3話 ドレスに問題はない。ユーリが可愛いだけだ

『ニューパロマの子息達を魅了したドレス! どんなドレスかしら?』


 マリアンヌは元々ドレスが大好きだし、ユーリの容姿は着飾らせ甲斐があるので、フランツの言った魅惑的過ぎるドレスを着せてみようと思いつく。


「ユーリ、貴女が気にしているドレスを見てみたいわ。フォン・アリスト邸から持って来させるわね。マダム・ルシアンにも意見を聞きたいし」

 

 フランツはドレスには問題は無いんだから無駄だよと、ブツブツ言ってるのを聞き咎められる。


「フランツ、言いたい事があるなら、ハッキリ言いなさい」 


 父親に叱られて、またユーリが泣き出したら大変だと躊躇したが、次男坊のフランツは怖いもの知らずだ。


「ドレス自体なら、もっと露出の多いのを着てる令嬢は山ほどいるよ。ユーリのドレス姿は見てるだけでも綺麗だし魅力的だけど、一緒に踊ると一番魅了されるんだ。父上も、一度踊ってみられるとわかりますよ」


 ユーリがまた愚図りだす前に、公爵から拳骨をもらったフランツは、父上が言えと言ったのにと愚痴る。


「良いことを思いついたわ。ユーリにドレスを着て、踊って貰うのよ。とても楽しみだわ! 私はユーリのドレス姿が大好きなのですもの」


 え~っ、ユーリの抗議の声は全員に無視される。


 屋敷の改造までして全精力を注いでる舞踏会をキャンセルなんか出来ないし、第一招待状はもう送られている。


 老公爵も、ロザリモンドにそっくりのユーリのドレス姿が見れるのかと上機嫌な様子で、ユージーンとフランツは厳しい祖父しか知らないので唖然とする。


「皆、ユーリに甘いんだから」


 フランツはユージーンに小声で愚痴ったが、お前もやりたい放題じゃないか! と愚痴り返された。



 ユージーンは朝からの会議で、ユーリがエドアルド皇太子の社交相手を勤める間は、外務省と国務省の両方の管轄になるので、引き続き指導の竜騎士を命じられた自分の不幸を呪っていた。


 その上、怖れていたように国務省の指導の竜騎士はシュミット卿で、協力しあおうと握手を求めたのに、握手どころか外務省へのユーリの貸し出しに文句を付けてきた態度にカチンときて、夏休みの休暇届を外務相に叩きつけて王宮を辞したのだ。


 帰宅してみれば、これからも指導しなくてはいけなくなったユーリが、母上の胸で泣いてるし、苛立つのも無理は無かったのだ。



 フォン・アリスト邸からユーリのドレスが運ばれてくると、マリアンヌは興奮状態になった。


「まぁまぁまぁ! とても素敵なドレスね! どれも問題無さそうだけど……そうね、フランツの言う通りに、着て、ダンスして貰いましょう」


 ユーリが嫌がろうと、マリアンヌは全く意に介さなかったので、侍女に手伝って貰って、先ずは胸が少し開いてると感じたレースのドレスに着替える。


「おお、ユーリ、なんて綺麗なんだ! フランツ、お前の目は節穴か。このドレスのどこが問題なのだ。さぁ、お祖父ちゃんによく見せておくれ」


 あの厳しい老公爵が、自分を『お祖父ちゃん』と呼ぶなんて! 全員が呆れかえっていたが、ユーリは少し恥ずかしそうに、胸が開きすぎてるのと、お祖父様の膝の上でこぼす。


「なに、この位のドレスは、誰でも着ているだろう。

ユーリが可愛い過ぎるのだよ」


 孫娘を膝にのせ頬にキスをして、べたべたの老公爵に驚き呆れていたが、執事からマダム・ルシアンが参ったと告げられる。


「そうね、マダムにもユーリのダンスしている様子を見てもらいたいわ。食堂ではダンスは無理ね、サロンの椅子とかを壁に寄せて、マダムをお通ししてちょうだい」


 マダムは、二人の皇太子がユーリを巡っての三角関係だとか、賭けの対象になっているとか耳にしていた。公爵夫人から今イルバニア王国とカザリア王国の両国の社交界で、一番の注目を集めているユーリのドレスの大量発注を受けて、この前のような急ぎ仕事ではなく、1ヶ月かけて手のこんだドレスを仮縫いまで仕上げた。

 

 サロンに老公爵や、公爵、子息達が同席しているのを、マダムはドレスの仮縫いなのにと戸惑う。


「ユーリのドレス姿が子息達を魅了しすぎるとフランツが言うもので、マダムにも見て頂こうと思いましたの」


 ユーリの着ているレースのドレスが、師匠のマダム・フォンテーヌの作品であるのは一目でわかった。 


「素晴らしい作品ですわ! ユーリ嬢の可憐さと、美しさを引き立ててますわ」


 マダム・ルシアンはサロンに身分の高い殿方が同席しているのも忘れて、ユーリのドレスをチェックし始める。特にレースの裾が綺麗になっているのが気になって、跪いて裾の処理を観察する。


「マダム、ユーリが踊るとこのドレスの真価が発揮されるそうですの。フランツ、音楽をお願いね。ユージーン、ユーリと踊ってみて」


 ドレスの裾の始末に夢中のマダムを制して、自分の横に座らせる。マダムに付き添って来たお針子の中にはキャシーもいて、前にユーリの部屋で見たレースのドレスだけど、がらりと印象が変わって魅力的に見えるのに驚く。


「そうだね、このドレスなら、パドトワレが効果がハッキリするかな」


 フランツのピアノに合わせて、ユーリはユージーンとパドトワレを踊る。


 ニューパロマでもカップルバランスの良い二人のパドトワレは絶賛されたが、高く持ち上げられたユーリが、回転しながら降りてくると、指にかけてあったドレスの裾のレースが花が咲くようにひろがって、とても美しい。


「まぁ、まぁ! とても素敵だわ! あら、 ユージーンとユーリは似てるのね。今まで気づかなかったわ。まるで、一対のお人形さんみたいに綺麗なカップルだわ」


 マリアンヌの感嘆の声以外は、呆然とユーリとユージーンのダンスに魅了されて言葉も出ない。曲が終わると、全員が拍手した。


「ユーリ、ダンスが苦手だなんて、とんでもない。これほど見事なダンスは、見たことないよ」


 公爵の誉め言葉に、ユーリは頬を赤らめる。


「叔父様、ユージーンのリードが上手いからですわ」


 ユージーンもユーリとダンスして、くさくさした気分が吹き飛んだ。


「いや、ユーリは歌も上手いぐらいだから、音感とリズム感が良いんだ。だから、ダンスも上達が早いのさ」


「ユーリは歌も上手いのか? ロザリモンドも歌が好きで、よく歌ってくれたものだった」


 老公爵は愛娘のロザリモンドの歌声が大好きだったので、歌を所望する。


「え? でも、マダム・ルシアンが来られているのに。仮縫いなのに、お待たせしたら悪いわ」


 ユーリが断ろうとするのを、マダムも歌を聞かせて頂きたいですと答える。マウリッツ老公爵に逆らうなんて、誰一人できる人は居なかったからだ。


 ユーリはお祖父様に頼まれると断りきれなくて、ユージーンのピアノでママがよく歌っていた曲を歌う。


「何度聞いても、ユーリの歌は良いな~」


 フランツはうっとりと聞きほれるが、老公爵は涙を浮かべる。


 歌い終わると全員から拍手を貰ったが、公爵夫人が感極まって涙をハンカチで拭っているのはまだわかるが、老公爵と公爵までもが涙を浮かべたのには、ユージーンもフランツも驚いてしまう。


「ユーリは、ロザリモンドから歌の才能も引き継いだんだな。あの子の歌声は、心が洗われるようだった。ユーリ、これからも歌ってくれ」


 元々、ユーリに甘々の老公爵は、ユーリを抱きしめて離しがたい様子だったが、マリアンヌに次のドレスに着替えるように指示されたので、仕方なく着替えに行かせる。


「ユーリはミュラー師からレッスンを断られていたのですよ。誰か良い声楽の教師を見つけないといけませんねエリザベート王妃はユーリの歌声を気に入られて、ニューパロマに留まるように何度も要求されたのですが、ユングフラウで声楽のレッスンを受けさせると約束して、やっと帰国できたのですから」


 公爵夫人はユーリがミュラー師から首にされたと聞いて激怒したが、イリスがミュラー師の屋敷の窓ガラスを全部割ったからと聞くと、仕方ないかしらと怒りをおさめた。


 ユージーンとフランツは、老公爵と公爵の前で、ユーリを指揮棒でぶったなどと言うと大問題になりそうなので、何故イリスが窓ガラスを割るはめになったのかは説明しなかった。


「声楽の教師は探しておきましょう。こんなに素晴らしい歌声をほっておくのは罪ですもの。何故ユーリは音痴だなんて言って、今まで歌ってくれなかったのかしら? 何回か、お茶会でピアノや、歌をお願いしたのよ」


 ユーリのピアノは問題だらけで披露できなかったのだろうと、ユージーンは溜め息をつく。

 

 そんな話をしているうちに、ユーリが着替えて降りてきた。


「やはり、このドレスが問題だったね。背中が開きすぎてるの。恥ずかしいわ、皆がどう思っていたのかしら」


 マダム・ルシアンはそんなに背中が開いてるとは思わない。


「ユーリ、それほど背中は開いてないわ。 でも、凄く綺麗な背中ね。殿方が魅了されるのは、無理ないかもしれませんね」


 老公爵と公爵もさほど背中が開いてるとは思わなかったが、マリアンヌの言うとおり綺麗な背中だと思った。


「じゃあ、これはターンすると見ごたえあるから、ワルツかな? いや、父上とワルツを踊ってもらう方が良いから、ユージーンとはトロットかな」


 フランツのピアノがトロットのリズミカルな曲を奏でると、ユーリとユージーンは軽やかなダンスを披露した。背中のチェーンがターンするとパァーと広がって、マダム・ルシアンは師匠の作品から目が離せない。


「とても素敵だわ! チェーンがキラキラ煌めいて、凄く綺麗なドレスだわ。これのどこが問題なのか、わからないわ。胸の刺繍も綺麗だし、露出もそんなに多くないわ」


 フランツは、父上に踊ってみて下さいとワルツを演奏する。


 公爵はユーリとワルツを踊って、ターンする度に背中のチェーンが広がり、肌がちらりと見えるのに惹きつけられて、フランツが言っていた意味が理解できた。


「なるほど、ユーリの背中が丸出しなのより、チェーンが広がってチラッと肌が見える方がより魅惑的だな。だが、これ位で動揺するのは修行が足りないからだ。ニューパロマは元々ファッションが遅れているから、ユングフラウのドレスに驚いたのだろう。ユーリは可愛くて、こんなに愛らしいから、男共がくらくらするのは仕方ないじゃないか。ユージーン、フランツ、お前たちは、ユーリの身内としての自覚がたりない。だらしなさすぎなんだ」


 公爵から雷を落とされて、二人はぶつぶつ言いながらサロンを後にする。


 老公爵と公爵は、ユーリに凄くドレスが似合ってるし、ダンスも上手いと口々に褒めちぎって、舞踏会が楽しみだと言い置いてサロンから出て行く。


 いつの間にか、社交界引退も、舞踏会キャンセルも、老獪な老公爵と公爵によって有耶無耶されたのにユーリは気づいた。

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