25話 モガーナ様!

 新婚ホヤホヤのエミリアとダニエルがハインリッヒに送ってもらってフォン・フォレストに帰るのを見送ると、ユーリは国務省へと飛んで行った。




 モガーナはユーリが国務省での見習い実習に出かけた後、義妹のシャルロットを訪ねて、王妃の元へ挨拶に連れて行って貰う予定にしていた。手紙では何度となく後見人を引き受けて貰った御礼を言っていたが、ユングフラウに来た以上は直接会って御礼を言う必要がある。




「モガーナ様、まぁ、ちっとも変わってらっしゃらないわ。私はすっかりお祖母ちゃんになってしまったのに」


   


 シャルロットは、モガーナの若さと美貌を賞賛する。




「ご無沙汰いたしました。ユーリがマリアンヌ様にとても可愛がって頂いてるのに失礼しました。シャルロット様に王妃様との面会の付き添いをお頼みしに参りましたの。後見人を引き受けて頂いた御礼を申し上げなくてはいけませんけど、王宮は私みたいな田舎者には敷居が高くて」




 義妹のシャルロットは、兄嫁のモガーナの気性の激しさを知っていたから、グレゴリウス皇太子との縁談の件で喧嘩にならないように自分を連れて行くのではと勘ぐった。しかし、意外な事にモガーナは、王妃に丁重にユーリの後見人を引き受けて頂いた御礼を述べたのみだった。




「王妃様、ご無沙汰いたしております。ユーリの後見人を引き受けて頂き、感謝のしようもありません」




 テレーズ王妃は、モガーナの変わらぬ美貌に驚いた。




「まぁ、モガーナ様は少しもお変わりないわ。ユーリの後見人といっても、公務で忙しく細かいお世話はマウリッツ公爵夫人に任せてしまっていますのよ」




「マウリッツ公爵夫人にも御礼を言わなくてはいけませんね。でも、王妃様があの娘の後見人をして頂いてるから、非常識な行動も大目に見てもらってるのですわ。教育不行き届きで申し訳ありません。どう言い聞かせても、あの娘のドタバタする癖はなおせませんわ」


 


 王妃は若さにも驚いたが、もっと驚いたのはユーリを心から愛している様子を隠さなかったことだ。丁重にユングフラウでの後見人を引き受けてくれたお礼と、孫娘の教育不足を謝るモガーナの態度に、若い頃にはなかった円熟さを感じる。








「モガーナ様が、ユーリの後見人を引き受けた御礼を言いに訪ねてきましたのよ」




 テレーズは昼食の時に、アルフォンスに報告した。




「モガーナ殿が?」




 国王にとってモガーナは少し苦手な存在だ。




「ええ、昔よりも美しくなられましたわ。美貌は全く衰えていませんし、精神的に大人になられたのでしょう。ユーリを愛しているのを隠さず、教育不行き届きを謝っていらしたわ」




 国王は外務相からユングフラウに到着そうそう、外務省とカザリア王国の大使館を蹴り飛ばした一件を聞いていたので、性格は変わってないのではと考える。




「カザリア王国の鉄仮面殿を、けちょんけちょんにやっつけたと聞いたぞ」




「ほほほ……ユーリを心配してのことでしょうね。ユーリは夜中にフォン・フォレストまで帰って泣いたみたいですわ。あのユングフラウが嫌いなモガーナ様が、わざわざ出てくるほどですもの、かなり悩んでいたのでしょうね」




 王妃はユーリの悩みに気づいてやれなかったことを悔やんだ。国王はユーリのことよりも、モガーナの怒りを察知して身震いした。




「モガーナ殿はきっとグレゴリウスとの縁談にも反対なのだろう」




 可愛いユーリに、怒れるフォン・フォレストの魔女が守護に付いたのだと、前途多難なグレゴリウスの恋に溜め息をつくアルフォンスだ。




「そうかしら? 前のモガーナ様なら頭からグレゴリウスとの縁談を拒否していたでしょうが、今は少し違う気がしますわ。ユーリが好きになった相手なら、認めそうな柔らかな印象を持ちましたわ」


       


 国王は王妃の意見には絶大な信頼を置いていたが、今回に関しては間違っているのではと考える。








「やはり王宮は苦手ですわ」




 どの貴婦人より気品高く見えるし、王妃にも堂々と接しているモガーナの意見にシャルロットは疑問を持ったが、二人で久しぶりのランチを楽しむ。お互いに近況を話し合ったりしたが、やはりユーリの件が話の中心だ。




「ユーリはとても可愛くて、優しい娘ね。ユーリを少し貸して貰いたいのに、マウリッツ老公爵はケチなのよ。マリアンヌはユーリで楽しんでいるのに不公平だわ」




 相変わらずロマンチック趣味は治って無いみたいだと、モガーナは苦笑する。




「あの娘はドレスが似合いますものね。私も楽しませてもらってますわ」




 羨ましがるシャルロットに、モガーナはウィリアムが残してくれたユーリにどれほど慰められているか実感する。


   


「そうだったわ、マリアンヌがモガーナ様に挨拶したいと言ってますの」




「こちらから挨拶に参りますわ。老公爵様や、公爵様にも、ユーリを可愛がって頂いている御礼を言わなければなりませんしね」




 和解したとは聞いていたが、あれほど駆け落ちの件で揉めた老公爵に御礼すると言うモガーナに驚いた。


   


「まぁ、モガーナ様も変わられたのね」




 少し失礼なシャルロットの意見だったが、モガーナは自分が老いたのに気づいた。




「ええ、ユーリを面倒みて下さっているマウリッツ公爵家には感謝していますの。私が何時までもユーリの面談をみれる訳ではありませんもの。公爵夫妻や、御子息方にも可愛がって貰って、ユーリは幸せ者ですわ」




 シャルロットは殊勝な事を言うモガーナに驚いてしまう。




「まぁ、モガーナ様、貴女らしくないわ。どこか身体でも……」


   


 自分で失礼な言葉を発しているのに、シャルロットは途中で気づいて口を閉ざす。


   


「憎まれっ子、世にはばかるですわ。そうそう、簡単に亡くなったりしませんわよ。それに曾孫の顔を見たいですしね」




 曾孫ですかぁと、とてもそんな年には見えないわとシャルロットは義姉を眺めて溜め息をつく。








 明日の舞踏会の準備中のマウリッツ公爵家に挨拶に行くのを少し躊躇したが、シャルロットは粗方は準備出来てるから大丈夫だと言い切る。改装したマウリッツ公爵家は前よりスッキリした印象で、シャルロットは前のロマンチックな屋敷の方が良かったわと内心でこぼす。




「マリアンヌ様の屋敷に相応しい屋敷ですわね」




 モガーナには十分ロマンチックな屋敷に見えたが、装飾過剰だった改装前に比べると、白の漆喰壁が美しいスッキリした印象になっている。


    


「お忙しい時にお邪魔しました。ユーリがいつもお世話になっております」




「モガーナ様? ユーリのお祖母様?」




 マリアンヌは若くて美しすぎるモガーナに驚いて、挨拶もできない有り様だ。




「マリアンヌ、御挨拶しなさい」




 シャルロットは、娘の狼狽ぶりに呆れてしまう。




「ユーリにはお世話になっておりますわ」




 屋敷を改装したりしてまで舞踏会を開いてくれる相手から、お世話になっていると頓珍漢な挨拶をされてモガーナは困惑する。




「この度は、ユーリの為に舞踏会まで開いて下さり、お礼の申しようもありませんわ。老公爵様にも御挨拶いたしたいのですが、宜しいでしょうか」




 モガーナは混乱しているマリアンヌが少し落ち着くのを待ったほうがよいだろうと、老公爵との面談を先に済ませる。その間、シャルロットは娘にお茶を飲まして落ち着かせていた。 




「母上、モガーナ様はウィリアムのお母様なのよね?


 もしかして、母上より年上?」




 まだ混乱したままの娘に、無理も無いかしらとシャルロットは溜め息をついた。




「モガーナ様は若く見えるから、混乱するのも無理はないわね。でも、マキシウスも年より若くみえるでしょ。竜騎士や、魔力をもつ人は、若さを保ちやすいのよ」




 そういえば、マキシウス伯父様も40才そこそこにしか見えないわと、マリアンヌは少し落ち着く。




「モガーナ様に呆れられたわね。あまり若くて美しいから、頭が真っ白になったの、恥ずかしいわ」




 マリアンヌが舞い上がってしまった自分の態度を恥ずかしく思っていたら、老公爵との挨拶を済ましたモガーナがサロンに公爵に案内されて戻ってきた。




「父上の部屋にいたら、モガーナ様が挨拶に来られてね。父上も夕食を一緒にと誘われたのだが、明日の準備が有るだろうからと遠慮されるのを引き留めていたのだよ」




 マリアンヌはユーリも今夜はこちらに泊まりますから御一緒に夕食をと勧めたが、モガーナは明日の舞踏会に参りますわと断った。








 モガーナがシャルロットと帰った後、マリアンヌは公爵に愚痴る。




「あんなに若くて美しいなんて反則よね。私より若く見えるわ」




 奥方の愚痴に下手な相槌を打つと、恐ろしいことになるとリュミエールはスルーする。








 ユーリは国務省での見習い実習を終えると、イリスとパーラーへと飛んだ。厳密にマリアンヌの言いつけを守るなら、屋敷に帰って侍女を連れて来なくてはいけないのだろうが、パーラーだけだしと自分で規則を緩める。




 10月から販売し始めたクレープの売れ行きを心配していたのと、土日が社交でつぶれるので週給を渡しに来たのだ。




「どう? クレープの売れ行きは?」




 パーラーは4時で閉店だが、掃除や、明日の準備をしていた従業員達にユーリは質問する。


      


「初日だから、やはり焼くのに時間がかかったわ。アイスクリームは先に作ってあるのを、ワッフルコーンに乗せるだけだから早かったの。慣れたら早くなると思うわ」


 


 ユーリは帳簿をチェックして、アイスクリームより売り上げが少ないのに気づいた。  




「やはり、涼しくなってきたから、外で食べる人は少なくなるのかしら?」




 マリーは、ユーリが売り上げが少ないのを心配しているのに気づいた。




「クレープの売れ行きは上々なの。でも、さばききれなかったのよ。熱々のクレープは美味しいけど、何かパッと売れる物もないと、テイクアウトの方は伸び悩みそうね」




 ユーリは冷たいクレープのメニューを考える。




「生クリームや、カスタードクリームを巻いたクレープなら、予め作っておけるわ。中にフルーツを入れても美味しいと思うわ」




 ユーリの提案でパーラーにある材料でテイクアウトのフルーツクレープを作ってみる。




「美味しいわ」




「パーラーでもフルーツクレープを出すのだから、仕入れは同じだもの。それに、これなら何個か作り置きしておけるわ。幾らにしようかしら?」




 皆で他のアイデアも話し合って決めると従業員達に言われて、ユーリはローズとマリーに後を任せてとキッパリ言われる。




 週給を渡すと、ワイワイ楽しそうに話し合っている皆に後ろ髪を引かれながら、ユーリは一旦フォン・アリストの屋敷に帰った。








「お帰りなさい、何かあったのですか?」


 


 お祖母様に帰った挨拶をすると、少し元気の無い様子を気づかれてしまった。


 


「パーラーでクレープのテイクアウトの新商品を考えているの。本当は私も一緒に考えたり、試食したりしたいのに、ローズとマリーに任せてと言われたの。細かい所まで口を出すのは間違いだとわかっているけど、皆が楽しそうで少し寂しく感じたわ」




 モガーナはユーリが本当は竜騎士になるより、料理したり、植物を育てたりするのが好きだと知っていたので、マキシウスに八つ当たりしたい気分になる。




「ユーリ、竜騎士になりたくないなら、見習い実習など止めてもいいのよ。マキシウスは説明していないでしょうが、何人かの竜騎士の王女様方は結婚して家庭に入られたのよ。貴女が普通の結婚生活を送りたいと思うのを、誰も止めないわ」




 モガーナの言葉に、ふとユーリはその方が自分には向いているのかもと、気持ちが揺らぐ。




「でも、そんなこと……それに結婚退職だなんて、相手もいないから無理だわ。お祖母様、愚痴ってご免なさいね。私は女の子の友達が少ないから、ローズとマリーと一緒にワイワイ出来なくて寂しかったのだわ」




 結局、竜騎士になる意志は揺らぎそうに無いわねと、モガーナは溜め息をつく。ローラン王国のきな臭い動きを察知しているモガーナは、戦争になる前に結婚させて竜騎士を退職させたいと考えていたのだ。明日の披露の舞踏会で、マウリッツ公爵家が招待している誰かがユーリの心を捕らえてくれればと願う。




「それにしても、あの娘の恋愛音痴ぶりは酷いわ。でも、見かけは可愛らしいし、ドレス姿は綺麗だから、殿方は騙される筈よ。グレゴリウス皇太子や、エドアルド皇太子ぐらい積極的なアプローチをしてくれる根性のある殿方はユングフラウにはいないのかしら? 少し強引なぐらいじゃないと、ユーリの恋愛音痴は治らないかもしれませんわね。マダム・フォンテーヌに頼んで魅力的に見えるドレスを作ってもらって着せているのに、近頃の若い男の子は駄目ね。とっとと駆け落ちでもしてくれたら、戦場に行かなくて済むのに」




 マキシウスが聞いたら、怒髪天をつきそうな独り言をモガーナは呟く。




 モガーナはマウリッツ公爵家を訪問してみて、老公爵や、公爵がユーリを愛しているのを確信した。お互いにユーリが皇太子妃に向いてないと同意したし、戦争が始まる前に結婚させたいと思っているのも一緒だ。




「明日の舞踏会には、ユーリの相手に不足の無い子息のみを招待しています。両皇太子殿下も招待していますが、それで引き下がる様な根性無しにはユーリを任せられませんからね」




 モガーナは、マウリッツ公爵家ほど名門貴族にこだわりは無かったが、さりとて竜騎士のユーリを皇太子と奪い合う根性のある地方貴族に思い当たりもなかった。

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