7話 狩りの昼食

 ジミーの侵入を許してしまったので、午後からの狩りは中止にするのは決定した。


 しかし、このまま解散というのも、せっかく雰囲気も良くなっているのに残念な気がエドアルドはする。


「狩りは警備上無理でも、ピクニックならいかがでしょう? あちらの丘を越えた所に用意してありますよ」


 ハロルドの提案にユーリが乗馬が苦手だった時の作戦はピクニック会場へと導かれていたのだろうと、エドアルドは察した。


「そうですね、ピクニック会場を警備するぐらいなら手配できますし、いかがでしょう?」


 エドアルドの誘いにイルバニア王国側も、このまま解散したらジミー・フォン・クリプトンの一件のみが印象に残りそうなので承諾する。


「天気も良いし、外で食べるのは気持ちよさそうです」


 スタート地点の狩猟屋敷に用意されていた昼食をピクニック会場に運ばせる手配をすませると、ハロルド達に先導されて丘の向こうへと向かう。


 ピクニック会場は丘を下った池のほとりに設営されており、第一課題でスローペース組はここへ導かれていた。


 何個かのテントと、大きな木にはブランコ、池にはボードが浮かんでいるし、数人の楽師が陽気な音楽も演奏している。


 イルバニア王国側は一つの小さめのテントに二人分のお茶セットが用意されているのを見て、ユーリがスローペース組だったらこの小さなテントでエドアルドとゆっくりと時間を共にする計画だったのだろうと察してイラっとする。


 もともと狩りに積極的に参加する予定のなかったドレス姿の令嬢方と組んだ若い貴族達は、すっかり寛いでピクニックを楽しんでいる。


「あれ、エドアルド様達はスタート地点で昼食をとられるのではないですか」


 ジミー・フォン・クリプトンの件も知らないので、昼からも狩りがあると思いこんでいた学友達の呑気そうな問いかけに、昼からはピクニックにしたんだと簡単に答える。


 流石に、ユーリと二人きりで小さなテントに籠もることはできないので、皆と同じ大きなテントで昼食を食べ始める。


「ユーリ、君達は一番先頭を走っていたのに、なぜか第二課題ポイントには遅れて来たね。どこに行ってたの?」


 狩りで喉が乾いていたユーリは、飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。


「えーと、道に迷ったのよ。一位はハンデキャプで遠回りするように指示されていたの」


「ふーん? 王家の狩猟場でエドアルド皇太子殿下と一緒なのに道に迷ったんだ」


 フランツのツッコミに、せっかく雰囲気が持ち直しているのに余計なことをと腹を立てる。


「私が地図を読んだから……ああ、そんなことより、お腹ぺこぺこだわ」


 先に食事していたスローペース組は、両国の皇太子一行に席を譲り、ブランコやボートへと散っていって、新たに狩猟屋敷から運ばれた昼食が並べられる。


 フランツもこれ以上突っ込むと雰囲気が台無しになると思い、空腹でもあることなので食べ始めたが、ユーリには侍従から別の食事が提供された。


「王妃様から、ユーリ嬢には特別なお食事を申しつかっております」


 皆は不審そうにバスケットの中味を覗き込んだが、特別変わりばえはなさそうだ。


 ユーリは嫌な予感がしながら、一口サンドイッチを食べた。


 やはり、とガッカリした様子のユーリに、エドアルドは心配して尋ねる。


「ユーリ嬢、何か問題でも?」


「う~ん、パロマ大学のサンドイッチのように食べれないわけじゃ無いんだけど、味が薄いというか……野菜本来の味と言えば聞こえは良いけど、やはり食べにくいわね」


 食べてみる? と、差し出されたバスケットから、エドアルド、グレゴリウス、フランツは一切れづつサンドイッチを取って口にする。


「確かに食べれないことは無いけど、美味しくはないですね。母はユーリ嬢の喉を心配したのでしょうが、これでは食欲がわきません。こちらをお食べ下さい」


 エドアルドに自分のサンドイッチを差し出されて嬉しそうに食べているユーリと、手に括られているハンカチを苦々しくイルバニア王国側は眺める。


『なんでユーリはエドアルドの皿からサンドイッチを食べてるんだ! 私のサンドイッチをあげるのに……

あのハンカチはユーリのだ! 何をしていたんだ?』


 カザリア王国側も、イルバニア王国側も、エドアルドの手のハンカチに注目していたが、せっかくの和やかな雰囲気を壊すまいと後から聞くことにする。


「ユーリ、お行儀が悪いですよ。エドアルド皇太子殿下のお食事を、全部食べてしまうつもりですか? 私のを食べなさい」


 二人で同じ皿から食べているのを見かねて、ユージーンはユーリのバスケットと自分の皿を交換する。


「ユージーン、良いの?」


 ユーリは少し風の力を使ったせいか、早朝からの狩りのせいなのか、かなり空腹でエドアルドの皿を空にしてしまうのではと困っていた。


 喜んでユージーンの皿を受け取ると、遠慮なく食べ出す。


 他の令嬢方も狩りの後なので、いつもより食べてはいたが、あっという間に男性一人分をペロリと完食したユーリには驚く。


 まだ食べたそうなユーリに、ハッとジークフリートは弓で風の力を使って空腹なのだと察して、自分のデザートも差し出す。


「ジークフリート卿、ありがとう」


 皆がどれだけ食べるんだと、華奢な身体のユーリに呆れる。


「ユーリ、そのくらいにしないと、皆呆れているよ。

無芸大食がばれるぞ」


 フランツも日頃から、ユーリが身体に似合わない大食だとは感じていたが、男性一人前半ぐらいをペロリとたいらげたのには驚いた。


「羨ましいわ~そんなに食べてるのに、スマートなんですもの」


 令嬢方は狩りなので少しはいつもより多目に食べたが、それでも男性の半分か、三分の二位の量だった。


 ユーリはジークフリートのケーキを食べ終えても、満腹とはいえなかったが、これ以上は恥ずかしくて食べれない。


「皆様方は少食なんですね。恥ずかしいわ、私だけ大食漢みたいで」


 先にピクニック会場に来ていた優雅な令嬢方が少食だとしても、運動量が違うからそんなものだろうと割り切れたが、ハイペース組の令嬢方は自分と同程度の運動量なのにとユーリは驚く。


「ご婦人方は普通その程度でしょう。前から思ってたけど、食べた分どうなってるのかな? いつも、食べ盛りの男子と同じ量食べてるよね。なのに、あまり成長してない気がするんだけど……」


 フランツの視線が自分の胸に向けられているのに気づいて、ユーリは失礼ね! とナプキンを投げつける。


「多分フランツと違って頭を使ってるから、そちらに栄養が行ってるんだわ。貴方はノホホンとしてるから、背がニョキニョキと伸びるのよ。そのうち天井につかえるようになってもしらないから」


 二人の軽口の応酬に、皆は爆笑する。


「グレゴリウス皇太子、楽しそうな御学友達ですね」


 エドアルドはパロマ大学の学友はいても、竜騎士の学友がいないのを残念に思っていたので、ユーリとフランツに囲まれてのリューデンハイムの生活は楽しいだろうと羨ましく思う。


「ええ、彼らは凄く良い友達です。ただ、エドアルド皇太子が羨ましいのは、学友達が名前で呼んでくれているところですね。私も何度も名前で呼んでくれるように頼んだのですが、聞いてもらえなくて」


 学友達からエドアルド様と呼ばれているのを前から羨ましく感じていたグレゴリウスは、少し恨めしそうにユーリとフランツを眺める。


「それは仕方ないですよ。ユーリが皇太子殿下を名前で呼んだりしたら、態度がもともと不敬罪ギリギリなのに示しがつかなくなりますから。 いわば自主規制ですよ」


「フランツ、酷いわ! 私は祖父から厳しく言われているから、言いつけを守っているだけよ」


「他の言いつけも守ったら、良いのに」


 フランツの苦情に、ユーリの指導竜騎士ユージーンは内心で頷いた。


「他の言いつけ?」


 皇太子殿下がらみ以外何かあったかしらと、首を傾げるユーリにイルバニア王国側全員が溜め息をつく。


 エドアルドは仲が良さそうなユーリとグレゴリウスとフランツを見て、少し羨ましさと同時に嫉妬をかんじた。

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