27話 ユーリの舞踏会 前

 舞踏会の夕方まで、ユーリはマリアンヌにベッドに押しこまれてお昼寝をしていた。




「ユーリ、そろそろ起きなさいな」




 モガーナに起こされて、ユーリは一瞬どこにいるのかわからなくなったが、マウリッツ公爵家で舞踏会に備えて昼寝していたのだと思い出した。




「お祖母様、もう来られていたのね」




 シャルロットに誘われて早めにマウリッツ公爵家に着いたモガーナは、マリアンヌからユーリの化粧を頼まれた。




「さぁ、下で簡単な夕食を頂きましょう」




 下に降りると、舞踏会の準備が終わった屋敷には花が飾られて華やかな雰囲気になっていた。




「何だか緊張してきたわ」




 まだ舞踏会が始まっても無いのにとモガーナは笑う。シャルロット大叔母様や、お祖母様と一緒に簡単な夕食を食べながら、フォン・アリストの祖父様は? とユーリは尋ねた。




「マキシウスは土曜なのに仕事だと言うので置いてきたわ。舞踏会には間に合うでしょう」




 シャルロット大叔母様の言葉にユーリは少し気の毒になったが、舞踏会に来ると聞いて安心する。








「さぁ、ユーリ! 着替えましょうね」




 張り切っているマリアンヌの号令で、ユーリは侍女達に磨き上げられた。マリアンヌ、シャルロット、モガーナ、三人の監督の下でユーリは舞踏会の身支度をする。披露の舞踏会のドレスは、マダム・ルシアンの最新作だ。




「まぁ、とても綺麗なドレスね! ユーリは華の精みたいだわ」




 シャルロットはドレスを見たとき、レースやフリルが自分の好みより少なくてガッカリしたが、ユーリが着たのを見て感嘆の声をあげる。




「片方の肩が丸出しだわ」




 ワンショルダーのドレスにユーリは驚いた。




「仮縫いの時は、こんなのじゃあ無かったわ。また、フランツに文句言われちゃうわ」




 ワンショルダーの肩の部分から胸を通ってウエストまで、白色の花がずっと続いてて、花心には真珠が縫いつけてある。




「ワンショルダーでも上品だし、気品のあるドレスだわ」




 お祖母様の取りなしにも、ユーリは片方の肩が出ているのを気にしていたが、上半身はスッキリとフィットしているし、スカートもドレープが綺麗で全体的に気品のある優雅なドレスだ。




「フランツなんかほっときなさい。ああ、この花の綺麗なこと。ワンショルダーで正解よ。ダンスする時に、ホールドで上げる右手の方から流れるように花がウエストまで付いているわ」




 ユーリの意見は無視されて、髪型の話に移る。




「髪に花を編み込みましょうよ。華の妖精みたいにしたいわ」




 シャルロットの意見に、ユーリはちょっとそれは勘弁して欲しいなと思う。




「モガーナ様はこのドレスにはどのような髪型が似合うと思われます? 実は父がユーリの為に新しいティアラを作りましたの」




 侍女に宝石箱を開けさせると、ダイヤモンドのティアラとネックレスがキラキラと輝いていた。




「まぁ、とても素敵なティアラだわ。ロザリモンド様のティアラは古典的な形だったけど、今風の細身で横に長いカチューシャ型ね」




 ユーリはママのティアラで充分だと思っていたが、確かに他のデビュタントの中には長めのを付けている令嬢もいた。




「ユーリ、マウリッツのお祖父様にお礼を申し上げなさいね。やはり舞踏会ですから、アップにしましょう。少し編み込みを入れたきっちりしてるけど、複雑なアップがいいわ」




 モガーナの指示で侍女達が髪を結い上げ、細身のティアラを飾ると華やかさが増した。




「まぁ、そんな薄化粧なのに、印象がぐっと大人びて綺麗に見えるわ」




 仕上げにちょこちょことモガーナが化粧すると、舞踏会の支度は出来上がった。




「モガーナ様、一度お化粧方法を教えて頂きたいわ」




 侍女にティアラとお揃いのダイヤモンドのネックレスを付けて貰いながらも、ユーリはまだ露出が多いのではとぐずぐず言う。




「白いロンググローブをつけたら、気になりませんよ」




 往生際の悪い孫娘に白のロンググローブを付けさせると鏡に全身を映させて、ほら綺麗でしょとモガーナは微笑む。




「とても綺麗だわ」




 マリアンヌの賛辞に頬を染めて、姿見に映る自分の姿が大人びて見えるのに驚いた。




「お祖母様は黒のドレスなの?」




 パパが亡くなってから黒のドレスしか着ないお祖母様の悲しみの深さをユーリは感じている。




「シャルロット様もサザーランド公爵を亡くされてから、黒いドレスばかりですわよ。年配のご婦人の制服みたいな物ですわね」




 シャルロット大叔母様と違って、お祖父様は生きていらっしゃるから、未亡人みたいに黒いドレスばかりでなくても良いのにと内心で呟く。




「ユーリは舞踏会で披露されるので後から出ますけど、私達はそろそろ下に行って招待客を迎えましょう」




 モガーナは、マウリッツ公爵家の人達と招待客を迎えるのは遠慮した。




「私はシャルロット様や、老公爵様と椅子に座らせて貰ってますわ。マキシウスは現役の竜騎士隊長ですから、一緒に挨拶したら宜しいわ」




 マリアンヌは侍女達に招待客の馬車が着きましたと報告されて、それ以上は強く勧められなくて下に降りていく。ユーリは窓から次々と到着する馬車を眺めて、深い溜め息をつく。




「まぁ、溜め息なんて、若い令嬢が可笑しいわよ」




 モガーナにからかわれて、ユーリは少しふくれた。




「お祖母様も社交界はお嫌いなのに酷わ」酷いわ




「あら、私は若いうちは舞踏会とか好きでしたわよ。


リードの上手い殿方とのダンスは楽しいですしね。そうね、今夜はユーリのダンスしているのが見れるのね、楽しみですわ」




 ユーリはお祖母様にダンスしているのを見て貰えるのだわと、少し気分が浮上する。






 公爵は軽くノックして入室の許可を求めた。




「ユーリ、準備は出来ているのかい?」




 老公爵は膝を傷めているからと辞退した後、マキシウスと、リュミエールはどちらがユーリをエスコートするかで譲り合ったが、マウリッツ公爵家で舞踏会を開くのだし、ホステス役はマリアンヌなのだからと押し切られた。




 公爵にエスコートされて、ユーリは舞踏会の会場に入った。 




 煌めくシャンデリアと着飾った人々にユーリは少し緊張したが、公爵の披露の挨拶の間は正式なお辞儀をしていたので注目を集めているのに気づかなかった。




 広間に集まった招待客は、ユーリ嬢の綺麗さに釘付けだ。


 


 グレゴリウスもエドアルドも、今夜のユーリが大人びて凄く綺麗なので目が離せない。




「わちゃ~! 今夜のユーリは綺麗すぎますね。舞踏会で喧嘩とか駄目だよね。ありゃりゃ、グレゴリウス皇太子殿下も、エドアルド皇太子殿下もかなりヤバそう」




 フランツに言われるまでもなく、ユージーンはジークフリートと、マゼラン卿がそれぞれの皇太子にそっと注意しているのに気づいた。




 音楽が始まると、令嬢方や子息達に付いてきた親世代はコーナーの椅子や壁沿いに移動する。ユーリは公爵から、外国からの賓客のエドアルド皇太子に手渡された。




「御招待ありがとうございます。とてもお綺麗ですよ」




 エドアルドがユーリの手を取ってキスをすると、ファーストダンスが始まった。外国の皇太子と優雅に踊るユーリに全員が溜め息をつく。




 グレゴリウスも、ジークフリートに指示された令嬢とダンスを始めたし、美しい令嬢を子息達も誘って舞踏会は始まった。




 ユーリはワンショルダーなので左肩が気になっていたが、何人かの令嬢はオープンドレスを着ていた。




 ハロルド達は主役のユーリの綺麗なドレス姿に毎回ながら魅了されたが、マウリッツ公爵家がより選った令嬢方も美しいと喜んでダンスする。




 マゼラン卿とジークフリートは、ユーリとエドアルドのダンスを眺めながらも、広間の隅に老公爵と、サザーランド老公爵夫人と共に座っているモガーナを意識していた。




 エドアルドの後は、グレゴリウスと踊る予定になっていた。ユーリをグレゴリウスに手渡す時に、エドアルドはかなり自制心を働かさなければならなかった。




「ユーリ、とても素敵なドレスだね。よく似合っているよ」




 グレゴリウスに誉められて、ユーリはフランツに文句言われなければ良いけどと愚痴る。




「このドレス、仮縫いの時は両肩あったのよ。なのにワンショルダーになってて、びっくりしたわ。フランツに露出が多いと怒られるわ」




 クスクス笑いながら、ユーリの従兄も大変だなとグレゴリウスは同情する。今夜のユーリはドレスのせいなのか、中身も少し変わったのか大人びて見えた。




 グレゴリウスはマウリッツ公爵家が招待した子息達がユーリに夢中になるだろうと嫉妬して、自分の腕の中にいる愛しい思い人をさらって逃げ出したい気分だ。しかし、曲が終わると礼儀作法の身についたグレゴリウスは、ユーリを公爵夫人の元へと送っていく。




 グレゴリウスにとって少し楽に思われたのは、ユーリの次の相手がジェラルドだった事だ。ジェラルド、ハロルド、ユリアンは、エドアルドの学友としてユーリを口説くことは無い相手なので、アンリや、シャルル大尉ほど交代するのに抵抗は感じない。

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