30話 竜に子守をさせるわよ

 ユーリの舞踏会の翌日は全員が寝坊した。ゆっくり目の朝ご飯を食べながら、ユーリは改めて公爵家の人達にお礼を言う。




「お祖父様、叔父様、叔母様、それにユージーンとフランツにもお世話になりました。色々と我が儘言ってご免なさい」




 途中で退席した老公爵以外は、全員が夜明け間近まで招待客を見送ったりしていたので、流石に疲れが残っている。ユーリの感謝の言葉に頷きながら、夢のような煌びやかな舞踏会を思い出す。




「大成功の舞踏会だったな。マリアンヌ、ご苦労だった」




 気難しい老公爵に労われて、マリアンヌは喜んだ。ユージーンとフランツも、心配していたグレゴリウスとエドアルドの争いにもならずホッとしていた。




「お祖父様? フォン・アリストの祖父様とお祖母様は何か揉めていたの? 私がアンリ卿と一緒にいった時に、少し様子が変だったわ」




 老公爵は元夫婦の喧嘩にユーリを巻き込みたく無いと思う。




「さぁ、元夫婦というのは複雑なのだろう。子どものお前が口出しする事ではないよ。それより、アンリ卿といつから仲良くなったのかな?」 




 ユーリはアンリは親切な先輩ですわと、真っ赤になって抗議する。公爵や、ユージーン、フランツは、老公爵が何かユーリに聞かれたくない事を誤魔化したのに気づいた。




「ユーリは今日もパーティーの予定なのでしょ? 確かカザリア王国の大使館で、エドアルド皇太子殿下の御遊学の晩餐会が開かれるのよね。連日のパーティーだから、昼までゆっくりしておきなさいね」




 ユーリは、晩餐会かぁと溜め息をつく。




「ユージーン、外務省がユーリに組んだスケジュールは、少しハードではないか?」




 父上に言われるまでもなく、モガーナ様に破り捨てられましたとはユーリの前では言いにくかった。




「今、調整中です、今夜の大使館の晩餐会は、ユーリもニューパロマで歓待されたので出席しなければなりませんが、基本的に週末のみにする予定です」




 ユーリは週末のみでもウンザリだったが、前のスケジュールだと週に4、5回はパーティーの予定が入ってたので、それよりは楽になると喜んだ。




「ユーリを、週末にはオペラに連れて行こうと思ってますのよ。あっ、ユーリ、ちゃんと声楽のレッスンを受けている? サボっては駄目よ!」




 先週もサボろうとしたのをユージーン達に付き添われてレッスンに強制的に連れて行かれたので、バツが悪くてユーリは首をすくめる。




「声楽のレッスンは好きなのよ。でも、つい忙しくて……今週は明日だわ、忘れないようにしなきゃ」




 マリアンヌはユーリが忙し過ぎるわとユージーンを睨んだが、平日の見習い実習は国務省なのでシュミット卿に文句は言って欲しいと内心で愚痴る。








 ユーリは遅めのお昼を食べると、フォン・アリスト家の屋敷に帰った。




 マウリッツ公爵家にもユーリの部屋が用意されていたが、お祖母様が折角出てきているのだし、何となくお祖父様と揉めていたような様子が気になったからだ。




 イリスとひとっ飛びで帰ると、竜舎で寛いでいたラモスに、何か揉めているのではと心配していたので、お祖父様のご機嫌を尋ねてみた。




『ラモス、お祖父様の機嫌はいい?』




 竜は人間関係にあまり興味を示さないので、ラモスはマキシウスがモガーナと口喧嘩したのは無視していた。




『ユーリ、お帰り、マキシウスは多分ユーリに頼み事があるはずだ。カザリア王国の見習い竜騎士と竜の件で、相談にのって貰いたがっている』




 イリスはユーリがラモスと仲良く話すのも本当は気に入らないが、竜騎士隊長の騎竜なので我慢している。でも、カザリア王国の竜達にまで関わるのは許せなかった。




『ユーリ! 他の竜達とあまり話さないでよ』




 ラモスは、イリスの嫉妬深さにウンザリした。  




『イリス、前から思っていたが、ユーリの愛情を信じていないのか? ユーリが他の竜達と話したぐらいで、揺らぐ絆なのか? ユーリは魅力的な竜騎士だが、イリスの絆の竜騎士だと皆が認めているのだから、話すぐらいで嫉妬するのは止めなさい』




 ラモスに叱られて悄げているイリスを、ユーリは慰める。




『イリスが私を信じてくれると良いのだけど……他の竜達と話しても、イリスが私の騎竜なのよ。こんなに愛してるのに、何故そんなに嫉妬するの?』




 ユーリの悲しそうな言葉に、イリスも少し反省する。


 


『ユーリを信じているけど……モテモテ過ぎるから、つい嫉妬してしまうんだ。少しは我慢するよ』




 ユーリが喜んでイリスの首に抱きついていると、竜嫌いのモガーナが珍しくマキシウスと一緒に竜舎に入ってきた。


   


「帰って来たのになかなか屋敷に来ないから、竜舎まで来ましたのよ。丁度、イリスに頼みたかったから好都合ですわ」




 お祖母様がイリスに頼み事? ユーリにはわけがわからなかった。 




「何なの?」




 ポカンとしているユーリに、少し厳しい顔でモガーナは言い聞かせた。




「昨夜の舞踏会で聞いたのですが、ユーリは時々食事を抜いて倒れたそうですね。フォン・フォレストに来て帰ってからも、寝不足のまま見習い実習をして倒れたと聞きましたよ。そんな無理をしてはいけませんよ!」




「舞踏会でお祖母様に誰がそんな事を聞かせたの?


 倒れただなんて大袈裟だわ、少し立ち眩みがしただけよ。それに忙しくて昼食を食べる暇が無かったの」


 


 全く反省していないユーリの様子に、モガーナは強硬手段をとる。




「マキシウス、イリスにユーリにキチンと食事をさせるように言って下さい。それとパーティーとかで夜更かしするのは仕方ないけど、国務省の見習い実習で夜遅くまで起きているのは禁止ですよ。11時にはベッドに入りなさい」きちんと食事




 マキシウスは竜は乳母ではないと抗議したが、成長期の女の子の体調管理は大切なのよと微妙な話題を持ち出されて、仕方なく伝える。




『ユーリの健康は私が守るよ! ちゃんと食事を取らせるし、夜も寝させる』




 もともと保護欲の強いイリスは張り切った。




『イリス、そんな事してくれなくていいわ』




 ユーリは竜に子守をされたくないと反発したが、お祖母様に約束を守れないならイリスに注意して貰うわよと脅されて、ちゃんと食事をとる事と、夜更かしをしない事を誓わされる。屋敷に帰った途端にお祖母様から叱られて、二人が何か揉めていたのではという疑問を解決するどころではなくなったユーリだ。




「今夜は、カザリア王国の大使館で晩餐会なのね。本当に忙し過ぎるわね。ジークフリート卿に、少し考えなおして頂いて貰わないと」




 モガーナのことだから、とっくに叱り飛ばしただろうとマキシウスは呟く。昨夜の跡取りの件から、モガーナとは微妙な感じなのだが、ユーリの見張りをしろとイリスに伝えさせられたり、マキシウスは苛々を募らせていた。 




 孫娘の前でいい年をして喧嘩などしたくないので我慢していたが、ユーリにはフォン・アリスト家の跡取りだと言い聞かせておかなくてはと考える。




「ユーリ、少し時間が……」




 マキシウスが話しかけようとしたのに、被せるようにモガーナはユーリに指示を出した。




「ユーリ、お茶の時間まで休んでおきなさいな」




 マキシウスは、ユーリを書斎に呼んで話そうとした出鼻を挫かれた。ユーリがイリスに見張らせるという脅しが利いたのか素直に寝室にあがると、マキシウスはモガーナに苦情を言った。




「ユーリにフォン・アリスト家の跡取りだと話そうとしていたのに。貴女は何故邪魔をしたのですか?」




 モガーナは、あら知らなかったわ、としらをきった。




「だいたいユーリからフォン・フォレストの跡取りなのかと聞かれた時に、フォン・アリストの跡取りでもあると説明してくれたら良かったのでは?」




 マキシウスの愚痴に付き合うつもりは更々ないモガーナは、疲れましたから休みますわと客間にさがる。一人残されたマキシウスは苛々しながら、ユーリには跡取りの件だけでなく、もう一つ頼まなくてはいけない竜騎士の件があったと頭痛がしてきた。








「今夜は、カザリア王国の大使館の馬車が迎えにくるの。大使館にエドアルド皇太子殿下はいらっしゃるのに、わざわざ迎えに来て頂かなくても良いのにね」




 フォン・アリスト家の屋敷からカザリア王国の大使館まで馬車で十数分だが、その間も一緒に居たいのだろうとモガーナは苦笑する。




 晩餐会に着ていくドレスに着替える為に入浴しているユーリを侍女に任せ、モガーナはユーリのドレスを選んでいた。今夜は昨夜とは趣の変わったクラッシックなドレスを着せようとモガーナは考えていたが、マダム・ルシアンが師匠に負けまいと頑張ったせいか斬新なデザインのドレスばかりだ。モガーナとしては、カザリア王国の大使夫人が後見人だなんて全く信用出来なかったので、せめて控え目なドレスを着せたかった。




「マダム・ルシアンは、マダム・フォンテーヌに刺激を受けたみたいね。本来なら喜んであげるべきなのでしょうが、今夜はエドアルド皇太子殿下を余り刺激しないようなドレスを着させたいのに困ったわ」




 新作のドレスの中で一番おとなしそうなのを選んでユーリに着せたが、レース地が少し生成の土台のドレスに映えて優雅に見える。




「髪は片流しにしましょう」




 晩餐会なのでアップにする必要はないと、髪をカールさせて片側に巻き髪で纏めて流した。纏める所に編み込みをしたので、少し可愛い雰囲気になる。




「何だかシャルロット様の好みが移ったのかしら? 花を飾りたくなったわ」




 モガーナは自分の髪に花を飾ったことなど無かったが、全く雰囲気の違うユーリには花とかリボンが似合うと感じる。




「え~? お祖母様らしくないわ。ロマンチック系は余りお好きでは無いのに」




 侍女に庭に咲いているピンク色のバラを取って来させると、耳の上に飾る。




「とても似合うわ! 大使館の晩餐会だけど、エドアルド皇太子殿下の御遊学の関係者を集めた年齢層が若い会ですもの、黒のヴェルヴェットのチョーカーで良いわよね」


    


 黒のヴェルヴェットのチョーカーにはカメオのブローチから一粒の涙型の真珠が下がっている。甘い優雅なレースの浮き立つドレスに、黒のチョーカーはピタリと嵌まって、ぐっと魅力的になる。




「あらあら、とても魅力的だわ! 困ったわね、これではエドアルド皇太子殿下をその気にさせてしまうわ」




 今夜はおとなしめにしようと考えていたのに、可愛い系の髪型にロマンチック系な優雅なドレスを黒のチョーカーが引き締めて、結局ユーリの若さと可憐さを魅力的に演出してしまう。


 


「ユージーン卿とジークフリート卿に、頑張って貰いましょう」




 二人が聞いたら怒りそうなことを呟いて、センスの良いモガーナは孫娘に似合う演出をしてしまうのだ。




「今夜も、とても美しいですね」




 迎えに来たエドアルドは、ユーリの手にキスをしながら、うっとりと可憐な姿を眺める。




「わざわざお迎えに来て頂き、ありがとうございます」




 ユーリは晩餐会で忙しいだろうに、エドアルドと二人きりはイルバニア王国側から抗議されるので、後見人として大使夫人まで一緒に迎えに来てるのに恐縮してしまった。




「お祖父様、お祖母様、行ってきますね」




 隣国の皇太子殿下がお迎えに来られるのだから、礼儀としてホールで挨拶をした祖父と祖母に軽くキスをすると、ユーリはエドアルドにエスコートされて馬車に乗った。

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