドアルド皇太子殿下と御学友達も招待して頂けるのですか? エドアルド皇太子殿下は、ユーリ嬢をエスコートされたいと思われてますのよ」
とっくにタレーラン伯爵家の舞踏会もスケジュールに組まれているのに、素知らぬ顔でエドアルドがユーリをエスコートすると強調した大使夫人に、エミリーはピンときた。
「まぁ、素敵ですわね! エドアルド皇太子殿下が来て下さるなんて。でも、エドアルド皇太子殿下はエスコートされているユーリ様とファーストダンスを踊られるのですわよね。私は、まだデビューしたばかりで……」
お淑やかな風でもしたたかだわと、レーデルル大使夫人は、困った様子もどうにいってるエミリーを感心して眺める。
「まぁ、ならエドアルド皇太子殿下のファーストダンスは、エミリー様にお譲りしますわ。私も昨夜はエドアルド皇太子殿下とファーストダンスを踊りましたのよ。私はフランツかユージーンと踊りますわ」
周りの令嬢方も、エミリーと大使夫人がユーリに何を言って欲しいのか理解していたので、頓珍漢な答えにガックリする。グレゴリウス皇太子がユーリにぞっこんなのは熟知しているので、エドアルド皇太子とファーストダンスを踊るなら、グレゴリウス皇太子を譲って欲しいと言っているのだ。
「ユーリ嬢、グレゴリウス皇太子殿下がエミリー嬢とファーストダンスを踊ってもよろしいですわよね」
ユーリは何故そんな事を聞かれるのか理解に苦しんだが、勿論異議は無かった。
「ええ、勿論、何だか勘違いしたみたいですわ。エドアルド皇太子殿下とファーストダンスを踊りたいと言われたのかと。グレゴリウス皇太子殿下もダンスはお得意だし、エミリー様も安心してファーストダンスを踊られるわ」
熱心にグレゴリウスをエミリーに勧めるユーリを見て、大使夫人は全く恋心を持っていないと感じる。エミリーもユーリから、グレゴリウス皇太子は優しくて親切な方だからと熱烈に推薦されて、噂通りに殿下の片思いだと安心する。
前に挨拶しに大使館に来た時は、ユージーン卿から注意を受けていたので、言葉少なく応答していただけなので性格とかが掴めきれてなかったが、頭は良いが恋愛関係はお子様で皇太子妃になる気は更々無いのが傍目にもあきらかだ。
『グレゴリウス皇太子殿下に気が無いのはよいとして、どうやらエドアルド皇太子殿下にも恋愛モードにはなってないわ。でも、こういう恋愛音痴な女の子は、意外と押しの強い殿方に弱いものですわ』
エドアルドなら馬車の中でも積極的に口説いていたしと、レーデルルはほくそ笑む。エミリー以外の令嬢も、ユーリから舞踏会でグレゴリウスとのファーストダンスを譲って貰ってホクホクする。
「おや、令嬢方は話が盛り上がってますな」
食後の一服を済ませた紳士方がサロンに合流すると、もてなし上手な大使夫人は若い方達にゲームを用意していた。ユーリの他に5人の令嬢が招待されていたので、6組に別れてゲームを始めた。
勿論、ユーリはエドアルドと組み合わせられて、エミリーはグレゴリウスと組んでいた。フランツ、ハロルド、ユリアン、ジェラルドもそれぞれ令嬢方と組んだ。
ゲームは簡単なカードゲームだ。
令嬢方が配られたカードからテーブルの上のカードより強いカードを順々に出していき、先に手札が無くなった者が勝ちだ。ただ、負けた組には、一抜けした組から罰が与えられる。
こういう事を仕切らせたら、ハロルドはとてもうまい。
「さぁ、負けたユーリ嬢とエドアルド様には、ウォッカの一気飲みをしてもらいましょう!」
小さなガラス容器とはいえ、アルコールの苦手なユーリは困ってしまったが、エドアルドが二杯とも飲んでくれた。
若い見習い竜騎士達が令嬢方とゲームに興じているのを、大使夫妻やマゼラン卿、ラッセル卿、パーシー卿と共に、ジークフリートとユージーンは応接テーブルを挟んで座って眺める。
「ユージーン卿は、あちらに参加されてもおかしくない年齢ですな。後でハロルドと交代させましょう」
マゼラン卿にからかわれて、ユージーンは丁重に断る。
「その様なご配慮はいりませんよ。ハロルド卿は楽しんでおられるみたいですしね。こちらは社交スケジュールの件でも話しておきましょう」
だか、罰のウォッカが回ってきたのか、パロマ大学の悪乗りからか、罰ゲームが段々とプライベートな質問になってきた。
「ミシェル嬢、フランツ卿! ファーストキスは何才で誰とですか?」
キャ~という嬌声、ワイワイとはやし立てる声とに教育係組は、ヤレヤレと頭を痛める。
「そんなの……」
真っ赤になって恥ずかしがるミッシェルを庇って、フランツは自分のファーストキスの思い出話を面白く話したので、勝ち組のハロルドは許した。
「エドアルド皇太子殿下? 少し皆は酔っているのでは」
困った様子のユーリに、負けなければ大丈夫ですよと、少し酔って気が大きくなったエドアルドは笑いながら答える。
「負けなければと言われても、ただ強いカードを出すだけのゲームですもの。運頼みですわ」
ユーリの抗議に、このゲームでも勝つコツは有りますよと、エドアルドは後ろから出すカードを指示する。
「なるほどね、単純にすぐ上のカードを出してましたが、駆け引きも有るのね」
ユーリの組が駆け引きで高いカードを出すと、他の組もそれぞれ令嬢方に指示しだしたが、それでも手札の運不運は有るのでエミリーの組が負けてしまった。
勝ったマーガレットと組んでいたユリアンは、エミリーにファーストキスの質問をした。真っ赤になっている令嬢に恥をかかせるわけにはいかないし、グレゴリウスも何杯ものウォッカを飲んで酔っていた。フランツや、ハロルド達のファーストキスの話を聞いた後なので、自分だけ拒否はしにくかったのだ。
「私のファーストキスは、9才の時です。相手の名前はここでは言えません」
ユーリは人前でファーストキスをバラしたグレゴリウスに怒ったが、全員から相手は誰かと見つめられて真っ赤になってしまい正解だと教えてしまう。
エドアルドは9才の子供の時の話だと、気持ちを落ち着かせようとしたが、やはり嫉妬してしまう。
「グレゴリウス皇太子殿下は9才の頃から、ユーリ様を思っていらしたのね」
エミリーの溜め息まじりの呟きに、ユーリは慌てて抗弁する。
「そんなの子どもの頃の話ですわ! それに、ちっともロマンチックじゃないのですよ。殴り合いの大ゲンカになったのですから」
ユーリとしてはお淑やかで美人のエミリーが、グレゴリウスに好意を持っているなら大歓迎なので、必死で二人は何でもないと説明する。エドアルドはそれを側で聞いていて、容赦ない完全否定の仕方に安堵と共に同情を感じる。
グレゴリウスは打たれ強い性格ではあったが、流石に堪えて撃沈してしまった。
離れた席で聞いていたジークフリートや、ユージーンも、恋心を知らないお子様の残酷さに溜め息をつく。
若い見習い竜騎士達が罰ゲームのウォッカで酔っ払ってきたので、晩餐会はお開きになった。
帰りはユージーンに送って貰いながら、少しユーリは自分の気持ちをはかりかねていた。グレゴリウスがエミリーをエスコートして、ジークフリートと共に馬車に乗るのを見た瞬間、少し胸がズキンとしたのは何故かしらと考える。
『仲の良い友達を独占したいと思ってるのかしら?
それとも……』
ユーリは頭を振って、馬鹿馬鹿しいと自分の考えを否定する。
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