6話 危ない!

 エドアルドの学友の悪ふざけで、森の奥の狩猟小屋まで遠回りさせられたユーリは、スタート地点の狩猟屋敷を目指す。


「まぁ、あそこが第二の課題ポイントなのね」


 何組かが第二の課題の弓に挑戦しては的を外して、罰の印のある木までの行き帰りを繰り返していた。


「まだ、グレゴリウス皇太子はクリアできてないみたいですね。ああ、これは令嬢が弓を引かなくてはいけないルールみたいだ。ジェーン嬢は乗馬はお得意ですが、弓はイマイチですから、お気の毒でしたね」


 何組かの令嬢方は矢で的を既に射て、ゴール地点へと向かったみたいだが、グレゴリウスの組と他の数組は何度目かの挑戦をしている途中だ。


「私達は第二の課題はすませたのだから、先に行きましょう。少なくとも、ビリにはならないでしょう」


 確かに森の狩猟小屋まで遠回りさせられお茶をしていたので、時間は凄くロスさせられていたが、本来の第二の課題をパスして良いのかしら? と首を傾げる。


「エドアルド皇太子殿下、私は弓は得意ですの。何だか、第二の課題をパスするのは、ズルするみたいで後味が悪いわ。どうせ、一位は無理なのですもの、他の人達と一緒の課題をしましょう」


 ユーリはそう言うと、第二の課題ポイントへと向かう。


 グレゴリウスの組と、フランツの組がイルバニア王国の参加者では残っている。


 ユーリ達は既に一位で通過していったものと信じていたので、今までどこにいたのかと驚く。


 ユーリは第二の課題ポイントへと向かう途中で、向こうの木陰からグレゴリウスを狙っている弓に気いた。


「危ない!」


 ユーリの叫び声で、弓をかまえていた不審者は、馬に飛び乗り逃げようとする。


「ユーリ、逃がすな!」


 第二の課題ポイントからは不審者が見えにくかったので、フランツはユーリの弓の腕前を知っていたので叫ぶ。


 ユーリもグレゴリウスに弓を構えた不審者を逃すつもりはなく、とっさに弓を構えて馬の手綱を狙って矢を射る。


 風を読む力を持つユーリの矢は、手綱を捉え切ったので、馬に乗っていた不審者は地上に投げ出された。


 同盟を求めて特使として派遣されている皇太子殿下に対する暗殺未遂!


 エドアルドも周りのカザリア王国の人も、サッと青ざめる。


 ちょうどゴール地点にユーリとエドアルドがいないのを不審に思って、第二の課題ポイントへ帰ってこようとしていたジークフリートとユージーンが落馬した不審者を取り押さえた。


 ハロルドやジェラルドも、暗殺未遂という大事件に顔色を無くしていたが、連行された不審者を見ると顔をしかめる。


「ジミー・フォン・クリプトン! 一体、何の真似だ! イルバニア王国の皇太子殿下を暗殺しようとするなんて、気でも狂ったのか」


 エドアルドの怒りに、ジミーはなけなしの意地を張って叫ぶ。


「我が国をイルバニア王国との同盟を結ぶなどという愚策から、救おうとしたのだ。ローラン王国と一致団結して、旧帝国を再建すべきなんだ」


 グレゴリウスを狙った暗殺者に恩情を示すつもりはなかったが、エドアルドや学友達はパロマ大学生のジミー・フォン・クリプトンが単純な馬鹿であり、誰かに唆されたのだと思う。


「ジミー・フォン・クリプトン。君は同盟を結ぶために来られた特使に弓を向けたのだ。それは我が国王陛下に弓を向けたのと同罪だ。君の死罪は当然だが、一族も処分を受けるだろう」


 エドアルドに死罪を宣言されて、事の重大さに今更気づいたジミーは泣きながら訴える。


「死罪! いやだ、死にたくない! それに、皇太子殿下を暗殺するつもりなんかなかった。 馬に矢を当てて、少し恥をかかせるつもりだけだったんだ。 ほら、矢先も丸めてあるし、馬だって怪我させるつもりもなかったんだ。 お許し下さい」


 グレゴリウスの暗殺未遂だと殺気だっていた人達は、ジミーの矢先が丸めてあるのを確認して少し落ち着く。


 しかし、やはりグレゴリウスに弓を向けた罪は重いだろうと、泣き崩れているジミーを厳しい目で眺める。


「ジミー、誰にこの狩りの予定を聞いたのだ。お前ひとりで暗殺計画を練ったのか?」


 ハロルドはパロマ大学の自治会のメンバーなのだが、ジミーがあまり成績優秀では無いけど、このような悪巧みをする人間とは思えなかったし、旧帝国再建派だとも認識してなかった。


「ローラン王国大使館に勤めているミハエル・フォン・ヘーゲルに狩りの予定を聞いたのだ。彼はローラン王国を孤立させようとするイルバニア王国の策謀から、カザリア王国を救う為に、ちょっとした悪戯を仕掛けたら面白いと……私は騙されたのか? 私は皇太子殿下に弓を向けた罪で死罪になるんだ。騙したな! ミハエル! チクショウ!」


 今更、気づいても遅いと、同じパロマ大学生であるジミーの愚行に腹を立てたが、武門の名家フォン・クリプトン家はかなりの痛手を受けるだろうとカザリア王国の人々は沈鬱な気持ちになる。


「エドアルド皇太子殿下、私にも私の馬にも実害が無かったのですから、ジミー・フォン・クリプトンを許してやって下さい。彼はローラン王国に騙されていただけみたいですし、少し反省する必要はありそうですが、若気の至りで死罪は可哀相です」


 グレゴリウスは暗殺未遂犯にしては殺気のないジミー・フォン・クリプトンを見ているうちに、気の毒になった。


「いえ、それは出来ません。私とてジミー・フォン・クリプトンを死罪にしたい訳ではありませんが、彼のした罪に対する罰は死罪しかありえないのです。王族に弓を引く者を許すわけにはいかないのです」


 このままでは友好の為の狩りが後味の悪いものになると、全員が沈鬱な表情になった。


「へぇ~王族に弓を構えただけで死罪になるんだ。ユーリ、良かったね! カザリア王国に生まれなくて。

君は皇太子殿下の頭で石板割ったり、机を投げつけたり、冬の氷が張ってる池に突き落としたり、何回も死罪になってたところだよ」


 緊張感を台無しにするフランツの言葉に、カザリア王国側は呆気にとられる。


「まぁ、フランツ、酷いわ! そんな風に言われたら、私一人が悪いみたいじゃない。グレゴリウス皇太子殿下が背中にバッタを入れたり、スカートを椅子にビョウで止めたり、人を突き飛ばしたりされなかったら、そんなことしなかったわ。あれはケンカ両成敗なのよ! でも、グレゴリウス皇太子殿下が打たれ強いのは確かね。 当たるどころか、放たれてもない矢なんか、へとも思ってらっしゃらないと思うわ」


 ジークフリートやユージーンも、エドアルドにジミー・フォン・クリプトンの罪を軽くして下さいと頼む。


 両国の関係を悪化させたくないのは皆同じだったので、彼を死罪にしないとの言質をとった。


 警備の者に不備を叱りつけ、ジミーをひとまずは牢屋に護送するように言いつけると、改めてエドアルドはグレゴリウスに謝罪する。


「こちらの警備の不行き届きと、ジミー・フォン・クリプトンのしでかした罪をお許し下さい。彼にはおって厳罰を処します」


 相変わらず固いカザリア王国側に比べて、イルバニア王国側は実害が無かったのと、殺意も無かった事だしと、とりなしに務める。


「カザリア王国とイルバニア王国の同盟締結に、ジミーを重罪にしてはケチがつきますから、どうぞ許してやって下さい。彼は狩りに参加したくて弓を構えた、という事にして穏便に済ませては下さいませんか」


 グレゴリウスが同盟締結のために、事を荒立ててはローラン王国の思う壺だと考えての発言だと理解したエドアルドは、自国の面子を飲み込んでジミーを大目に見ると同意せざる得ない。 


「そう仰って頂けるなら、ジミーは当分の間は牢屋で反省させて、厳しい父君にしごいて貰いましょう。パロマ大学生になって、変な思想や、怪しい人達と付き合って、道を踏み外そうとしていたのですから、根性を叩き直して貰います」


 フォン・クリプトン家の家長にしごかれたくないと学友達は思ったが、同門生が死罪や、重い罪を免れたのにホッとする。


 もはや、狩りを続ける雰囲気では無くなったので、エドアルドはグレゴリウスに中止を告げて、解散しようと思った。


「さぁ、ジェーン嬢、今度は的に当てて下さいよ。落ち着いて弓をかまえたら大丈夫です」


 グレゴリウスはジミーの件など無かったように第二課題を続ける。


「グレゴリウス皇太子殿下、狩りは中止にしようと思うのですが……」


 エドアルドはグレゴリウスが後味の悪いものにしたくなくて、何事も無かったような態度を示しているのには感謝した。


 しかし、ジミーの侵入を許した以上、他の不審者がいないとは確信できないので広範囲に散らばる狩りの警護は無理だと判断する。


「ええ、昼からの狩りは中止せざる得ないでしょうね。でも、ここには皆が揃ってますし、このままゴール出来ないのも業腹ですので、第二課題をクリアしたいのです」


 グレゴリウスの意図を悟ったフランツやユーリも同意したので、続行することになった。


 とは言うものの、ジェーンは元々弓が得意ではないのに、ジミーの一件で動揺していて、とても的に当てれそうに無い。


「ジェーン様、肩の力を抜いて。一度、大きく深呼吸して下さい。ほら、的をちゃんと見れば当たりますわ」


 ユーリはジェーンが何度も失敗した上、皆の注目の中で弓を引くので緊張しきっているのに気づいて、少し手助けをする。


「あら、当たったわ! ユーリ様、ありがとうございます」


 少し風の調整をして矢を的に導いたのだが、他の令嬢方の矢もちょっと調整して、次々と的に当てる。


「ユーリ嬢、貴女で最後ですよ」


 流石に的を当てたからとゴール地点に急ぐ組はなく、ユーリが矢を射るのを皆で眺める。


 もちろん、ユーリの矢は的の中心をとらえ、皆から拍手を貰った。


「ユーリ様は弓の名手なんですね。貴婦人乗りも見事ですし、是非教えて頂きたいわ」


 朝、会った時とは打って変わった態度にユーリは驚いたが、ジェーンが感じの良い女の子だとわかって嬉しい。


「ジェーン、当たり前だろう。ユーリ嬢は見習い竜騎士なんだから。それにしても、武術が苦手だなんて謙遜にも程があります」


 ハロルドは妹を諫めながらも、自分もついユーリの可憐な姿と、武術が苦手と言われたのを真に受けて、実力を読み間違えていたと反省する。


「ユーリは馬と弓だけは優秀でしたからね。他のは本当にダメダメでしたけど」


 フランツの言葉に、イルバニア王国側はユーリの地を這うような武術成績を思い出して爆笑する。


「本当にフランツったら酷いわ。そんな事バラさなくても良いじゃない。初めて武術で誉められたのに。こんなこと人生で二度とないかも知れないのよ」


 他のメンバーもフランツとユーリのかけ合い漫談を聞きながら、ゴール地点にのんびり向かううちに、段々と雰囲気も盛り返した。

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