16話 アイスクリームパーラーにご招待
「あ~しまった……寝てしまったのね」
ぼんやりとドレスをメアリーに脱がして貰った記憶が蘇って、お祖父様にベッドまで運んで貰ったのだろうと頭を抱える。
朝早く国務省に出て少しでも多くチェックをしようと、ベッドから飛び出したユーリは、見習い竜騎士の制服に着替えて食堂に降りる。
「おはよう、早いな」
まだ6時前なのでお祖父様がいるとは思っていなかったユーリは驚いたが、昨夜寝てしまった件を謝ると、パクパク急いで朝食を食べる。
「行ってきます」
嵐の様に飛び出して行くユーリに、階段の手すりの件を叱り忘れたとマキシウスは苦笑する。
「モガーナに叱って貰うさ」
そのくらい役にたって貰おうと、昨夜寝られなかった不満をぶつける。
早朝出勤したユーリは、昼からのエドアルド皇太子殿下一行をパーラーに案内する予定をこなす為に真剣にチェックをする。
「再提出された予算案は、かなりの数がシュミット卿に渡せるわ」
机に山積みになっていた書類が粗方片付いたので、ユーリはシュミット卿にチェック済みの予算案を山ほど渡す。ドサッと置かれた予算案にうっときたが表情は変えないシュミット卿は、まだまだこれからも追加の予算案が舞い込むだろうが例年より早く集まったなと、ユーリの働きを認めていた。
「昼からは外務省の用事なので、これで失礼します」
折角、使い物になりそうだと思っていたのに外務省への貸し出しとか、社交界とか、結局は役に立たないなとシュミット卿は眉をしかめる。ユーリはシュミット卿が自分の仕事を認めかけている時期に、外務省へ貸し出しされるのが思っていたよりハンデだと落ち込む。
「ユーリ嬢、算盤はまだありますか? 私が使っているのを見て、他の人も使ってみたいと言ってるのです」
ユングフラウ大学の実習生達が、貸し出された算盤を使って計算している姿を、最初は怪訝な顔をして他の官僚や職員は見ていた。しかし、実習生達が算盤に慣れるにつれて、早く正確になる計算処理に目ざとく気づいたのだ。
「これを買いたいのですが、どこで売ってるのでしょう? 友達にも買ってやりたいのです」
ユーリが算盤を実習生達に渡したり、返却する書類を説明したりしている所に、グレゴリウスがカザリア王国一行を案内してきた。部屋にいっぱいいる実習生達に一行は驚いたが、二人の皇太子のお出ましに、全員が急いで部屋から出て行った。
「外務省へ行こうと思ってましたのよ。わざわざお越し頂いて、すみません。さぁ、出掛けましょう!」
両皇太子は、ユーリの部屋にユングフラウ大学の実習生達が沢山居たのを不愉快に感じていた。
「いつも、あんなに沢山の実習生がいるの?」
フランツはグレゴリウスの不満を感じて、自分で代わりに質問する。
「まさか! 普段は私が一人でチェックしているわ。
返却する書類を取りに来て貰うことはあるけどね。今は算盤を買いたいとか、他の人も借りたいとかで、ちょっとごった返していたのよ」
ふーんと、フランツはグレゴリウスが、いつも実習生達が居る訳ではないと安心したかなと算盤をいじくる。
「さっ、行きましょう! パーラーには1時に席を予約しているの。アイスクリームの販売は9月いっぱいと告知してから、凄く混んでいるんですもの」
竜ならひとっ飛びだけど、10頭もの竜が舞い降りたら、散歩や乗馬を楽しんでいる方々の迷惑になると、馬車に分乗してワイルド・ベリーまで向かう。
ユーリはエドアルドとグレゴリウスと、付き添いのユージーンと同じ馬車に乗る。
「今夜は舞踏会だから、早めに切り上げて身体を休めておきなさい」
かなり削ったとはいえ過酷なスケジュールになっているので、ユージーンとしては国務省の見習い実習を止めて欲しいぐらいだ。
「パーラーの名前はワイルド・ベリーですよね。あのティーセットのシリーズと一緒ですね」
エドアルドに指摘されて、凄く間抜けなことにパーラーの名前を考えてなかった件を思い出して、ユーリは赤面する。
「ええ、バークレー社が支払ってくれた意匠使用料も出資金になっていますから。あの時、エドアルド皇太子殿下がお口添えして下さったからですわ。ありがとうございます」
上手く誤魔化したなとユージーンは苦笑したが、グレゴリウスが少し嫉妬しているのに気づいて、ジークフリートにこの馬車に乗って貰えば良かったと後悔する。
二台目の馬車では、ハロルドとフランツが、マゼラン卿とジークフリートが優雅ではあるがお互いの皇太子殿下を有利にしようとする舌戦に、後ろのユリアン達の馬車に乗りたかったと、口をつぐんでパーラーに着くのをひたすら待っていた。
ユリアン、ジェラルド、ラッセル卿、パーシー卿の三台目の馬車では、午前中に竜騎士隊のミューゼル卿との打合せについて話し合っていた。
「ミューゼル卿は見た目より理論派ですね」
パーシー卿の失礼な発言に苦笑しながらも、ラッセル卿は同意する。
「パーシー卿、グレゴリウス皇太子の騎竜訓練を、ガチガチの石頭の軍人にさせるわけが無いでしょう。あの方なら、エドアルド皇太子の指導も安心して任せられるでしょう。少し初めは苦労されるでしょうが、きっと有益だと思いますよ」
「そうですね、やはりアリスト卿は抜かりありませんね。竜騎士の性格も把握しておられますね。挨拶するのに少し緊張しましたが、ロッキーは一目惚れでメロメロです。ユーリ嬢も竜に愛される方だと噂で聞いてましたが、祖父譲りなのでしょうかね?」
ユリアンとジェラルドは、アリスト卿が親戚の叔父さんとイリスが評していたのを思い出して笑ってしまう。
「すみません、ユーリ嬢の騎竜のイリスが、アリスト卿を親戚の叔父さんと言ってたのを思い出してしまって。厳しくて、困ったことは解決してくれる頼りになる叔父さんだそうですよ」
笑い出した見習い竜騎士を怪訝そうに見ていた指導の竜騎士達は、あの厳めしいアリスト卿が、竜達には親切な親戚の叔父さんと見えていると聞いて大爆笑する。
「よくそんな評をイリスはしたもんだな! 三国に武名が鳴り響いているアリスト卿が!」
笑い死にさせる気かと、ラッセル卿は笑いながら叱る。
「もっと可笑しい評もありますよ。ユーリ嬢は色っぽい奥方なんですって。無意識に、結婚している竜達や、まだ交際中の竜達を誘惑してまわるから、イリスは気が気じゃないみたいです。僕達のカイトと、キャズも、ユーリ嬢に会うと目がハートになりますが、イリスが嫉妬するので余り話しかけられないのです」
可憐で、清楚な雰囲気のユーリ嬢が色っぽい奥方だなんて! 紳士としては笑ってはいけないとラッセル卿は我慢しようとしただけに、笑い出すと止まらなくなった。
「ユーリ嬢の騎竜のイリスは、文才があるな! ユーモアたっぷりじゃないか」
竜がこれほど人間観察しているとは知らなかったと、ラッセル卿はふと真顔になる。
「イルバニア王国の竜達は、アリスト卿によってしっかりと纏められている。そして、その孫娘のユーリ嬢は総ての竜達を魅了する力を持っておられるのだな。このような能力はすごく貴重だ」
流石にマゼラン卿が帰国した後は、エドアルドの指導の竜騎士を任されるだけあって、笑い話の中の重要な着目点にラッセル卿は気がついた。
各馬車の中で、恋の三角関係や、優雅な舌戦、馬鹿話と話は盛りだくさんだったが、前の二台の馬車に同乗していた人達が、ホッとしたことに程なくパーラーに着いた。
「凄い行列ですね!」パーラーの前には去りゆく夏の思い出を楽しもうと、令嬢方の行列ができていた。
「込み合っているとは聞いていましたが、ここまでとは知りませんでした。でも、席は空けてありますから」
パーラーの店内に案内しようとするユーリを、エドアルドは制した。
「ユーリ嬢、私達の席を令嬢方にお譲り下さい。令嬢方を待たして、先に席につくなど出来ませんよ」
紳士として教育を受けているエドアルドは、待っていた令嬢方にどうぞと席を譲る。令嬢方は突然あらわれたハンサムな外国の皇太子に頬を赤らめながらも、喜んで席に着く。
「まぁ、ありがとうございます。セントラルガーデンに椅子とテーブルがありますから、そちらでアイスクリームをお召し上がり下さい」
ユーリは一行をセントラルガーデンに案内する。
「フランツ、悪いけど手伝ってくれる?」
ユーリがここまでアイスクリームを運ぶのだと、フランツは気軽に席を立ち、ハロルド達も手伝いますよとパーラーに向かう。
残された大人達と二人の皇太子は、パーラーが大盛況ですねと、社交的な会話を続けた。
「お待たせしました」
ユーリ達がお盆にアイスクリームサンデーをのせてテーブルに運んできた。
「フルーツサンデーにしました。召し上がって下さいね」
ラッセル卿とパーシー卿は、アイスクリームを食べて大喜びする。
「美味しいですね! フルーツと、アイスクリームは相性が良いですね」
皆が美味しそうに食べてくれるのをユーリは喜んでいた。
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