2話 マウリッツ公爵邸で

 帰国の挨拶とお土産を渡したまでは、とても順調だった。


「まぁ、ユーリは優しいわね~! ユージーンもフランツもお土産どころか、ニューパロマの話もろくにしてくれないわ。ユージーンは朝から王宮だし、フランツはやっと起きてきたところなのよ」


 ご機嫌の良さそうな叔母様に、ユーリはストレーゼンでフォン・アリスト家の別荘で過ごして良いかと尋ねる。案の定、ユーリはマリアンヌから大目玉を喰らった。


「貴女一人で別荘に泊まるだなんて、どこから考えてついたのですか。家の別荘に泊まりなさい。お友達には離れを提供しますから、ユーリも会いに行けるでしょう。使用人達の部屋に会いに行かれたら、示しがつきませんからね」


 不満そうなユーリに、マリアンヌは思い出したお説教を始める。


「それにユージーンとフランツから聞いて驚きましたが、ユングフラウを侍女も伴わず歩き回っているとか。伯父様も叱らなければいけませんが、私も監督不行き届きでしたわ。これからは侍女を伴って、馬車で移動しなさい! わかりましたね!」


 日頃は優しいマリアンヌの厳しい言葉に、ユーリはしょんぼりする。


 マウリッツ公爵家は改装の真っ最中で、明日にもストレーゼンの別荘に行くと聞いたので、お土産を渡して早々に帰ろうとしたが、マリアンヌに捕まってしまった。

    

「ちょうど良いわ! 秋用のドレスを用意しなくてはと思っていたの。わかってますわ、ロマンチック過ぎるドレスにはしないから。ユージーンとフランツから、ニューパロマでも素晴らしいドレス姿が評判だったと聞かされてるもの。昼からマダム・ルシアンにきてもらいますわ。もう、仮縫いの段階ですのよ、どんなドレスか楽しみなの。それに、折角のお土産のティーセットを使わないとね」


 ユーリはまだ午前中なのに、お茶の時間まで居ないと駄目なのかと、やることが満載なのにと気が急ぐ。



 お昼は、老公爵、公爵夫妻、フランツと一緒に食べて、ユージーンはまだ王宮から帰ってなかった。


「カザリア王国のエドアルド皇太子が御遊学されるから、忙しいのだろう。ユーリ、ユージーンを絆の竜騎士にしてくれて本当に感謝しているよ。それに夏休みをストレーゼンで一緒に過ごせるのは、凄く楽しみだ」


 公爵に感謝されて、ユーリは元々ユージーンは絆の竜騎士になれたのにと照れる。


「ユーリは家の別荘で過ごすんだね。初めてだな、楽しみだよ。だけど離宮に招待されてると思ったのにな? 皇太子殿下を避ける為?」


「フランツ!」


 パッと顔を赤らめて怒ったユーリに、全員の注目が集まる。


「まぁ、なんだか面白そうな話ね。エドアルド皇太子殿下と、グレゴリウス皇太子殿下から思いを寄せられてるなんてロマンチックよね。ユーリはどちらの皇太子殿下が好みなの?」


「叔母様ったら、エドアルド皇太子殿下は政略結婚の相手にすぎませんわ。グレゴリウス皇太子殿下は馬鹿な思い違いをなさっているのよ。リューデンハイムに女の子は私だけだったから……」


 全員が勘違いしているのはユーリだと考える。


「秋にエドアルド皇太子殿下がリューデンハイムに御遊学されたら、外務省は接待しなくちゃいけないんだ。ユーリ、キスを預けられたの、お返しするの?」


 真っ赤になったユーリは、ナプキンをフランツに投げつけた。


 こらこらと笑いながら窘めていた公爵は、どういう状況だったのかフランツに聞きだす。


「カザリア王国を出立間際に、ユーリをイリスに乗るのをエスコートして、軽くキスされたんだ。ユーリったらエドアルド皇太子殿下に平手打ちしたんだよ。まぁ、ユーリはグレゴリウス皇太子殿下にもキスされて平手打ちしてたから、おあいこだけどね」


「もう、フランツのおしゃべり! しらない」


 ぷんぷん怒っているユーリに、両国の皇太子が夢中なのはユングフラウでも噂になっているが、平手打ちしたり、とても皇太子妃に相応しいとは思えないので溜め息がもれる。


「ユーリは好きな相手と結婚したら良い。ロザリモンドの分も、幸せになって欲しいからな」


 老公爵は、ユーリが皇太子妃なんて重責にあえぐより、大切に思ってくれる相手との幸せな結婚を望んでいた。


「そうね、舞踏会で色々な方と知り合えるでしょうから、ユーリの気に入る相手が見つかるかもしれないわ。舞踏会のドレスも頼んでるのよ、どんなドレスか楽しみなの。マダム・ルシアンは、師匠のマダムを超える意気込みも凄いのよ。 殿方の心を惹きつけるドレスを作って下さるわ」


 フランツは昼からユーリが、母の着せ替え人形にされるのを気の毒に思ったが、一つ注意をしとこうと考えた。


「母上、ユーリはとてもドレスを着ると魅力的で、男を惹きつけ過ぎるのです。ニューパロマでもユーリにのぼせる子息達が続出で、私達は防戦に苦労させられたから、露出は控え目にして下さい」


 フランツの言葉で、ユーリは真っ赤になった。


「フランツ、どのドレスが露出し過ぎだったの? 胸が開いてるレースのドレス? それとも、大使館で着た背中が開いてるドレス? 言ってくれたら良かったのに そんなにみっともなかったの。やっぱり社交界は引退したいわ! ダンスだって苦手だし、ドレスも似合わないんですもの」


 フランツは泣き出したユーリにおろおろと狼狽えた。


「違うよ、似合いすぎなんだよ。ユーリ、泣かないでよ」


 フランツは祖父様や父上から滅茶苦茶叱られたが、ユーリはしくしく泣くのを止めなかった。


「ユーリ、ほら、もう泣かないで。お馬鹿なフランツの言うことなんて気にしちゃ駄目よ」


 マリアンヌがユーリを宥めている時に、朝から王宮に呼び出されて凄く不機嫌なユージーンが帰宅してきた。


「ユーリ、人前で取り乱したりしてはいけないと、何度言わせるのだ」


 母親の胸で宥められているユーリに苛つきをぶつけたユージーンは、老公爵から雷を落とされる。


「ユージーンといい、フランツといい、お前等は騎士道精神に欠けているな。竜騎士になる前に、紳士になる修行をするべきじゃないのか」


 ユーリに甘い公爵からも、厳しく咎められる。


「王宮で嫌なことがあったのだろうが、ユーリにあたることは無いだろう。お前は少しユーリに厳しすぎるぞ。フランツがユーリに、あのような失言をしたのも、お前の態度を見習ったからではないのか」


 確かに朝からの会議で困難な命令を受けたのと、不愉快な相手と協力しあうのを強制されて苛ついていたのは自覚していたので、ユーリに謝罪する。


「ユーリ、すまない。少し嫌なことがあって、君にあたってしまった。何があったのだ?」


 公爵夫人はユージーンに、フランツがユーリのドレスにいちゃもんを付けたのと訴える。


 ユージーンは泣いているユーリと、しょげているフランツを眺めて、深い溜め息をつく。


 この二人を引き続き指導するのかと考えただけで、怒鳴りつけたくなったが、老公爵も公爵もユーリには甘々だから堪える。


「フランツ、余計なことを言うな」


 フランツに拳骨をくらわしたが、これには誰も怒らなかった。


「だって、母上が昼からユーリのドレスを作ると言うから、忠告しただけだよ。ユーリのドレス姿は男を惹きつけるから、露出を控えた方が良いって。だって、ユージーンも苦労したじゃないか、魅了された相手をさばくのに」


 フランツがそんな馬鹿なことを言ったのかとユージーンが呆れていると、涙をハンカチで拭いたユーリが立ち上がった。


「良いのよ、社交界を引退すれば、ユージーンにもフランツにも迷惑かけないから。ごめんなさい、改装までして頂いたけど、舞踏会はキャンセルして下さい。私はもう舞踏会には出ないから、ドレスもいりませんわ、失礼します」


 泣きながら食堂から出て行こうとしたユーリを、ユージーンは抱き止める。


「ユージーンにも迷惑をかけたわね。でも、指導の竜騎士も終わりだし、社交界も引退するから、もう余り会う機会もなくなるわ。清々するでしょう」


 振り解こうとするユーリを抱きしめて、落ちつくように諭す。


「馬鹿馬鹿しい! 君のことを迷惑だなんて思ってないさ。妹みたいに感じてるから、口うるさくなるのだ。ユーリはとてもドレスが似合っているし、ダンスも上手だよ。綺麗な花に群がる虫を撃退するのは、身内として当然の行為だから、フランツの愚痴なんか気にするな」


 ユージーンも1ヶ月の間、ジークフリート卿とだてに過ごしていた訳ではないなと、フランツは宥め方がレベルアップしてるのに気づく。


「ユージーン? 本当に迷惑だと思ってないの?」


 ユージーンは自分のハンカチでユーリの涙を拭いてやりながら、可愛い妹に悪い虫がつかないように守るのは身内の男の責務だと言い聞かせた。


「ごめんなさい、また取り乱したりして」


 ユージーンはユーリを老公爵の隣に座らせる。


 ユーリが落ち着いたので、全員が安堵の溜め息をついた。

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