17話 モガーナの登場

 セントラルガーデンでテイクアウトのアイスクリームを椅子に座って食べていた令嬢方は、二人の皇太子殿下に気づいて、恥ずかしそうにチラッと見たり、素敵だわという熱い視線を送っている。ハロルド達は、周りの令嬢方の視線に気づく。


「やはり、ユングフラウの令嬢方はお洒落で綺麗ですね」


 それにしても、このラブビームに気づかない二人の皇太子に呆れかえる。


「あのお二方の目には、ユーリ嬢しか映らないのでしょう」


 可愛い令嬢方に手を振りながら、ハロルドは勿体ないなと溜め息をつく。令嬢方を観察していたジェラルドは、セントラルガーデンに一頭の年取った竜が舞い降りるのに気がつく。


「誰だろう? 引退した竜騎士と、凄い美人のカップルだね」


 銀髪の竜騎士が、麗しい黒衣の貴婦人を竜から優雅に降ろしている。他の人達も竜に気付き、ジークフリートは叔父のハインリッヒとキリエだとわかった。


「お祖母様!」 


 ユーリが麗しい貴婦人に、お祖母様なんて暴言を叫ぶのに、ジークフリート以外は驚いてしまう。ユーリが貴婦人に走っていって抱きつくのを、皆は唖然として見つめた。


「ジークフリート卿! あの方がユーリのお祖母様? モガーナ様なのですか?」


 ユージーンは、ジークフリートに若いと聞かされていたので、立ち直りは一番早かった。皆が唖然としているうちに、ユーリはお祖母様に抱きついていたのを離れて、ハインリッヒとキリエに挨拶する。


「ユーリ、他の方を紹介して頂きたいですわ」


 お祖母様に言われて、ユーリは嬉しそうに皆を紹介する。近くで見ると怖ろしい程の美貌と言われる理由がわかり、全員が納得する。


 優雅そのものの態度で、初対面の挨拶をするモガーナに全員が魅了されていたが、ジークフリートはハインリッヒから目で警告を受ける。




「エドアルド皇太子殿下、イルバニア王国に御遊学なさっているのですね。竜騎士隊で見習い実習されるとか聞きましたが、お疲れにならないようにして下さいね。この夏はユーリがカザリア王国に滞在中に親切にして頂いたそうで、お礼申し上げますわ」




 迫力の美貌の貴婦人にお礼を言われているのに、エドアルドは背筋が少し凍りついた。




 グレゴリウスも幼い時からユーリと仲良くして下さってとお礼を言われて、後ろめたい気分になる。




「ユーリ、グレゴリウス皇太子殿下と、カザリア王国の方々にセントラルガーデンを御案内していらっしゃいな。ハインリッヒ様、パーラーでアイスクリームを買って来て下さる?」




 若い子達には聞かせたくない話なのだろうと、ハインリッヒは喜んでパーラーに向かう。ジークフリートは嫌な予感がしていたが的中したと悟った。 




「ジークフリート卿、ユージーン卿、このスケジュール表はユーリの後見人として承知できませんわ。こんな事をしていては、あの娘は身体を壊してしまいます」




 いつの間に手に入れたのか、ユーリの夜までビッシリ埋まったスケジュール表をモガーナはテーブルの上に広げる。あくまで優雅な口調ではあるが、モガーナが一歩も引く気が無いのは、スケジュール表を二つに破り捨てたので明白だ。


  


「モガーナ様、それはイルバニア王国の外務省と、カザリア王国の大使館とで合意したスケジュール表なのです。スケジュール表がいっぱいなのは、昼の国務省での見習い実習を、ユーリ嬢がなるべく削りたくないと主張されたからです」




 一番モガーナと親しいジークフリートが抗議したが、婉然とした微笑みがこれほど怖いとは、全員が凍りついてしまう。




「あの娘が竜騎士になりたいなどと、馬鹿げた事を考えているのは承知していますわ。そのために国務省の見習い実習をサボりたくないのでしょう。色々な事情は有るのでしょうが、ユーリが身体を壊しては困るのは、其方もだと思いますわ。殿方に、若い女の子のスケジュールを、どうこう指図されたく有りませんわね。私はユーリの後見人として、このようなスケジュールは実施させられませんわ。文句が有りましたら、外務相でも、大使でも、私と話すようにお伝え下さい」




 にっこり笑って席を立ったモガーナは、アイスクリームを買ってきたハインリッヒに食べておいて下さいねと言うと、セントラルガーデンにユーリを探しに行く。


 






 姿が見えなくなると、レディがお立ちになられたので紳士として立ち上がっていた全員が椅子にドスンと座った。 




「ジークフリート、一つアイスクリームを食べないか?」




 叔父の呑気な言葉を、ジークフリートは力無く断る。




「そこのお若い方、如何ですか?」




 お若い方? マゼラン卿は自分がお若い方と呼ばれているとは信じ難かったが、一世代上の老竜騎士に呼ばれても仕方ないと差し出されたアイスクリームを受け取って、食べなさいと若いパーシー卿に手渡す。二人がアイスクリームを食べるのを力無く眺めていたが、全員が深い溜め息をついた。




「何というか、強烈な方ですね」




 ラッセル卿が美貌といい御気性といい印象深い方ですねと溜め息まじりに口にすると、破り捨てられたスケジュール表を作り直さねばと、外交官のマゼラン卿と、ジークフリートとユージーンは頭を抱える。




「マゼラン卿、私達はモガーナ様を怒らしたみたいですね。次は慎重にしないと、それこそ凍りついてしまいますよ。 あのお方を敵にしたくありませんから」




 懲りない外交官達がああだこうだと言い合うのを、ハインリッヒは呆れる。




「ジークフリート、それでは同じだよ。モガーナ様はユーリ嬢を護ると決意表明されたのだから、何を言っても無駄だな。ユージーン卿、母上のマリアンヌ様に頼むんですな。どうしても抜けられない社交だけ、ユーリ嬢の出席をモガーナ様を説得して貰うことですね。平日はユーリ嬢は見習い実習で忙しいでしょうから、参加できるのは週末だけですね」




「そんな馬鹿な!」




 ラッセル卿の言葉を、マゼラン卿は制した。




「ハインリッヒ様はモガーナ様の従兄弟でしたね。御忠告、感謝いたします。後ほど話し合いましてマウリッツ公爵夫人から、後見人のモガーナ様にお伺いをたてて頂きます」




 マゼラン卿は引き際を心得ていた。ハインリッヒは引退した外交官として、モガーナのような強敵に正面きっての攻撃は無駄だと熟知していたので、マゼラン卿の引き際の鮮やかさを賞賛する。








 モガーナがハインリッヒとキリエに乗って飛び立つのを追いかけるように、ユーリがイリスと飛び立った。




「相変わらずイリスは嫉妬深いみたいですね。親竜のキリエにも乗って欲しくないみたいです」




 今夜の舞踏会に備えて休息を取らせなくてはと、モガーナはユーリを連れてフォン・アリスト家に帰ろうとしたが、親竜のキリエがイリスに嫉妬されるのは困ると言い出したのだ。




 ユーリがイリスを呼び出すと、親子竜は嬉しそうに挨拶しあっていたので、これでも嫉妬するのかなと全員が疑問に思ったが、竜の親子関係に口を挟むのは遠慮する。




 ふと、グレゴリウスはテーブルの上の破られたスケジュール表に気がついた。




「それは、ユーリのスケジュール表ですね? 誰が破ったのですか……まさか、モガーナ様が!」




 普段は隙を見せない外交官達も、モガーナにショックを受けていたので表情でバレてしまった。グレゴリウスとフランツは、元々このスケジュール表は無茶だと心配していたので、破り捨てたモガーナに感謝する。 




 エドアルドも破られたスケジュール表を見て、これは過密すぎると感じたが賢明にも沈黙を守った。マゼラン卿がこれほど木っ端微塵にやっつけられたのを見るのは初めてなので、笑いが込み上げてくる。




「エドアルド皇太子殿下! 貴方の社交のお相手を断られたのですよ。笑っている場合でないでしょう!」




 八つ当たり気味のマゼラン卿に、ジークフリートは訂正の言葉を挟んだ。




「モガーナ様は、エドアルド皇太子殿下の社交のお相手を断られたわけではありませんよ。ユーリ嬢の竜騎士になりたいという意志を尊重しつつ、健康を考慮するように仰られたのです。確かにユーリ嬢は何回か倒れられてますから、心配なさったのでしょう」




 ユーリが倒れたと聞いて、エドアルドは驚いて心配する。




「大丈夫ですよ、寝不足と忙し過ぎて昼食を抜いたからです。でも、突然ユーリが夜中にフォン・フォレストに帰ったから、モガーナ様が心配されたのでしょうね。少し疲れているのを、見抜かれたのでしょう」




 ユージーンから事情を聞き、孫娘が夜中に突然帰って来て泣いたりしたら、フォン・フォレストの魔女殿が怒るのは当然だと、マゼラン卿はかなりの譲歩が必要だろうと覚悟する。




「いつまでユングフラウに滞在されるのでしょう?」




 マゼラン卿はイルバニア王国の外交官達に聞いたが、週末のユーリの舞踏会に出席するのは知っていたが、いつまで滞在するのかは不明だった。




「今夜の舞踏会には来られないのでしょうか?」




 麗しい貴婦人だが当分顔をあわせたくない気分のカザリア王国側のメンバーは恐る恐る聞いたが、さあと肩を竦められただけだ。








 帰りの馬車はイルバニア王国と、カザリア王国と別々の馬車に乗る。グレゴリウスもモガーナが今夜の舞踏会に来るのか興味を持っていたので質問する。




「モガーナ様は国王陛下をお許しでは無いですから、今夜の舞踏会にはいらっしゃらないでしょう。ユングフラウに来られるのも、2、30年ぶりかも知れませんね」




 グレゴリウスはユーリのお祖母様が国王陛下を許していないと聞いて、驚き落ち込んだ。




「お祖父様は今でも結婚の承認が遅れたことを後悔されているのにお気の毒だ。結婚を承認した時には、凄く激しいケンカをして、別れていたと聞いたけど、あんなに優しいお祖母様がケンカなさったのかな?」




 ユーリにはとても優しく接していたのだと、ジークフリートとユージーンは溜め息をつく。




「モガーナ様は、怖ろしいお方ですよ。特に男の人には手厳しい。でも、マゼラン卿がぐうの音も出ないのは初めて見ましたよ! マッカートニー外務次官がいらしたら、モガーナ様にキスされたかも知れませんね!」




 モガーナに叱り飛ばされたジークフリートとユージーンだったが、エドアルドの社交の相手は元々させたく無かったので、衝撃が通り過ぎると笑いの発作に襲われた。




「それにしても、ユーリがモガーナ様に似なくて良かったですね。今でも国務省でプチ金庫番と呼ばれているのに、モガーナ様に似ていたら炎の金庫番と呼ばれますよ。シュミット卿どころじゃないですよ。触ると火傷しますね」




 ユージーンはユーリがお祖母様みたいな容姿だと良かったのにと愚痴っていたのを、ほんの少し理解した。可愛い感じの容貌のユーリは、押しが弱く感じさせるのかも知れないと、凄まじい美貌だから余計に堪えたのだと考える。






「あんな過密スケジュールは、モガーナ様で無くても許可しないさ。国務省での見習い実習を休んでくれれば、あの社交のスケジュールもこなせるだろうが、私も無理強いするのは嫌だな。ユーリ嬢が身体を壊されたら、元も子もないのではないか」




 マゼラン卿はダメージを引きずっていたので、一から交渉する気力がまだ湧いてこない。




 エドアルドと別の馬車では、モガーナ様が怖ろしいと察したハロルド達が、パーシー卿に何があったのか聞き出して、ひぇ~と叫んでいた。




「ユーリ嬢には、優しくしておられたのにね。そんなに怖いとは、思わなかったよ。それにしても、若くて綺麗すぎるよね」




「ユーリ嬢はお祖母様と平気で呼ばれているけど、あんな美しい貴婦人をそんな呼び方するなんて失礼だよね」




「馬鹿か! ユリアン、モガーナ様はユーリ嬢のお祖母様なんだぞ」




「お幾つなんだろうな?」


 


 貴婦人の年を話題にするのは礼儀に反するので、パーシー卿の言葉に誰も答えなかったが、全員が頭の中で計算をする。




「嘘だろ~! 家の母上より若く見えるのに」




 全員が悲鳴を上げて、フォン・フォレストの魔女の異名は大袈裟じゃないと騒ぎ立てる。




「ユーリ嬢が、マウリッツ公爵家の容貌を受け継がれてて良かったね。モガーナ様は美し過ぎて、怒らすと怖いもの」




 ユリアンの失礼だが正直な言葉を誰も咎めなかった。

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