33話 ユーリの背中にくらくら

 マゼラン卿はお目付役もあまり留守にしておけないので、舞踏会場に戻った。


 丁度、ユーリとユリアンがダンスしているのに出くわし、キラキラと輝くチェーンをパァーと広ろがしてターンしてゆくのを見ながら、外見も能力も申し分無いのだがと愚痴りたい気分になる。


「何を、テラスで話していたのですか? アレックス様がユーリ嬢をテラスに連れ出したけど、父上やジークフリート卿達が行ったし、両皇太子も次のダンス相手をほっぽりだして行ってしまわれたので、私達はこちらでダンスしていたのです。フランツ卿まで野次馬に行ってしまうものだから、セリーナ大使夫人はお困りでしたよ」


 マゼラン卿はアレックスの無礼なプロポーズと、ユーリが売れ残ったら子どもが欲しいからキープしておくと答えたのだと、変わり者への愚痴をこぼす。


「なるほどね~。エドアルド様が何だろうと思っていたフォン・フォレストのお祖母様のもう一つの要求は、子どもをつくることだったのか」


 マゼラン卿はフォン・フォレストのお祖母様の要求とやらをハロルドに尋ねる。


「エドアルド様からの又聞きですが、ユーリ嬢はフォン・フォレストではとても自由にお過ごしみたいですね。あの、おぞましい呪いがあると領民達が信じているので、お一人で領地を歩き回っているみたいですよ。ユーリ嬢のお祖母様は、食事にキチンとした身なりで遅刻しないことと、自分のベッドで寝ることと、あと一つしか要求されないとユーリ嬢は仰ったそうです。子孫を残すのは貴族として、基本的な義務ですから不思議には思いませんが、普通は令嬢に結婚しろと要求するのではないでしょうか? 何だか直接的な要求ですね?」


 マゼラン卿はフォン・フォレストの家系図も調査済みだったので、ハッとその要求の意味に気づく。


「なるほど! ユーリ嬢のお祖母様は子どもを産むのを要求されてはいるが、結婚はどちらでもよいと、いや、結婚などしなくてよいと考えておられるのだろう。フォン・フォレスト家は代々駆け落ち婚だから、国王陛下の許可を貰っての正式な結婚など望んで無いのだろう。ユーリ嬢もだろうか? だから、アレックス様の無礼なプロポーズをキープされたのか。いや、ユーリ嬢は仕事に理解のある結婚相手を見つけるのは難しいと言ってたのだから、結婚してもよいとは思っておられるはずだ。しかし、 アレックス様にも雷に打たれるような恋愛したら反故にしてくださいと言われていたのは、駆け落ち婚かもしれないと考えているからなのか?」


 マゼラン卿が考え込んで独り言をブツブツ呟いているのを放置して、ハロルドはユーリとのダンスの順番ですからとセリーナのもとに急ぐ。


「今宵のドレス姿は、とてもお綺麗ですね」


 ハロルドはユーリとダンスするのに間近でドレスを見ると、背中の滑らかさや、ダンスのホールドする際にふと触れた背中の肌の暖かさにクラクラしてしまった。


 優雅にターンする度に、キラキラ光るチェーンが広がるのを傍目から何度となく見ていたが、実際にパートナーとして踊っていると、チェーンよりも広がった時に見えるユーリの背中に釘付けになる。


 ハロルドはエドアルドと学友だし、将来は支えて国政に携わる決意を持っているから、ユーリの魅力に捕らわれそうな自分を誤魔化すために茶化した言葉を発した。


「アレックス様から、プロポーズされたみたいですね?」


 顔を赤らめたユーリをクスクス笑いながら、リードするハロルドだったが、凄く瀟洒な刺繍や、品も良いドレスなのに、チェーンを引きちぎって裸にしたいという欲望が駆り立てられるのを抑えるのに必死だ。


 素晴らしいような、拷問のようなダンスの時はあっという間に過ぎ、ユーリを次のダンス相手に譲る瞬間、ハロルドは凄く困難を感じた。


「ユリアン、今宵のユーリ嬢のドレスはヤバ過ぎるだろう」


 ハロルドは自分の前に踊ったユリアンがまだ夢心地なのに気づいて、こらっと軽く小突く。


「痛いな! 折角、ユーリ嬢とのダンスを思い返していたのに、酷いじゃないか」


 ブツブツ文句を言っているユリアンに、ユーリはエドアルドの妃候補なんだぞときつく咎める。


「そんなのはわかっているよ。でも、綺麗な令嬢を賛美するのは、僕の勝手だろ~。素敵な背中だよね~。今まで僕は女性の背中になんか興味がなかったんだけどなぁ」


 駄目だこりゃと、ユリアンを相手にするのを諦めたハロルドは、まだユーリと踊っていないジェラルドに魅了されないように忠告する。


「ユーリ嬢のドレス姿は素晴らしいとは思うが、それ程セクシーなドレスでも無いだろう? ハロルドは、背中フェチなのか? セリーナ大使夫人のドレスの方が、綺麗な身体のラインを引き立てているように思うけどな。兎に角、ユングフラウのドレスは、カザリア王国の令嬢方の気持ちを鷲掴みしたのは確かだな。

農産物にワインにシャンパン。その上にドレスだの、高級なレースだのと輸入品が増えるのは困るんだ。ユーリ嬢といい、セリーナ大使夫人といい、良い広告塔に恵まれているよなぁ」


 余裕で貿易問題を語っていたジェラルドが、ユーリと踊った後呆然としたままなのを、ハロルドは軽く小突いて我に返らせる。


「忠告したのに、真剣に聞かないからだよ」


 ハロルドに揶揄されて頬を赤らめたジェラルドは、バツの悪そうな顔をした。


「傍目で見ているぶんには、綺麗なドレス姿だと思っているだけだったけど、ホールドしてダンスしてみると背中がセクシーで……ヤバ過ぎだよ! イルバニア王国側は、グレゴリウス皇太子しか踊ってないんだよな。ユーリ嬢のドレスが、男心にどれほどの欲望を駆り立てるか知らないのではないか? チェーンを引きちぎってしまいたくなるのを抑えるのに必死で、馬鹿なジョークを飛ばして呆れられたよ~」


 マゼラン卿は若い子息達が集まって何やらゴチャゴチャと言い合っているのを不審に思って、話に割り込む。


「父上、今宵のユーリ嬢のドレスは、問題がありすぎです。私達はエドアルド様に忠誠心を持ってますから、魅了されても踏みとどまりましたが、あれではユーリ嬢に求婚者が続出しますよ。穏便に、イルバニア王国側に何か対策をうつように伝えて下さい」


「それ程、背中があいてるようにも思えないが? 今宵出席している令嬢でも、胸や背中がユーリ嬢のドレスより露出度が高いのも多いと思うから、そんな失礼な事が言えるか」


 実際にダンスしてみるとわかりますと、三人に異口同音に言われて、ふむと考え込む。


 舞踏会に出席している令嬢のドレスが不適切なほどセクシーだなんて、胸がほりだされているわけでもないのに無礼だし、まかり間違えば侮辱とも取られるとマゼラン卿は考えた。


 しかし、三人に強く言われると実際にダンスしてみようと、機会をうかがった。


 ちょうど、知り合いの子息がユーリとダンスしているので、年甲斐もないが好都合だとダンスに割り込んだ。


「少し、ユーリ嬢をお借りしても良いですか?」


 うっとりとダンスしていた相手は、割り込んできた相手を睨みつけたが、マゼラン卿と知って驚いて譲る。


「一度、ユーリ嬢とは踊ってみたくて、年甲斐もなく割り込んでしまいました」


 ユーリは舞踏会で何回か割り込んでこられたことはあったが、大概は若い子息達で、マゼラン卿みたいに落ち着いた年の方が割り込みをかけたのに驚く。


「いえ、知らない方と踊るより、楽しいですわ。ハロルド様や、ジェーン様とも仲良くして頂いて感謝していますの。とても仲の良いご兄弟で羨ましいですわ」


 ユーリと会話しながらダンスをしたマゼラン卿は、流石に娘の年頃の令嬢なのでハロルド達ほどは魅了されなかったが、彼等の言い分は理解できる程度には背中に惹きつけられた。


 曲の途中からだったので、あっという間にダンスは終わり、ユーリを後見人の大使夫人のもとに送り届ける。


 イルバニア王国側は、ユーリにマゼラン卿が割り込んでダンスしたのに驚いていた。


「少し、お話があるのですが……」


 ユーリの指導の竜騎士でもある身内のユージーンに、そっとマゼラン卿は忠告する。


「一度、ユーリ嬢とダンスしてみた方が宜しいかと思いますが……」


 ユージーンはユーリのドレス姿に問題を感じていなかったので、こういう事に詳しいジークフリートにマゼラン卿の言葉を伝える。


「別にユーリのドレスは、それ程セクシーだとは思わないのだが……カザリア王国側は、もうエドアルド皇太子の妃だとでも勘違いしてるのではないか。未亡人か、カチカチの道徳家のようなドレスを着せろと言いたいのだろうか? ほら、あの令嬢のドレスの方が背中が丸出しじゃないか」


 ユーリのドレスにイチャモンを付けられたようで、ぷんぷんしているユージーンを宥めて、ジークフリートも背中は開いているが、品の良いドレスだと思っていたので不審に感じた。


「ダンスしてみればわかると言われたのですね。続けて割り込むのは格好悪いですが、マゼラン卿が根拠もなくユーリ嬢のドレスにケチをつけるわけもないでしょうから」


 ジークフリートはユーリに割り込んでダンスを始める。


 割り込まれた相手は見事過ぎるジークフリートのダンスに見とれてしまい、苦情を言うのも忘れてしまった。


 舞踏会に出席していた全員が、ユーリとジークフリートのダンスに注目して、踊っていたカップルも何組かはダンスを止めて見とれる。


 ジークフリートにリードされたユーリは、くるくるとターンを繰り返して、その度に背中のチェーンがシャンデリアの灯りを反射してキラキラと煌めく。


「やはり、ジークフリート卿にはかなわないな~。本当に一度ダンスを教えて欲しいよ。グレゴリウス皇太子はラッキーだよね、ダンスを教えて貰えるから」


 ユリアンの呑気な賞賛の声に、ハロルドとジェラルドはがっくりとする。


「馬鹿か! ジークフリート卿はグレゴリウス皇太子の指導の竜騎士なんだぞ。ダンスだけでなく、女性を口説く指導もしてるかもしれないじゃないか」


「イルバニア王国一の色男を側で見ているだけでも、かなり勉強になるはずだよ」


 三人がゴチャゴチャ言い合っているうちに、ジークフリートとユーリのダンスは終わった。見ていた人から、思わず拍手がわくほどの素晴らしいダンスだった。


「少し休憩を取りましょう」


 ジークフリートに休憩を勧められて、もともとはダンスが苦手なユーリは喜んで椅子に座る。ジークフリートは冷たいレモネードをユーリに渡し、喉が乾いて美味しそうに飲んでいるのをよそに、ユージーンに問題ありと目で知らせる。


「セリーナ大使夫人、ユーリ嬢のダンス相手は、そろそろ終わりですよね。ユーリ嬢もお疲れみたいですので、暫く休憩をとられた方が良いみたいです。今夜は遅くまで舞踏会が続きますから、一度自室で休まれたら如何でしょう?」


 言い分に不審を抱いたが、マゼラン卿、ジークフリートと次々とユーリのダンスに割り込んだのを不思議に感じていたので、調子をあわせて自室に下がるのを許可した。


「どういう事ですの? ユーリ嬢はお昼寝をされているから、まだお疲れではないはずよ」


 ユーリがラッキーと侍女に付き添われて自室に下がると、わけをジークフリートはセリーナに話す。


「でも、ユーリ嬢のドレスはそれ程背中は開いてないわよ。ほら、あの令嬢や、そこの令嬢の方が背中も胸もあいてますわ」


 大使や外務次官も、セリーナに同意する。


「私もマゼラン卿に言われた時はそう思いましたが、ダンスしてみると、あのドレスは凄くよく男心を考えられて作られているのです。背中が丸出しになっているより、チェーンがターンする度にパァッとひらいてチラッと垣間見える方が、より魅力的なのですよ。もっと背中を見たくなって、チェーンを引きちぎってしまいたくなるような欲望を掻き立てるドレスなのです。私やマゼラン卿ですら魅了されるのですから、若い子息達には目の毒でしょう」


 ジークフリートの言葉に全員が黙りこくる。途中でドレスを着替えさせたりしたら、ユーリは不審に感じて訳を知りたがるだろうし、さりとてこのままでは問題が起りかねない。


「私がユーリのドレスにシャンパンをかけましょうか? ユーリは怒るでしょうが、他のドレスに着替える口実になりますよ」


 一瞬、名案に思えたが、あれほど魅力的なドレスを台無しにするのに躊躇う。


「駄目、あんなに素晴らしいドレスなのよ。男性方が魅了されるからという理由で、あの素晴らしいドレスを使い物にされないようにするだなんて犯罪だわ。ユーリ嬢が魅力的だから、ドレスでより魅力的になってるだけですもの。フランツ卿、ドレスにシャンパンなんかかけたら殴りますわよ! そうですわ、ユーリ嬢はほとんどの相手と踊ったのだから、後は休憩しながら身内とのみ踊ったら良いのよ」


 それで済むとは誰も思わなかったが、取りあえずセリーナの作戦で行くことにする。

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