34話 ラストダンスを私と

 イルバニア王国側がユーリのドレスの問題に気づいたのは、カザリア王国側にも伝わった。


「身内で固めてきましたか」


 マゼラン卿は露骨な手だなと、溜め息をつく。


 エドアルドも一応はダンススケジュールをこなしたので、ユーリを誘おうと思いながら休憩していたが、先ほどより大使や外務次官と踊っているのを不審に感じる。


「なんだか、ユーリ嬢はイルバニア王国の人達と踊るのが多いな?」


 ハロルドは、エドアルドにユーリのドレスが問題になったのだと伝える。


「馬鹿馬鹿しい! ユーリ嬢のドレスに問題なんか無いさ。ユーリ嬢が魅力的なのと、男共の下心のせいじゃないか。確かに魅力的な背中だと思ったけど、ドレスのせいじゃ無いさ」


 もともとユーリラブのエドアルドには、これ以上魅了される余地が無いのかもとハロルド達は呆れる。


「このままじゃあ、イルバニア王国側の下手な作戦がばれてしまう。私もユーリ嬢に申込むから、君達も協力してくれ」


 え~、私達もくらくら魅了されてしまうのですとは、凄い剣幕のエドアルドには言えず、ユーリと次々とダンスする。


 グレゴリウスもフランツも、ユーリのダンス要員だ。


 傍目からは、ユーリを巡ってエドアルドとグレゴリウスとが争ってダンスに誘い、合間に学友のハロルド、ユリアン、ジェラルド、フランツが挟まっているように感じられる。


 夜中になると年配者は後見人を除いて退出するようになり、舞踏会場は若い貴族や令嬢が踊っているだけになる。


「仕方ありませんわ、流行の曲も演奏させましょう」


 優雅なセリーナとしては不本意ではあったが、ニューパロマで若い人達の間で流行っているトロットや、パドトワレを少し混ぜて演奏させる。


「ユーリ、トロットの特訓の成果を試させてくれない?」


 前にエドアルド主宰の舞踏会でフランツは下手くそなトロットを踊り、ユージーンにこっぴどく叱られて、ジークフリートに特訓してもらったのだ。


「足を踏むかも? 私は声楽のレッスンが忙しくて、トロットの特訓をしてないもの」


 足を踏まれるのはリードする男性が下手だからですと、ジークフリートにきつく説教されていたので、フランツは頼み込んでリベンジする。


 ユーリとフランツがトロットを踊り始めるのに気づいたエドアルドは、また下手くそなダンスだったら割って入ろうと準備していたが、この前とは打って変わった上手なトロットだった。


「フランツ卿は、かなり練習されたみたいですね」


「やはり、ジークフリート卿にダンス習いたいな~。あの酷いトロットが、このひと月もしない間に素晴らしくなってるんだもの」


「一度、ジークフリート卿のパドトワレが見たいな~。ユーリ嬢と踊られたら、良いのに~」


 エドアルドは呑気な学友達と違い、ジークフリートのユーリへの愛情は保護者を超えているのではと嫉妬していたので、どれほど見事なダンスだろうと踊って欲しくない。


『ジークフリート卿みたいなプレーボーイを娘の保護者にしなくても良いのに……まぁ、瀕死の負傷をしておられたのだから、ウィリアム卿に文句は言えないけど……』


 ニューパロマではパドトワレやトロットやリースが流行っていたが、どうも練習不足なダンスが目立つ。


「もう! こんな下手なダンスは御免ですわ。イルバニア王国大使館に相応しい舞踏会にしなくては……ジークフリート卿、ユーリ嬢とお手本になるような素晴らしいパドトワレを踊って、雰囲気を引き締めて下さい」


 セリーナは下手な殿方はパドトワレなど踊るべきではないと、パートナーを高く差し上げてバランスを崩している子息に眉を顰めた。


「ユーリ嬢、私と踊って頂けますか?」


 ユーリは夜も更けて来たので少し疲れていたが、ジークフリートのリードで踊るのは楽に感じる。


 ユーリとジークフリートのパドトワレは優雅そのもので、高く掲げられたユーリがターンしながら降りてくる時に銀クザリがファーと広がる様も美しかった。


「う~ん、やはりジークフリート卿にはかなわないな~。ユーリ嬢を凄く美しく見せているし、完璧なリードだよね」


 マゼラン卿もジークフリートの見事なダンスを堪能したが、グレゴリウスの指導の竜騎士に、イルバニア王国一の色男を選んだアリスト卿の真意は何処にあるのか考えてしまう。


 ユーリの指導の竜騎士をユージーンにしたのは、優秀なことは勿論だが、身内だからだと納得できた。ジークフリートも優秀な外交官だし、武術にも優れているが、やはりお年頃の皇太子を配慮して恋の相談相手役としての役割もあるのかと推察する。


「そろそろ、舞踏会もお開きでしょうな。ラストダンスを予約されているのですから、大目にみなさい」


 マゼラン卿はグレゴリウスとユーリがダンスしているのを、嫉妬を隠せない様子で見ているエドアルドに軽い注意を与える。


「だって、ユーリ嬢はもうすぐ帰国されるのですよ。夏休みは、今年は初めて離宮のあるストレーゼンで過ごされると言ってました。勿論、数日はフォン・フォレストでゆっくりされるとも言われてましたが、グレゴリウスも離宮に行くのに!」


 ライバルと夏休みを過ごすのを想像すると、胸がチリチリと痛むエドアルドだったが、マゼラン卿に本格的な社交シーズンにユングフラウで再会できますよと慰められる。


「それは楽しみですが、ユーリ嬢を帰国させたくありません」


 恋するエドアルドの愚痴をマゼラン卿は、やれやれと宥める。



 グレゴリウスはユーリと何回もダンスできて上機嫌だった。


「明日の晩餐会が終われば帰国できるね」


 ユーリもグレゴリウスが特使として立派に役目を果たしたとお祝いをいう。


「皇太子殿下も帰国されたらゆっくりなさるのですか?」


「ええ、ストレーゼンの離宮で過ごします」


「そうですか、ゆっくりされたら宜しいですわね」


 ユーリは離宮は日頃は公務で忙しい王族が、身内だけで寛ぐのだと知っていたので、会うことは無いだろうと微笑んだ。


『ユーリをお祖母様に離宮に招待して貰おう! 邪魔なエドアルドがいないストレーゼンで、ゆっくりとユーリを独占したい』


 ユーリがストレーゼンに行くのは、パーラーの資金を出資して貰う人々を勧誘する為だ。グレゴリウスの思惑通りにはいきそうもなかった。


 ラストダンスを予約しているエドアルドにユーリを手渡すのに、グレゴリウスはかなりの自制心を動員した。


『チェッ! なんでラストダンスを彼奴と踊らさなきゃいけないんだ』


「ユーリ嬢、これがカザリア王国でのラストダンスになるのですね」


 エドアルドに熱い視線で見つめられると、ユーリも少し感傷的になる。


「1ヶ月、長かったような、あっという間だったような気もします。エドアルド皇太子殿下には親切にして頂いて、感謝しております」


 感謝よりもお心が欲しいとエドアルドは、まだお子様なのかなと溜め息をつく。


「ユーリ嬢、私と過ごした日々を忘れないで下さいね」


 ユーリはニューパロマでお土産を買ったり、狩りで狩猟小屋に行かされたり、王妃の目を盗んで皿を取り替えて貰ったこと、そして大泣きをしたのも思い出した。


「エドアルド皇太子殿下には、ご迷惑をおかけしましたね」


「迷惑だなんて、とんでもありません。この一ヶ月は夢のように過ぎました」


 ラストダンスの最後に、ユーリの手を取りキスをしたが、グレゴリウスだけでなく全員が長すぎるだろうと呆れた。


『ありりゃ! そのくらいにしないと、ほら! ユージーン卿が出てきますよ』


 指導の竜騎士と保護者を兼ねるユージーンにユーリと引き離されて、渋々エドアルドも舞踏会の終わりを受け入れる。



 ラストダンスが終わり、舞踏会もお開きになった。


 ユーリは大使夫妻やグレゴリウスと共に招待客を見送ると、どっと疲れが出た。


「お疲れ様でしたね」


 いつもは夜中になる前に退出していたので、舞踏会のラストまで頑張ったユーリに全員からの労いの声が掛かる。


「あと2日! 明日いえ今夜の晩餐会が終われば、当分は社交行事は無いわ。一生分の社交をした気分だわ! ユージーン本当に社交界を引退しては駄目なの? 私は全く向いてないわ~」


 くたくたのユーリの愚痴をいつもなら叱り飛ばすユージーンが、上手くこなしていたよと寛大な評価で慰めているのを、絆の竜騎士になってまだ本調子では無いからだろうかと他のメンバーは思いながら自室に戻った。

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