28話 ユーリの舞踏会 中

 次々と相手を変えながらダンスするユーリを、老公爵とシャルロットと共にモガーナは眺める。マキシウスも同じ世代なので一緒にいたが、モガーナとは微妙な空気が流れていた。やはり元妻との同居は心穏やかには過ごせないマキシウスだった。


 


「今、ユーリと踊っている青年はどなた? 見かけない方だわ」




 息子のナサニエルがサザーランド公爵になってから、公式行事に参加しなくなったシャルロットに、マキシウスはカザリア王国の御学友一同を説明する。




「ジュリアーニ侯爵家のお孫さんね。ああ、もう孫が結婚する時期なのね~。エドアルド皇太子殿下の御学友は若くてハンサム揃いだから、モテモテでしょうね。私がユーリなら、エドアルド皇太子殿下に恋しちゃうわ。とても情熱的な青い瞳をお持ちだもの。あら、こんな事言ったらテレーズ王妃様に怒られるわね」




 マキシウスは、年齢を重ねてもロマンチックな話が大好きな妹に頭が痛くなる。




「シャルロット様は、テレーズ王妃様と仲がよろしかったですものね。王妃様は、やはりユーリをグレゴリウス皇太子殿下と結婚させたいとお思いなのでしょうか? ユングフラウで後見人をして下さっているので、あの娘には皇太子妃は似合わないとわかっておられると思いますのに」




 シャルロットはモガーナの言う事も理解出来たが、王妃と亡きフィリップ皇太子の苦しみを身近で見ただけに同意し難かった。




「それは、おわかりだとは思うわ。でも、ユーリなら竜騎士を産む確率が高いから、望まれるのは仕方ないわ。それにグレゴリウス皇太子殿下は、幼い時からユーリを思ってらっしゃるもの。初恋の相手と結ばれるなんて素敵よね」




 モガーナも、グレゴリウスの人を恋する気持ちは止められないと溜め息をつく。




「誰かユーリに恋する気持ちを教えてくれるような殿方はいないのかしら? カザリア王国の御学友は駄目ね。せっかくハンサム揃いなのに、エドアルド皇太子殿下に忠誠を誓ってらっしゃるから、ユーリを魅力的だと思っても自制心を働かせてるわ」




 モガーナとシャルロットとの子息達の品定めを、マキシウスは困惑しながら聞いている。


                


「まだユーリは15才なのだから、そんなに急がなくても……」




 二人の熱心さに複雑なマキシウスだったが、妹のシャルロットに叱られてしまった。




「兄上は全くわかってらっしゃらないわ。ユーリはもうすぐ16才なのよ。私がサザーランド公爵と婚約した年だし、マリアンヌは15才でリュミエール様と婚約したわ。兄上が呑気に構えておられるから、ユーリもお子様のままなのだわ。年頃の令嬢を持つ保護者として、自覚が足りないわ。竜騎士の若手で誰か良いお相手はいないのかしら?」




 珍しく妹に叱られて驚いているマキシウスに、レオポルドは招待している数人の竜騎士達の情報を聞いた。




「ここにいるのはシャルル卿、ダートマス卿、サリンジャー卿、マイケル卿ですか。全員、良い竜騎士ですよ」




「竜騎士としてではなく、ユーリの結婚相手としてどうかと、老公爵様はお聞きなのよ。ユーリはシャルル卿と前にも踊ったのでは無いかしら? 何か竜と竜騎士の性格について話したとか言ってましたわ。本当にダンスしながらも竜の話なんて色気のない娘だこと」




 マウリッツ公爵家がユーリの結婚相手に不足がないと考えて招待した竜騎士なのだから、それぞれ名門貴族の出身だし、品行方正な青年達だ。マキシウスは、やはりフォン・アリスト家を継いでくれる曾孫をユーリに産んで貰いたかったので、竜騎士が結婚相手に相応しく感じる。




「シャルル卿は、ユーリと話が合うと思いますね。モガーナには理解出来ないかも知れないが、竜と竜騎士の相性はあるのだよ。二人にとってはとても興味深い話だったことだろう」




 急に、シャルル卿を推してきたマキシウスに、モガーナは怪訝な顔をする。




「何を考えていらっしゃるの?」




「いや、ユーリも竜騎士なのだから、竜騎士どうし話が合うと言ってだけだ」




 そんな誤魔化しがモガーナに通じるわけがない。




「貴方はユーリに優れた竜騎士を産んで貰いたいと、シャルル卿を推薦してるのではないの? 曾孫は私も欲しいですけど、それでユーリの結婚相手を選ぶなんて竜馬鹿ね」




 元夫婦の喧嘩になりそうな会話を逸らそうと、シャルロットは口を挟む。




「ああ、そう言えばナサニエルから頼まれていたのよ。ユーリはフォン・アリスト家の跡取りと知らないのでは無いかと、グレゴリウス皇太子殿下がストレーゼンの離宮で話されていたみたいなの。まさか……兄上が話してないとか……有りませんよね」




 そんな馬鹿なことと笑い飛ばしてくれると思って、頼まれたまま忘れていたのを思い出して、最悪のタイミングで口に出してしまったシャルロットは逃げ出したい気分だ。凍りついたマキシウスは、ウィリアムしか子供はいないのだし、その一人残された孫なのだから跡取りなのは知っていると思い込んでいた自分の常識が、ユーリには通じて無いのに愕然とする。




「ユージーンとフランツが、エドアルド皇太子殿下を出迎えにマウリッツ公爵領の屋敷にまで行った際に、ユーリがフォン・アリスト家の領地があると初めて知ったみたいだと言っておったな。何でも、御一行が我が家敷と間違えて降りたが直ぐに気づいたとかで、どなたの屋敷だったのかと尋ねられたみたいだ。マキシウス卿? まさか、何も説明していないとかは無いですよな」




 リューデンハイムに入学してから、マキシウスはユーリと週末は一緒の屋敷で過ごしてきているが、皇太子殿下とのケンカを叱ったり、武術の成績を叱ったりと、竜騎士の修業についての話題ばかりで、フォン・アリスト家の跡取りに関して話した記憶がなかった。




「兄上、なんて事なの! ユーリに常識が通用しないのは、御存知でしょうに」




 シャルロットは、責任をマキシウスに押し付けた。




「モガーナ? ユーリはフォン・フォレストの跡取りと知っているのか?」




 おほほほほ……とモガーナが嫣然と微笑むのに、マキシウスは自分の失態を棚に上げて怒りだす。




「何故、ユーリにフォン・アリスト家の跡取りだと話してくれなかったのだ」




 扇子であおぎながらモガーナは、御自分で話されるべきでしょうと笑い飛ばす。




「確か、リューデンハイムに入学して、フランツ卿から聞いたみたいですわね。夏休みにフォン・フォレストの跡取りなのかと聞いてきましたから、ユーリしか血を引く者はいないと言い聞かせましたわ。あの娘は竜騎士を早期引退して、ヒースヒルで農業をしたいと考えてましたので、かなり落ち込みましたわ。でも、優しい子ですし、賢いから、子どもの頃からの夢を諦めてくれましたの」


 


 モガーナに自分はちゃんと話して説得済みだと聞かされて、マキシウスが落ち込んでいた時に、アンリと踊り終えたユーリがお祖父様達に挨拶したいとエスコートされてやってきた。




「ユーリ、とても綺麗だよ! お前はドレスがよく似合うな」




 老公爵のベタ褒めに頬を染めて、抱きついてキスをする。




「お祖父様、ティアラありがとう。ママので良かったのに」




 ユーリが厳めしい老公爵にキスをするのをアンリは少し驚いて見ていたが、恐ろしいほど美しい黒衣の貴婦人にお祖母様と呼びかけるのにビックリしてしまう。




「お祖母様、何だか昨日パーラーで仲間外れっぽく感じたのは、あの子達、私に隠し事をしていたのよ。今夜の舞踏会にデリバリーだけでなく、あの子達も来てアイスクリームのサービスをしてるの。夜遅くまで働かせたくないから、断っているのに」




 ユーリは休憩している令嬢方や、ダンスを見ている保護者達がアイスクリームを食べているのには早くから気づいていた。マウリッツ公爵家が自分のパーラーからアイスクリームをデリバリーしてくれたのだと感謝していたが、アンリに祖父様達の元にエスコートして貰う途中で、隣の広間に見慣れたアイスブルーの制服がチラリと見えたのだ。




 ユーリが話しかけている若い貴婦人がお祖母様だとは信じ難かったが、アリスト卿や、親戚方が普通にしているので、間違いでは無いのだろうとアンリは無理やり納得する。




「アイスクリームを取って来ましょう」




 アンリが気をきかせて言い出したのに、ユーリは悪戯っぽく笑って付いて行くと言い出した。




「秘密にした罰を与えなきゃ。だって、昨日は凄く寂しかったのよ」




 アンリの後ろに隠れるようにして広間に入っていくユーリを遠くから、モガーナ達は呆れて見ていたが、暫くすると女の子達の賑やかな笑い声が上がった。




「まぁ、賑やかなこと! 若い娘は賑やかで良いわね。あの方は、確かロックフォード侯爵家のアンリ卿よね? ユーリと仲が良さそうだったけど、ストレーゼンでのチャリティーコンサートで一緒だったからかしら?」




 マキシウスとモガーナの上に漂っていた暗雲は、ユーリの賑やかな笑い声に吹き飛ばされた。アンリが全員にアイスクリームを手渡している間に、ユーリはローズとマリーが驚いた様子などを詳しく話す。


 


「ユーリ嬢と一緒にいるのは、誰なのだ?」




 和やかな祖母様や祖父様達との団欒に混ざっている若い貴族に、エドアルドは苛ついてマゼラン卿に尋ねる。




「彼はアンリ・フォン・ロックフォードですね。ロックフォード侯爵家の嫡男です。確か、老公爵の後ぞえの奥方はロックフォード侯爵家の方だった筈ですから、アンリ卿はユージーン卿達のハトコになると思います」




 ユーリと親しそうなのは縁戚だからからかと、エドアルドは考えたが、それにしても親密そうだと苛つく。


 


 グレゴリウスも、アンリがユーリと一緒にアイスクリームを食べながら、祖父母達と話しているのに気づいて、嫉妬を感じる。




 主役のユーリがそう長々と休憩して居られないので、マリアンヌに指示されたユージーンが、ダンスフロアへと導いた。




「何を楽しそうに話していたんだ?」




 ユージーンに、ユーリはパーラーの女の子達が今夜の舞踏会に来るのを秘密にしていた件を話した。




「もしかしてユージーンも知っていたの? こんなの前例になったら困るわ」




 ユージーンはパーラーの女の子達を呼ぶなんて知らなかったから、母上のサプライズだろうと笑う。




「お祖母様を招待したサプライズが無くなったから、他のを用意されたのね」




 くすくす笑いながらユージーンと踊るユーリを、魅力的だと出席した子息達は思って眺める。




「リチャード卿、どうもアンリ卿に一歩も二歩もリードされてますね。彼は国務省でユーリ嬢と一緒にランチをしてるみたいですよ」




「知ってるさ、従兄弟がユングフラウ大学生なんだ。


国務省で実習している友達から聞いたと、教えてくれたよ。凄く色気の無い話ばかりだともね。さぁ、二度目のダンスに誘ってこよう」




 抜け駆けは許さないぞと、二人が公爵夫人の元に駆けつけている間に、ユーリはシャルルとダンスを始めていた。


 


「とても良い舞踏会ですね。アイスクリームも初めて食べましたよ。パーラーには令嬢方が沢山で、少し近寄り難かったのですが、美味しいですね」




 竜騎士隊の軍人には、令嬢でいっぱいのパーラーは少し入り難いかもとユーリは笑う。




「テイクアウトなら抵抗無かったかも? また4月にはアイスクリームの販売を始めますから、お誘いしますわね」




「それは楽しみですが、4月は先ですね~」


 


 シャルルは残念そうに苦笑する。




「クレープも美味しいですのよ。ただ、今は国務省の見習い実習と社交界で忙しくて……でも、またお誘いしますわ」




 二人の仲の良さそうな様子にマキシウスは、やはり複雑な気持ちになる。

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