20話 エドアルド皇太子の歓迎舞踏会 後

 ユーリのドレス姿に悩殺された子息達が馬鹿げた真似で困らせだすと、フランツや、ユージーン、ジークフリートに加えて、ハロルド達もマゼラン卿の指示で割り込みをかけたので、二人の皇太子の争いは目立たなかったが、察知している人達も多かった。


「王妃様、少し休ませて下さいませんか?」


 舞踏会が始まってから、休憩を挟みながらも、何人ともダンスしたユーリは疲れてきていたので、王妃に許可を貰って控え室に向かう。ユーリの後見人を勤める王妃は、個室を用意して下さっていたので、他の人を気遣わないでメアリーに世話をやいて貰う。


「さぁ、ユーリ様、少し召し上がって下さいな」


 小さくカットされたサンドイッチやフルーツを、ユーリは勧められるまま少し口にする。お手洗いを使ったり、長椅子に横になって踊り疲れた足をマッサージして貰っているうちに、ユーリはうとうとする。


 柔らかい皮で出来ているとはいえヒールのあるシューズと、絹のストッキングを脱がしてもらって、家から用意してきた香油で足をマッサージしてもらうと気持ちよさにうとうとしてしまったが、熱い蒸したタオルで香油を拭いて貰うと目が覚めた。新しい絹のストッキングをはかせて貰いながら、どのくらいうとうとしたのとユーリは心配する。


「ほんの十数分ですよ。少しリラックスされたら、舞踏会を乗り切れますよ」


 目覚ましのレモネードをチビチビ飲みながら、髪をなおしてもらったり、メイクをしてもらうと、少し寝たのと足のマッサージが効いたので、シャッキーンと舞踏会が始まった状態に復活する。 


「メアリー! ありがとう」


 メアリーはモガーナに拾われるまで、前の奉公先で好色な主人に困り果てていたので、忠誠を誓っていた。それに子どもの頃からお世話しているユーリに愛情を持っている。モガーナに忠誠を誓っていた


 メアリーにはモガーナ様にしか打ち明けていない秘密の子どもがいて、実家で育てて貰っていたのだ。少し年下のユーリに、育てられなかった我が子の分も愛情を与えていたのかもしれない。


『あの子もそろそろ結婚する年頃なのだけど、父親も名乗れない私生児では不利になるでしょうね』


 メアリーは両親を亡くしても立派な後見人に恵まれて、生き生きと暮らしているユーリが羨ましく感じたこともあった。しかし、女性も手に職をつけるべきだと話しているのを耳にして、不利な結婚だけが我が子の人生ではないとメアリーは悟った。モガーナからは十分なお給料を貰っていたし、若い時の過ちで産んだ娘の頭は良かったので、上の学校に進ませて教師の道を開いてやることができた。娘が独り立ちしたので、メアリーは心置きなくユーリのお世話ができる。


 休憩が長引いていると、王妃はユーリの身内のユージーンを控え室に迎えに行かせた。軽いノックで入室の許可を取ったユージーンは、ユーリが休憩を取ってより艶やかになっているのに気づく。


「そろそろ、会場に帰ろうか? 休憩は取れたみたいだね」


 ユージーンにエスコートされて舞踏会に帰ったユーリを王妃は、休憩の効果なのか若さがみなぎっているわと安心して側に座らせる。 


「まぁ、トロットだわ。王妃様、この曲を国王陛下の舞踏会で演奏させられるとは思いませんでしたわ」


 舞踏会のフロアには少数のトロットを踊っているカップルがいた。お洒落と、恋の都と自負しているユングフラウのプライドの高い貴族達は、若い皇太子がいるのだからと、夏の間に流行りそうなトロットや、パドトワレ、リースなど体力勝負のダンスの練習を積んでいたのだ。


「ユーリはニューパロマでトロットや、パドトワレや、リースを踊ったのでしょう。若いエドアルド皇太子殿下の歓迎の舞踏会ですから、少し若い人向きの曲も演奏させますのよ。貴女もユージーン卿と踊って見本を見せてあげなさいな。まだ下手な方が多くて、ドタバタした印象ですわ。このままでは花の都の恥になります」


 ユージーンとトロットを踊るのはユーリにとっても楽しかったし、カップルバランスの良い二人の息の合ったトロットに出席者は魅了された。


「ユージーン卿とユーリのトロットは見事ですわ! これでこそ、花の都に相応しい舞踏会ですわね。あら、アルフォンス様? どうかなさりましたかの?」


 ユーリが休憩を取っている間に、外務相と、国務相と短い会話をしたアルフォンスは、モガーナがユングフラウへ来ていることを知って動揺していたのだ。 


「フォン・フォレストの魔女殿が、外務省と、カザリア王国の大使館に喧嘩を売ったみたいだな。あのマゼラン卿が、一言も言い返せなかったそうで、外務相は少し浮かれているが、このままでは済まされないだろう。モガーナ殿はユーリの後見人として、ユングフラウに滞在するのだろうか?」


 王妃は国王が何十年も前の事を未だに引きずっているのを気の毒に感じて、マキシウス卿を呼び寄せる。  


「モガーナ様がユングフラウに来られているみたいですわね。早速、外務省とカザリア王国大使館を叱られたと聞いてますよ。どのくらいの期間、滞在して下さるのでしょう? 一度、ご挨拶したいですわ」


 扇で手招きされた時から、モガーナの件だとマキシウスは覚悟していたが、王妃に挨拶したいと言われて困惑してしまう。ユーリのユングフラウでの後見人を引き受けて下さっている王妃に、モガーナが挨拶に伺うのは常識だが、元妻の気性を知っているマキシウスは、どう考えているかわからないので、迂闊な発言は出来ないと気を引き締める。


「王妃様の御意向は、伝えておきます。ただ、あのモガーナですから非常識な行動を取るかもしれませんが、御容赦下さい」


 マキシウスの返答に、国王夫妻はフォン・フォレストの魔女殿とよく結婚したなと呆れたが、あの当時の怖ろしい程の美貌を誇ったモガーナの姿を思い出して、恋に墜ちたのだと懐かしく思う。        


「それはそうと、いつまで滞在して下さるのかしら。


 エドアルド皇太子殿下が出席なさるパーティーの総てには、私は出席できませんわ。公式なパーティーのみの後見人になりますでしょう。後はマウリッツ公爵夫人に後見人を勤めて頂きますし、ユージーン卿などが協力して下さるでしょうが、カザリア王国大使館のレーデルル大使夫人は少し手強いですわよ」


 マキシウスも姪が育ちの良さからか、優しくて気の良い性質だと知っているので、王妃の心配に気づいた。


「私も帰宅して、モガーナが来ているのに気づいただけですので、なんとも……ユーリに尋ねさせます」


 武名を轟かせているマキシウスの弱腰の発言に、国王夫妻は苦笑したが、元妻という微妙な立場の貴婦人の滞在に狼狽えているのだと悟る。

 


「まぁ、ユーリと、ジークフリート卿の見事なパドトワレを見てやって下さいな! こんなにパドトワレを優雅に踊るカップルは見たことがありませんわ」


 王妃様の感嘆の声に、フロアで踊っているジークフリートとユーリの綺麗で優雅なダンスを、国王とマキシウスも注目する。


「下手なリードをしていた相手を見かねて、ジークフリート卿が助けに割り込んだのでしょう」


 確か他の相手とパドトワレを踊っていたはずだと、マキシウスも話しながらも孫娘が心配なので目を離さずチェックしているとバラしてしまった。


「ジークフリート卿は、ユーリを可愛がっているみたいだな」


 かなり年上とはいえ独身のジークフリート卿は魅力的で、世間ではこの位年の離れた夫婦もざらにいるので、アルフォンスは少し心配になる。   


「ジークフリート卿は、ウィリアムの死に際にユーリを見守ると約束していましたから、可愛がっているのでしょう。子どもの頃からフォン・フォレストでよく海水浴やら、バーベキューなど一緒にしていたみたいです。国王陛下、私はジークフリート卿を信用してユーリを任せられますよ」


 祖父のマキシウスの言葉に安心した国王だったが、ふと信用してユーリを任せられるとは、結婚させても良いとの意味も含まれるのではと、二人のダンスを眺めている昔馴染みの臣下兼、友人の横顔を眺めたが、どちらの意味かは聞かずにおいた。


 相手を次々に変えて踊るリースの熱気に、国王夫妻と、マキシウスは、自分達が失った若さを実感していた。どんちゃん騒ぎに疲れた国王夫妻は夜中前に退席され、ユーリも踊り疲れたし、お祖母様が待っているからと、引き留めにかかった人達を凍らせる一言を残して、夜中過ぎにアリスト卿と帰っていった。


「相変わらず、ユーリは舞踏会の途中で帰ってしまうね」


 ユーリの件が無ければ、同世代の皇太子同士はお互いに争う必要も感じないので、自然と両国の見習い竜騎士達は合流して舞踏会を楽しむ。


「ユーリ嬢は、国務省の見習い実習でお疲れになられてるのでは?」


 フランツに、休憩中のエドアルドは心配して尋ねる。


「ユーリは突っ走る所がありますからね。その上、国務省の指導の竜騎士は、冷血の金庫番と異名を取るシュミット卿ですから、苦労してると思いますよ。でも、ユーリもプチ金庫番と呼ばれているみたいですから、かなり国務省に毒されていますね。僕としては少し寂しいし心配ですが、ユーリはシュミット卿をギャフンと言わせると息巻いてますよ」


 イルバニア王国に遊学する前の説明で、次代の国務相との呼び声が高いシュミット卿の事を聞いていたので、指導の竜騎士でもある相手をギャフンと言わせようと考えるなんてと、エドアルドは爆笑してしまう。


「なかなか血気盛んですね。あれほど優美なドレス姿を拝見すると、ユーリ嬢が見習い竜騎士であることを忘れてしまいます」


 フランツはエドアルドが竜騎士としてのユーリのみならず、総てをひっくるめて愛しているのに気づく。


 グレゴリウスもユーリに身勝手ではあるがプロポーズしたし、エドアルドも心から愛している様子だしと、フランツはユーリが誰と恋するのかは不明だけど、余り変な相手は選んで欲しくないなと考える。


 尊敬できる相手と相思相愛で幸せになって欲しいとフランツは考えたのだ。でないと立派な二人の皇太子達の心を傷つけるのに気の毒過ぎると、ハナからユーリが皇太子妃にならないのを前提に考えていたフランツだ。


 王宮からの馬車の中で、マキシウスは珍しく起きていたユーリに、モガーナはいつまで滞在するのかと尋ねた。


「さぁ? 週末の私の舞踏会には出席して下さるみたいだけど、暫く滞在すると仰っていたわ。長くいて欲しいけど、収穫や納税の時期だから無理かもね」


 暫くとはいつまでだと、苛っとしたマキシウスだったが、自分が長くいて欲しいのかどうなのかわからず、少なくとも数日は居るのだと、どちらともとれない溜め息をついた。


「モガーナに予定を聞いておいてくれ」


 御自分の屋敷なのだから、お祖父様が聞けば良いのにと、ユーリはぶつぶつ呟いていたが、元夫婦とは気を使う関係なのかなと思って、聞いておくわと返事する。




 屋敷に帰ったユーリを、モガーナは出迎えてくれた。


「お疲れ様でしたわね。さぁ、お化粧を落として、お風呂に浸かりなさいな」


 いつもパーティーでは帰りの馬車で寝てしまい、半分意識の無いままで侍女にドレスを脱がして貰っているなど、お祖母様には絶対に内緒にしなくてはと、メイクよりキチンと落とす方が大切なのですよと、諭されながら考える。


 お風呂に浸かると、足の疲れがお湯に溶け出す気持ちになる。


「ああ、天国みたいだわ!」


 15才なのに、年寄りくさい溜め息をついたユーリお嬢様を、浴室の外で聞いていた侍女はクスリと笑う。


「明日はエミリア先生の結婚式なのだから、早くお休みなさいな」


 至れり尽くせりの世話を受けて、ユーリはお祖母様がいつまで滞在されるのか聞くのを忘れて、眠りについてしまった。

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