23話 過密スケジュール

 ユーリの機嫌がなおり、ユージーンのお説教も復活し、その夜のイルバニア王国大使館の夕食は賑やかなものになった。


 サマースクールの受講を許されたユーリは、アン・グレンジャー講師がどんな方なのだろうと期待に胸を弾ませる。


 一緒に受講することになったグレゴリウスとフランツは、きっと怖そうな女講師だろうと気乗りのしない様子だ。


「僕ならスペシャル授業のライシャワー教授の講義か、他にも帝国の興亡とか興味深いのが幾つも有るのにな~それとも、ゴルチェ大陸の小国家についての文化的考察とかさ~ユーリ、そちらにしない?」


 ユーリ一人で受講させると、エドアルドが接近してくるのは、みえみえなので二人も受講するように決まったのだ。


 しかし、グレゴリウスも余り内容には興味がわかない。フランツはどうせ受講できるなら、もっと役に立つものが良かったとぼやく。


「なんで興味も無いのに受講するのよ、講師や他の受講者に失礼でしょ」


 きゃんきゃん吠える子犬に血統書付きの大型犬が耳を垂れてるような光景を、大人たちは微笑ましく眺めている。


「まぁ、確かに学術の都に来て、皇太子殿下が受講されたのが女性学のみと言うのもなんですな……国王陛下が出席なさらない会議中は控え室で待機しているのも、勉強にはなるでしょうが、2、3日ぐらい皇太子殿下の為になる講義を受講されても良いでしょう」


 大使の意見に全員が同意した。


 元々、グレゴリウスが特使としてカザリア王国に派遣されたのは、なかなか進まない同盟締結交渉を推し進めるきっかけとしての意味と、国王になる前に外国で見聞を広げるという目的の為だ。


 同盟締結の方はかなり進んだ話し合いが持たれており、細かい折衝を見学なさるのも為にはなるだろう。


 でも、グレゴリウスが将来国王となっても、このような事務的な会議にかかわることはないので、外交官を目指しているフランツ以外は待機している意味もなかった。


「そうですね、余り政治色の強い講義は、旧帝国復活派との議論に巻き込まれても困ります。会議の日程も含め、こちらで何個かに絞り込んで皇太子殿下が興味を持たれたものを受講されるのが良いでしょう」


 指導の竜騎士ジークフリートの言葉で、グレゴリウスのサマースクール受講が決まった。


「それはそうと、明日はユーリ嬢をお昼から大使館へ帰して下さいね。明日の夜は、エドアルド皇太子殿下主催の私的なダンスパーティーですから、ユーリ嬢にはお昼寝が必要ですわ」


 ユージーンはユーリを帰すと頷いた。またベッドまで運ぶのは御免だからだ。


「若い貴族方や、パロマ大学の学生達が大勢出席するパーティですの。ほら、昔ユングフラウで流行ったリースや、パドトワレ、トロットが若い人達のダンスパーティでは復活して人気ですのよ。飛び跳ねるステップのトロット、女性を高く持ち上げるパドトワレ、輪になって相手を次々変えて踊るリース。すべて体力勝負のダンスばかり、ニューパロマは大学生が多いせいか、どんちゃん騒ぎが大好きなんですわ」


 セリーナは嘆かわしいと愚痴る。


「ところで、皆様はステップは練習していらっしゃるでしょうね?」


 ユングフラウでもニューパロマのダンス傾向はつかんでいたので練習はしていたが、皇太子主催のダンスパーティでこの様な少し上品とは言えないダンスが踊られているとは思ってなかった。


「練習はしてきてますが、実際のダンスパーティは未経験ですから。皇太子殿下とフランツは体力的にも大丈夫だと思いますが、ユーリは元々ダンスは苦手意識を持ってますから心配ですね」


 ユージーンは指導の竜騎士としてだけでなく、身内としても心配する。


「そうですね、パドトワレは身体の接触が多いですし、女性を高く持ち上げる時にバランスを崩す方もいらっしゃいますしね。最初の普通のダンスぐらいは私の監視も行き届きますが、リースやトロットになると無理ですわ。ですから、ジークフリート卿とユージーン卿にお願いしておきます」


 ユージーンとジークフリートはお互いに協力しようと頷く。


「あと、週末の王妃様主催の音楽の夕べの出し物の打ち合わせは、土曜の午後で良いかしら? 皇太子殿下やフランツ卿やユーリ嬢も、何曲かピアノを弾くか、歌うか求められるでしょうから、曲が被らないように調整しておきましょう。ところで、皆様もちろん音楽は修得されてますよね?」


 大使夫人の質問に、ジークフリートはグレゴリウスはきっちり修得してますと答える。ユージーンは、フランツもユーリもミューラー師に師事を仰いでますと答えた。


「まぁ、ミューラー師に! では、安心ですわね。ユングフラウで一番の音楽教師ですもの。これで、土曜の音楽会は楽勝ですわね。王妃様主催ですから、落ち着いた品の良い集まりですし、私も安心して音楽を楽しめますわ」


 セリーナはニューパロマの社交界を仕切る王妃の前で恥をかかなくて済むと安堵する。


「日曜の狩りは、私は遠慮いたしますから、若い皆様で参加下さいね。ユーリ嬢は乗馬ズボンはお持ちではなかったようですが、馬には乗れるのでしょうか?」


 令嬢なので乗馬が下手でも、あまり恥にはならないが、限度と言うものがあるので、狩りに参加しなくても後ろから付いていくぐらいの乗馬技術は必要だろうと案じる。


「大使夫人、ユーリ嬢は竜騎士なのですよ、竜に乗れるのに馬ぐらい楽勝です。リューデンハイムでも乗馬の授業もありましたし、見習い竜騎士の制服でご婦人乗りができますよ。 でも、夏場に狩りですか? 狩りのシーズンは秋からだと思ってましたが」


 セリーナはジークフリートの説明で、そうねユーリは竜騎士だったのだわと思い出して、自分の心配を笑う。


「禁猟期ですから、狩りといっても動物は狩りませんの。二人一組で、狐役を追いかけるのです。狐役を捕まえたら、その組が次の狐役になるのですわ。途中で狐役が罠や、課題を仕掛けますから、それをときながら追いかけるのです」


 あまり理解できて無さそうなので、セリーナは説明を諦めた。


「詳しい説明は、狩りが好きな大使館員にさせましょう。私はあまり好きではありませんので、一二度参加しましたが、後ろから付いていったり、怠けてお茶をしてましたから」


 遊びの狩はイルバニア王国では流行ってないが、貴族達の気晴らしだろうと二人は受け止めた。


「何だか週末は疲れそうですね。金曜のダンスパーティ、土曜の音楽会、日曜の狩り。まだカザリア王国に来て一週間も経っていないのに、これでは体力がもちませんね。少しスケジュールを調整する必要がありませんか?」


 ユージーンやジークフリートは連日の会議と社交に少し疲労を感じていた。


「まぁ、お若いのにだらしない! これでも、かなりお誘いを断ってますのよ。本当なら、お断りし難い方もいらしたのに」


 1ヶ月だけのニューパロマ滞在の特使一行と、ずっと滞在する大使夫妻とではカザリア王国の貴族達との付き合い方も違ってくる。


 大使夫妻がイルバニア王国の皇太子をお呼びしたいとの申込みをかなり苦心して絞り込んだのを察して、二人は詮ない事を申しましたと謝った。

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