13話 エドアルド皇太子のお出迎え
「エドアルド皇太子殿下、お久しぶりです。お会いしたかったですわ」
久しぶりのユーリは可憐で可愛かった。恥ずかしそうに近づくと、借りていたキスをお返ししますわと軽いキスを返す。
「そんなキスでは許しませんよ。私を焦らした罰です」
華奢なユーリを抱きしめて……
「エドアルド様、スープをこぼしてますよ」
今朝方見た夢を思い出して、ぼぉっとしていたエドアルドは、横に座っていたハロルドの注意で我に返った。
「せっかく素敵な夢を、思い出していたのに」
朝っぱらからユーリの夢を見たと浮かれているエドアルドに、遊学の一行はウンザリする。
「皇太子殿下、これからイルバニア王国に向かいますが、くれぐれも失礼の無いようにして下さい。マウリッツ公爵の屋敷まで一気に飛ぶのですから、ぼんやりしていてはいけませんよ」
マゼラン卿に叱られて、子どもでは無いのにと少し機嫌を損ねたが、一ヶ月以上ぶりにユーリに会えると気を取り直す。
「マウリッツ公爵領の屋敷で休憩と昼食を取ったら、ユングフラウのカザリア王国の大使館へと一旦向かいます。ここまでは準礼服で結構ですが、大使館で礼服に着替えて、王宮へと国王陛下への挨拶に向かいます。今夜はアルフォンス国王がエドアルド皇太子殿下の遊学を歓迎する晩餐会を開いて下さいます。これ、ちゃんと聞いて下さい」
外交官の今日のスケジュール説明を、エドアルドはおざなりに聞いている。子供の頃から、式典や、晩餐会には慣れっこだったので、飽き飽きしていたのだ。
「皇太子殿下、そんな態度だと頑張ってユーリ嬢を貴方の社交相手に指名してくれた大使館に申しわけがありませんよ」
エドアルドの教育係と外務大臣を兼任しているマゼラン卿に、ユーリが自分の社交相手だと知らされて、ボンヤリ聞いていたエドアルドはシャッキ~ンと座り直す。
「マウリッツ公爵領まで、ユーリ嬢は出迎えてくださるのでしょうか?」
さっきまでの態度とは手のひらを返したような熱心さで質問してくるエドアルドに外交官は苦笑する。
「ええ、マウリッツ公爵領までユーリ嬢は出迎えて下さいますよ。今夜の晩餐会でも皇太子殿下のお相手を勤めて下さいます」
「やったぁ! ニューパロマではいつもグレゴリウス皇太子がユーリ嬢をエスコートしてて悔しかったんだ」
喜びを素直にあらわすエドアルドに、マゼラン卿は少し小言を言ったが、臣下に愛される性格だと思う。外交官も嬉しそうなエドアルドの様子に、イルバニア王国の外務省との激しい駆け引きの苦労が報われた気持ちになる。
「こんな所で、ちんたらしている場合じゃない。ユーリ嬢をお待たせしてはいけない! 出発するぞ!」
俄然、張り切っているエドアルドに、先ずはスープを零した上着を着替えるように忠告したハロルドだ。
焦るエドアルドだったが、国境の街の領主に出立の挨拶やら、礼儀は守らなくてはいけない。
「イルバニア王国は初めてなんだ。楽しみだよね」
「ユングフラウの女の子は、お洒落で綺麗だと聞いてるよ。姉上にドレスのお土産を頼まれたんだ」
ハロルドとユリアンは、イルバニア王国への遊学へ同行できてラッキーだと浮かれていたが、ジェラルドは少し長距離飛行にナーバスになっている。
「国境からマウリッツ公爵領までどの位なのだろう?
昨日も、ニューパロマから国境までキャズは遅れがちだったんだ。付いていけるかな?」
エドアルドの遊学に、マゼラン卿はずっとは付き添えないので、護衛と指導を兼ねて竜騎士のラッセル卿が臨時の教育係を勤める事になっている。ハロルド、ユリアン、ジェラルドには、指導の竜騎士として一番の若手の25才のパーシー卿が付いて来ている。
昨日も遅れがちなジェラルドとキャズをパーシー卿はしんがりを勤めながらフォローしてくれてはいたが、今日は外国なのでなるべく遅れずに付いて行きたいと決意している。
「ジェラルド、あまり緊張しない方が良いぞ。途中で休憩しても、マウリッツ公爵領で2時間は取ってあるから間に合うさ」
竜騎士隊のパーシー卿は武人にしては気さくな人物だったが、微妙な不安に鈍感で、自分の言葉でプライドが傷つくとは考えない人だ。ジェラルドはパーシー卿が親切で言ってくれていると頭では理解していたが、はなから遅れるのを前提で話されるとプライドが傷つくのだ。
「大丈夫です、付いて行けますよ」
ジェラルドの言葉に頷きながらも、慣れて無いのだから途中で休んでも恥ずかしいと思わなくていいのにと、パーシーは指導の難しさを実感する。
ラッセル卿とパーシー卿もイルバニア王国の竜騎士隊で、エドアルドと共に騎竜訓練や、武術訓練に参加する予定になっていた。二人はユーリのことで浮かれている皇太子を複雑な心境で眺める。
「ユーリ嬢の祖父のアリスト卿がどれほど怖いか、エドアルド皇太子殿下に忠告して差し上げた方が良いのでは無いだろうか?」
ラッセル卿は先年のローラン王国の侵攻を押し返したアリスト卿の武名と、イルバニア王国の竜騎士隊長としての厳しさを噂で聞いていたので、心配していたのだ。
「エドアルド皇太子殿下も実際に騎竜訓練を受けられると、浮かれてばかりはいられないとわかりますよ。
大使館に配属されている竜騎士の友達が、アリスト卿の騎竜訓練を見学して、何人か竜から落ち掛けたり、吐いたりしてるのを見たと言ってましたから、凄く厳しいみたいですよ。私達も、騎竜訓練の日は朝食抜きにしましょう。指導の竜騎士が吐いたら、格好がつきませんからね」
武人のパーシー卿の呑気な言葉に、近頃、騎竜訓練をさぼりがちだった外交官のラッセル卿はトホホな気持ちになる。
だが、彼らはその恐ろしいと噂されているアリスト卿よりも、数倍恐ろしいフォン・フォレストの魔女がユーリの後見人として側に付き添うとはまだ知らなかった。
一方の出迎えるユーリ達は前日にマウリッツ公爵領に到着して、昼前に到着予定のエドアルド皇太子ご一行を待っている。
グレゴリウスと顔を合わせるのは微妙だとユーリは思っていたが、初めて訪れるマウリッツ公爵領や、屋敷を一緒に案内して貰っているうちに、なし崩しに普段通りに接していた。
「あの方が、お祖母様のキャサリン王女様ね。少し、メルローズ王女様と似ていらっしゃるわ。背が高いのは羨ましいわ。母も背は余り高くなかったし、どうして遺伝して欲しい所は遺伝しないのかしらね」
感じの良い容姿ではあるが、美人とはいえないキャサリン大叔母様に似なくて良かったのではと、グレゴリウスは失礼な感想を持つ。
『緑の魔力はキャサリン王女から、ロザリモンド姫、ユーリへと遺伝したのだなぁ。イルバニア王家に偶に現れる緑の魔力がたどり着いたユーリで、フォン・フォレストの魔力と結びつき、強力になったのだ』
ずっと幼い時からユーリを見つめてきたのだから、当然気づいていたと、祖父から緑の魔力を説明された時に答えた。
「キャサリン王女は人に気づかれるほどの緑の魔力は、お持ちでは無かったのでしょう。ロザリモンド姫は緑の魔力をお持ちでしたが、それを引き継いだユーリにはフォン・フォレストの魔力があるから、これほどの威力を発揮しているのでしょうね。何故、気づいたのか? だって、ユーリがユングフラウに帰ってきたらバラが満開になるじゃないですか。バラが満開になったら、リューデンハイムの寮に行ってたのですよ。まさか、お祖父様はご存知なかったのですか?」
半年前まで知らなかったアルフォンスは、孫のグレゴリウスを恨めしげに眺めたのだ。
グレゴリウスは若くして亡くなった大叔母のキャサリン王女の肖像画を眺めて、祖父の国王に似ていると感じ、改めて自分とユーリが親戚なのだと実感する。
「キャサリン王女のことはあまり知らないのよ。ユージーンやフランツのお祖母様のリリアナ様のことは、叔母様からちょこちょこ話に出るから、優しくて、でも芯の強い方だったと聞いているわ」
屋敷を案内していたユージーンとフランツも、キャサリン王女のことはあまり知らなかった。
「リリアナ祖母様からキャサリン王女様はお淑やかな方だったと聞いていますよ。ロザリモンド姫の事も家では禁句でしたからあまり知らないのです。ただ、祖父がとてもロザリモンド様を愛していたと、父から聞いてはいますけどね」
ユージーンは若くして亡くなったキャサリンと、ロザリモンドを思い、ユーリの不安を少し理解したが、イリスが100才まで図太く生きると言ったのを思い出して安堵する。
「そうだね、リリアナ祖母様は駆け落ちに激怒したお祖父様が二人に追っ手をかけたのを叱ったと聞いてるな。前から、何で両親の結婚より前に駆け落ちしたのに、ユージーンや僕の方が年上なのか不思議だったけど、ユーリの両親はヒースヒルに落ち着くで5、6年、あちこちを逃げていたみたいだね。ユーリが産まれたのを知ったリリアナ祖母様がお祖父様を止めたから、追っ手はかけなくなったみたいだけど、それまでウィリアム卿は苦労されたと思うよ。家の一族は執念深いからね」落ち着くまで
ユーリは両親に駆け落ちした後の話を聞きたかったなと、溜め息をつく。
「こうやって御先祖様の肖像画を見ると、ユージーンやユーリの容貌はマウリッツ公爵家の特徴だと思うね。
ほら、あの何代か前の公爵は、ユージーンにそっくりだもの」
フランツの指差した肖像画は、本当にユージーンそっくりだったので、グレゴリウスとユーリは笑う。
「フランツはフォン・アリストのお祖父様と言うか、パパの目にそっくりだわ。初めてリューデンハイムで会った時からそう思ってたの。あの時は、叔母様がパパの従姉妹とは知らなかったから不思議だったわ」
グレゴリウスは、だからユーリはフランツと最初から仲が良かったのかと納得したが、ファザコンめ! と内心で毒づく。
「フォン・フォレストの館の肖像画も見てみたいな。美貌を誇る一族だと聞いているもの。それに旧帝国時代の発禁書物のコレクションなんて、パロマ大学だって数冊しか無いよ。両家が仲直りしたのだから、冬至祭の休暇に招待してよ」
フランツのお願いに、ユーリは冬のフォン・フォレストは寒いわよと笑う。
「フォン・フォレストの旧館は、暖房も無いわ。普段は使ってないから、蜘蛛の巣や埃だらけよ。その上、アチコチに秘密の階段やら、通路があるから迷いやすいの。子どもの頃、迷って疲れて寝てしまったわ。お祖母様が見つけて下さったけど、フランツまで救援に行って下さるかわからないわよ。それで良ければ、ご招待するわ。でも、旧帝国時代の発禁書物には少し淫らな物もあるの。くだらないから発禁になった書物もあるんだわ」
「淫らな発禁書物! ユーリ、読んだの?」
「読まないわよ! 挿し絵を見て、驚いて本を閉じたわ。男の人同士がキスをしていたのよ。旧帝国時代は同性愛が流行していたのかしら?」
「チェッ、男同士なんて興味ないな。でも、他にも面白そうなエロチックな書物があるかもね」
ユージーンは馬鹿な事を言っている弟の頭をゴツンと叩く。
「新館の図書室にも沢山の書物がありますね。旧館は恐ろしく大きいですから、図書室まで道に迷わないようにした方が良いですよ」
ジークフリートの忠告で、フランツはユーリに案内してもらおうと考える。
「旧館の書物を新館に移したらいいのに」
グレゴリウスはフランツだけフォン・フォレストに行くのかと少し拗ねる。
「無理よ! 新館の図書室より、旧館の図書室の方が数倍大きいの。昔の方が領地も広かったみたいで、館もやたらデカいし、新館しか管理出来ないわ。今年は勘弁して貰ったけど、来年の夏は旧館の書物の虫干しよ。フランツに手伝って貰おうかしら?」
「夏休みに? 冗談でしょう」
嫌がるフランツを羨ましく眺めて、自分で良ければいくらでも手伝ってあげるのにとグレゴリウスは小声で愚痴る。
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