26話 寿退職は無理がありすぎ
ユーリの舞踏会は、始まる前から期待と嫉妬を求婚者達に与えた。
グレゴリウスは、マウリッツ公爵家がユーリに名門貴族の子息達を紹介するつもりだと察知していた。特に、国務省で一緒のアンリは、公爵家と親戚だけに一押しなのだろうとキリキリ胸をいためる。
「皇太子殿下、明日の舞踏会はユーリ嬢を披露する目的なのですから、嫉妬など表さないようにして下さいよ」
ジークフリートに武術訓練の後で短く注意されたし、エドアルドの前で嫉妬する姿を曝したくは無かったが、自制できるか自信がないグレゴリウスだ。
週末なので大使館で寛いでいたエドアルドは、やはりホームの強みをグレゴリウスに感じていた。前からユーリが王家の血をひいているのは知っていたが、国王夫妻に可愛がられている様子を見て、身内に守られているのを感じる。
「どうされたのですか? 武術訓練でお疲れですか」
イルバニア王国の外務省と社交行事の見直しを協議して大使館に帰ったマゼラン卿は、エドアルドの考え込んでいる様子に気づいた。明日はユーリの舞踏会で、浮かれているだろうと思っていただけに心配する。
「なかなかユーリ嬢の防御壁が高いなぁと思ってたのさ。
本人もまだ恋愛モードじゃないし、国務省での見習い実習に熱中しているみたいだしね。それに……」
エドアルドが言葉にしなかった逆風には、マゼラン卿も気づいている。
「当たり前です! ユーリ嬢は絆の竜騎士なんですよ。
どの国でも、外国に嫁がせたくないと考えますよ。
まして、自国にお似合いの年頃の皇太子がいるのに、外国の皇太子に差し出そうなんて誰も考えませんよ。そんな弱気ではユーリ嬢を勝ち取れません」
マゼラン卿の叱咤激励に、少し弱気になりかけていたエドアルドは復活する。
「そうだよね! 何となく自分がユーリ嬢をさらいに来た悪者に感じてたけど、正式に縁談を申し込んでいるのだから遠慮は無用だよな」
少し元気になりすぎだとマゼラン卿は心配になり、明日の舞踏会での行動を注意したが、妄想モードに突入しているエドアルドがどれほど耳を傾けてくれているか不安に思う。
ユーリは明日の舞踏会を前にして、マウリッツ公爵家が磨き立てられているのに驚いた。
「何だかピカピカねぇ、舞踏会の為に申し訳ないわ」
舞踏会が開かれる大広間は家具が片付けられ、ダンスフロアの床は磨き立てられている。コーナーには椅子が配置されているし、隣の広間には飲み物コーナーのバーカウンターが設置されていた。
「叔母様、こんなに用意して頂いてありがとうございます」
ユーリは社交界は苦手だけど、これだけの用意をしてくれたマリアンヌ叔母様の好意は身に染みていた。
「良いのよ、楽しんで用意しましたから、明日は花を飾ってシャンデリアに灯りがともったら華やかになるわね。
子息達と同じ人数の令嬢方も紹介してますから、賑やかな舞踏会になるわ」
二人が大広間の前で話しているのを、ユージーンとフランツは少し離れて見ていた。
「前より、少しはスッキリして良かったね。
どんな風な屋敷になるのか、心配していたんだ」
装飾過剰気味だった壁も天井付近の飾り段などはあるが、白漆喰でスッキリ仕上げられているのを見て男性陣は安心した。
「屋敷を改築したのは、もしかしてユージーンの結婚も意識しての事だったのかな? 前の屋敷では、ちょっと趣味を疑われるものね。
でも、ロマンチック趣味の花嫁じゃないと、母上と上手くいかないかな? 明日の舞踏会に来られる令嬢方は、皇太子殿下狙いも有るだろうけど、ユージーンもかなり狙われると思うよ」
まだ見習い竜騎士で令嬢方からモテモテではあるが、結婚とか考えてもないフランツの気楽な言葉にユージーンは苛つく。
「まだ結婚する気は無いな。明日もグレゴリウス皇太子殿下と、エドアルド皇太子殿下がいらっしゃるのに、そんな浮ついてられるか。
それより、アンリはどういうつもりなのだろう? マキャベリ国務相は、ユーリを皇太子妃に推している急先鋒なのに大丈夫なのだろうか」
「先日のエドアルド皇太子殿下の歓迎舞踏会でもアンリはユーリと踊ってましたね。本気なのかな?」
二人はハトコのアンリが困った立場にならないか心配していたが、ユーリと国務省でほぼ毎日ランチを共にしているとは知らなかった。
見習い実習中のユーリは、少しずつ国務省の官僚達に受け入れられてきていた。始めは見習い竜騎士とはいえ令嬢に何ができるのかと冷ややかな目で見られていたが、シュミット卿にこき使われてもへこたれない根性と、予算案のチェックで処理能力の高さを認められたのだ。
ユーリは国務省の食堂で、ユングフラウ大学の実習生か、アンリと一緒にランチを食べていた。
実習生に比べて融通の利くアンリは、自分のペースで仕事ができるので、食堂には少し早めに着くように調整する。ランチタイムは食堂が一杯になるが、アンリがいつも席を確保してくれているので、ユーリは自然と一緒に食べるようになっていった。
ランチを一緒に食べても職場の食堂だし、予算の通し方とか、パーラーの経営についての相談とかで、全く色気のない話しばかりだったが、ユーリはアンリを尊敬して信頼するようになっていたのだ。
夕食後はサロンで皆で寛いだ。ユーリが少しナーバスになっ ているのをユージーンは気づいた。
「ユーリ、何かあったのか?」
指導の竜騎士であるユージーンには、お祖母様から寿退職を勧められたとは言い出しにくかった。
「明日の舞踏会で、少し緊張しているの」
社交が苦手なのは知っているので、ユージーンもフランツも、揺れているユーリの気持ちをとらえ損ねていた。
ユーリはイリスと絆を結んでから、竜騎士になって女性の社会進出の手助けがしたいと目標に向かって全力で努力してきたが、元々は田舎でスローライフするのを理想としていたのだ。それに、お祖母様に指摘されて自分が少しずつグレゴリウスや、エドアルドに好意を持っているのに気づいたユーリは、皇太子妃には絶対なりたくないと動揺していた。
「叔母様は、叔父様と許嫁だったのですよね? お祖父様が結婚相手を決められたの?」
ユーリの質問に、公爵夫妻は昔の事だわと頬を赤らめる。
「叔母様も、叔父様もお幸せそうだわ。親が決めた相手との結婚も有りなのかしら?
どうも、私には恋愛は無理じゃないかなと思ってきたの。
ユージーンや、フランツは、どうやって結婚相手を見つけるつもりなの?」
ある意味では披露の舞踏会の前夜に相応しい話題ではあったが、全員がユーリの意図をはかりかねる。
「ユーリ、急にどうしたの? 貴女らしくないわ」
おっとりしているマリアンヌですら訝しく感じるのだから、全員が変だと感じる。
「国務省で何かあったのか? シュミット卿に意地悪されたとか」
ユージーンは今日は国務省での見習い実習だった筈だと、ユーリの予定を思い出して、見習い実習が嫌になって結婚に逃げるのかと疑う。
「何で、皆が質問しかえすの? 私が真面目に質問しているのに、おかしいわ。
叔母様はいつも気になる御方はいないのと聞かれるけど、全然見つからないから、皆どうやって見つけるのか聞いたのよ」
フランツはやはりユーリの様子は変だと感じる。
「ユーリが急にそんな事を聞くから、皆が驚いているんだよ。
だって、今まで竜騎士になるまで結婚しないって言ってたじゃないか。
舞踏会だって嫌がっていたのに、何だか納得できないよ」
ずっと一緒に過ごしてきたフランツに指摘されて、ユーリは自分が皇太子殿下達の積極的なアプローチに負けそうになっているので、慌てて他の相手を探そうとしているのに気づいた。
「私は……皇太子妃なんて無理。
でも、グレゴリウス皇太子殿下は他の相手と結婚を決めるまで諦めないと言われるし、エドアルド皇太子殿下との縁談もこの情勢では断りにくいのでしょ。
だから、誰かを好きになれば話は簡単かなと思って……ああ! この作戦には無理が有りすぎるわ」
ユーリの単純な考えが判明して、全員が大きな溜め息をつく。老公爵はユーリが皇太子妃になりたくないと口に出したのを重く考える。
「ユーリが皇太子妃になりたくないなら、相手を決めたら話は無くなるだろう。
お前が決めれないなら、私達で相手を探しても良いのだぞ」
お祖父様に結婚相手を決めて貰えば楽になるかもと、一瞬ユーリは揺らいだ。ユージーンとフランツは、ユーリがお祖父様の言葉を拒否しないのにショックを受けた。
「ユーリ、そんなの駄目だよ! 君がそんな結婚をするなんて許せないよ」
フランツに怒られて、ユーリは自分が逃げているのに気づく。
「そうよね、マキシウスお祖父様が断られたのも、間違っていると思われたからだわ。
お祖父様、ごめんなさい。もう少し頑張って相手を探してみるわ。
で、ユージーン、フランツは、どうやって結婚相手を探すつもりなの?」
老公爵や公爵夫妻はユーリが断ってガッカリしたが、少しホッともしていた。ユージーンとフランツを問い詰めて困らせているユーリが、自分達が決めた相手と大人しく結婚するとは思えなかったからだ。
「私は当分結婚などしない!」
ユーリのしつこい質問にユージーンがキレて怒るのをフランツは笑って見ていたが、自分にも火の粉が飛んでくると答えに困ってしまう。
「フランツは、どんなタイプの人が好みなの? ユージーンったら教えてくれないの、ケチよね~」
フランツはユーリと恋愛話をするのは恥ずかしかったので、ユージーンに話を返す。
「僕はまだ若いから、結婚とかはまだ考えてないね。
それより、明日の舞踏会には沢山の令嬢方も招待してるんだ。
彼女達は皇太子殿下狙いも有るだろうけど、ユージーンもターゲットだと思うな~」
「へェ~、やっぱり! ユージーンもお年頃だものねぇ~
ユージーンはどんなタイプの令嬢が良いの?」
さっきも当分は結婚するつもりはないと話を打ち切ったのに、また懲りずに質問してきたユーリにユージーンは反撃に出る。
「そんな他人の事より、自分の事を考えなさい。どういった相手と結婚したいとか無いのか?」
「それがわからないから、ユージーンや、フランツに聞いているのよ。
パッと一目惚れとかしないかしら? フォン・フォレスト家は、恋愛体質な家系の筈なのに、何故か遺伝しなかったのだわ」
ぶつぶつ文句を言っているユーリを老公爵は側に呼んだ。
「ユーリには幸せになって欲しいと願っている。
皇太子殿下の件は気にしないで良いのだよ。
彼方が好意を持たれようが、ユーリが好きで無いなら絶対に結婚などさせないから安心しなさい」
甘々の老公爵の言葉にユージーンとフランツは呆れかえったが、ユーリの複雑な表情に気づいて驚いた。
「お祖父様は、お祖母様との縁談は嫌では無かったの? キャサリン王女様と結婚だなんて、二の足を踏まなかった?」
ひぇ~気難しいお祖父様に恋バナを聞いてるよと、フランツはクラクラする。
「いや、名誉なお話だと思ったよ」
「そうか、お祖父様は公爵家の跡取りですものね。やはり私は庶民なんだわ。
皇太子妃の話を名誉だと思うような、名門貴族の姫君がお似合いなのよね。
お二人に好意を寄せられて、何となく自分の方が間違ってる気がしていたけど、気の毒に思う必要は無いわよね。
私が皇太子妃になる方が、お気の毒ですもの。なりたいと思っている令嬢がなった方が上手くわ」
グレゴリウスとエドアルドが聞いたら怒りそうな恋する気持ちを無視した結論を出して、スッキリした顔のユーリを全員が呆れて見る。ユーリに甘い老公爵さえも、これは恋愛に向いてないと溜め息をつく。
「ユーリ、皇太子殿下の件は置いとくとして、貴女の結婚相手を探さなくてはね」
公爵夫人に釘をさされて、ユーリは忘れてたとドヨドヨになる。
「叔母様、せっかくスッキリしたのに。酷いわ~」
公爵はユーリの悲鳴に笑いながらも、モガーナとの短い話し合いを思い出す。皇太子妃に向いてないと合意した時に、モガーナが自分達が本当にユーリを愛していると認めたのだと公爵は思った。
お互いにユーリを愛している者として、悲惨な戦場に行かせたくないので早く結婚相手を決めたかった。ユーリが普段と違って、アレコレ考えているのはモガーナが何らかの働きかけをしたからではないかと公爵は感じる。
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