32話 無礼なプロポーズ

 グレゴリウスやユーリが招待側として次々とダンスをしている傍ら、マゼラン卿とジークフリートとユージーンは、エドアルドの遊学についてお互いの腹の探り合いになっていた。


 マゼラン卿はいつもの辛辣さに欠けるユージーンに訝しさを感じたが、ユングフラウでもグレゴリウスの指導の竜騎士であるジークフリートとは違い、ユーリの指導の竜騎士を離れるからだと考える。


「それにしても、今夜のユーリ嬢はお美しいですな。もともと可憐な容姿ではありますが、この一ヶ月で美しさに磨きがかかったように感じますね。今年、ニューパロマで社交界にデビューした令嬢は、ユーリ嬢のドレスに憧れていますよ」


 珍しいマゼラン卿の社交辞令に、ユージーンはあれで中身が伴っていれば良いのだがと思う。


 ジークフリートは、確かにこの一ヶ月でユーリが女の子から美しい令嬢に変身したのを感じていたが、エドアルドがユングフラウに遊学する時期なので素直に喜べない。


 そんな教育係や指導の竜騎士達の視線の先にいるユーリは、思いがけない相手とダンスしていた。


「アレックス様がダンスされるなんて、知りませんでしたわ」


 セリーナが選んだ相手と踊っていたユーリに、アレックス・フォン・クレメンスが割り込んで来たのだ。


 ユーリは割り込んできたのがアレックスだと、最初わからなかった。


 今夜のアレックスは侯爵家の子息に相応しい服装だったし、髪にも櫛が入っていたので別人に思えたのだ。


「あまりダンスは好きではありませんが、家にイルバニア王国大使館の舞踏会の招待状がありましたので。

帰国される前にユーリ嬢と、是非一度お話したいと思っていたので、親について来たのです」


 ユーリはアレックスがダンスとか社交とかに興味を持つタイプだとは思っていなかったので、話したかったと聞いてうんざりする。


 セリーナに窮状を訴える視線を送ろうとしたが、その前に曲が終わり強引にテラスにエスコートというか、腕をつかんで連れていかれてしまう。


 もちろん、マゼラン卿、ユージーン、ジークフリートも、ユーリがテラスにかなり強引に連れて行かれるのに気づいた。


「ユーリの相手はどなたですか?」


 ジークフリートもユージーンも、サマースクールには参加していなかったので、アレックスの名前は知っていたが顔は知らなかったのだ。


「彼はアレックス・フォン・クレメンスです。クレメンス侯爵の嫡男ですが、ライシャワー教授の助手をしている変わり者です。何故、イルバニア王国大使館の舞踏会に現れたのでしょう」


 マゼラン卿も、エドアルドに発熱させた件で、ライシャワー教授とアレックスには山ほど言いたい事があったのだが、ターシュを探しに行ったとかで行方不明になっていたのだ。


 こんな時に現れてユーリを強引にテラスに連れ去るなんて無礼な行為をするぐらいなら、行方不明のままでいてくれたら良かったのにと毒づきながら、ジークフリート達のあとを追う。


「アレックス様、困りますわ。次のダンスの相手が決まっていますのよ」


 ヘンリー国王の従兄弟のアレックスを投げ飛ばすわけにもいかないので、テラスに一緒にきたが、また真名について聞かれても困るとユーリは舞踏会の会場に帰ろうとする。


「ユーリ嬢も社交はお嫌いでしょう。次のダンスの相手なんか、ほっておいたら良いのです。真名について聞かれると、警戒されているのですね。それは聞きたいのは山々ですが、どうせ教えて下さらないのでしょうから、今は諦めましたのでご安心ください」


 アレックスの言葉でユーリは少しは安心したし、自分が社交もダンスも好きではないと見抜かれているのに驚いた。


「アレックス様は何故私が社交が嫌いだと、おわかりになりましたの」


「自分と一緒ですから、わかりますよ。私も社交が嫌いですから! そんなことより、教授とターシュを探しにリヒャルド皇子の居城跡付近の探索をしたのですが、影すらも見つけられませんでした。ユーリ嬢、一緒にターシュの探索に行きませんか? カザリア王国とイルバニア王国の同盟締結できたのですから、お暇でしょう。見習い竜騎士のリューデンハイムも、夏休みがあると聞きました。夏休みにターシュを探しに行きましょう」


 熱烈なお誘いだったが、ユーリにも夏休みには予定がいっぱいだったので、キッパリお断りする。


「私はターシュを探しに行きませんわ」


 頓珍漢なアレックスは、自分がこれほど興味を持っているターシュ探索にユーリが行きたくない筈がないと思い込み、年頃の令嬢が独身の自分との探索の旅を躊躇っているのだと勝手な結論を出した。


「私は、諦めませんよ! なんだったら、貴女と結婚しても良いと思ってます。親にも廃嫡しない条件として、結婚するように命令されましたし、私達と山岳地帯に探索されるのを評判を気にして躊躇されるなら、妻としてなら良いでしょう」


 恋愛音痴のユーリではあるが、こんなあんまりなプロポーズにはがっかりする。


「いえ、ターシュ探索には興味ありませんし、結婚して頂かなくても結構ですわ。私は夏休みにしたい事が山ほどありますから、お断りします!」


 舞踏会を走るわけにもいかないので早足でテラスに着いたマゼラン卿達は、あまりに酷いアレックスのプロポーズと、手厳しいユーリのお断りに、笑いの発作が押さえきれなくなる。


 ユーリがアレックスにテラスに連れ出されたのに、フランツや、グレゴリウス、エドアルドも気づいていたので、礼儀正しい両殿下もダンスの予定を放り出してテラスに来てしまった。


 そこで笑い転げているマゼラン卿、ユージーン、ジークフリートを見つけた。


「アレックス様、ユーリ嬢はターシュ探索に興味を持たれていませんよ。それに、あのようなプロポーズでは、どの令嬢でも承諾されないでしょう」


 何が悪くて断られたのか理解できていない様子のアレックスは、ユーリがまだお子様だからと、間違った結論を出して一人で納得する。


「ユーリ嬢はややこしい年齢ですね。結婚するにはお子様だし、かといって一緒に旅するには年頃の令嬢だとか言われるし。そうだ! 誰かと結婚されたら、ご主人と一緒にターシュの探索に行きませんか? 私も貴女と結婚したいわけではありませんので、都合が良いですけどね」


 勝手なプロポーズしておきながら、結婚したくないとは無礼にも程があるが、ユーリはあまり腹が立たない。


「そうですわね、見習い竜騎士の間は結婚するつもりはありませんし、いつ結婚するかもわかりませんが。

第一、結婚できるかどうだか」


 仕事に理解のある相手が見つかるのかと、少し不安を感じているユーリの言葉に、成熟した女性が好みのアレックスはまたもや勘違いする。


「もう少し成長されたら、結婚相手も見つかりますよ。グラマーな女性が好きな男ばかりではありませんので、気長に相手を探せば大丈夫です。それにどうしてもお相手が見つからなければ、結婚してあげても良いですから、ターシュ探索に協力してください」


 グレゴリウスもエドアルドも、アレックスのあまりに無礼な言葉に怒りを覚える。


「そうですか、う~ん? 結婚相手が見つからなければ、お願いするかもしれませんわ。あっ、私は結婚しても仕事を続けますわよ。それを承知して貰わなければ駄目ですわね」


 二人はユーリがアレックスの無礼な提案に怒らないで、結婚を考えているのに驚く。


「これで、一人は相手をキープできたので、本腰を入れて竜騎士をめざせますわ。アレックス様が途中で結婚相手を見つけられたら、反故にして構いません。私も雷に打たれた様な恋に落ちるかもしれませんしね。その時は、このお話はなかった事にして下さい」


「ええ、できるだけ結婚はしたくないので、自力で相手を探して下さい。結婚なんてしたら、研究の邪魔をされそうですし。そうか、ユーリ嬢は結婚しても仕事されるのでしたら、あまり研究や読書の邪魔にならないかもしれませんね~それは好条件かな」


 エドアルドは、ユーリが変わっているのはわかっているつもりだったが、アレックスとの会話には呆れすぎてついていけない。


「ユーリ嬢、こんな無礼なプロポーズをお受けになるのですか?」


 マゼラン卿はアレックスの結婚したくはないが、売れ残ったらしてあげても良い的な発言を受け入れているのを驚いてしまう。


「だって、全て仮定の話ですもの。私が竜騎士になって、結婚相手が見つからなくて、そろそろ子供が欲しいと思った時に、好きな相手がいない場合のみでしょう。アレックス様は私みたいなグラマーじゃない女の子はお好みじゃないみたいですから、実現はしそうにありませんもの」


 ユーリの言葉で、全員が安堵の溜め息をついた。


「驚いたよ! ユーリがアレックス様と結婚したら、どうしょうかと思ったんだ」


 失礼なフランツの発言だったが、全員が同感だったので誰も諫めない。


「ユーリは、子どもは欲しいと思っているんだ?」


 グレゴリウスの質問に、エドアルドも、答えを真剣に聞きたいと思った。


「そうね、子どもは欲しいと思っているわ。今は見習い竜騎士だし、仕事も覚えたいから無理だけど、何人か欲しいわ。でも、仕事と子育ての両立する自信がなくて……だから、当分は仕事に専念するつもりよ」 


 結局、まだユーリはお子様で、アレックスとの結婚も仮定の上での話に過ぎないと理解して安心したが、マゼラン卿はそんなユーリが子どもだけは欲しがっているのに疑問を持つ。


「ユーリ嬢は結婚相手を探すことはあまり積極的ではなさそうなのに、子どもを持つというのは真剣に感じますが、何故なのでしょう」


 マゼラン卿の質問に、頬を染めたユーリは、自分が結婚を望んでないのかもと気がついた。


「私は結婚はまだよくわからないし、仕事に理解ある相手が見つかるとは限らないから、したくないのかもしれませんわ。でも、子どもはいつかは欲しいと思ってます。いえ、子どもは産まなくちゃいけないの。まだ先のことだけど、結婚相手が見つからなかったら、子どもだけでもどうにかしなくちゃいけないと思ってたから、アレックス様がキープできてホッとしたのですわ」


 ユーリの子どもを産まなくちゃいけないと言う言葉に、フランツはハッとする。


「それは、フォン・フォレストのお祖母様が君に求めている、あと一つの事だからか?」


「フランツ、よくわかったわね。そうなのよ、お祖母様は私に他のことは要求されないから、断れなくて……でも、子どもは一人では作れないから、悩んでいたの」


 貴族として子孫を残すのを強要されるのは珍しい話ではないが、普通は結婚相手を探す方に力を入れるだろうと思う。


 主役の両皇太子達とユーリがテラスに逃げ出したのでは舞踏会は成り立たない。セリーナに雷を落とされて、両皇太子、ユーリはダンスに戻ったが、マゼラン卿、ジークフリート、ユージーンとアレックスはテラスに残った。


「アレックス様、まだ恋愛に興味のないユーリ嬢の言われた戯言を本気にしないでください。それに、ユーリ嬢はエドアルド皇太子殿下の妃候補なのですから、迂闊な発言は控えて下さい」


 マゼラン卿はユーリの前では怒りを抑えていたが、アレックスには言いたい事が山ほどある。


「いくら私だって、パロマ大学でも話題だから、ユーリ嬢がエドアルド皇太子殿下の妃候補なのは知ってますよ。でも、本人にはその気が無さそうですがね。彼女は子どもが欲しいだけで、結婚はしたくないのではないかな? 仕事をするのに旦那は邪魔なだけだけど、子孫を残す義務は果たさなければいけないと思っているのでは? 私も結婚なんて研究の邪魔なだけだから、したくないので彼女の気持ちは理解できますね。まぁ、彼女が売れ残った場合のキープですから気楽ですよ。私は華奢な女性は好みではないが、どうやら両国の皇太子殿下は気に入っておられるみたいですし。他の人達もユーリ嬢を魅力的だと思う人も多いみたいですから、売れ残りにはなりそうもありませんしね」


 あまりに失礼な発言に、マゼラン卿は呆れ果てる。


「そうだ、マゼラン卿! ユーリ嬢とエドアルド皇太子殿下がうまくいくのを私も願っているのですよ。ユーリ嬢の魔力と、エドアルド皇太子殿下のリヒャルド皇子直系の血筋があれば、ターシュを呼び寄せられるかもしれませんから。是非、二人を結婚させるように、頑張って下さい」


 無礼な激励を受けて、マゼラン卿は国王の従兄弟でなければ殴り飛ばしてやりたいと思ったが、もう用事は済んだと大使館を後にするアレックスを睨みつけるだけにした。


「なかなか、強烈なお方ですね。こちらとしてもアレックス様とユーリ嬢の結婚は、考慮の余地もないとだけお伝えしておきます」


 ジークフリートは柔らかな口調ではあったが、怒りをこめて抗議する。


「マゼラン卿、ユーリの側にアレックス様を彷徨かさないで下さい。彼女はまだ世間知らずで、アレックス様が苦学生だからと同情しているのです。それとも、エドアルド皇太子殿下がユーリの気持ちを捕らえられない場合の、第二の候補者なのですか」


 ユージーンの辛辣な物言いにカチンときたが、キッパリと違うと否定する。


「それにしても、ユーリ嬢は変わった考えの持ち主ですね。アレックス様のあれほど無礼なプロポーズを、仮に売れ残った場合とはいえ受け入れるなんて……普通の令嬢なら、絶対無いでしょう。彼女の男性の好みは変わっているのでしょうか? エドアルド皇太子殿下も、そちらのグレゴリウス皇太子殿下も、どちらも立派な皇太子殿下で、令嬢なら好意を示されたら夢心地になるはずですがね? まだ精神的に幼くて恋愛に興味がないからだとは思いますが、アレックス様のような変人が好みだとかは無いでしょうな?」


 そのエドアルドの熱烈なアプローチを、政略結婚を押し付けられたのに義務感からしているとユーリが感じていたとは、マゼラン卿に口が裂けでも教える気持ちのない二人だった。


「さぁ、ユーリ嬢はファザコンだとは言ってましたから、まだ恋愛には関心が無いのでしょう。父親を結婚相手に思っているお子様ですから」


 マゼラン卿はユーリの父親であるウィリアム卿はどの様な人物だったのか、至急に調査しようと心に決めた。

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