32話 リューデンハイムの寮で……

 ユーリは新しいスケジュール表をユージーンから貰って、前よりは社交は少なくなっているが週末はビッシリなのにウンザリする。




「週末が全部つぶれているわ、休めないのね……」


       


 ユージーンはこれから国務省の忙しい時期なので、週末に休めないのは辛いなと少し同情する。今もユーリの机の上は書類でいっぱいで、新しいスケジュール表を持ってきたが忙しそうなので、早々に外務省へと帰る。




「ユージーン卿、ユーリ嬢に新しいスケジュール表を渡してきたのですか?」




 ジークフリートに声をかけられて、ユーリの体力を心配していたユージーンは明日の騎竜訓練に立ち合うと言った。




「そうですね、ハロルド卿、ユリアン卿、ジェラルド卿は少し騎竜訓練に苦戦されているみたいですね。まだユーリ嬢は騎竜訓練に慣れてないから、下手な相手との訓練は危険です。私も立ち合いますよ」




 ハロルド達が聞いたらガックリくるような言葉だが、実際に上手な相手との騎竜訓練は楽だし安全なのは、ユージーンも身を持って知っているので歓迎する。




 ユーリは国務省での見習い実習を済ませると、真面目に声楽のレッスンに行った。


    


「一々、屋敷に帰って侍女を連れて行くなんて面倒くさいわ」




 ユーリがぶつぶつ愚痴りながらリューデンハイムの寮に帰っていくのを、モガーナは苦笑しながら見送る。冬至祭までユングフラウに滞在するつもりだから、ユーリは普段通りの生活をしなさいと諭したのだ。




「もしかして、エドアルド皇太子殿下が御遊学中だから? 私が夜更けにフォン・フォレストに突然帰ったからなの?」




 鈍いユーリにしては正解だったが、モガーナはターナー夫妻のハネムーンを邪魔しない為と、管理人として任せてみようと思うけど、見ていると口出ししてまうからと誤魔化す。ユーリも自分を心配して領地をあとにして滞在してくれているのだろうと察したが、お祖母様が側にいてくれると精神的に落ち着くので嘘を受け入れた。








「あれっ? ユーリは外泊だと思っていた」


    


 寮で遅めの夕食をとっていると、フランツが通りかかって驚きながら話しかけた。




「お祖母様がいつも通りの生活をしなさいと言われたから、寮に帰ったの。今日は声楽のレッスンだったし、遅くなっちゃった。もうフランツは食べたのでしょ?」




「言ってくれれば、待っていたのに」


   


 そう言いながらフランツはデザートのケーキとお茶を取ってきて、一人で食べるのは味気ないだろうと一緒に座った。


   


「お風呂のお湯を頼みに、下に降りたのじゃないの?」


   


 食事を終えたのに下の階にくる用事なんてお風呂のお湯ぐらいしかないので、ユーリは付き合ってくれるのは嬉しいけど気になって尋ねた。




「別に下の風呂場で入っても良いから」


    


 男の子ってそんなものなの? とユーリは部屋で入った方が楽なのにと笑う。




「明日は騎竜訓練でしょ。少し慣れかけた時に休んだから不安だわ。 朝は控え目にしとこうかしら?」




 フランツは今でも騎竜訓練の朝御飯はパスしているので、ユーリの言葉に笑う。ユーリがしっかりと夕食を食べるのに付き合いながら、フランツはお茶を飲みんで話していると、エドアルド達も武術訓練でしごかれた疲れを取ろうとお湯を頼みに下に降りてきた。 




「ユーリ嬢、寮に帰ってらしたのですね」




 パッと顔を輝かして、エドアルドはユーリの隣に座る。




『これでこそ、リューデンハイムの寮で暮らす意味がある!』




 ハロルド達はヤレヤレと溜め息をつく。




「ずっとフォン・アリスト家の屋敷から通われるのかと思っていたのです。帰って来られるなら、夕食をお待ちしてたのに」




 これは下の風呂場行きだなと諦めたハロルドは、まだ開いていた食堂からお茶とデザートの残りをエドアルドと自分達に運ぶ。




「今日は声楽のレッスンだったから、遅くなったの。


声楽のレッスンにも、侍女を連れて行かなきゃいけないなんて時間の無駄だわ。今度から侍女にはパウエル師の屋敷で待ってて貰うつもりよ」


 


 普通の令嬢と違いイリスと飛んで行けば一瞬なので、馬車での移動にウンザリしている様子をフランツは諫める。




「ユーリ、約束しただろう」




 ぶーぶー怒っているユーリに、ハロルド達は笑ってしまう。




「私はイリスで一旦屋敷まで飛んでいって、侍女と馬車でパウエル師の屋敷まで行くのよ。レッスンが終わったら、イリスを屋敷に呼び寄せて寮に帰るぐらい良いでしょ? 侍女は馬車で屋敷に帰れば良いんだもの」




 叱られても、代案を持ち出すユーリに全員が呆れる。




「お祖母様に聞いてみれば?」




 フランツも付き合いきれないと、恐ろしい程の美貌のお祖母様に任せる。




「お祖母様に? う~ん? 今はマズいわねぇ~昨日も怒られたばかりだし。あっ、まさかフランツがお祖母様にお昼を抜いたのとか、寝不足だったのを言いつけたの?」




 フランツは、無実だと首を横に振る。 




「何を叱られたのですか?」




 エドアルドに尋ねられて、ユーリはイリスに子守をされそうになった顛末を話した。




「竜に子守!」




 全員に大爆笑されて、ユーリはプンプン怒る。




「自分の身に置き換えて考えたら、ゾッとするとわかるわ。エドアルド皇太子殿下も素行をマルスがチェックして、マゼラン卿に報告したらどう? 夜更かししたとか、買い食いしたとか?」




「買い食いはともかく、ゾッとしますね。で、ユーリ嬢は真面目に食事と睡眠を約束されたのですか?」


   


「もちろんよ! そんなのイリスに管理されたくないもの。イリスったら張り切って見張ると言い切るのよ。今は猶予期間だから、真面目にしなきゃ」


   


 食事を終えたユーリは、お風呂に入って早く寝なきゃと女子寮に帰ってしまった。








 フランツが僕もまだお湯が頼めるからと立ち去った後、カザリア王国側はお風呂場行きに決めて、お茶を飲みながら雑談する。


  


「なかなかユーリ嬢のお祖母様は、ユニークな教育方針をお持ちだね」




 ユリアンは姉達や従姉妹達が多く、貴族の令嬢の育ち方とユーリのが余りにも違うのにびっくりしていた。




「モガーナ様自身が、普通の御方と考えてはいけないですしね。私も初めてお会いして驚きました。ユーリ嬢が普通の令嬢と違っているのは、農家育ち、リューデンハイムで過ごしているからでしょうが、モガーナ様の影響も有りますね」




 フォン・フォレストの魔女の話はカザリア王国にいる時から聞いていたが、実際に会ってみると恐ろしい程の美貌と若さに、魔法王国シンの末裔と言われる理由が理解できた。




「ハロルド、マゼラン卿は何かモガーナ様のことを話していなかったか?」




 エドアルドは前からフォン・フォレスト一族には興味を持っていたので、マゼラン卿なら何か知っているのではと聞いた。




「父は、モガーナ様を怖がってますよ。ラッセル卿に聞きましたが、怒られると数倍美しくなられるそうですよ。嫣然と微笑みながら、ユーリ嬢のスケジュール表を破られたそうですから。余りの美しさに、ゾッとしたと言ってましたね」




「ユーリ嬢がニューパロマでお祖母様に似たら良かったのにと愚痴っていたが、私はロザリモンド姫に似ていて良かったとつくづく思うよ」




 それに性格も似てなくて良かったと、口には出さなかったがエドアルドは心底感謝していた。




「明日は騎竜訓練だ! ユーリ嬢も一緒なら頑張らないと」




 やる気満々のエドアルドに、ヤレヤレとハロルド達は溜め息をついて、お風呂に行く準備をしに部屋に帰った。




 ジェラルドは明日も騎竜訓練かと、大きな溜め息をついた。ユーリの前で恥をかきたくないと、暗い思いに捕らわれていた。




『ジャスは、私に失望しているのだろうな……』




 ジェラルドはパートナーの竜と、あまり上手くいってなかった。初めてジャスに乗った時の幸福感は何処へ行ったのだろうと、暗い気持ちになりながら風呂へ向かった。




「明日はユーリ嬢と騎竜訓練だぁ!」




 風呂場でも浮かれているエドアルド以外のメンバーは、騎竜訓練が上手く出来ないので、少し憂鬱な気持ちでお湯につかっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る