9話 なぜ竜騎士にならないの?
瀕死のウィリアムを家に連れて帰ってくれたのがジークフリート卿だとわかり、泣いていたユーリも落ち着きを取り戻した。
『ユーリも泣き止んだみたいだから、帰るね』
普段の過保護のイリスらしくない態度に、イルバニア王国側の竜騎士達は驚く。
『えっ、もう帰るの? せっかく郊外に来たのに……
竜舎より気持ち良いだろ?』
フランツは竜達がニューパロマに来てからは、連日の会議や社交で竜舎でのお留守番が多いのをこぼしているのを聞いていたから、さっさと帰ろうとするイリスらしくない態度を変だと感じる。
『だって、ハロルドやユリアンやジェラルドは竜が嫌いだから。私がいるとイヤだろうし……マルスも、嫌われていると愚痴ってたよ。なんで、ハロルド、ユリアン、ジェラルドは竜騎士の資質があるのに、竜騎士にならないの? 竜が嫌いだから?』
傷ついた様子で話すイリスに他の竜騎士達は驚いたが、ユーリは慌ててイリスを叱りつける。
『イリス! カザリア王国には、イルバニア王国とは違う事情があるのよ。多分、他国の竜騎士の基準は違うの』
『だって、変だよ? ハロルド、ユリアン、ジェラルド! 私の声が聞こえてるんだろ?』
竜騎士達の目がイリスから遠ざかろうとしていた、ハロルド達が驚いて棒立ちになるのを一斉にとらえた。
『イリス?』
三人は耳に飛び込んだ自分の名前をユーリの騎竜のイリスが発したものか自信が持てない。
『やっぱり、聞こえてるんだろ! 君たちの声も聞こえてるよ。竜が嫌いなんだ……竜が嫌いだから、竜騎士にならないの?』
『まさか、竜は嫌いじゃないよ……竜が僕らを拒否したんだ!』
ハロルドは竜騎士の資質がないと判断された時の痛みを思い出して叫ぶ。
「ユーリ嬢、彼らは竜騎士の資質がないと判断されたのです。でも、まさか……ハロルド! ジェラルド! ユリアン! イリスの声が聞こえているのか?」
イリスとのやり取りを聞いていたエドアルドは、愕然として叫ぶ。
呆然としいる三人はエドアルドの言葉に頷いたが、納得できないと怒り出す。
「私達は竜騎士の資質がないと言われたんだ! イリスは多分特別な竜で、私達に話しかけられるし、私達の声が聞こえるだけなんだ。女性の絆の竜騎士の騎竜だから、デリケートなんだろう」
イルバニア王国の竜騎士達は、突然の話についていけない。
「ユーリ、ちゃんと説明してよ」
グレゴリウスは竜騎士の資質というデリケートな話なので、こじらすとハロルド達やエドアルドともしこりが残ると心配する。
「ごめんなさい、カザリア王国の内政に干渉するつもりはないの。前にパロマ大学にイリスが飛んできた時に、ハロルド達は竜騎士の資質があるのに何故ならないの? と聞かれてたの。でも、ユージーンからカザリア王国の内政に口を出してはいけないと講義を受けていたから、イリスにも口出ししないように言ってたのに。もう、黙ってるように言ったでしょ」
ユージーンはこんな大切な事を黙っていたユーリに雷を落とす。
「ユーリ! 彼らが竜騎士の資質を持っているとイリスが言ったのに、黙っていろと言ったのですか? 馬鹿か君は! 彼らが竜騎士になれるチャンスを潰すつもりですか」
凄い剣幕で怒鳴られて、ユーリは耳を手でおさえる。
「まぁまぁ、ユージーン卿。そんなに怒鳴ってはユーリ嬢がお気の毒です。第一、貴方の説明不足じゃないのですか? ユーリ嬢とイリスの能力が優れているのを承知しながら、気づいた点を、少なくとも私達には言うように教えておけば良かったのですよ」
フランツはジークフリートがその情報をどのように利用していただろうかと想像して、ひぇ~と叫びそうになる。
なかなか外交官の道は奥が深いとフランツは独りで考える。
ユーリは女性の竜騎士だからデリケートだとか、ユージーンに馬鹿と怒鳴られたので、ふてくされてしまった。
「そんなに私やイリスが信用できないなら、エドアルド皇太子殿下の騎竜のマルスに聞いてみたら? マルスも貴方達に嫌われていると愚痴ってたわよ」
エドアルドは自分の騎竜マルスを、竜騎士の素質が無いと判定されて傷ついた友達に、近づけないようにしていたのだ。
「エドアルド皇太子殿下、マルスをお呼びになれば彼らも納得すると思うわ」
こんなニューパロマ郊外まで自分の騎竜を呼び出すのは無理だとエドアルドが言うのを聞くと、ユーリはじゃあ私が呼ぶわとマルスに呼びかけた。
『マルス! エドアルド皇太子殿下と王家の狩猟場に居てるの、すぐに来て!』
全員が自分の騎竜でもないマルスを呼び寄せられるのかと疑問に思ったが、程なくマルスの姿が見えた。
『ユーリ!』
嬉しそうな叫び声と共に舞い降りた自分の騎竜に少し複雑な思いを抱いたエドアルドだったが、それどころではない重大な件で呼び出して貰ったのだと気を取り直す。
『マルス! ハロルド、ジェラルド、ユリアンに話しかけてくれないか?』
エドアルドの頼みに、微妙な感じでマルスは答える。
『エドアルド、彼らは私が嫌いなんだ。だから、話しかけない!』
『そんなことないよ、マルス、協力してくれよ! 大事な事なんだ』
『だって……私を嫌って、避けるんだもの』
竜は人に怖がられようが嫌われようが、本来は気にしない。何故なら通じないからだ。
しかし、竜騎士の素質のある三人の自分を避ける負の感情と、絆の竜騎士であるエドアルドが彼らから自分を遠ざけようとする態度で、素直なマルスも感情を損ねていた。
エドアルドが拗ねたマルスの説得に手間取っているのを、ユーリは見かねていたがイリスが嫉妬するので手伝えない。
「ユーリ、マルスを説得できるんじゃないか? このままでは埒があかない」
グレゴリウスに言われて、マルスに近づくと、イリスが『ユーリ!』と嫉妬して騒ぎだす。
『イリス、ユーリにはこの後で、ゆっくり一緒に過ごして貰うから。そうだね、海水浴に連れて行って貰うと良いよ。だから、ちょっとマルスと話しても良いだろう』
グレゴリウスに海水浴の許可を貰ったイリスはちょっとだけならと、マルスを説得するのを許した。
だが、海水浴と聞いてマルスも『行きたい!』と騒ぎ出して、ハロルド達の竜騎士の資質問題はほったらかしにされてしまう。
「グレゴリウス皇太子殿下、竜の前で海水浴は禁句なんです。それに私は声楽のレッスンがあるので、海水浴に行く暇なんてないわ」
「声楽のレッスンはサボって良い」
「控え室で待機しなくて良いから、竜達を海水浴に連れて行ってあげなさい」
「兎に角、この蛇の生殺しのような状態を、どうにかしろ!」
「このままじゃあ、困ります。ユーリ嬢、マルスを説得して下さい」
全員から許可を貰ったユーリは、マルスの目の周りを掻いてやりながら説得し始める。
『マルスは彼らに嫌われていると思ってるみたいだけど、お互いに誤解しているのよ。ハロルド、ジェラルド、ユリアンは、竜達に拒否されたと思って傷ついたの。だから、竜に近づきたくないと感じていたのよ。イリスは彼らが竜騎士の資質を持っていると言ってるけど、マルスも彼らに話しかけてみて』
ユーリの説得にマルスは『嫌われてない?』と、恐る恐る『ハロルド……ジェラルド……ユリアン』と小声で話しかけたが、三人には聞こえない。
「やっぱり!」とがっかりさせてしまった。
『マルス! ちゃんと三人と話さないと海水浴に連れて行かないわよ! さあ、呼んでみて』
ユーリに怒られて、マルスは三人に大きな声で呼びかけた。
『ハロルド! ジェラルド! ユリアン! 私を嫌っていないの?』
三人はハッキリとマルスの声が聞こえて『嫌ってないよ!』と叫び返す。
『ハロルドも、ジェラルドも、ユリアンも私を嫌っていないと言ってるよ! 良かった、嫌われてなかったんだ』
嬉しそうなマルスを見ていてユーリは『可哀想に、傷ついていたのね』と首に抱きついたから、イリスの我慢も限界を超える。
『浮気者! ユーリは私の絆の騎士なのに』
巨大な竜が嫉妬で地団駄踏む姿は、凄く怖ろしい。
でも、ユーリには困った可愛い子に見えるみたいで、エドアルドに後をまかせてイリスのご機嫌をとるのに熱中してしまう。
「エドアルド皇太子殿下、マルスの目の周りを掻いてあげて下さい。マルスは皆に嫌われていると思って傷ついていたんですから。もう少しマルスと一緒の時間を過ごしてあげて下さいね。可哀想だわ! マルスは皇太子殿下の騎竜なんですよ」
『ユーリは私の絆の竜騎士なんだから、他の竜の事ばかり考えちゃ嫌だ。ねぇ、もう用事は終わっただろ、まだ日は高いし、海水浴に行こうよ』
ユーリはイリスに海水浴を許可したグレゴリウスを困ったように眺める。
「イリスは海水浴に行きたがってるけど、マルスも連れて行かないと駄目よね? あちらは、とても海水浴どころじゃなさそうなんだけど、どうしようかしら」
エドアルドはマルスの目の周りを掻きながら、固まってしまった学友達をどうしらいいのか困りきっているのに、ユーリが無責任にも海水浴に行こうかなと相談しているのに半泣きになりそうだ。
「ユーリ嬢、私達をほって行かないで下さい。ハロルド、ジェラルド、ユリアンもまだ信じられないでパニクック状態です。どうにかして下さい」
ユーリはエドアルドにどうにかと言われてもと困ってしまう。
だが、棒立ちのままの三人を放置できないと思った。
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