8話 ジークフリート卿!

 昼食も終わり、ボート遊びや、ブランコに各々散って行ったが、池のほとりの平らな芝生の上で、学友達の数人が剣の腕前を争い始める。


 エドアルドの学友はパロマ大学生だったが、貴族の子弟なので武術の訓練も受けており、昼からの狩りが中止になって、若い体力を持て余していた学友達は、自慢の腕前を令嬢方の前で披露しようと勝手に盛り上がる。


 昼食後も、テントに残って並べられた焼き菓子や、フルーツを摘まんでいた令嬢方も、知り合いの学生を応援したり、どちらが勝つか当てあったりする。


「グレゴリウス皇太子殿下、フランツ卿も参加されませんか?」


 学友達がエドアルドやハロルド達を呼びにきたついでに、同世代のグレゴリウスや フランツにも参加を呼びかけた。


 ジークフリートやユージーンは、学友達の剣の腕前がそこそこで、怪我をするほど下手ではないのを見て許可を与える。


「あら、フランツ卿はレナルド様と試合するのね。

レナルド様は武門の出だから、剣はお上手なのよ」


 ユーリはフランツが武術でも優等生なのを知っていたので、安心して試合を見ていた。


 案の定、数回剣を交えただけで、フランツは楽勝する。


 グレゴリウスも楽に相手を下し、少しカザリア王国側を本気モードにさせてしまった。


「グレゴリウス皇太子も、フランツ卿も、かなりの腕前ですね」


 エドアルドも、年下の二人の腕前に感心する。


 鷹揚としているエドアルドと違い、学友達の不甲斐なさに、名門貴族のハロルド、ユリアン、ジェラルドはイラつきを感じていた。


 三人はそれぞれエドアルドを将来は支える立場になるので、学問、武術共に優秀だった。その上、竜騎士になれなかった負い目から、特に武術に自信を持てるまで鍛えぬいていた。


 親や祖父を竜騎士に持ち、幼い時からエドアルドの学友として一緒に文武両道に精進していたが、10才の竜騎士選抜の際に三人とも資質がないと判断されたのだ。


 その時の心の痛みをずっと引きずっていて、グレゴリウスが見習い竜騎士の学友を随行員として連れて来たのにも屈折した感情を持っていた。


 エドアルドも学友が竜騎士になれなかったのを気にして、彼らと騎竜のマルスとの接触を最小限になるように心掛けていた。


「エドアルド様、グレゴリウス皇太子と試合されたら? 私達も、フランツ卿、ユージーン卿、ジークフリート卿に試合を申し込みますから、両国の親善試合をしましょう」


 ハロルドは、フランツ、グレゴリウスの剣の腕前を見てかなりのものだと感じたが、こちらも負けてはいられないとライバル心を燃え上がらせる。


「グレゴリウス皇太子、どうされます? 彼らの挑戦を受けてたちますか」


 エドアルドはお遊びの剣の試合に、竜騎士の二人を参加させるのはどうだろうと案じた。


「私とフランツなら、年頃も経験も似てますから参加してもいいですが、ユージーン卿やジークフリート卿は竜騎士だから、ちょっと差がつくのではないでしょうか」


 自国の竜騎士への自信が窺われるグレゴリウスの発言に、エドアルもお遊びに参加して貰うのはどうかなと感じていたのに、何となくカチンときて是非とも勝負しましょうと言い出す。


 そう言われると若いグレゴリウスも引けなくなって、イルバニア王国とカザリア王国の親善試合が行われることになった。


「グレゴリウス皇太子、この勝負に勝った方が、今度のイルバニア王国大使館での舞踏会でユーリ嬢のパートナーを勤めることにしませんか」


「良いでしょう」


 二人の皇太子が勝手なことを言ってるのにユーリは腹をたてたが、見物していた学友達や令嬢方は盛り上がる。



 エドアルドとグレゴリウスは、ほぼ互角の腕前で激しい試合になったが、少しエドアルドが押され気味に見えたユーリは、火傷していたのだと心配する。


「グレゴリウス皇太子殿下! エドアルド皇太子殿下! お止め下さい! エドアルド皇太子殿下は、火傷されているのよ」


 グレゴリウスは、昼食後に手に括られていたハンカチを大事そうに胸ポケットにしまったエドアルドを思い出して、火傷していたのかと攻撃を止める。


 攻撃を止めた瞬間、エドアルドの剣が、グレゴリウスの剣をはね飛ばしたが、この勝負は引き分けとされた。


「もう、どちらとも踊らないから」


 自分を賭の対象にした二人にプンプン怒っているユーリを宥めて、どうにか機嫌をなおして貰い、お互いに再試合を約束しあった皇太子達だ。


 フランツは後ろの竜騎士二人が負ける訳ないと確信していたから、ユリアンと好勝負していたが、バランスを考えてほんの少し手を抜いて負ける。


 ユーリはフランツの腕前ならユリアンに勝てると思っていたので、少しの手抜きに気がついたし、二人の竜騎士も気づいた。


 ハロルドはユージーンが竜騎士とはいえ、まだ年は若いのでそんなに経験の差はないと判断していたが、二、三度剣を交えたところで自分とは格段上の実力に気がつく。


「ユージーンって、何でも優等生なんだから」


 ユーリはフランツにぼやいた。


「出来の良すぎる兄を持った、僕の苦労がわかるかい」


 フランツがぼやき返しているうちに、ユージーンは楽勝する。


 ジェラルドは学友達の中でも一番の腕前で、剣を構えただけで上手いのがユーリにも見てとれた。


「ジェラルド様は凄く剣が上手そうだけど、ジークフリート卿は大丈夫かしら?」


 竜騎士であるジークフリートの剣の腕前を疑う訳ではないが、自分の例までとは言えないまでも文官で武術がさほど得意でない人もいるのでは? と心配しているユーリを他のメンバーは笑う。


「ジークフリート卿は、皇太子殿下の指導竜騎士に選ばれたんだよ。剣の腕前も優れているさ」


 フランツの言葉通り、ジークフリートは優雅にジェラルドの攻撃を受け流している。


「やはり、ジークフリート卿は実戦を経験されているから、剣さばきが凄いな」


 ユージーンは自分より格上のジークフリートの剣さばきに感嘆の声をあげる。


「ジークフリート卿が実戦? 外交官なのに?」


 ユーリは外交官のジークフリートが実戦の経験があると聞いて驚いた。


「7年前のローラン王国との戦争だよ。ジークフリート卿は外交官だけど、竜騎士でもあるから参戦されたのだろう」


 フランツはユーリが呆然としているのを不審がる。


「ジークフリート卿だったんだわ! パパを家まで連れて帰ってくれた、もう一人の竜騎士は!」


 ジェラルドから完敗ですと挨拶を受けていたジークフリートに、ユーリは泣きながら抱きつく。


「なんで言ってくれなかったの? パパを家に連れて帰ってくれた事を! ずっと、探していたのに」


 ジークフリートは泣いているユーリを抱きしめて、こんな風に泣かれるのが辛いから言わなかったのですよと宥める。


 いきなり泣き出してジークフリートに抱きついたユーリに周りは困惑する。


 流石に、ユーリも他の令嬢方もいるのに泣き続けられなくて、激しく泣くのは止めたが、涙は零れ落ちていたしジークフリートにぴったりと寄り添っている。


 イルバニア王国一の色男と評されるジークフリートに寄り添って泣いているユーリの姿は絵になって、二人の皇太子は内心穏やかではない。


「ユーリ嬢の父上のウィリアム卿はローラン王国との戦争で瀕死の重傷を負われていたのですが、最期に家族に会いたいと言われたので送って行っただけですよ」


 泣いているユーリには、不審に思って見ている人々への説明は無理なので、ジークフリートはサラッと言う。


「私は小さかったし、竜を間近に見たのも初めてだったから、あまり覚えてなかったの。父を家まで送って下さって、ありがとう。最期に父と会えて……」


 パパの死と、ショックを受けて亡くなったママの死を思い出して、ジークフリートに抱きついてまた泣き出してしまう。


「こんな風に泣かれては、ウィリアム卿が困っておられますよ。 私はウィリアム卿から、貴女を見守るように言いつかっているのに、泣かしてしまっては約束が果たせないではないですか」


 ジークフリートに優しく諭されて、ユーリも泣くのを止める。


「だから、いつも優しくして下さったの? お祖父様に叱られた時も、庇って下さったし」


 泣き止んでもジークフリートから離れないユーリに、グレゴリウスは少し嫉妬する。


「ジークフリート卿がウィリアム卿から、ユーリを託されてるなんて知らなかったな~。それにしても、ジークフリート卿は女の子の扱いうまいですよね。泣いていたユーリを上手く慰めて、あっという間に泣きやませるんだから。ユージーンだったら30分仕事だよね。やはり、これも実戦の賜物でしょうかね?」


 フランツの呑気な言葉に、ユーリもプッと吹き出す。


「ごめんなさい、私はまた皆様の前で取り乱して……恥ずかしいわ」


 落ち着いたユーリにさり気なくハンカチを差し出す姿も絵になるジークフリートに、イルバニア王国側もカザリア王国側も完敗だと内心で手をあげる。


 周りの令嬢方も、突然ユーリが泣き出したのには驚いたが、それを慰めているジークフリートの優雅な物腰と、先ほどの剣さばきに、理想の竜騎士だわと目がハートになる。


「エドアルド様、何だか勝ち目が見えない強烈なライバルが登場したみたいなんですけど……」


 ハロルドの言葉を聞くまでもなく、エドアルドはジークフリートにぴったりくっついているユーリを引き離すのは何者であっても無理なのではと思う。


 しかし、空からより強い絆で結ばれたイリスが舞い降りてきて、ユーリは駆け寄って抱きつく。


『どうしたんだ?』


 イリスはまたユーリが激しく泣いたのに驚いて、大使館からニューパロマ郊外の狩猟場まで飛んで来たのだ。


『ジークフリート卿がパパを家に連れて帰ってくれた竜騎士だったの。パリスに聞けば良かったんだわ。武官の竜にばかり聞いてたから。ジークフリート卿はローラン王国との戦争に参戦されてたのよ』


 イリスはユーリが他の竜と話しをするのは気に入らないが、ウィリアムを家に連れて帰ってくれた竜騎士を探す為の質問は仕方がないと思って我慢していた。


『パリス、ユーリが他の竜に質問してるのを知ってたのに、黙っているなんて! そのせいでユーリはいっぱい他の竜と話して、私との時間が犠牲になったのに』


 怒っている主旨が違うと竜騎士は全員突っ込む。


『イリス、パリスに黙っているように私が頼んだのですから、怒らないでやって下さい。ユーリ嬢に悲しい時を思い出して貰いたくなかったのです』


 ジークフリートの謝罪をイリスは受け入れる。


『そうだね、ユーリは泣き虫だから』


 実際にさっきまで泣いていたユーリは反論のしようもない。

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