第六章 同盟締結

1話 エドアルド皇太子主催の舞踏会


 エドアルド皇太子主催のダンスパーティーは王宮の離宮で行われ、若い貴族や令嬢がメインだ。


 最初のうちは隣国の皇太子をお招きしてのパーティーなので優雅なダンスで始まったが、トロットやパドトワレの曲が流れ出すと、どんちゃん騒ぎになっていく。


 ユーリはエドアルドとパドトワレを踊っていたが、高く持ち上げられるダンスに少し戸惑っていた。


 見た目は持ち上げる男性の方が体力を消耗しそうなダンスだが、持ち上げられる女性もバランスを維持するのに結構体力を使う。


 ユーリ達の隣で持ち上げられた令嬢がバランスを崩し、サポートしていた男性がよろけてエドアルドにぶつかる。


 ダンスに慣れているエドアルドは、とっさにユーリを抱き止めて落としたりはしなかったが、会場が混み合っているので少し休憩にしようとテラスに誘った。


「すみません、デビュタントやダンスに慣れていない学生も多くて、大丈夫でしたか」


 一般の招待客がちらほら休んでいる正面のではなく、サイドの普通はわかりにくいテラスなのでユーリとエドアルドだけだった。


「いえ、皇太子殿下が支えて下さったから大丈夫ですわ。あら、池がありますのね、光がチラチラと水に反射して綺麗だわ」


 ダンスパーティーを盛り上げるように離宮の庭にもランタンがあちこち飾ってあったし、池に浮かぶボートの灯りが水面に反射して幻想的だった。


「ボートに乗ってみますか?」


 ユーリはボートが池の真ん中ぐらいで止まっているのに気づいて、さすがに鈍いとはいえ何が行われているかは察したので、赤面して断った。


「いえ、庭に降りてはいけないと言われてますから」 


「おや、私を信用されてないのですか」


 笑いながらエドアルドは、侍従に運ばせたシャンパンをユーリに勧める。


 エドアルドとユーリが秘密のテラスで二人っきりの時間を過ごしている間、ユージーンやジークフリートはしまった! とエドアルドの学友達にしてやられたと悔しく思っていた。


 グレゴリウスに令嬢達が殺到して、ダンスのお相手を捌くのに手間取っている間に、エドアルドとユーリの姿を見失ってしまったのだ。


「このリーフレットをご覧下さい。余りにもグレゴリウス皇太子殿下に令嬢方が殺到しすぎると思い、何人かの令嬢にお聞きしたら、このリーフレットを下さいました」


 そのリーフレットには異国の皇太子と社交界にデビューしたばかりの美しい令嬢との恋物語が、ロマンチックに書かれていた。


 特に舞踏会での出会いのシーンは恋に夢見る乙女心をくすぐる出来であった。


「あちらのご学友が、グレゴリウス皇太子殿下をユーリから引き離す作戦ですね。さっきまでエドアルド皇太子殿下とパドトワレを踊っていたはずなのですが……」


 会場にはあちこちでバランスを崩したカップルが他のカップルにぶつかったりして大騒ぎで、二人を見つけるのは難しかったが、何度見渡しても姿が見えないということは、会場外にいるのだ。




 イルバニア王国側がしまったと思っている時、エドアルドの学友達は上手くいったとシャンパンで乾杯していた。


「ユリアン、君は三文小説家として食べていけるよ。ニューパロマの令嬢方は異国の皇太子殿下との恋物語に夢中じゃないか」


『ひと夏の恋』という恥ずかしいタイトルの短編恋愛小説を無理やり書かされたユリアンは、少しむくれながら反論した。


「この陳腐な恋物語は、ハロルドが筋書きを決めたんだからな。それにしても、学術の都のニューパロマの令嬢方がこんな恋物語に踊らされるとは、情けない」


「まぁまぁ、ユリアン、筋書きは陳腐だが、君の文学的才能でロマンチックな物になっているからこそ、令嬢方も夢見ごちになられているのだろう。悲恋なのも、なかなか秀逸だよ」


 皆に誉められて少し機嫌のなおったユリアンは、エドアルドがユーリとパドトワレを踊っているのに、下手なカップルが邪魔したのに気づいた。


「あっ、エドアルド様がユーリ嬢と踊っているのに、邪魔するなんて」


 令嬢がバランスを崩しパートナーの男性が、エドアルドにぶつかったので皆が一瞬ヒヤッとしたが、ユーリをサッと抱き止めたので、安堵の溜め息がもれた。


「下手な男は、パドトワレなんか踊っちゃいけないんだ」


 ぶ~ぶ~とブーイングしていたが、ハロルドに「静かに」と小声で指図されて口を閉じる。


 ちょうど、エドアルドがユーリを秘密のテラスにエスコートしているのが目に入り、ヒューと口笛を吹きかけた学友をジェラルドは肘うちして止めさせた。


「イルバニア王国側に知られないように、テラスを見るのは厳禁だ。ここにたむろしてるのも目立つ、適当にダンスするんだ」


 ジェラルドに短く強い口調で言われて、学友達はそれぞれ令嬢方をダンスに誘いに行った。


 残ったハロルドとユリアンとジェラルドは、素知らぬ顔でパーティーを楽しんでいる振りを装う。


 ジークフリートが令嬢方からリーフレットを手に入れたのに気づいて、こちらの作戦がバレたと少し肝を冷やす。


「文章が残っているのはまずかったかな? 歌とかだと証拠が残らなくて良いけど、令嬢方を集める必要があるしな~」


 ハロルドはエドアルドが政略結婚を受け入れると聞いて、お気の毒だと同情していた。だが、その相手のユーリに恋したのに驚きながらも嬉しく思い、ライバルのグレゴリウスを引き離す作戦をたてたのだ。


「あっ、ジークフリート卿とユージーン卿がエドアルド皇太子殿下とユーリ嬢が居ないのに気づいたぞ。ヤバい、こちらを見てる、適当にダンス相手を探そう」


 手練れの外交官に、エドアルドがどこにユーリをお連れしたのか? なんて聞かれたくない三人は、蜘蛛の子を散らすようにパーティー会場に散っていった。




 夜風に当たりながら、シャンパンを手にエドアルドと話していたユーリは、この二人っきりのロマンチックな状況は拙いのではと感じていた。


「シャンパンはお嫌いですか? それとも、私を警戒されてお酒を口にされないのでしょうか?」


 ユーリがシャンパンに口をつけないので、エドアルドは少しからかう口調で話しかける。


「まぁ、警戒なんかしていませんわ。でも、シャンパンは味は好きなのですが、体質にあわないみたいで……」


 ちょっと困った様子が可愛くて、エドアルドがユーリを抱き寄せようとした時、お邪魔虫のフランツがレモネード片手にテラスにやってきた。


「やぁ、こんな所に居たんだね。皆、心配しているよ」


 ユーリの手からシャンパンを取り上げて、レモネードを渡しながらフランツは笑いながら話しかけたが、目は少し怒っていた。


「ありがとう、ちょっと喉がかわいていたの」


 ユーリがフランツから受け取ったレモネードに口を付けるのを、エドアルドは邪魔者の登場と共に苛立って見る。


「エドアルド皇太子殿下、ユーリはシャンパンは体質にあわないのです。まだ、お子様だから……」


 笑いながら揶揄するフランツにユーリが「なによ~」と怒り、ロマンチックな雰囲気は消し飛んでしまった。


「せっかくユングフラウで練習したんだから、トロットにお付き合い下さい」


 大げさに跪いたフランツに誘われて、ユーリはパーティー会場へと帰って行った。


 エドアルドはせっかく良いムードだったのにと、シャンパンを一気飲みして悔しさを紛らわす。


 ジークフリートとユージーンは、フランツとユーリが下手なトロットを踊っているのを見つけて安堵したが、余りの下手さに溜め息をついた。


「ユージーン卿、フランツはユングフラウでトロットを練習したのですよね」


 ユージーンは弟の下手なトロットに恥ずかしさで怒りを覚えた。


「あれではユーリ嬢が気の毒です。他のカップルにぶつかってばかりで」


 エドアルドもフランツの下手さに呆れて割り込みをかけようとしたが、ジークフリートに一歩先をとられてしまった。


「もう、フランツたら! 人にぶつかってばかりだわ」


「君こそ、僕の足を踏んだよ」


 下手なダンスの責任のなすりつけをしながら、笑いながら踊っていたが「見てられません」とジークフリートに割り込まれてしまった。


「ジークフリート卿、私はトロットが下手みたいです。さっきもフランツの足を踏んでしまって」


「ダンスはリードする男性が責任持つものですよ。さぁ、踊りましょう!」


 遠慮するユーリを巧みにリードして、飛び跳ねるステップのトロットを優雅にジークフリートは踊らせた。


 割り込みをかけようとしていたエドアルドも、唖然としてジークフリートとユーリの素晴らしいトロットを眺めた。


「これは、ちょっと格が違いますね。流石、イルバニア王国一の色男には勝てませんね」


「なんでトロットなのに優雅に踊れるのだろう? 一度、ジークフリート卿にダンス習いたいな~」


 寄ってきた学友達とジークフリートとユーリの秀逸なトロットを眺めながら、エドアルドは愚痴った。


「なんでプレーボーイのジークフリート卿をユーリ嬢の側に居させるのかな。危険じゃないか!」


 どう見ても踊っている二人に恋愛感情は皆無に思えるが、恋するエドアルドには気のあったトロットが嫉妬させるみたいだ。


「ジークフリート卿は確かユーリ嬢の親戚でしょう。それに、彼は恋の相手に不自由してませんから、わざわざ二国の皇太子の思われ人に手を出しませんよ。というか、完全にイルバニア王国側はユーリ嬢をブロックしだしましたねぇ」


 パドトワレに曲が変わると、ユージーンがユーリと踊り出した。


 一対の人形のように美しい容姿の二人のダンスに踊っていたカップル達も踊るのを止めて、ボォッと見惚れる程だ。


「これは、割り込めませんね、素晴らしく絵になるカップルだ」


 学友達もお手上げ状態の完璧なダンスに、エドアルドはユーリがユージーンに持っている信頼の深さを見せつけられた様な気持ちになる。


「あっ、あの二人は似ているんだ! だから、カップルバランスが優れているんだ」


「氷のようなユージーン卿と、可憐なユーリ嬢が似ているものか! ユリアン、変なこと言うなよ」


 学友達はユリアンに苦情を口々に言ったが、ジェラルドは「なるほど」と納得する。


「ユーリ嬢は、マウリッツ公爵家の容貌を受け継いでいらっしゃるのですね。ほら、ユージーン卿もユーリ嬢も、金髪で緑の目だし、ユージーン卿は男だから長身だが細身だしね。パーツ、パーツはよく似てるよ」


 エドアルドはジェラルドに言われても、冷たい容姿のユージーンと可憐な花のようなユーリが似てるとは思えなかったが、他の学友達は「本当だ~」と騒いだ。


「それにしても、ユーリ嬢のドレスはどれも素晴らしいね。やはり、美食と恋の都のユングフラウのファッションは洒落ているね。どうもニューパロマのデビュタントの令嬢方のドレスは、フワフワと膨らんで見えるから、野暮ったく感じるな~」


 ユージーンと踊っているユーリは持ち上げられると裾のレースがヒラヒラと舞うものの、上半身からウエストは身体にフィットしていて、すらっとして見えた。

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