4話 マダム・ルシアンの仮縫い

「さぁ、お待たせしましたわね。マダム・ルシアン、ユーリの秋のドレスの仮縫いをお願いしますわ。マダム、どうされましたの?」


 殿方が退出したので、ユーリのドレスの仮縫いを始めて貰おうとマリアンヌはマダムに声をかける。お針子達はドレスを広げたりしてるのに、マダムは動こうとしなかった。


「すみません、このドレスでは駄目だわ。ニューパロマでは、パドトワレや、トロットが流行っているのですよね。若い皇太子殿下がいらっしゃるんですもの、当然だわ。ユングフラウにも、グレゴリくウス皇太子殿下がいらっしゃるのだから、これからは若い方達が社交界を引っ張って行くのよ」


 マダム・ルシアンは先ほどのユーリのダンスと、師匠のドレスを見て、自分がマンネリ気味だったと気づいた。


「私のドレスは、落ち着いた国王夫妻の開かれるパーティーに相応しい物ばかりですわ。これでは若いユーリ嬢の魅力を引き出せないわ」


 お針子達が広げたドレスはどれも素敵に思えたので、マリアンヌにはマダム・ルシアンが落ち込んでいる意味がわからない。


「マダム、一度ユーリに着せてみて下さいな。そして、改良点を探してみられたら、如何かしら?」


 師匠のマダム・フォンテーヌのドレスに衝撃を受けていたが、公爵夫人の言葉に、落ち込んでばかりではいられないと奮起する。


 ユーリはすっきりと露出の少ないドレスだと良いなと思っていたが、何枚あるのだろうとお針子達が次々と用意しているのを見て、うんざりする。


「叔母様、少し多すぎますわ。こんなにドレスはいらないと思うの」


 全く社交界を理解していないユーリの抗議を、公爵夫人もマダムも無視する。


「そうだったわ! カザリア王国のエドアルド皇太子が、秋にユングフラウに御遊学なさるのよ。歓迎の晩餐会と、舞踏会のドレスも必要だわ。カザリア王国の大使館も、舞踏会を開くでしょうし、きっとユーリは招待されるわ。それに、ユーリは声楽も得意なんだから音楽会も開かないと。秋にはオペラも始まるし、ユーリを連れて行きましょう。全然、これでは足りないわね」


 ひぇ~ッと、ユーリが悲鳴をあげるのも完全に無視されて、仮縫いと、次のドレスの発注は着々と進む。


 何着ものドレスの仮縫いでぐったりしているユーリを見かねて、マリアンヌはお茶にしましょうと休憩を挟む。


 サロンには仮縫いが済んだドレスと、これから仮縫いするドレスが散乱していたので、マリアンヌは庭のテラスにお茶を用意させる。

 

 マダムやお針子達も、別室にお茶が用意されて、今や二国の皇太子から思いを寄せられている、社交界で一番注目が集まるユーリのドレスを、ファッションの都に恥じない物にするための英気を養う。



 庭にはバラが花盛りで、公爵一家とユーリはお茶を楽しんだ。


「まぁ、とても可愛らしいティーセットね。ユーリ、ありがとう」


 ユーリが公爵夫人にお土産で買ってきた、苺と小花の模様のティーセットは上品で可愛らしい物だったので、とても気に入って喜ばれる。


「母上、このティーセットはユーリが母上の為にデザインして、特注で作らせた物なのですよ。バークレー社、はこのデザインのティーセットを販売したいと申し出ました」


 ユージーンの言葉に皆が改めてティーセットを眺めて、ロマンチックな可愛らしい品だと賞賛する。


「まぁ、ユーリが私の為にデザインしてくれたの。私の好みのティーセットだと思っていたのよ。ありがとう、嬉しいわ! こんなに素敵なお土産は初めてだわ」


 マリアンヌが喜んでくれたので、ユーリも嬉しかった。


「母上、このティーセットの注文にも、面白いエピソードがあるのですよ。ユーリがどこで特注品を発注するか迷っていたのを、偶然エドアルド皇太子が通りかかられて、バークレー社にお供されたのです」


 ロマンチックな話が大好きなマリアンヌは、ユーリにその時の様子を聞きたがる。


 ユーリは余計なことを言ったフランツに怒りながらも、差し支えのない程度にエドアルドが買い物に付き合って、パロマ大学で昼食を食べたと話す。


「まぁ、エドアルド皇太子殿下は、とても親切な方なのね。陶磁器の買い物なんて、若い殿方には退屈でしょうに」


 ユージーンとフランツは、エドアルドはユーリと一緒なら退屈なんてしないだろうと思う。


 老公爵と公爵は、エドアルドがユーリが考えているように政略結婚の相手だから礼儀から親切にしているとは、微塵も思わなかった。二人は公爵家の跡取りとして、厳しく育てられたので、皇太子達が自由なユーリに惹かれるのが理解できたのだ。


 だが、グレゴリウスでもユーリが苦労するのが目に見えているので反対なのに、ましてや外国の皇太子妃など考えただけで拒否反応がおこる。見知らぬ外国の宮廷で、行儀作法のなっていないユーリが、冷たい視線に曝されるなんて、考えただけでゾッとする。


 ユーリも少しは行儀作法は身につけていたが、どう贔屓目に見てもお淑やかとは言い難く、人前で取り乱したり感情のコントロールもできていない。


「ユーリも、明日私達と一緒にストレーゼンに行けば良いわ。そうね、今夜は家に泊まりなさい。ゆっくりとニューパロマの話を聞きたいわ」


 マリアンヌは、ユーリを養女にするのをまだ諦めきれてなかった。伯父のマキシウスからユーリの社交界デビューを披露する舞踏会を頼まれて、一度断られた養女の件が頭から離れなくなった。


 今日もユーリがいると泣いたり、笑ったり賑やかで、気難しい老公爵も気味が悪いほどの上機嫌だし、ドレスに、ダンスに、素晴らしい歌声と気持ちが浮き立つのだ。

    

 もちろん、マリアンヌは二人の息子も愛していたし、リュミエールとも穏やかな愛情に満ちた生活を送っていたが、ユーリがいるとパァっと屋敷が華やぐし、優しい娘なので手元に置きたかった。


 ユーリはフォン・フォレストに一度帰らないといけないのでと、ストレーゼンに同行するのは断ったが、泊まるのは押し切られてしまった。



 お茶の終わり近くに、ユーリはキャシーを庭に呼び出す。


「マダム・ルシアンの所での、お針子修行はどう? 直ぐに、カザリア王国に行ったから、心配してたの」


 キャシーはマダム・ルシアンの店で修行して、ユーリが二国の皇太子妃候補だと聞て驚いていたし、女性の竜騎士がどれほど貴重な存在なのか教えられた。


「ユーリは、相変わらずなのねぇ。あのレースのドレス姿は、とても綺麗で大人びて見えたから驚いたのに。ダンスも、歌も素敵でうっとりしたわ。私のことを気にしてる場合じゃないでしょ」

 

 確かにキャシーの言う通りなのだが、マダムのところに紹介したのだから気になるとユーリは様子を聞く。


「私はこつこつと修行しているわ。マダムはとても厳しいし、先輩のお針子もなかなか手厳しいけど、この一ヶ月で上達したのが自分でもわかるの。私の心配よりも、自分の心配をしてね」


 ユーリはキャシーが着実に大人の自覚を身に付けているのに驚く。

     

「そうね、ぼやぼやしてられないわ。少しでも早く竜騎士になれるように頑張るわ」


 キャシーは竜騎士もいいけど、皇太子との事はどうなっているのか気になったが、あまり時間が取れないのでハンナの結婚式の時にじっくり聞くことにして、マダムの元に帰る。




 お茶の後からも、ドレスの仮縫いは続きユーリは疲れた。普通の仮縫いでも何着も続くと体力を消耗するのに、マダム・ルシアンが改良点をピン打ちしながらだったので時間も掛かったからだ。


 片付けられたサロンでぐったりしているユーリを、ユージーンとフランツは気の毒に思う。


「お疲れ様、凄く時間が掛かっていたね」


 フランツが声を掛けても、ユーリは返事をするのも億劫に感じるほどだ。


「夕食まで、休んでおくわ」


 ユーリがいつもマウリッツ公爵家で使っている凄くロマンチックな部屋に向かった。

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