24話 エドアルド皇太子とフランツ

 翌日は、朝からの会議も順調で、フランツとユーリはユージーンにカザリア王国が提案してきた条約の草稿と自国の草稿を突き合わせて語句の違い、句読点の違いまでチェックさせられていた。


「うわ~! これ、まだほんの一部なんですよね」


 フランツは言葉の意味がほんの少しの助詞で、全く別の意味になるのがわかっているだけに神経を使って疲れる。


「だらしないわね、もう、私は終わったわ。そっちのも手伝ってあげるわ」


 ユーリは全く機械的にサクサクと違いをチェックするだけなので、スピードは速い。


「フランツ卿は意味を考えながらされてるから、お疲れになるのですよ。今はユーリ嬢のように、違いをチェックして、それから一つづつ検討すれば良いのです」


 二人のやりとりを聞いて苦笑していた大使館員に慰められて、倍落ち込んだフランツだった。


「じゃあ、がさつなユーリのやり方で良かったんだ」


「まぁ、がさつで悪かったわね! 終わりましたわよ、貴方のぶんも」


「え~、もう終わったの?」


 驚いたフランツがユーリの手から書類を受け取ると、確かに語句の違い全てにチェックが入っている。


「事務処理が早いですね。ユーリ嬢、外務省に勤めませんか?」


 大使館員のほめ言葉に、ユーリは少し嬉しそうに照れる。


「事務仕事はできても、私は外交官には向いてませんわ」


「本当に向いてないよ~」


 自分でも向いてないとは言ったが、フランツの言い方にプンプン怒る。


「もう! フランツったら、少しは柔らかな表現はできないの?」


「こら! 何を控え室で騒いでるんだ! ユーリはもう良いから、大使館へ帰りなさい。絶対に勝手に外を彷徨いたりしないで、身体を休めるのだよ」 


 ユージーンは大使夫人の言い付けに従って、ユーリを夜のダンスパーティーに備えて休息をとらす為に大使館へと帰した。




 昨日、ほぼ一日中行動を共にしたので午前中はユーリに会いに行くのを我慢していたが、やはり夜のダンスパーティーまで待てなくなってエドアルドはイルバニア王国の控え室に来てしまった。


「ユーリ嬢はいらっしゃらないのですか?」


 まさか、まだユージーン達を怒ってサボっているのかとエドアルドは心配したが、フランツにダンスパーティーに備えて休息を取っていると聞かされて安堵する。


「フランツ卿、お暇ならお茶でも如何ですか?」


 ユーリが居ないからと、回れ右して帰るのも非礼な気がして、エドアルドはフランツをお茶に誘った。  


「男二人で、お茶は微妙ですね……」


 エドアルドもフランツも、ユーリが居てくれたら場が和むのにと、バラが満開の東屋で男二人のお茶は虚しいなと溜め息をつく。


「そうですね、やはり女の子の存在は大きいですよね。あっ、でもエドアルド皇太子殿下にはユーリがご迷惑をおかけした事を謝りたいと思ってましたから、丁度良かったです。昨日は、ユーリが取り乱したりして、ご迷惑をおかけいたしました」


 きっちりと立ち上がって頭を下げたフランツに「いえ、迷惑なんて思ってませんから」と制する。


「まぁね~ユーリは性格はがさつですが、見た目は華奢さで、可憐ですから、役得・・を感じられたでしょうしね。でも、本当に感謝もしてるのですよ。人前で取り乱すなんて礼儀知らずにも程がありますが、泣いているユーリを紳士的・・・に支えてくださって」


 フランツの役得・・と紳士的・・・という言葉に 少し赤面したエドアルドは、腕の中にすっぽりと入っていた華奢なユーリを思い出す。


「それに、ユーリにパロマ大学のサマースクールを勧めて下さったのも、凄く・・感謝してます。お陰で私達もサマースクールを受講できそうです」


 今度は、本当に嬉しそうにお礼を言われたのでエドアルドも、素直に何を受講されるのですか? この講義がお勧めですよ! と話は弾んだ。


「本当は政治的な講義も受講したいのですが、特使派遣中に議論に巻き込まれるのも困りますからね。純粋に歴史や、文化的な講義が選ばれるでしょうね」


 フランツは自分では選択できないのだと肩を竦める。エドアルドも特使派遣中だから、指導の竜騎士や大使が選択するのだろうと理解した。


「ユーリ嬢にもお勧めしたのですが、ライシャワー教授のスペシャル講義は受講された方が良いですよ。ユーリ嬢は家名を気になさっておられましたが、大教室ですし一々生徒の名前まで教授はご存知ありませんよ」


 フランツは、家名? と一瞬わけがわからない表情を浮かべた。


「ああ、フォン・フォレスト! まさか、ユーリが気にしてるなんて考えてもなかった。だって、祖父や父が養女に迎えたがった時も、キッパリ断ったから」


 マウリッツ老公爵はユーリと会ったあと、フォン・フォレストでは結婚の際に不利になるのではと養女にするよう公爵に言い、娘の欲しかった公爵夫人も大賛成したのだが、本人に断られてしまったのだ。


「マウリッツ公爵家の養女を断ったのですか? ユーリ嬢は欲のない方ですね」


 イルバニア王国一二を争う名門貴族の養女になれば、蝶よ花よと贅沢のし放題だろうにと思ったが、ユーリはそんなものに興味が無いのだろうと感じた。


「ええ、私も可愛い妹ができると、少し期待したのですが、残念でした。特に、母は凄く残念がりましたね。でも、本当にユーリらしいとも思ったのです」


 フランツが本当に残念そうに言うので、エドアルドは笑ってしまった。


「ユーリには、かなわないな~と思わされる時がちょくちょくありますね。昨日も、会議から帰ってくると、玄関で大使夫人と出迎えてくれて。ほら、ユーリはユージーン達に怒ってたでしょ、謝っても当分は気まずいかなと思ってたんです。すると、ユーリはユージーンに小鳥が飛び込むように抱きついて、自分が子供っぽい行動をしてごめんと謝ったのです。なんだか、人が良いというか、優しいというか、ユーリは奇天烈でがさつな面もありますが、宝石のような女の子なんです」


 エドアルドもユーリがユージーンに走りよって抱きついて謝る風景が目に浮かび、微かな嫉妬と愛情がこみ上げた。


「礼儀正しくお淑やかで非の打ち所がなさそうな令嬢が、ちょっとした隙に見せる意地悪さにはウンザリしますからね。ユーリ嬢のように心の暖かい女性は貴重に思いますね」


 フランツはエドアルドがユーリの外面だけでなく、内面の欠点をも含めて愛情を抱いているのに気づいた。


「困ったな~! 貴方もとても良い方なので……私としては、子どもの頃からの同級生のグレゴリウス皇太子殿下を応援しちゃうんですけどね」


 外交官とは思えないフランツの素直な意見に、エドアルドも苦笑する。


「やはり、自国の皇太子殿下を応援されますか?」


「まぁ個人としては、ユーリは皇太子妃に向かないと思ってますから、お二方にはお気の毒ですが、諦めていただければ嬉しいのですけどね。窮屈な宮廷生活や、意地の悪い宮廷人に囲まれて、ユーリが苦労するのは目に見えてますから」


 率直な意見にエドアルドは驚いた。


「名門貴族の方のお言葉に思えませんね。普通は親族の令嬢が、王族と婚姻するのを喜ばれるのではないでしょうか?」


 確かにユーリがイルバニア王国皇太子妃やカザリア王国の皇太子妃になれば、名誉であるのは間違いない。


「それは名誉ですが、公爵家はロザリモンド姫で大火傷をおっていますから。祖父はロザリモンド姫が駆け落ちしたあとも、追っ手を放してかなり追い詰めてしまったのを心底後悔していますから、ユーリには幸せな結婚を望んでいます」


 エドアルドはユーリの両親の駆け落ちを許さなかった公爵家の立場が理解できた。


「それはお立場上仕方ありませんでしたね。追っ手を掛けたのを後悔されているのですか?」


「まぁ、追っ手のせいでウィリアム卿は転々と逃げなくてはいけなくなり、生活も苦しかったと思います。実際、ロザリモンド姫は駆け落ちする時に、母親のキャサリン王女から譲り受けた宝石類も全て置いていったので、公爵家からの追っ手から逃げながらの生活は大変だったでしょう。ユーリはとっても幸せな子ども時代だったと祖父を慰めていますけどね。まぁ、こういうところも、かなわないなと思うのですけど……」


 自分の両親を追い詰めた老公爵を許してしまうユーリの優しさにエドアルドも感動したが、その生活を支えたウィリアム卿は苦労しただろうと思った。


「私にも、とっても愛情に満ちた生活だったと言ってらしたから、お幸せだったのでしょう。お金があるから、幸せとは言えませんからね」


 エドアルドはユーリが未だに両親との暮らしを懐かしみ、理想の暮らしと言ってたのを思い出した。宮廷での生活は真反対の物だと考えたが、ユーリを諦める気持ちにはなれなかった。


「あ~、やはり無理ですか? 説得して、ユーリを諦めて頂きたかったのですが。皇太子妃にはもっとお淑やかで、礼儀正しい令嬢が相応しいですよ」


 エドアルドはフランツのあけすけな言い方に、吹き出してしまった。


「何を仰るやら! ユーリ嬢を宝石の様な方だと、フランツ卿も仰られていたのに……確かに、ユーリ嬢は宮廷生活で苦労されると思いますが、全力でお守りするつもりですから」


 言うだけは言ったけど、仕方ないなとお手上げのフランツは、後はユーリ次第だよなと考える。


 ユーリは皇太子妃なんかなりたくないだろうし、イリスが政略結婚を許さないだろうから、エドアルドと恋に落ちない限り大丈夫なはずだとお茶を飲む。


 エドアルドはユーリがグレゴリウスのことを同級生としか思っていないのを感じていたから、どうにかしてニューパロマ在中に口説き落としたいと考えながらお茶を飲む。


 やはり、男二人のお茶会は微妙だとお互いに考えながら、後は今夜のダンスパーティーの話題やら、狩りのルールの説明とか当たり障りのない会話で終わった。 

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