7話 ケストナー大使夫妻

 各々がユーリの後見人の貴婦人や、政治情勢について考えているうちに、たっぷりと盛りつけてあった昼食をペロリと食べ終える。


「相変わらずの大食いだよね。昼食を抜いたりしたら、結局は能率が落ちるだけだよ」


 フランツの忠告に、ユーリは唇を尖らせる。


「こんな風に邪魔が入らなければ、お昼を抜いたりしないわよ。お茶の時間に大使館に行くなら、それまでは帰っていい? 歓迎式典はパスしたいわ。なんでマウリッツ公爵領まで出迎えるの? 1日仕事じゃない」


 言いたい放題のユーリに全員が呆れたが、国務省に帰るという表現に、特使期間とは違うのだと寂しさと共に胸に落ちた。


「エドアルド皇太子殿下に、ご学友のハロルド卿、ユリアン卿、ジェラルド卿が同行されるのだが、まだ見習い竜騎士になられたばかりなので、国境から一気にユングフラウは辛いだろう。屋敷で休憩を取って頂いて、ユングフラウに向かう予定なのだ」


 ユーリは、ハロルド達が見習い竜騎士になったのを、心より喜んだ。


「まぁ! 良かったわね。エドアルド皇太子殿下は同じ年頃の見習い竜騎士がいないのを寂しがっていらっしゃったから、喜んでらっしゃるわね。そうね、まだ竜になれてない同行者が居るなら休憩は必要ね。でも、お出迎えは外務省の方々だけで良いんじゃない? ユングフラウ到着までに半日は実習できるのに……やはり駄目よね」


 ユージーンとジークフリートに睨まれて、そうはいかないかと舌を出す。グレゴリウスはユーリとエドアルドが過ごす時間を少しでも減らしたいから、ユーリはユングフラウで出迎えても良いのではと思ったが、それでなくても国務省中心のユーリを応援するのもはばかられる。


 フランツはユーリが反抗的なのは、女性の絆の竜騎士として政略結婚の道具として扱われている反発だと気づいた。


「ユーリ、誰もエドアルド皇太子殿下と君を結婚させようなんて考えてないよ。僕達も本心は社交の相手なんかさせたくないんだからね。絶対にこれだけは信じて欲しいんだ」


 ユーリは突然のフランツの言葉に驚いたが、本当に? と質問しかえした。


「だって、ローラン王国の脅威があるから、縁談を断れないと言ってたじゃない。私の嫌がる結婚はさせないとイリスは言ってくれたけど、他の人は誰もそんな事を言ってくれないわ。フォン・フォレストのお祖母様だけだもの、好きな相手と結婚すれば良いと言って下さったのわ。マウリッツ公爵家の人達も、自分達の選んだ方達から相手を探すようにプレッシャーをかけてくるし、何もかも嫌になるわ」言ってくださったのは


『なんだって! ユーリに結婚相手を押し付けているのか!』


 グレゴリウスはユージーンとフランツを睨み付けたが、肩をすくめるだけでコメントは避けた。


「私達が、貴女にエドアルド皇太子殿下を押しつけているように誤解されたのですね。国務省への反発から、社交を押し付ける態度になったのをお許し下さい。これでも、かなりカザリア王国側には譲歩させたのですよ。ユーリ嬢が好きになられた相手以外とは、結婚を押し付けたりしませんよ。ウィリアム卿と約束してますからね」

 

 ジークフリートの言葉にポロリと涙を零すユーリを見て、まだ15才なのに政略結婚だとか、社交の相手だとかを押し付けられたプレッシャーにつぶされそうだったのだと全員が気づいた。


「ユーリ、祖父や両親の思惑など考えなくても良いんだ。君の為に良かれとしている事がプレッシャーになっているとは、思ってもないだろう。好きな相手が出来るまで、結婚なんてしなくて良いさ」


 ユージーンに説得されて、ユーリは少し自分の舞踏会へのプレッシャーから解放された気分になった。


「本当に、今すぐ結婚相手を見つけなくて良いの?

 屋敷を改築したり、ドレスを山ほど作って下さったり、舞踏会に凄く力を入れてらっしゃるのだもの……

招待状も、相手の家族まで調査済みとか言われると、少し困っていたの。まだ、結婚なんて考えられないのに、相手を決めるなんて出来ないわ」


 フ~ッと大きな溜め息を全員がついた。何度かエドアルドの社交相手をさせるのは本意ではないと言っていた筈なのに、本人には嫌いな社交を押し付ける外務省が政略結婚させようとしていると感じさせていたのだと、ボタンの掛け違いに気づいてホッとした。


 グレゴリウスはユーリがまだ結婚を考えてないと聞いて、安心すると同時に少し気落ちもする。

 



 お互いの誤解は解けたが、やはりユーリにとっては社交は苦手だし、国務省の見習い実習の邪魔な事に違いはなかった。


「出来るだけ早く引き上げたいわ」


 カザリア王国大使館に着く前から、帰る算段をしているユーリに、外務次官とジークフリート、ユージーンは苦笑した。


「ユーリ、早く帰りたいのは全員同じだ。だが、態度にあらわしてはいけない。愛想よくして、おとなしそうな令嬢の振りをしときなさい。あと、無駄な情報を与えるなと言っても無理だろうから、ニコニコして『ええ』と『そうなんですか?』の二言だけしか話さないように」


 ジークフリートと外務次官は、それでは馬鹿に見えるだろうと注意したかったが、カザリア王国側がユーリを見くびってくれた方がやりやすいかもと、口をつぐんだ。


 ユーリはユージーンの言い分にぷんぷん怒っていたが、話を膨らませない方が早く帰れるぞと言われて承知する。




 カザリア王国大使館では、ケストナー大使夫妻がやっとユーリと面会出きると安堵していた。


 立太子式の舞踏会でユーリは見かけていたし、まだ恋愛に興味の無さそうな様子も本国に報告していたが、その後エドアルド皇太子が政略結婚の相手に恋をするとは思いがけない展開だった。


 特使期間のユーリの行動と、素晴らしいドレス姿に魅了された子息達の件、王妃を魅了した歌声や、優れた竜騎士としての能力、古代魔法王国の文字を読めるとか、竜心石を持っているなど報告書を見て驚いてしまう。その上、産む子どもは絆の竜騎士と保証付きとなれば、ケストナー大使で無くとも会ってみたいと思うはずだ。


「国王陛下からも、エドアルド皇太子殿下とユーリ嬢が親密になるように全力をあげて取り組むようにと命令されている。マゼラン卿も、最初の間だけだが滞在されて御協力下さるみたいだ。公式の晩餐会や、舞踏会は、王妃様がユーリ嬢の後見人として目を光らされるだろうが、後はマウリッツ公爵夫人が後見人をされるだろう」


 レーデルル大使夫人は、マウリッツ公爵夫人と何回かパーティーで同席した時の優しげな印象しか持っていなかった。


「マウリッツ公爵夫人は、ユージーン卿や、フランツ卿の母上ですわね。二人の子息が揃って竜騎士だなんて恵まれてますわ。御実家の弟君サザーランド公爵も竜騎士でメルローズ王女様の御夫君だし、順風満帆な人生だからかしら、少し気の良い方だと思いましたわ」


 冷静な判断を下す奥方に、ケストナー大使は満足そうに頷く。


「肝心のユーリ嬢は舞踏会で一度見かけただけで、報告書ではニューパロマではなかなか活躍されたみたいだとしか言いようがないな。ユングフラウでアイスクリームのパーラーを開いたと聞いているが、貴女は行かれたかな?」


 大使はもちろんパーラーの件は出資者まで調査済みだし、ストレーゼンでの屋台にグレゴリウスが連日付き添われた事も知っていたが、先入観のない奥方の意見を聞きたかった。 


「今度、貴方をお誘いしたいですわ。とてもアイスクリームは美味しかったですし、店内や従業員の制服も可愛らしくて、ユングフラウで一番新しいお洒落なスポットです。立地も考えてあって、セントラルガーデンを散策して少し疲れた時に休むのに最適ですの。ユーリ嬢は、お馬鹿な令嬢ではありませんわ。殿方に少し話し難いですが、ワイルド・ベリーの化粧室はとても綺麗で居心地が宜しいのよ。令嬢や貴婦人方は、セントラルガーデン散策中に不便に感じられる事も多かったはずですわ。この点一つとっても、賢い令嬢だとわかりますわ。エドアルド皇太子殿下は、ユーリ嬢の賢さに気づいてらっしゃるかしら?」


 ケストナー大使はユーリについて調べ上げていたので、リューデンハイムの成績が武術以外は優秀な事や、ニューパロマ滞在中に優れたデザインのティーセットを発注した事、アイスクリーム、風車の特許を申請している事も調べていた。


「見た目が可愛らしい感じの令嬢なので、つい油断してしまうが、あのアリスト卿の孫娘なのだから、馬鹿なわけが無いだろう。ユージーン卿やフランツ卿も、文武両道に秀でているし、フォン・アリスト家とマウリッツ公爵家との血統の組合せは優秀らしいな」


 ケストナー大使は自国の皇太子妃として、絆の竜騎士を産んでくれるのみならず、優秀な血統のユーリは相応しいと考える。




 ケストナー大使夫妻が待ちかまえている大使館に、ユーリはしぶしぶ足を運んだ。


 お互いに礼儀正しい挨拶を交わした後は、ユーリはユージーンの忠告通りに言葉少なく答える。大使夫妻はあまりに言葉少ない答えに、指導の竜騎士であるユージーンに仕込まれたなと感じる。


「ユーリ嬢の歌は素晴らしいと本国からも、報告がまいってます。エリザベート王妃からも、ユーリ嬢が声楽のレッスンを受けておられるのかと質問が度々きますのよ。 どなたのレッスンを受けていらっしゃるのかしら?」


 どなた? と聞かれては『ええ』と『そうですの?』では返事ができない。


「ユーリは、パウエル師にレッスンして貰ってるのです。今日も今からレッスンなのです」


 ユージーンは長居は無用とばかりに話を切り上げようとしたが、肝心のユーリと余り話せていない大使夫妻はそう簡単には帰してくれない。




「疲れたわ~」


 慣れない愛想笑いで顔がひきつりそうだとユーリは 顔の筋肉を指でマッサージする。


「パウエル師の声楽レッスンは、何時からなんだ? 時間が迫っているなら、送って行くが」


 ユージーンの質問に、ユーリはサボるつもりだったので口ごもる。


「ユージーン、時間は大丈夫よ。外務次官もジークフリート卿もいらしてるし、外務省に帰って下さい」


 サボるつもりだな! 外交官三人にバレバレの嘘が通じるわけもなく、久しぶりにユーリの歌が聞きたいと、レッスンまで付き添われてしまった。


「おやおや、三人も参観ですか」


 パウエル師にからかわれて少し赤面したユーリだったが、レッスンしだすと日頃の鬱憤が解き放される。


 ユージーンは自分がユーリに嫌な社交を押し付ける立場なのが苦しかったし、微妙に避けられているのが寂しかった。フランツからユーリがフォン・フォレストに強行往復したと聞かされた時は、モガーナ様しか信頼できる人が居ないのかとショックを受けたのだ。


 以前のユーリなら自分の胸で泣いていたのに、今回はユングフラウにいる誰も頼れないと、いや自分がいるからマウリッツ公爵家も避けたのだと傷ついた。久しぶりのユーリの歌声に、ささくれ立った気持ちを癒されたユージーンだ。


「忙しくても、レッスンはサボらないように」


 三人の参観者から、口々に賛辞と、忠告をされた。

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